-333話 『宇宙災害グロリオサ、死』

 オーサは黒い霧と化した。

 もう本人でさえも、力を制御できない。


 まず霧は、闘技場にあった全てを『無』にした。

 霧に消された者達の怨み・・が、『無』の領域内を漂っている。


「怖い……」

「嫌だ……」

栄光のグローリーオーサの霧……」

「助けて……」

「お前のせいなのか……栄光のグローリーオーサ……」

栄光のグローリーオーサ……」

栄光のグローリーオーサ……」

「グローリー……オーサ……」



「……兄ちゃんが、悪いんだよ」



 オーサの意識は『無』の中で生き続けている。

 しかしオーサは言い訳も出来ず、耳も塞げず、ただただ皆の怨みを聞いていた。


 そして霧は、闘技場だけでなく周囲の土地も巻き込んで行く。


「なんだアレ……?」

「ヤバくね? 逃げた方が良くね?」


 国民達は、黒い霧を見て驚いた。


 霧は上空へ立ち昇り、長い紐のようにうねっている。

 そしてその紐の先端が、異形な顔を造形した。

 地球のトカゲやワニにどことなく似ている。巨大な瞳、巨大な鼻、巨大な口、巨大な牙。そして巨大な二本の角。全てを黒で構成しており、表面はうろこ状になっていた。


 霧の『力』の本質部分が、一匹の怪物として形取ったのである。

 それはこの惑星、及びこの宇宙には存在しない。架空の化け物。

 


 霧の化け物はより長く、より太く、より巨大に成長し、町を消滅させていく。


「あ、あああぁ!? 来るな、来るな……!」


 霧から逃げ惑う国民達。

 しかし霧は、何かを消滅させるたびに膨張のスピードを上げていく。

 逃走が間に合わず、人々は次々に消されていった。


「……あ……何か聞こえる……グローリーオーサ……って……?」


 霧に触れた者は皆、「グローリーオーサ」という無数の叫びを聞き……そして消されていく。

 消えた後には、怨みの念だけが霧に取り込まれる。

 そしてのその念もまた、「グローリーオーサ」と叫び続けた。



 霧はオーサの住んでいた国、隣国、大陸、そしてついには惑星を消した。

 次は隣の惑星。次は太陽。次は隣の太陽。更にまた隣の太陽。そして銀河……


 そうやって、宇宙全土を侵食していった。




 ◇ 




 所変わって別の宇宙。

 とある研究所に勤める青年が、その異変に戸惑っていた。


「大きなエネルギーが、いくつものエネルギーを吸収……いや、消滅させているッスね」

「何っ!? ……えー、つまり?」

「つまり宇宙が消滅してる最中って事ッスよ、所長。それも『普通じゃない』ケースで」


 青年は、『別の宇宙に行く』という研究をやっている科学者だ。


ウサギ・・・の形をしたエネルギー体を、別宇宙へ送り込む。そのウサギを目印にして、別宇宙を観測する』


 という実験を行っている途中である。


「大変だ! という事は、ロンギゼタが宇宙の消滅に巻き込まれるのではないか!?」

「そうなるかもッス。幸いまだ無事のようですけど。早く異変に気付いて、違う宇宙へ逃げれば良いんスけどね……ロンちゃん」


 違う宇宙同士では、時の進み方が違う。

 たった今受信している信号も、いつの時点の物かは分からない。

 こうしている間にも、ロンギゼタは助かっているかもしれない。助からず、消滅してしまったかもしれない。

 青年に出来るのは、ただ祈るのみ。


「しかし、宇宙を消滅させる程に大きなエネルギーか。まさに災害だな」

「そッスね。言うなれば……宇宙災害」




 ◇




 再度、『オーサがいた宇宙』での話に戻る。

 オーサが住んでいた銀河から、遠く離れた惑星。


「綺麗な星空ね」

「うん……」

「どうしたのよ、急に浮かない顔になって。こんな素敵な夜なのに」


 白いウサギの形をしたエネルギー体が、一人の少年と共に夜空を眺めていた。

 ウサギと少年は絆をはぐくみあい、親友になっている。


「ねえロンギゼタ108」

「ロンで良いって言ってるでしょ?」

「うん。ロン……確かに綺麗な空だけどさ……あれを見てごらんよ」


 少年は天頂を見上げ、指差す。

 ロンも共に見上げた。ウサギの狭い視界では、真上を見るのが一苦労である。


「あのは……何?」


 少年が示した方角には、一本の黒い紐がうねるように浮かんでいた。

 紐の先には、巨大な角や口を持つ恐ろしい顔。

 闇の怪物がそこにいた。


「あの紐は空に……いいえ、宇宙に浮かんでいるの? 今まで色んな場所を旅して来たけど、あんなの見た事が無いわ。どういう現象なの?」


 ロンは少年の肩に乗り、尋ねる。

 少年は何かを諦めているかのように、小さく笑った。


「……オイラは子供だから、詳しい物理現象や数式とかは分かんないけど。頭が良い学者さん達のお話では、あの怪物は『全てを消す』らしいんだ。しかも、それがどんどん膨らんでる」

