116話 『兄が作る肉うどんは、出汁の風味が強く、薄口しょうゆとみりんで味付けし、肉が牛。つまり西日本風です』
桜と莉羅は車のシートに座ったままで、別宇宙に散らばる身体パーツをどんどん回収していく。
「九十個目! 疲れたあ~ん……」
約八割五分。桜の体は、着々と完成していた。
ただ所々が抜けていて、肉体の断面には白く光る転送陣が張り付いている。
「グロい部分だけ、謎の白い光で修正した……ゾンビ……みたい、だね……」
「まあ莉羅ちゃんったら酷ーい! こんな美人すぎるゾンビいるー? いないでしょー……いや、最近はいるかもしんないけど」
ちなみに衣服もほぼ取り戻したが、スカートだけが無い。
パンツ丸出し。
テルミが上着を脱いで、桜の下半身を隠してあげている。
そして上着が無くなり、少々肌寒い思いをしている弟は、
『そこで父さんは母さんに言ったんだよ。暴力で何もかもが解決するわけじゃないぞ。それにキミはとっても美しんだから……(キリッ)……ってね。まあその後に殴られたんだけど、その晩母さんが俺の元に夜這……会いに来て……あ、ねえ聞いてる
「はい。聞いていますよ父さん」
スマホのテレビ電話で、父親とどうでも良い会話をしていた。
訂正。あまりどうでも良くは無い。
両親の馴れ初め話という、思春期の子供としてはあまり聞きたくないエピソードである。
ただテルミは殊勝な性質であるため、むしろ楽しそうに聞いていたのだが、
「ちょっと父さん! なんかキショいから別の話にしてよね!」
「……右に、同じー……だよ」
娘達には至極不評であった。
桜と莉羅はテルミから少々離れた場所にいるが、途切れ途切れに父の声は聞こえているのである。
『ええー……分かったよ』
とションボリする父が映っているスマホは、岩場に立てかけられている。
充電が乏しくなってきたが、「エンジンが動かない」という嘘をついてしまったので車内充電器は使えず、代わりに桜が持っていたモバイルバッテリーに接続中。
その画面を横目で見ながら、テルミは地面の上に置いた調理器具を弄っていた。
車に積んでいた登山用バーナーで、テルミ持参の鍋を温めている。
鍋の中では、うどんが湯気を立てている。
水筒に入れておいたダシ汁。
一度茹で冷凍し、クーラーボックスに入れておいた麺。
同じく冷凍しておいた、甘辛く煮た牛肉。
そしてネギ、かまぼこ。
本来ならゴール地点である山頂で食べる予定だったもの。
しかし立ち往生している間に昼食時が過ぎてしまったし、桜が、
「お腹減ったー。何かちょうだいテルちゃん」
と喚きながら、取り戻したばかりの腕でテルミの体中に指を這わせてセクハラしてきた。
という訳で、うどんを調理中なのである。
本当は弁当もあるのだが、
「暖かいモノ! 暖かいモノー!」
「あったか~い……ものー……」
という姉妹の要望もあり、あったか~いうどん。
テルミもアウトドアクッキングを楽しみにしていたし、桜の体集めが順調に終わりかけているという事で安心し、上機嫌で手際良く料理している。
そんな息子の姿を画面越しで見て、父は、
『テルミは、よく面倒臭がらずに料理出来るなぁ~』
と感心した。
『父さんも母さんも全然料理も掃除もしないのに。誰に似たんだろうね』
「さあ……家事全般は、亡くなったお婆さんから学んだものですが」
『そうだったな、お義母さんの影響かー。お婆ちゃん似……なら一応、母さん似って事になるのかな? ん~でも何か違うよなー。顔は間違いなく母さん似なんだけどね』
「あたしもお婆ちゃん似よねー。おしとやかで働き者な感じが!」
「そ、そうですね。姉さん」
父と弟の会話に割り込みつつも、桜は異なる宇宙で体回収を続けている。
「これで……九十五……」
「ふう。一旦うどん休憩しましょ」
姉妹は父に聞こえないようにそう言って、車を降り、テルミの元へと近づいた。
桜の体は既にほぼ揃っているため、テレビ電話に映っても支障は無い。
姉弟妹の三人は、ズルズルとうどんを啜り始めた。
『パパもテルミのうどん食べたいよお』
父は羨ましそうな目で見ている。
「ズルルル……じゃあ……おうちに、帰って……くれば……? ママと、一緒に……ズルルル」
と莉羅が提案した。
どこか大人びているが、やはりまだ小学生。両親と共に暮らしたいのである。
テルミはそんな妹の気持ちを察しつつ、父に尋ねる。
「お正月には帰ってくるのでしょう?」
『うん多分。母さんが山籠もりとか始めなければ、帰って来るよ』
「ちょっとちょっと父さん。そんなの口に出して言っちゃったら、本当に母さんが山籠もり始めちゃうフラグが立っちゃうじゃないの!」
桜のツッコミに、テルミが「そういうものでしょうか……?」と首を傾げた。
父は笑って、『母さんが変な気を起こさないように、気を付けておくよ』と子供達と約束する。
『まあ俺の話はともかく、莉羅ちゃんは最近学校とかどうなのかな? パパにお話聞かせておくれ』
父は突然莉羅にそう聞いた。
最近学校はどうだ? という、父子定番の話題である。
莉羅はうどんの汁をグビリと飲んで、答えた。
「えー……プライベートな話は、ちょっと……お断り、してます……」
『親相手でも!? 気難しい年頃だね!』
両親が恋しくても、そこは思春期相応の態度なのである。
そして莉羅は唇に手を置き、何かを思案するようなポーズを取った。
「お話……ね……。昔話とかでも、良い……?」
『昔話? 学校で習ったお話かな? 何か主旨が違うけど、でもまあ莉羅ちゃんのお話なら聞いてみたいなパパ』
父の返事を聞き、莉羅はうどんの器を見ていた顔を上げた。
桜の足にまだ残っている転送陣を見つめながら、口を開く。
「莉羅が知ってる、お話…………別の宇宙に、旅をした……天才科学者の、お話……」
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