108話 『兄は誰にでも優しいから…勘違いするめすぶたが現れる…(妹談)』

『めすぶた……めすぶた……』

「ひうぅぅ!?」


 生徒会室。

 新生徒会への業務引き継ぎ作業中。

 突如、柊木いずなの頭中に少女の声が鳴り響いた。

 いずなは驚き叫び、周りから変な目で見られてしまう。


「どーしたのー? 柊木ちゃん」

「い、いえぇぇ……なんでも無いですぅ……ご、ごめんなさいぃ。ちょっとトイレに」


 いずなは慌てて席を立ち、生徒会室から飛び出した。


「あうぅ……きっと『どんだけ我慢してたのさ』なんて笑われてるんだろうなぁ……はぁ……」


 と青色吐息で廊下の柱影に隠れる。

 すると先程の声が、再び聞こえて来た。


『めすぶた……ひーらぎいずなよ……』


 声の正体は真奥まおく莉羅りら。小学六年生。

 テレパシーにて、いずなの思考へ直接話しかけている。


「さ、サラリーマンの神様ぁ! お久しぶりですぅ」

『うむ……』


 いずなは、莉羅の声を神様であると思い込んでいる。


「今日はどうしたんですかぁ?」

『何も聞かずに、今すぐ……南校舎四階奥の、空き教室へと……行くの……だー』

「えぇ、今からですかぁ? それはどうして……」

『何も、聞かずに……と、言ったはず……』

「えぅぅ! わ、分かりましたぁ!」


 神に逆らうと酷い目に遭う……ような気がするので、いずなはサラリーマンの神様に言われるがまま行動せざる得ないのである。

 ちなみに南校舎四階奥の空き教室とは、現在テルミと九蘭百合が清掃部活動を行っている部屋だ。


 小学校が終わり、何気なく兄の様子を覗き観した莉羅。

 すると、兄と教師が二人きりになっているのを確認。

 黒い霧事件や先日の引っ越し作業で、兄と九蘭百合は『なんか良い感じ』になった……と、あくまでも莉羅だけが思っているのだが……とにかく二人きりになるのは危険だ。


 そんな考えがあり、柊木いずなを乱入させ邪魔する妨害特攻女ジャマーに仕立て上げる。という作戦を実行中なのである。


特攻ぶっこめ……めすぶたジャマー……』

「ぶっこ……めすぶ……? よ、よく分かりませんけど、分かりましたぁ……!」

『はよ』

「は、はいぃぃ!」


 そしていずなは廊下を走る……わけにはいかないので、早歩きで移動。

 目標の教室内に誰がいるのかさえも知らずに、特攻ぶっこみをかけた。

 とりあえずノックをして、扉を開ける。


「お、お邪魔しますぅ……あ、テルミくん。と九蘭先生?」

「うにゃっ!?」


 それは丁度、テルミが百合の頭をナデナデしている真っ最中であった。

 突然いずなが現れ、百合は慌ててテルミから離れる。


「ちちちち、違うんだよこれは私は教師と生徒でそんな違う誤解なんだよ!」


 などと言い訳を連ねる教師。

 しかし、いずなは首を傾げ、


「はぁ……えっと、五階ってぇ……ここは、四階ですけどぉ」


 とズレた事を言った。

 テルミも呑気に「こんにちは、いずなさん」と挨拶している。


 ――お母さんが子供の頭を撫でる――


 テルミと百合の触れ合いは、そんな絵面であった。

 いずなの頭には「教師と生徒がイチャついてる!」などという考えは微塵も浮かばなかったのだ。


「あのぉ神様。それで私は、ここで一体何をすれば良いんですかぁ?」


 まさか乱入する事自体が目的であったとは思いもせずに、いずなは小声で神様へ尋ねた。


『うーん……まあ、いいや……ごくろう、ひーらぎ。これにて、解散……でーす』

「ええぇ!?」




 ◇




「お前達、よく来てくれた。くつろいでくれたまえよ」


 九蘭の家長いえおさである琉衣衛るいえが、畳の上に正座し茶をすすりつつ、にこやかな表情で言った。


 ここは九蘭の屋敷。

 普段は琉衣衛以外の立ち入りを禁止されている、畳張りの広い特別な執務室。


 集められたのは、三十数名の暗殺者達。

 くつろげと言われたが、皆は背筋をピンと伸ばし正座していた。


 彼らは琉衣衛から『特別な任務』を与えられると聞き、この場に参じていた。

 その任務とやらが一体何なのか、期待と不安を胸に抱く。

 これだけ大勢の者が一斉に遂行する仕事。大規模で困難な物に違いない。


 仕事の詳細を早く聞きたい。

 そう考える皆をじらすように、琉衣衛は、


「最近めっきり寒くなってきたな」


 と、仕事とは関係ない時候の挨拶を始めてしまった。

 殺し屋達は心の中で一斉に「オイ!」とツッコミを入れる。怖いので口には出さないが。


「一人暮らしを始めた百合が、風邪を引いてしまわないだろうか。心配だな……なあ夕子ゆうこ

「え? は、はぁ……」


 急に名を呼ばれ狼狽する、三十路の女性。

