104話 『兄妹と首の少女の微笑み』

「ごめん……兄ちゃん……ごめんなさい……」


 少女が地べたに座り込み、謝りながら慟哭している。

 首と両足の切断面が痛々しい。

 その血と涙は流れると同時に黒い霧と化し、怨念の空間内を漂っていた。


「この子は何を謝っているのでしょうか……」


 他の怨念達とは様子が違う少女。

 テルミはその子の顔を確認し、正体に気付いた。


「もしかして、先程の記映像で見た……リオさんですか?」


 その問いかけに気付き、リオは振り向きテルミを見上げた。

 両手で支えている頭が胴体から離れ、黒い霧が勢いよく吹き出す。


「あなた、新しくここ・・へ来た人ね……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 リオが喋るたびに、新しい霧が発生している。


「どうして謝っているのですか?」

「……ごめんなさい……ごめんなさい」


 取りつく島も無い。

 テルミは困惑しつつ、リオの最期を思い返した。


 貴族から麻薬漬けにされたリオは、兄オーサの助けを拒否。

 それにより激高したオーサから、殺されてしまった。


「もしかしてリオさんは、あの一件を悔いているのでしょうか。それでお兄さんや、巻き込まれた方々に謝罪を……」

「んーん……違う……」


 テルミの推理を、莉羅が即否定した。


「そうじゃ、無い……」

「それでは一体?」

「……この子は、ね……」


 莉羅が理由を述べようとした、その時。

 リオの頭が、ぼとりと落ちた。

 肉と地面がぶつかる不快な音と共に、リオは語り出す。


「ごめんなさい……兄ちゃんのせい・・・・・・・で、こうなって……ごめんなさい。でも、あたしも巻き込まれて・・・・・・……苦しいの……寂しいの……」


 他人事のように、言い放つ。

 そしてリオは、唇の端を大きく歪ませた。



「あなたも、あたしと一緒に苦しんでね」



「……!?」


 テルミは、ぞくりと背を震わせた。


 リオの自分勝手な言い分。

 歳相応と言えば、それまでなのだが。


「ここに、いるのは……怨念……」


 莉羅がそう呟き、呆けていたテルミは我に返った。


「一見、謝罪している……けど……結局は、『苦しむ仲間』を……探している……」

「……そうですか。仲間……」


 テルミにも、リオの気持ちが少し分かる気がする。

 辛い時、「どうして自分一人だけが、こんな目に遭っているんだ」と思うより、「皆も同じように苦しんでいる」と思った方が、多少は気持ちが楽になる。


 とは言え、『不幸な仲間が増えるのを、歓迎し喜ぶ』のはエゴイスティックな感情だ。

 だが、悠久の時を苦しみながら過ごしてきた怨念達。そのような感情を抱いても、仕方がないかもしれない。


「地球人だろうが、宇宙人だろうが……人は、どこまで行っても……ワガママな、もの……」


 テルミの考えを見透かしたかのように、莉羅が呟いた。


「オーサも、そう……結局……自分の思い通りに、ならないのが……気に入らなくて……妹を、殺した」


 そう言って莉羅は、リオを見る。

 リオは両手で首を拾い上げ、相変わらず「ごめんなさい」と泣きながら、笑っている。


「でも……ワガママだから、こそ……ライアクは……『人』が、好きだった……んだけど……ね」

「……なるほど」


 超魔王ライアクは、人々の身勝手、独善、自己中心的な思考に興味を持った。

 そして、人々の思いやり、善意、博愛にも興味を持った。

 相反する気持ちの狭間で曖昧に揺れ動く、『人』。


 そんな『人』を観察するのが、好きだったのだ。


「…………」


 莉羅は、自分に溶け込んでいる『ライアクの記憶』を振り返る。


 もしライアクが未だ健在だったら。

 きっと、桜やテルミ……それに自分の事を、亜空間から楽しく観察しているだろうな。


 そう考えた後、莉羅は「今そんな場合じゃなかった」と首を振った。


「ここにいても、どうにも出来ない……行こう、にーちゃん……」

「……そうですね。先生を探さないといけませんし」


 テルミは頷き、莉羅と共に歩き出した。

 リオは二人の背に向かって、


「ごめんなさい……」


 と笑い続けている。

 先に進むにつれ、リオの声は小さくなっていった。


「リオさんがここにいるという事は、オーサさん本人や、あの・・解説おじさん達もいるのでしょうか?」


 ふと思いつき、テルミは莉羅に尋ねてみた。


「解説おじさんや……実況おじさんや……解説ストロングマスクは……いる……けど」

「けど?」

「オーサ、は……いない……よ」


 莉羅は立ち止まり、兄の顔を見つめた。

 テルミも妹に合せて足を止める。


「オーサの命は、完全に尽きた……だからこそ……『霧の力』は、時空を越える事が可能となり……別の宇宙まで、辿り付いた……の」


 そう言って莉羅は瞼を閉じ、辺りに響く怨念達の叫びを聞く。


「あの『宇宙』で……怨念も、何も残さず……完璧、綺麗に死ねたのは……オーサ、だけ……なの」

「…………」


 莉羅の説明を聞き、テルミも怨念達の声へ耳を傾けた。

 辛さ。苦しさ。そして悲しさに溢れている。


 オーサだけが『死ねた』のは、何とも皮肉……とは少し違うか。

 ともかくテルミには、残酷で無慈悲に思えた。


「……九蘭百合が、いる場所まで……もう、すぐ……だよ」


 莉羅はテルミの腕を引っ張り、再び歩き出す。

 テルミも気持ちを切り替え、足を踏み出した。

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