103話 『兄と霧の中の怨霊達』

 九蘭百合を無傷で助けたいか? 

 と聞かれれば、当然テルミは、


「はい」


 と答える。

 お人好しな兄が期待通りの返事をし、莉羅は頼もしいやら不安やらで複雑な心持ちになった。


「どうすれば先生を助けられるのですか?」

「それは、ね…………百聞は、一見に如かず……」



 …………



「……あれ?」


 突如、テルミの視界が真っ暗になった。

 すぐ近くにいたはずの莉羅やレンの姿が見えない。

 周囲は暗闇。


 黒い霧が濃くなった……とも何か違う。

 それに、蚊が鳴くように微かな音量だが、多くの話し声が聞こえる。


「にーちゃん……」

「莉羅!?」


 テルミの目前に、突然莉羅が現れた。


「にーちゃんは……いや、正確には、にーちゃんの意識・・は、今……グロリオサの、霧の中の中・・・に……いる。オーサや、消された人々の……怨念が、溜まっている……場所」

「グロリオサ……? 意識……? オーサ、怨念……? 莉羅、一体何を言って……」


 そこで莉羅はテレパシーを使い、テルミに『宇宙災害グロリオサ』についての記憶を見せた。


 オーサは宇宙人……だが、姿形は地球人によく似ている。

 そんな彼の人生。


 悲惨なスラム生活。

 奴隷闘士としての成り上がり。

 妹を殺す。

 父親代わりになった者を消す。

 星を消す。

 宇宙を消す。

 そして、巻き込まれた者達の怨念。


「……こんな悲惨な事が、あったのですか」

「うん……この霧の、中には……一つの宇宙、丸ごと……全物質の怨念が、宿っている……」


 莉羅にそう言われ、テルミは目を閉じ、辺りのに耳を集中させた。


「苦しい……」

「グロリオサ」

「……助けて」

「嫌だ……来るな……」

「グロリオサ」

「お前も一緒に苦しめ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサグロリオサグロリオサグロリオサグロリオサグロリオサグロリオサ」



「……っ!?」


 テルミは驚愕し、目を見開いた。

 文字通り星の数よりも多い声が、悲痛に苦しみ悶えている。


「……九蘭百合の、思念も……この中に、紛れている……」

「先生が……!?」


 テルミは再度、に耳を傾けた。

 だがあまりにも大勢。

 その中から、九蘭百合の声を聞き分けるのは不可能だ。


 それに、先程見せられたオーサの記映像が気になる。


 オーサが『宇宙を滅ぼす霧』へと変貌した場面。

 百合が『黒い霧』へと変貌した時に、酷似していた。


 そして『霧に変化する能力』は、ここ最近何度も目や耳にしている。

 毒霧の暗殺組織……とやらのメンバーが持っている超能力と、全く同じ。


「莉羅。もしかしてオーサさんの『霧』の力は、昼子さんが属する暗殺組織の皆さんに、受け継がれているのでしょうか?」

「うん……そう、だ……よ」

「……では、九蘭先生は……昼子さん達と同じ、暗殺組織の一員なのでしょうか?」

「…………」


 兄の質問に、莉羅は少しだけ躊躇したが……結局、正直に答える。


「そう、だ……よ」

「……そうですか」


 九蘭先生が殺し屋。


 お菓子一つで大喜びし、些細な事で傷付く。子供みたいな女性。

 殺し屋のイメージからは、あまりにもかけ離れている。


 それとも、全ては本性を隠しての演技だったのだろうか?


