118話 『妹とロボット』と-109話
異世界でテルミが出会ったのは、莉羅の話に数度出演していた人物。
異なる宇宙へ移動する、という研究をしていた男だ。
「ギギ……ガ……」
「あっ、危ない!」
その男は突然前のめりに倒れた。
テルミが近づき支えようとしたが、間に合わず。男はガゴンッという金属音と共に倒れる。
床に衝突したにしては妙な音。
テルミが起こそうと触れた男の体は、冷たく、固く、そして持ち上げられぬ程に重い。金属製だった。
鉄……かどうかは分からぬが。
男が微かに動くたび、キィキィと錆びついた稼働音が鳴る。
「……機械?」
目の前の男は異星人。単に体がカッチカチな種族なだけという可能性もある。
ただ見た感じ、どう考えても機械人間だ。
一応肌はいわゆる『肌色』で、ボロボロの布きれを纏っているが。ただその肌も所々剥げ、黒い錆が見えている。
テルミがどう接したものか悩んでいると、突如、頭の中に声が聞こえた。
「その、おじさんは……人型の、自律ロボット……SF用語で、言うと……アンドロイド……でーす」
「莉羅!」
妹、莉羅からのテレパシー。
転送陣を通じ、宇宙を越えて聞こえてくる。
「テルちゃんテルちゃん! もーう、心配したわよ!」
姉、桜の声も聞こえる。
「とりあえず、あたしの魔力を送るから。別宇宙の外気圧力紫外線その他から守ってあげるわね。転パ……何だっけ……ああ、転送陣にはバリア機能もあるらしいけど、あたしのバリアの方が超強力よ! 何故ならあたしは強くて美しいから!」
「ありがとうございます姉さん。僕が迂闊でした、すみません」
元はと言えば、桜の足に付いたカマボコを取ったせいで巻き込まれた……のだろうか?
テルミとしては、原因がいまいち分からない。
「……どうして僕は、別の宇宙に移動してしまったのですか?」
「ねーちゃんの、足に付いてた……カマボコの、下にあった……転送陣に、触れた……から……だよ」
やはり、姉のお色気攻撃のせいだったらしい。
「本来なら、にーちゃんは……転送に使う、莫大なエネルギーを持ってない……から……ワープなんて、しない……はず、なんだけど……」
ちなみに父は『三人とも急に黙っちゃってどうしたの? 疲れちゃった?』などと言っているが、今はスルー。
「……にーちゃんには、ねーちゃんの魔力が……染みついている。それも、強い……べらぼーに、強い……。ねーちゃん自身に、とっては……ただの残りカスみたいな、エネルギーの残骸だけど……でも、たったそれだけで……宇宙を、越える程に……強大な『力』」
莉羅の無表情な顔が、若干強張る。
改めて、姉の――大魔王の力が強すぎる事を実感している。
当の桜も責任を感じているようで、眉間にしわを寄せた。
「あら。テルちゃんのナカにあたしの魔力が? うーん……何度もベロチューしちゃったせいかしら? きっと唾液交換で……って痛い痛い。莉羅ちゃん何で叩くのー?」
「……姉弟で……チューとか……何、やってん……の……!」
不機嫌な口調になってしまった妹。
とにかく、兄をさっさと助けようと話を先に進めた。
「その、ロボットさんは……例の博士っぽいおじさんが、作った……モノ」
「博士が……やはり、そうですか」
アンドロイドは相変わらず金属音を鳴らしている。
ゆっくりと両手を地面に付き、おそるおそると立ち上がる最中だ。
「彼……博士っぽい、おじさんは……」
ここから先の話は、先程まで皆に語っていたエピソードの続き。
莉羅はテレパシーだけでは無く実際に言葉を口から発し、スマホ越しの父にも聞こえるように語り始めた。
◇
遥か昔。
こことは違う宇宙でのお話。
「所長。何をなさっているのですか?」
「ただの最終確認だよ。自分自身で見ておきたくてね」
所長と呼ばれた老人は、この宇宙で最も発達した科学都市の中でも、最も頭が良い博士。
その天才的頭脳により、違う宇宙への移動を実現した男。
彼自身も五度、別宇宙へ人体転移している。
彼は今、数体並んでいる人型ロボット達の内、一体を弄っていた。
「こんな夜遅くまで……所長もお歳ですので、あまり無理をなさらぬように。あなたに何かあったら、それこそ国家の一大事ですよ」
