115話 『妹がちょっとだけ驚く』

 其の八十。



 こことは別の宇宙。

 とある惑星。


「オッチャン。この機械、何か光ってる」

「おお?」


 遊びに来ていた甥っ子に指摘され、中年の男は、棚の上に飾ってある筒状の機械を見た。

 側面に付いている発光素子が、赤く点灯している。


「ひゃあー。うひぇー。ホントに光っとる! 故障じゃ……無い! 二十年目にして、ついに『タイミング』が来たんかい!」

 

 喜び飛び跳ねたこの男は、小さな機械工場こうばの会社を営んでいる。

 年甲斐も無くはしゃいでいる男に、甥っ子は少々冷たい視線を浴びせながら、


「何の機械なのコレ。そう言えば、ずっと昔からここに置いてあるけど」


 と尋ねた。


「ああ、お前が生まれる前に作ったかんな」


 男は発光部分を指で隠したり出したりしながら、甥へ説明する。


「二十年前、俺の師匠が伝授してくれた技術で……」

「師匠? 偏屈なオッチャンが、誰かに師事してたのか?」


 甥は驚き、男の台詞を遮った。

 男は苦笑して答える。


「そうだよ。まあほんの数日だったけど」

「その師匠ってのは、どこの誰さ?」

「どこ……かは知らんねえ」


 男は手をピタリと止め、師匠の顔を思い出した。


「二十年前に会ったきり、多分もう死んでんだろうし」

「爺さんだったの?」

「うん、爺さん……とまではいかないかな? まあ、初老になりかけくらい」

「じゃあ二十年後でも老衰で死ぬにはまだ少し早いし……病気とかだったの?」

「いや。元気いっぱいだった。でももう確実に寿命・・で死んでんだよ」

「?」


 疑問顔で首を傾ける甥に、男は「わはは」と笑って説明を続ける。


「その師匠は、宇宙人だったんさ。肌の色が白っぽい薄ピンク色だった」

「うへえ。なんだよそれ塗ってただけじゃないのか?」

「あと腕が二本しか無かった」


 そういう彼らの肌は、鮮やかな水色に染まっている。

 腕は、左右の二本に加えて胸からもう一本。指は各七本。

 これ以外は、概ね地球人に似ている。


 だが、その『師匠』はもっと地球人に似ていた。

 というか見た目は同じ。ほぼ地球人。

 ただ、内蔵や脳の造形、肉体の構成分子は流石に違う物であったが。


「それもただの宇宙人じゃない。こことは別の宇宙の住民、とか言ってたんよ」

「別の宇宙? どういう意味?」

「いわゆる多元宇宙論マルチバースの解釈の一つ……まあ、詳しい事が知りたいなら物理学系の大学に進学しぃ……で、とにかく。その師匠の故郷ってのが、こことは時間の流れが違うんだとさ……っと」


 男は机を持ち上げ、部屋の隅へと運んだ。


「よっと……俺達の一年が、師匠のトコでは千兆年以上だとか」

「えー。宇宙人云々てのは百歩譲って本当だとしても、千兆年はいくら何でもフカしすぎっしょ」

「真偽は知らんけど、そう言ってたんから仕方ない」


 男は椅子や落ちている雑誌も、隅っこへと追いやった。

 部屋の真ん中に、何も無いスペースを作っている。


「で、この機械の話に戻るとだ。簡単に言うとコイツは、その師匠と一緒に作った『別の宇宙にワープ移動する装置』さ。この惑星にある材料に適した形状だから、師匠自身が持ってたのとは外見が違ってるんだけど」


 そう言って男は、物を片付け綺麗になった床へと装置を置いた。

 甥は相変わらず首を傾けながら、何とか話についていこうとする。


「ええと……それがあれば、お手軽宇宙旅行出来るって事?」

「旅行は出来ん。ワープするためには、超超膨大なエネルギーが必要らしんだ。師匠はそのエネルギー発生装置も持ってたけど、それは俺達の宇宙では材料や原子構成の問題で製作不可能」


 その後、男は更に詳しい説明をした。

 正確に言うと、必要なエネルギーは二種類。


『転送陣を作り出すためのエネルギー』

『実際に転送を行うためのエネルギー』


 前者は、この星のテクノロジーでも簡単に用意する事が出来る。

 だが後者は、それこそ宇宙を一瞬で破壊させられる程に強大なエネルギー。


「つまりぃ……」


 甥はこれまでの話を、自分なりに整理してみる。


「肌の色がおかしい胡散臭い男と一緒に、エネルギーが足りないから発動出来ない装置を作って、後生大事に飾ってたって事?」

「随分な言い方だけど、そんなトコ」


 男は甥っ子の頭に手を乗せ、ワシャワシャと撫でた。


「でも発動出来ない訳じゃあないんよ。転送実行出来るような巨大エネルギーの持ち主……生き物か、それとも物質か……とにかくそんなヤツが、どこかの宇宙で生まれれば。この装置を使って、ソイツを『召喚』出来るんさ」

