117話 『弟は巻き込まれ体質なんだってさ』

「その天才博士……っぽいキャラの、おじさんは……国のお偉いさんの、命令で……別の宇宙へ行く、研究を……していた……の」

『へー。SF系?』

「そーだね…………博士っぽい、おじさんは……別の宇宙を観測、して……滅ぼしちゃったり……うっかりさん……だったの」

『それって、ウッカリで済むの!?』


 莉羅は、テルミも聞いた事がある『天才博士』の話をしている。

 それを聞いている父は、当然、実際にあったエピソードだとは微塵も考えていない。

 莉羅が最近読んだ児童小説か何かの話だろう。などと思い込んでいる。


「それで、博士おじさんは……ウサギさんの、魂を……別の宇宙に、飛ばして……」


 莉羅は淡々と語った。

 博士が別の宇宙へ干渉した事。

 玩具ウサギに宿った魂を改造し、別宇宙観測用のアンテナとした事。


 桜はこの話をきちんと聞いた事は無いのだが、あまり興味が無いのか、「ふーん、へー、ほー」と適当な相槌を打ちながら、うどんをズルズル啜っている。

 一方、久しぶりに娘の話を聞いて、父はニコニコ顔。 


『宇宙を旅するウサギちゃん? 莉羅ちゃんったらカぁ~ワイイ~なぁ~』

「……まあ、確かに……りらは、かわいい……けども……ね」


 自画自賛しフンスと胸を張る莉羅。

 こういう所は、やはり桜と姉妹だ……と思い微笑むテルミであった。


「そして、博士は……ついに……別の宇宙へと移動する、理論を……編み出した……の」


 そしてここから先は、まだ兄に教えたことが無い話。


 テルミは、桜の足をちらりと見た。

 太ももの一部が白く光り、青い幾何学模様が浮かんでいる。

 別宇宙へと移動する理論。それは。


「『転送陣』」


 莉羅も兄と同様、桜の足を見ながら言った。

 この転送陣が、今回の事件の原因。

 莉羅は父へ暇潰しの話をすると同時に、姉と兄に転送陣の概要を教えているのだ。


『わあ、小中学生が好きそうな名前だね!』

「……この陣は……高度な技術、すぎて……見た目がまるで、魔法……ううん、違うか……魔法を、凌駕する……科学」

『良いねえ。パパそういう中二病なの好きだよ! テルミも好きだろ?』

「え、ええ……まあそうですね」

「くふふ……男の子、だね……」


 ノリノリで話を聞く父に、莉羅は楽しそうだ。


「転送陣は……異なる、宇宙同士……つまり『物理現象も異なる場所』を、繋ぐ……ってことは、つまりつまり……『世界の本質』を突いた、理論……なの」


 そんな莉羅の説明に、父は首を傾げる。


『難しいね。味噌ラーメンもトンコツラーメンも全然違う作り方だけど、本質は同じラーメンって事かな?』

「……全然、違うけど……まあ、そういう事で、良いや……」


 莉羅も父と一緒に首を傾けつつ、話を続ける。


「とにかく、そんな……別の物理現象を、くっつけるための……技術が、いっぱい……詰まってる。空間の時差を、修正したり……環境の差から守る、バリアを張ったり……」

『バリア?』

「転送元の環境を、再現し……転送物を、薄い膜で……保護。大気や太陽光が、違っても……しばらく、生きていける……」

「あら。そんな都合良い便利機能、あっても良いのかしら」

「良い……の。ぐびっ」


 転送陣の概要をあらかた説明し終えた莉羅は、うどんの汁を一口飲んだ。

 ほっと一息ついた後に、再び話を再開。


「そうして、博士おじさんは……五つの、宇宙を……旅した……」

『えー。たった五個なの?』

「コストが、莫大に掛かるし……歳も、取ってたから……ね」


 そこで桜とテルミは、うどんを食べる手を一寸止めた。

 五つの宇宙……しかし桜の体が転送されたのは、百七の宇宙。


「おじさんは……旅先の宇宙で、知的生物に出会ったら……翻訳機を作って、交流したの。その内、三つの世界では……教えを、請われて……転送陣の、理論を伝えた……」


 やはり計算が合わない。