「……九蘭百合を、助けるの……やめる……?」

「いえ。絶対に助けます」


 莉羅の問いに、テルミは迷わず即答した。

 もし今までの『九蘭百合』というキャラクターが全て演技、全て嘘だったとしても。

 一緒に過ごした日々が、無くなるわけではない。


「先生は、僕の大切な人ですから」

「……そっ、か……」


 莉羅は『大切な人』という言葉に少し嫉妬しつつも、兄の優しさに微笑んだ。


「……助ける方法は、ね……このたくさんの声の中から、九蘭百合を見つけ出し……連れ戻す……こと」

「声の中から、ですか……? しかし……」


 ここには、余りにもが多すぎる。

 地球人口を遥かに超える。

 そこから百合一人を見つけ出せるものだろうか。


 そんなテルミの心配を払拭すべく、莉羅が言葉を続ける。


「『見つける』までは……りらも、手伝うから……安心、して……ね」

「そうですか。ならば心強いです。お願いします、莉羅」

「くふふ……」


 と、莉羅は一度照れた後に、


「……でも」


 と付け加えた。


「……見つけた後に、『連れ戻す』説得をするのは……にーちゃんだよ……にーちゃんにしか、出来ない……」

「分かりました。だけど『僕にしか出来ない』とは?」

「それは、めすぶた一号が……………………いや、なんでも無い……」

「?」

「とにかく……早く、やらないと……」

「そうですね」


 何か誤魔化された気もするが、「百合と面識が無い莉羅よりは、テルミの方が適任だ」程度の意味だろう。と一旦納得する事にした。

 それより今は、百合を救うのが先決問題。

 テルミは大きく息を吸い、あの恐ろしい『声』の中に突入する覚悟を決めた。


「……にーちゃん……先に、言っておく……けど」


 莉羅が、若干言いづらそうな口ぶりで呟いた。

 作戦実行前の、最終注意である。


「何ですか、莉羅?」

「……もし、途中で……にーちゃんが、ピンチになったら……すぐに、この『空間』から脱出されるから……ね」

「脱出ですか? しかしそれでは……」


 というテルミの言葉を遮り、莉羅は、


「その場合……九蘭百合は、見捨てる……から」


 と、キッパリ言い放った。


「し、しかし」

「じゃないと、地球が……滅ぶ……」

「……そうですか」


 テルミも子供では無い。

 百合一人の命と、惑星全ての命。秤にかけるまでもない。

 その『最後の選択』をやらないで済むように、今頑張るしかないだろう。


「しかし最悪のケースが発生し、先生を見捨てる事になったとしても……あの『黒い霧』を、どうやって収めるのですか?」


 そんな兄の質問に、莉羅は難しい表情を浮かべた。


「……ねーちゃんに……」

「姉さんに……?」


 今回の件では、桜に動いて貰いたくないのだが……地球が無くなってしまっては、元も子もない。


「……ねーちゃんに、九蘭百合を……殺して貰う」


 そしていつも無表情な莉羅が、悲し気な顔を見せた。


「……その時は……ねーちゃんじゃ無くて、りらを恨んでね……にーちゃん」




 ◇




 霧の中を、テルミと莉羅の『意識』が進んで行く。

 ここに兄妹二人の肉体は無いのだが、「黒い空間を、兄妹二人で手を繋いで歩いている」というイメージが浮かんでいる。

 そんな二人に、多くの『怨念』が語りかけて来る。


「グロリオサ」

「……助けて」

「グロリオサ」

「ねえ……こっちに来て」

「あなたも……一緒に、苦しもうよ……」

「グロリオサ」


 亡者たちが、兄妹の足にしがみ付く。

 しかしそれはあくまでも意識内でのイメージ。

 亡者は二人の足をすり抜け、ただ恨み言を続けるのみ。


「……正直、怖いですね。ここは」

「うん……シャイニングくらい、怖い……ね」

「怖くて、そして……何だか、切ないです」


 莉羅の先導の元、テルミ達は怨念を素通りしながら前へ進む。


 本当は、ここにいる全ての呪いを救いたい。

 しかしそれは無理だ。

 テルミは自分の無力を歯痒く思いながら、前へ進んだ。


 すると、女性の声がした。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 謝罪する少女の声。


「もしかして、九蘭先生?」


 テルミはそう考え、泣き声に意識を集中させた。


 小さな少女、のイメージが浮かぶ。

 少女が地面にへたり込んでいる。


 テルミは急いで近くへ駆け寄った。


「……先生?」

「にーちゃん……違う、あの子は……!」


 九蘭百合では無い。


 百合の見た目よりも幼い。

 十歳前後……莉羅と同年代だ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 彼女は、謝罪の言葉を口にしている。

 両手で頭を抱え、涙や涎を床に垂らし、延々と謝り続けている。


 探している百合では無かったが、テルミは目の前の少女が気になった。

 他のは恨みつらみを吐き出しているのに、この少女は何故か謝罪しているのだ。

 何かが、他と違う。


「あの、君は……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

「……!?」


 テルミは驚き、肩を震わせた。

 少女の両足は、膝から下が無くなっている。


 いや、それよりも。


「ごめんなさい……兄ちゃん……ごめんなさい……」


 彼女は、首が切れていた。


 両手で頭を押さえ、胴体に無理矢理くっ付けている。

 ごめんなさいと呟くたびに、切断面がずれる。離れる。

 そして血飛沫の代わりに、黒い霧が漏れていた。

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