119話 『兄がロボ老人を介護するお話』

「ロボットさん……壊れちゃってる……みたい、だ……ね。自分自身を、別宇宙へ転送出来る、程の……エネルギーが……もう、無い」


 莉羅は、テレパシーで異世界にいる兄へ話しかけた。


 兄の目前にいる、博士型のアンドロイド。

 彼には自己修復機能が付いているのだが、それでも、果てしない年月の経過には耐え切れなかった。

 人工知能の機能が低下し、もはや十分な修理が出来ない。

 体を満足に動かせず、別の宇宙へ移動するためのエネルギー発生装置も完全に故障。

 つまり彼はもう、宇宙間の移動が出来ない。


「永遠なんて、無い……。ロボットさんの、旅は……そこ・・が、終着点……なんだね……」

「あら。詩的な表現使っちゃって、莉羅ちゃんったらカワイイ!」


 桜が横やりを入れ、莉羅の頭を撫でた。

 それをスマホ越しに見ている父。

 父にはテレパシー会話が聞こえていないので、無言で急にスキンシップを取った姉妹を不思議がりながらも、


『仲良いな~。美しい光景だな~』


 と満足気。

 それはともかくとして、別宇宙にいるテルミは、


「ああ、危ないですよ!」


 そう言って、アンドロイドの重く固い腕を掴んだ。

 ふらふらな足で不安定な姿勢のまま、椅子に座ろうとしていたのだ。

 テルミは力を込めながら、アンドロイドを介助する。


「ギ……ギ……」


 アンドロイドはテルミを見て、機械音で唸った。

 他星人とコミュニケーションを取る機能も、使い物にならなくなっている。

 しかしテルミは、このアンドロイドがお礼を言っているように思えたので、


「どういたしまして」


 と言って、微笑んだ。


 一方莉羅は千里眼を駆使し、テルミとアンドロイドがいる部屋を見回し確認中。

 研究室と小さな工場こうばがくっ付いているような、機械だらけの部屋。

 床の真ん中にあるのは、半畳程の四角く薄い台のような機械。その機械の上には白く光る円――テルミとパンツを召喚した、転送陣が描かれている。


「……ロボットさんは……自分自身が、別宇宙へ移動出来なくなっても……転送陣だけは、作動させてたみたい……だね」


 莉羅は状況から推測する。


「そもそも、ねーちゃんが……急に、色んな場所から、呼び出されたのは……『黒い霧のドラゴンさん』と、戦った時に……魔力が、成長した……から。その成長によって、宇宙転移に必要なエネルギーの……閾値を、越えた……の」

「え~。じゃあチビっ子先生のせいだー!」

「姉さん。人のせいにするのはやめましょう」


 兄が姉を注意しているが、莉羅は気にせず説明を続けた。


「それで、ロボットさんも……ねーちゃんの、エネルギーを感知して……転送陣を、作動させた……んだと、思う」

「だろーね。そんであたしのパンツとテルちゃんが、ワープしちゃったってワケね」

「しかし、一体何故ロボットさんは姉さんを――大きな力を持つ者を、呼び出そうとしたのでしょうか?」


 テルミはアンドロイドを見つめながら、首を傾けた。

 桜も莉羅の頭をわしゃわしゃ撫でながら、考え込む。


「そうね。他の人らには、あたしを『何でも願いを叶えてくれる神様』だとか『世界を滅ぼす悪魔』だとかと勘違いしてたって理由があったけど。元凶の博士が作ったこのロボットが、似たような勘違いするワケも無いだろーし」