 転送陣の理論は、少なくとも百七の宇宙に広まっていないといけないはずだ。


 そんな姉兄の考えに気付いたのか、莉羅は無表情な顔で頷いた。


「でも、おじさんは……ウサギの、ロンを探すため………………あ、ねーちゃん……」


 そこで莉羅は話を一旦止め、桜の足を指差した。

 それにつられ、テルミも隣に座る桜を見る。

 桜はテルミから借りた上着を、いつの間にか普通に上半身へ装着。下半身は下着丸出しの姿になっていた。そして……


「姉さん。足にカマボコが付いてますよ……何で気付かないんですか?」

「やぁ~ん。取って取って~テルちゃん取って~」


 桜は足を伸ばし、テルミの膝の上に乗せた。

 カマボコが足の付け根に張り付いたのには当然気付いていたが、こうして弟に取らせるタイミングを伺っていたのだ。

 余計なアシストをしてしまった事に気付いた莉羅は、渋い顔……はしないが、無表情なままで口を尖らせる。


「ねーちゃん……下品……」

『あははは。桜は相変わらず甘えん坊さんだなあ!』


 弟に下着丸出しの下半身を触らせようとするのは、果たして甘えん坊のレベルで済むのかどうか怪しいが。

 しかし父が映るスマホは現在莉羅の顔を向いており、桜の姿が見えていない。そのため、インモラルな出来事であるとは思っていないのである。

 テルミは軽く溜息をつき、桜の足に触れた。


「仕方ないですね。姉さ……」




 ◇




 次の瞬間。


「……え?」


 気付くとテルミは、薄暗い室内にいた。


「ここは……姉さん。莉羅。父さん……?」


 家族を呼ぶが、返事は無い。

 誰もいないのだ。


 テルミはふと、自分の足元を見る。


「……転送陣」


 白く光る円。青い幾何学模様。

 マンホール大の転送陣上に立っていた。

 

 テルミは、獄悪ごくわる同盟の元首領に言われた言葉を思い出す。



 ――キミはどうも『巻き込まれ体質』のようだ――



「……確かにその通りですね。姉さんだけの問題だと思って、少々油断していました……ふう」


 テルミは一旦冷静になるため、深呼吸をした。


 転送陣で送られたという事は、ここは別の宇宙。

 大気構成が違うかもしれないが、莉羅は「薄いバリアで環境に適応する」と言っていた。しばらくは大丈夫だろう。


 周りを確認する。

 少々暗いが、広々とした部屋。

 金属製の壁。同じく金属製のテーブル上には、何やら色々な器具。

 何か、研究や開発をしているような雰囲気があるが……


「……あれ?」


 テルミはテーブルの下に、見覚えのある服を発見した。


「これは、姉さんの……?」


 洗濯した事がある衣服だ。

 桜がたまに下着の上に装着している、毛糸のパンツである。


「毛糸のパンツだけが転送されていたみたいですね」


 いや正確には、長時間運転した事で蒸れてしまった桜の『汗』が、転送陣に選ばれた主対象である。

 毛糸のパンツは今や、桜の匂いが淫靡に充満しているのだ。

 超能力による体臭操作で、匂いの不快成分は全く無い。

 それどころか嗅いだ男性は否応なく興奮してしまうという、たちの悪いトラップのようなパンツ。


 が、テルミは別に姉の衣服の匂いを嗅ぎまくるような趣味は無いので、気付いてはいない。別に気付く必要も無いのだが。


 とにかくテルミは、パンツを拾い上げ折りたたんだ。ポケットに突っ込もうとするが入らず、仕方なく手に持ちっぱなしにしておく。

 するとその動作に反応するように、テーブルの向こう側から物音がした。


「ギ、ギギ……」


 油が切れたまま無理矢理動かしているような、金属機械動作音。

 暗くて気付かなかったが、人影がそこにいた。


 その人物は、テルミも知っている。

 今まで妹から見せて貰った記映像に、何度か出演していた男。

 それは……


「……博士……さん?」

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