「何だ人をジジイ扱いして。まったく!」
博士は強がり胸を張ろうとしたが、腰が悪いので何とも頼りない恰好になる。
如何に天才と言えど、歳だけはどうしようもない。
彼は五度別宇宙へ行った後、探索チームを解散。
それ以上の旅を断念した。
では代わりに、研究所の若い者達を行かせようか……とも思ったが、それも考え直す。
別宇宙への旅は過酷だった。
大気や紫外線の違いは科学技術でクリア出来たのだが、もっと単純にて恐ろしい問題が待ち構えていた。
猛獣。怪獣。好戦的な現地人。魔法としか言いようの無い現象。
それらに攻撃され、一人の隊員が命を絶たれてしまったのだ。
強力な武器を持ち込む事も検討されたが、やはりそれでも危険は伴う。
リスクは最初から承知していた……が、科学のためだと目を瞑っていた。
しかし実際に犠牲者が出てしまった以上、誤魔化しは効かなくなった。
人間を別宇宙へ転移するのは、もう『軽々しくやってはいけない』事になってしまったのだ。
そこで考えられたのが、人間ではなくロボットを別宇宙へ転移する事。
数十体の自立型ロボットを作製。
それらは『様々な環境に対応出来る造形』の模索テストも兼ね、車型だったり、犬や亀のような動物型だったり、飛行機型だったり、もちろん人間型も数体いる。
彼ら機械に、違う宇宙を探索して貰うのである。
「しかしこのアンドロイド。ホントそっくりですよね。ははは」
中年の研究者は、所長と人型ロボット――アンドロイドの顔を見比べながら笑った。
アンドロイド達の顔は、尊敬の念を込め、博士の若かりし頃をモデルに作られているのである。
「ちょっと気持ち悪いがね……悪い気はしないが」
博士はそう言って、弄っていたアンドロイドを保管場所へと戻した。
その後、研究員と軽い雑談をして解散。
博士は自室に戻り、窓から空を見上げて、
「……どうやらバレずに済んだようだな」
と呟いた。
博士はコッソリと、アンドロイドの一体に『仕掛け』を施したのである。
物質を別宇宙に転送するには、強大なエネルギーが必要となる。
そのエネルギーを発生させる装置は、相応に巨大な機械なのだが……博士はプライベートな研究により、装置の小型化に成功していた。
この小型装置を、アンドロイドの胸部に埋め込んだのだ。
つまりこの個別改造されたアンドロイドは、研究所の手を借りずとも、単体で自分自身を『別宇宙転送』出来るのである。
「後は、
博士はつい若い頃の口調に戻り、酒を一口飲んだ。
例のアンドロイドはエネルギー発生装置だけでなく、人工知能も強化している。
転送陣を作り出す理論と技術。
転送エネルギーを作り出す理論と技術。
自分自身、つまりアンドロイドを自己修理、および必要ならば作り直す理論と技術。
転送先宇宙で知的生物と出会った場合、コミュニケーションを取れる学習および音声作成の理論と技術。
それら全てを、転送先の宇宙環境に合わせ、応用する思考。
これが全部、回路に詰め込まれている。
「
星空を見上げ、溜息を一つ。
「きっといつか、ウサギのロンに出会うだろう」
◇
「そうして、改造されたロボットさんは……七千八十二万、三千四百二の、宇宙を……旅した……」
『七せ……わあ! 五つの宇宙から、一気にスケールアップしたねえ!」
少年漫画的な急激インフレに、父が喜んでいる。
一方莉羅は、父には聞こえない小声で「……ライアクの、知る限り……だけど」と付け加えた。
超魔王ライアクの死後も、アンドロイドが旅した宇宙の数は増えているはずである。
「……ロボットさんは……博士おじさんと、同じように……現地の人々に、転送陣の理論を……教える事も、あった……」
その話を聞き、桜とテルミは得心した。
今回姉弟が巻き込まれた、数多の転送陣の謎が解けた。
その約七千万の中の、百七つだったのだろう。
「博士おじさんが……ロボットさんが、ロンに会って……一体、何になるのか……何を、したいのか……」
莉羅は首を傾げ、目を瞑り、千里眼で兄の前にいるアンドロイドを眺めながら言った。
「おじさんが、何を考えていたのかは……分からなかった……けど」
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