「……りらも、分かんない……」


 などと三人が疑問を抱いていると、


「ギ、ギギ……」

「あ……」


 アンドロイドが急に両腕を上げ、テルミの右手を優しく包み込むように握りしめた。


「は、はい。何でしょうか?」

「ギ……」

「ええと……?」


 まるで介護者になったような気分。しかも相手は機械。

 言葉が通じないのだが、テルミはついアンドロイドの口に耳を近づけた。

 すると、


「……あれ? 何だか、暖かい……」


 まるで体操でもした後のように、テルミの体中がポカポカしてきた。

 体だけでなく、心も。

 何となくだが、暖かな気持ちになる


 テルミの中に、『暖かい何か』が送り込まれたのだ。


 そしてアンドロイドは、


「……ギ」


 と転送陣を指差した。

 どうやら元の世界に戻してくれるらしい。

 つまりもう用は済んだという事。


「よく分かりませんが、僕を暖めるのが用件だったのでしょうか……いや、それじゃあ意味が分かりませんが」

「……それは」


 莉羅は、兄の中に入った『何か』を見定めた。


「……想い。気持ち。魂……そんな類……ウサギのロボットが、自我を持ってしまった時と……同じように……ロボットさんが、持ってしまった……心の一部」

「心……」

「ロマンチックね!」


 つまりその『心』が、テルミの中に入って来たのである。

 莉羅は千里眼でアンドロイドの顔をじっくり見つめ、再び推察する。


「……多分、だけど……ロボットさんは……転送陣で呼び出した、別宇宙の住民に……その心を、託して……ウサギのロンに、届けて欲しかったんだと……思う」


 その莉羅の言葉に、桜は「えー?」と呟いた。


「それはおかしいんじゃないの? 呼び出された人がウサギに出会える保証はないわよ。っていうかほぼゼロパーセント。宇宙は何億、何兆もあるんでしょ? 拾った宝くじで十億円当たる可能性よりも低い。超奇跡的な確率になっちゃうわよ」

「うん……だけど……どちらにせよ、ロボットさんは……もう、動けないから……」

「一か八か、その奇跡的な確率に賭けたのでしょうね」


 テルミがそう言うと、莉羅は「うん……」と頷いた。


「そして偶然ですがウサギのロンは、まさに僕達の宇宙にいる。ロボットさんは、奇跡に巡り合えた」

「やん。莉羅ちゃんだけでなく、テルちゃんまでステキな台詞を言っちゃって。さすが兄妹ね。キュンってしちゃった」


 姉の茶々はともかくとして、テルミは目を閉じ、アンドロイドの『心』を感じた。

 この心にどんなメッセージが込められているのかは、テルミには分からない。

 ただ、暖かい。


「それでは、今からそちらへ帰ります。そしてウサギさんとロンちゃまさんに会いましょう」


 ロンちゃまさんとは、ウサギのロンと行動を共にしているオカマ。ロンギゼタ601の事である。

 そしてテルミは、アンドロイドが指差す先にある、転送陣へと歩き出した。


 しかし莉羅は「……でも」と、言いづらそうにテレパシーを発した。


「……残念だけど、その『心』は……りら達が今いる、宇宙の物では無い……つまり……にーちゃんアンド、パンツとは……異質な存在……だから……転送陣の、帰還処理から……弾かれる……」


 そんな妹の台詞を聞き、テルミは足を止めた。


「……つまり、この心は持ち帰れないのですか?」

「うん……ねーちゃんの、魔力で保護すれば……おそらくは、持って帰れるけど……」

「あら。じゃああたしが魔力を送れば解決ってワケね。いやー、やっぱりあたしが必要かー!」


 現に今も桜は、転送陣を通じてテルミに魔力を供給している。それを応用し、『心』を保護すれば良いのだろう。

 しかしそんな自信満々な桜の言葉に、莉羅は首を横に振った。


「ねーちゃんが……転送陣越しに、送り込んでいる魔力は……陣により、フィルターが……掛けられてて……高い周波数と、低い周波数が、欠けて……それを、更に再転送すると……無数の時空穴が、発生して……」

「えー、難しいけどつまり無理って意味?」

「……うん。ねーちゃんの本体が、転送してれば……問題は、無かったん……だけど……」


 だが桜は同時に様々な場所から呼び出されたせいで、細切れに転送されてしまった。

 しかもアンドロイドがいる宇宙へ行ったのは、汗と毛糸のパンツのみ。あちらの宇宙で魔力を発生させるのは不可能。

 これでは、どうしようもない。


 ……と、皆が諦めかけたその時。


「……あ」


 莉羅が突然何かに気付き、


「一つだけ……方法が、ある……んだけど……うーん……」


 と、またもや言いづらそうに唸った。


「その方法とは、何ですか?」

「……毛糸の、パンツ」

「パンツ?」


 そう言われ、テルミは自分の左手を見た。

 そこには姉のパンツが握りしめられている。


「その、パンツには……ねーちゃんの、魔力が……染みついている……」

「ちょっとちょっと莉羅ちゃん! パンツに染みついてるって、何かヤな表現ね!」

「……魔力が、篭っている……」


 姉のクレームに対処し言い直した。

 そして本題。


「そのパンツを、にーちゃんが……頭に、被る……の」

「なるほど」



 …………



「って、ええ!?」


 別宇宙に転移しても冷静さを保っていたテルミ。

 しかし妹の提示した方法に対しては、珍しく大声で驚いてしまった。

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