 彼女はテルミ達に昼子(仮)と名乗っていた殺し屋。本当の名前は夕子。

 昼と夕。あまり捻っていない偽名だったのである。


「ははは。お前と百合は歳も近いからな」

「…………」


 昼子改め夕子は複雑な表情を浮かべた。


 夕子は知っている。

 百合が『国を覆う霧』……しかも『黒い』霧に化けた事を。

 そしてあの騒動中、夕子に琉衣衛から霧信号のメッセージが送られて来ていた。


『百合の事は、一族の誰にも言うな』


 その後、百合は無事に元の姿へ戻った。

 黒い霧については、琉衣衛が直々に一族の者達へ、


「わしが極秘任務のため、霧を拡散した」


 と嘘の説明をした。

 更に翌々日。百合は九蘭の家から出て、一人暮らしを始めた。


 夕子は考える。

 琉衣衛と百合しか知らぬ、『何か』があるのではないか。

 その『何か』が何かは分からぬが。きっとグロリオサの秘密に繋がるものであろう。


 ……と。そんな夕子の思案を知ってか知らずか、琉衣衛は好々爺然とした笑い顔で言葉を続ける。


「実は百合の引っ越しについて、皆に嘘をついていたのだよ。『特別任務のため、一時的に住居を移した』と言ったがね……実は、百合は組織を抜けた・・・のだ」

「えッ!?」


 突然のカミングアウトに、その場に集まった全員が驚嘆した。

 しかし夕子だけは、何となく察しがついていたため、冷静に聞く事が出来た。


「……なるほど。つまり今日は、裏切り者の百合ちゃんを始末しろと……そのために集められたのですね?」

「おいおい夕子、冗談はよせ。百合一人殺すのに、なんで三十人以上もの人員を割く必要があるんだ」

「それは……」


 同僚の反論に、夕子は言い淀む。

 あの『黒い竜』の正体は百合。それを考えると、三十人でも少ない気さえする。

 しかし竜については、家長から口止めされている。皆に理由を説明する訳にはいかない。


「ははは、夕子よ。勘違いして先走られては困るよ」


 琉衣衛はそう言って、茶を一口飲んだ。

 それを聞き夕子は「その件では無かったのか」と、安堵と拍子抜けが混じった複雑な気分になる。


「百合はこのまま放っておく。しばらく自由にさせてあげよう。気が済んだらまた帰って来るだろう」

「何と……!?」


 皆は、またもや驚嘆した。

 裏切り者には死の制裁。それが組織の掟のはずだ。

 なのに何故、百合だけ目溢めこぼしするのだろう。

 しかもこの口ぶりだと、組織への再加入も許すと言わんばかりではないか。


「どうして百合を放っておくのですか?」

「どうしてか、分かるかね?」

「それは……」


 分からない。

 百合は一族の中でも落ちこぼれ。特別扱いする理由など、微塵も存在しないはずだ。

 と、一族の者達が眉間にシワを寄せ考えるのを見て、琉衣衛は楽しそうに茶をすすった。


「そうそう。ところでお前達を此処へ呼んだ理由なのだがね」


 琉衣衛は改めて本題に入る。

 皆は考えるのを一旦中止し、家長の言葉に耳を傾けた。



 ――その時、夕子はふと悪寒を感じ肩を震わせた。


 虫の知らせとばかりに思い立ち、今ここに集まっている者達の顔を見渡す。

 いつも自分と一緒に仕事をしている暗殺者が多い。

 一族内に数多出来上がっている派閥の一つ。そのフルメンバーだ。


 この派閥は、琉衣衛には秘密でテルミの身辺を探っていた。

 つまり、『グロリオサの秘密を暴くため、琉衣衛の命に背いていた者達』でもあり……



「すまないな。お前達、死んでくれないか」



 そこで夕子の意識、そして命は途絶えた。

 部屋へ集まった者達、皆が一瞬で消えて・・・しまったのだ。

 黒い霧が、畳の上で揺蕩たゆたう。


「お前達が輝実てるみくんを探っておるのは、わしも気付いておった。もし百合もそれを知ってしまえば、ますます一族に反感を抱くだろう。反感……これ以上の反感は、避けねばならぬ」


 琉衣衛は、そう言って立ち上がった。

 その動作で空気の流れが変わり、黒い霧が小さな渦を巻く。


「百合が此処へ帰って来ぬのなら、怨霊の仲間を増やす別手段を講じるまで……だが、百合が帰って来るのならば、それに越したことはない。安心して戻れるように、些細な事でも遺恨の元は断ち切っておかねばならぬのだよ」


 そして琉衣衛は黒い霧を見つめ、消してしまった子孫達へ詫びた。


「申し訳ないが、わしにとってはお前達三十人より、百合一人の方が大事なのだよ。孫の孫の孫の……どれほどの孫かはもう分からぬが……子孫にこのような仕打ちをするのは、身を切る思いだがね」

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