120話 『兄と姉のパンツと妹とウサちゃんとオカマ』
「パンツで、頭を保護……すれば……ロボットさんの、『心』も……保護、出来る……よ」
「しかし、パンツを被るのはさすがに……何と言うか、その……」
姉のパンツを頭に被れ、という妹からの提案に、テルミは戸惑う。
そんな弟に、桜がニヤニヤしながら話しかけた。
「下着としてパンツじゃなくて、その上に履く毛糸のパンツよ? しかも美人な姉のパンツ。セーフセーフ!」
「実姉のパンツだからこそ、アウトな気がするのですが……」
「……でも、他に……方法は……無い」
「くぅ……」
そう言われてしまったら、もう今回は仕方がない。
テルミは意を決し、毛糸のパンツを頭に被った。
髪の毛がスッポリと収まる。
「……口が、隠れるくらいまで……しっかり、被って……」
「は、はい」
ズボっと、パンツが顔全体を覆い尽くした。
「……うっ……あ、あれ……?」
ここで桜のパンツについて、再度説明しておかねばなるまい。
桜は超能力で体臭操作をしているため、衣服に付いた汗等には不快な臭いが全くない。
それどころか、『男達を強制的に興奮させてしまう』と言う淫靡で妖美な罠が仕掛けられているのだ。
その罠は桜自身も気付いていないし、妹の莉羅も気付いていない、超能力の副作用。
そして普段「女の子みた~い」などと言われているテルミも、れっきとした男の子。
実姉の匂いとは言え、大魔王の魔力により生成された興奮剤には抗えない。
テルミは腰が砕けたように、床にへたり込んでしまった。
「……にーちゃん?」
「ちょっとテルちゃん! どうしちゃったのよ!?」
姉妹の心配する声に、テルミは何とか返事をする。
「い、いえ……大丈夫です……大丈夫」
「ちっとも大丈夫そうには見えないけど! あ~分かった。お姉様の香りが良すぎて、骨抜きにされちゃった? もーエッチー!」
「いえ……」
桜は冗談で言ったのだが、限りなく正解に近い。
しかし弟として、それを認めるわけにもいかない。
テルミは歯を食いしばり、四つん這いで転送陣へと近づいた。
息が荒く、顔が真っ赤だ。
胸が痛い。色んな場所が痛い。
そうして、どうにかこうにか転送陣の上に乗った。
「ど、どうぞ……ロボットさん……」
「ギギ……」
色々あったが、ようやくテルミは元の宇宙へと帰還した。
◇
「おぁ~ん。ウサちゃぁん、コレかわいいぃぃん!」
「…………」
「ピンクでハート型のう~め~が~え~餅~」
「…………」
福岡県の某神社。
ロンギゼタの一人と一匹は、観光を楽しんでいた。
彼らは実態を持たぬエネルギー体。宙を漂い旅行中。
名所を巡ったり。地球人の暮らしを何となく見物したり。
たまに『そういうのが見える人』と出会ったら、会話したり、頭の中にお邪魔して味覚共有により美味しいモノを頂いたり。
そんな気ままな旅をしている。
「おーい……ロン……オカマさん……」
「…………」
突然聞こえた少女の声に、ウサギのロンがぴくりと反応し、鼻をひくつかせた。
オカマのロンギゼタ601も、気付いて辺りをきょろきょろと見回す。
「あらぁん。この声、リラリラじゃなぁいん! おひさ~。あぁぁん、どこいるのぉ~ん?」
「テレパシーで……話し、かけてる……の」
東京から福岡への長距離テレパシーである。
そして次の瞬間、
「はろー……」
「リラリラぁん! やっほ~」
莉羅が、ウサギとオカマの目の前に現れた。
桜の魔力を借り、神社まで瞬間移動して来たのだ。
その後、莉羅に少し遅れて、足腰がガクガクになっているテルミも登場。
「あらぁん、テルるん。お~ひ~さ~……って顔色悪い……いや逆ぅん? 顔色良過ぎるのを通り越したせいでむしろ調子悪いカンジぃ~だけど、どうしたのぉん?」
「い、いえ、何でも……ありません……お久し……ぶりです……」
消耗しきったテルミは、図らずも妹と似た気怠い口調になっていた。
気合いを入れて足の震えを止め、言葉もしっかり発声するよう意識し、ウサギ型のエネルギー体へと向き合う。
「それよりウサギさん達に、お渡ししたいものがあるのです」
「え~ぇん。プレゼントフォーウィーぃん? ナニナニ~ん?」
「それはですね……」
テルミは『アンドロイドの心』をロンギゼタ達に届けようとする。が、方法が分からずに動きを止めた。
「ええと、どうやって渡せば良いのでしょうか?」
「……ロンの、おでこに……触れるだけ……簡単、ワンタッチ操作……」
「分かりました」
妹の説明通り、指先でウサギのロンに触れようとする。
ロンに実体は無いので、指は額を少しだけ突き抜け、止まった。
するとテルミの体が、再びポカポカして来た。
「うぐ……」
本来ならきっと、心地よい暖かさなのだろう。
が、しかし。
ただでパンツのせいで体が火照っていたのに、熱が追い打ちをかけて来る。
まるでインフルエンザにでもかかってしまったかのよう。
テルミの首から上は、茹でダコのように朱色に染まってしまった。
とは言え、少年の苦難の甲斐はあった。
「…………」
「あららぁん? ウサちゃん、これはぁん……?」
心――博士型アンドロイドがテルミに託したエネルギーは、無事にロンへと渡された。
「…………」
ロンは届け物を受け取り、テルミに感謝するように鼻をすんすんと鳴らす。
博士の想い。それが一体何なのかは、テルミには分からない。桜や莉羅にも分からない。
そしてロンは、何も喋らない。
そんなウサギの顔を見て、莉羅は呟く。
「具体的に、伝えたい事なんて……何も無かったのかも、しれないけど……でも、ただ」
――キミを、ずっと探し続けていた。
「それを、伝えたかったんでしょうね」
「……うん」
莉羅は頷き、ウサギの頭を撫でるように手をかざした。
実際には撫でられていないのだが、ロンは気持ちよさそうに目を閉じる。
そんな少女と動物が触れ合っている隣で、
「………………あうっ」
「……にー、ちゃん……?」
「あららぁぁん、テルるん! どうしちゃったのよぉぉん!」
テルミは身労と心労がたたり、ついに膝から崩れ落ちたのであった。
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