113話 『姉はコツコツ地道にやるのが大嫌い』

 其の一。再び。



「……はっ。どうしたことだ。我は確か、HPが0になって死んだはずだが……」


 堕天の魔術師が目覚ると、尽きたはずの生命力が満ちていた。

 そしてそんな自分とは対照的に、


「……勇者が倒れている……?」


 先程まで元気いっぱいで自分を殺しにかかって来ていた勇者が、顔面蒼白になり気絶している。

 鼻、喉、腹が微かに動いているので、息はしているようだ。


 状況を把握できずに、ただ勇者を眺めていると、


「あたしが生き返らせてやったのよ。感謝して欲しいわね」


 頭の中に、謎の声が直接響いてきた。

 堕天の魔術師は驚き、部屋の中をキョロキョロと見回す。

 すると、


「勇者なんちゃらってのも、サービスでとりあえず失神させといてあげたわ。後は殺すなり埋めるなり食べるなりご勝手に」

「て、手首が喋った!?」


 手首から先だけが、宙に浮き動いている。

 しかも、よく見ると人差し指がない。


「……そうだ、思い出した。手首、いやあなたは……破壊神様!」


 秘術で呼び寄せた、凶悪な破壊神だ。

 そして先程の口ぶりによると、死んだ自分を生き返らせ、勇者さえもいとも簡単に倒してしまったらしい。

 見た目は手首だが、やはりその名に相応しい強大な力を持つようだ。


「ありがとうございます、破壊神様。我は……」

「誰が破壊神よ! ざけんな、頭蓋骨折るわよ!」

「ひぃっ!?」


 手首――桜は突然キレた。


「あたしは美の女神。かつ愛の女神。かつ弟の妻」

「弟の……? というのがよく分かりませんが、女神がそんなインモラルな関係を築いてて良いのですか」

「良いのよ、神様だから。姉弟でチューしたり触りっこするのは、神の必修科目なのよ」


 そんな美の女神のすぐ隣では、妹が「妻じゃ、無い……もん」と少々不機嫌になっている。


 桜は現在、転送陣越しに念動力サイコキネシスを送り、別宇宙へ飛んで行ってしまった自身の手首を動かしていた。

 更に、莉羅のテレパシー能力を利用し、現地人と会話もしている。

 ちなみに莉羅は、言葉の同時翻訳もしてくれている。


「とにかく仕事はしたんだからさ。再転送? ……ええと、あたしを召喚した時と同じ手順で、もう一度機械を作動させなさい」


 桜の体を元の世界へ戻せるのは、召喚した堕天の魔術師本人だけだ。

 転送陣発生装置に使用ユーザー記録が付けられ、ロックが掛けられているのである。


「しかし破壊し……女神様。あれをもう一度やってしまったら、今度こそ我は死んでしまいます」

「へえそうなんだ。だから何? 早くやりなさい」

「ええー……」


 堕天の魔術師は、この惑星で一番強大な体内エネルギーを持つ者だ。

 しかしこの惑星の人々は、そもそもの所持エネルギーが少ない。最強である堕天の魔術師でさえも、死のギリギリまで追い詰められた状況でないと、転送陣を作動させる事が出来ないのである。


 他の宇宙、他の惑星には、血や体液を捧げるだけだったり、ただ機械に触れるだけで召喚出来る者もいる。

 この星最大の魔術師は、世界全体から見るとハッキリ言って雑魚なのだ。


「良いからさっさと……うん、莉羅ちゃん何? え? そうなの?」

「どうしました女神様。リラチャンとは」

「こっちの話よ、気にしないで。それよりさ……」


 桜は、莉羅から耳打ちされた提案を話す。


「あたしがあんたに魔力をちょっと貸してあげるわよ。それを使って、召喚の機械を動かしなさい。そうすれば死なないから」

「魔力の貸与。そんな高等な術も使えるのですね、破か……女神様」


 エネルギー自体は桜の物を使っても、転送陣を発動するのが堕天の魔術師であれば、問題は無い。

 これで桜の手首は、こちらの宇宙へ戻って来られる。


「じゃあさっそく魔力あげるわよ。その後は、好きに世界征服でも世界陸上でもやってなさい。ええと……打点王の三塁手……だっけ?」

「堕天の魔術師ですぞ!」

「ああ、それそれ。とにかく野球の世界大会頑張りなさい。バイバイ」


 そして桜の左手首は、元の世界に帰って行った。




 ◇




 一つ目のパーツを無事取り戻した桜。

 顔と手首だけが並び、どちらも肉体の断面に転送陣がくっ付いている。


「まっ……こんな、感じで……あと、百六個……頑張ってね、ねーちゃん」

「うわああヤダああああ。面倒臭すぎるううう!」


 まだ一回目だと言うのに、桜はもうゲンナリしている。


『どうしたんだ今の叫び声は! また害虫害獣が出たのか?』


 数メートル離れた場所にて、テルミとテレビ電話で会話していた父が、娘の悲鳴を聞きつけた。

 桜はちらりと、弟の手にあるスマホ画面に映る父を見て、


「ええそうよ。ムカデがぎっしり数十匹詰まってたの。エンジンも動かないわぁ~」


 嘘をついて、いい加減な返事をした。

 テルミはスマホの内側カメラで桜の顔だけを映し、身体が無くなってしまった事を父へ悟られないように気を付けている。


『エンジンが壊れたって言うのか! そりゃ不味いよ。母さんにバレない内に早く修理しないと。そうだ、ロードサービスを呼びなさい。保険で年二回までタダだから』

「あー大丈夫もう呼んだわ。呼んだ呼んだ」


 勿論呼んではいない。そもそもエンジンも壊れていないし、適当に相槌を打っているだけだ。

 桜は父とこんな会話をしつつも、念動力とテレパシーで別宇宙の者達とも同時に会話している。返答がおざなりになってしまうのも仕方ない。


 ちなみに今は、光彩の勇者なる一つ目一本足の女を殴って(肉片でタックル)、言う事を聞かせ、再転送させる事に成功した。

 桜の腕の一部が、輪切り状態で現世へ戻って来る。

 本来なら最悪にグロイ断面図なのだろうが、切り目には転送陣が張り付いているため、血も骨も見えないで済んでいる。


『そうかそうか呼んだか。じゃあロードサービスの人が来るまで暇だろう、皆』

「あんまり……暇じゃ、ない……」

『よーし、パパが面白い話をしてあげるぞ子供達よ!」


 面白い、と自分で無駄にハードルを上げる父。


「わっははは! パパのお話好きだろ、莉羅ちゃーん!』


 父は久々に子供達全員と触れ合った事で、妙なハイテンションになっている。

 桜と莉羅がジト目になり、テルミのスマホを睨み付けた。

 姉妹二人は、父の小咄を聞いている余裕はないのである。


 テルミは軽く苦笑し、


「どんなお話なのでしょうか。聞かせてください父さん」

『おお聞きたいかテルミ!』


 と、父の相手を自分一人で一手に引き受けた。

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