「召喚って。ゲームじゃないんだし」


 転送装置の赤い点灯。強大なエネルギーを持った者が、別の宇宙で誕生したという意味。

 この男が作った転送装置には、レーダーの機能も付いているのである。


 ただ、別宇宙にある転送装置達にもレーダーが付いている訳では無い。

 その惑星にある材料や環境に左右されるし、『師匠』があくまでも転送陣の理論だけしか伝えていないというケースもあるからだ。


 甥は首を逆方向へ傾け直し、男に問う。


「でも待てよオッチャン。俺はまだ半信半疑だけど、その……もし本当に、そんなヤバイエネルギーを持った怪物を召喚したら、この宇宙も危ないんじゃないの?」

「うん。そうかも」


 男は平然と頷いた。

 甥は「軽く言うなジジイ!」とツッコミを入れる。


「その師匠ってのは、何でそんな危ないマシンの作り方をオッチャンに教えたんだよ?」

「物理理論ってのは『危険か』『安全か』なーんてのは本質と何も関係無いんだよ。世界の真理なんだ。皆がそれを知る権利がある。俺が教えてくれと言ったから、師匠は教えてくれた。それだけの事だね。この理論をどう使うかは、知った者個人が善人か悪人か……って問題さ。わははは」


 男は笑って、次に部屋奥にある引き戸から小さなカプセルを取り出した。

 そのカプセルを、筒状の転送装置に投入。

 装置が、うっすらと光を帯び始めた。


「わははって……じゃあ実際に召喚しちまおうって考えてるオッチャンは、悪人ってワケかよ?」

「そうかもしれんねえ。でも俺はただ、師匠と一緒に作ったこの装置の効果を、知りたいだけさ」


 純真な目で言う叔父を見て、甥っ子は一瞬納得しかけた……が、


「ってコラ。それで宇宙を危険に晒しても良いのか?」

「んー……知らん」

「知らんって……」


 無責任な言葉に、甥はガックリとうな垂れた。


「それにそのエネルギーを持つ者ってのが、師匠と同じ『エネルギー発生装置』を作った天才科学者ってパターンもあるんだしさ。危なくないかもしれない」


 と、男は言い訳になっていない言い訳を口にする。


「科学者って、師匠本人ってパターンは無いのかよ?」

「自分が生まれ育った宇宙には何度も行き来可能だけど、別の宇宙には二度足を運べないらしーんだよ。何故そうなるのかってのは研究中だったみたいだけど。それにさっきも言っただろ。師匠の世界はもう千兆年の二十倍もの年月が流れてるんだからさ」


 男は少々残念そうに言って、更に追加のカプセルを転送装置の中へ放り込んだ。

 光が強くなり、床へ円状に広がる。

 白い光の中に、青い幾何学模様が浮かび上がる。

 煙がもうもうと立ち上がった。


「お、おい。これ大丈夫か?」

「大丈夫だろう多分」


 男の気楽な言葉通り、煙はすぐに消えた。

 すると床の上に、先程までは無かったはずの白い物質が現れていた。


「オッチャン、あれは……?」

「うーん。もしやあれが莫大なエネルギーを持った者……いや、物……?」


 この星の住民のそれとは色や形が違うが、これは『骨』だった。

 正確に言うならば、真奥桜の右膝の皿。膝蓋骨である。


「お、オッチャン。何か意思疎通コンタクト取ってみろよ」

「うむ………………いざとなったら、怖いな!」

「オイ!」


 と、まず二人は恐る恐ると骨を観察していた。

 しばらく経って、『他の世界での用』が終わった桜が、ようやくこの世界に意識を向ける。


「んで。あんたらは何が望みよ?」


 突然聞こえた言葉に、男と甥は驚いた。


「うひぇー。喋った」

「おおおお、おお、おお、おおおオッチャン! 喋っとるぅー! 生きとるぅー!」


 細かい事を言うならば、桜は喋ったのではなく、莉羅のテレパシーで翻訳通話している状態である。

 ただ本人達にとっては、実際会話しているのと同様。


「さっさと要件片付けて、あたしを元の世界に戻して欲しいんだけどー! 望みを言えーい!」

「……望みだって?」

「おおお、もしかして何でも願いを叶えてくれる系!? 漫画みたいに!? お、オッチャン。これ金持ちになるチャンス……」

「馬鹿、待て! そういう旨い話をしたくて、装置を発動させたわけじゃないぞ!」


 男は甥っ子を諫めた後、コホンと咳払いをした。


「望みなんてものは無い。ただ俺は、キミに会ってみたかっただけだ」

「はぁ~? 何それ。そんなんで呼び出したの!? 迷惑!」

「す、すまんね。すぐ戻すから……」



 …………



 それから男は本当にすぐ、桜の骨を元の宇宙へと返した。


「オッチャン、こんなあっけなくお別れして良かったのか?」

「ううむ……」


 男は師匠との想い出を脳裏に浮かべつつ、考えた。


 別宇宙生物との邂逅は、一瞬で終わってしまったが……

 しかしここで重要なのはあくまでも、装置が意図通りに動作した事。

 師匠と共に作った機械が、正しかったという事。


「ま、いいだろこれで」


 男はそう呟いて、すっかり消灯してしまった装置を再び棚の上へと飾った。




 ◇




「……まだ、生きてたんだ……確かに、空間の時差を計算すると……あそこでは、たった……二十年……か」


 莉羅はいつも通りの無表情で、しかし若干驚いたような声で小さく呟いた。

 膝の骨が戻り右足が完成しつつある桜は、そんな妹の様子に気付く。


「どうしたの莉羅ちゃん。さっきの水色人間達がどうかした? あたしとしては、何もせずすぐに返してくれて楽だったけど」

「ううん……別に……ただ……」


 莉羅の中にあるライアクの記憶が、ちょっとだけ懐かしがっている……ような、気がする。


「……次、いこ」

「はーい。ヨロシク頼むわよ、りーらちゃん!」

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