「全てを消すって……ブラックホールみたいなもの?」

「ううん。ブラックホールのように、超重力がどうこうってのとは違うよ。ホントに空間ごと消して・・・るんだってさ」


 テレビ番組からの受け売りではあるが、少年は知っている限りの知識をウサギへ教えている。


「怪物が膨れ上がる速さも、日に日に増してるんだ。いつかこの宇宙全てを飲み込み、消してしまうんだってさ……僕達が住んでいる星も、あと数年か……もしかしたら、明日にでも消えるんだ」

「大変じゃないの! 早く逃げないと!」


 ロンは驚き飛び跳ねたが、少年は力なく微笑むのみ。


「今のオイラ達の科学力じゃ、逃げるのは無理なんだ。それに逃げた所で、あの闇はどこまででも追いかけてくるんだってさ」

「……そっか。だからここに住んでる皆は、悲しい顔をしていたのね……未来が、無いから……」


 少年は頷き、耳を澄ました。


「あの『黒い怪物』を見てるとね。今まで飲み込まれちゃった……宇宙人ってヤツかな? とにかく、その皆の悲鳴が聞こえるんだ。友達の殆どには聞こえないみたいだけど。オイラには何故か聞こえちゃうのさ」

「そう……あなたは私と気が合うだけあって、感性が鋭いのかしら」


 そう言ったロンの頭を、少年が撫でた。


「ロン。君だけは逃げなよ。他の宇宙に行けば、きっと助かるよ」

「嫌よ。あなた達だけ残して行くなんて」

「ロンには使命があるんでしょ? ここで終わっちゃっても良いの?」

「……良くないわよ……だけど……」

「ほら。約束通り、オイラの生命力を分けてあげるね」


 少年は、無理に笑って見せた。

 ロンの能力は、仲良くなった者から魂の一部エネルギーを貰い、別の宇宙へ転移する……というもの。

 少年はロンに向かい、魂の一部を譲渡した。


「オイラの事、忘れないでね」

「忘れない……絶対に、忘れないわよ」


 そしてロンギゼタは、別宇宙へと旅立った。


 しばらくした後。

 少年が住む星も、黒い霧に消されてしまった。

 そしてその星に住む皆の怨みも、霧の中に溜め込まれた。




 ◇




「ウサギだ。大魔王様、ウサギだよ」


 更に別の宇宙。

 土塊つちくれで出来た奴隷人形が、主人に向かってそう言った。


「ウサギがどうしたのだ、人形」

「たった今感じたのさ。大魔王様、あなたさえも成し遂げていない宇宙間転移によって、別宇宙からお客さんが訪問して来たんだよ……その客が、ウサギの形をしているのさ」

「……何と、宇宙間転移を……そうか。感知ご苦労である」


 筋骨隆々で立派なあご髭を蓄えた男は、奴隷人形に労いの言葉をかけた。

 人形は誇る事も笑う事もせず、無表情なまま頷く。


「でもね大魔王様。問題はそのウサギの出身地・・・さ」

「…………」

「ウサギがこの宇宙へ到着した瞬間……本当に一瞬だけど、あちらの宇宙の様子が見えたよ。強大な『無のエネルギー』が宇宙を飲み込み、破滅させようとしていた」


 人形は、その情景を思い出す。


「聞こえたよ。その『無のエネルギー』が叫んでいた。『無』なのに数多の意識が宿っている。ふふ、矛盾しているね」


 台詞としては笑っているが、奴隷人形の表情は全く変化していない。


「その叫び。『○×○ゥ△×ァ○××オーサ』……僕達の言葉に翻訳すると、栄光のグローリーオーサって所かな。巻き込まれてしまった宇宙中の生物、物質、空間……全てが一様に叫んでいる」


 人形は、乾いた目を主人に向けた。



「グロリオサ、グロリオサ、グロリオサ、グロリオサ、グロリオサ、グロリオサ、グロリオサ!」



「……ってね。ふふっ」


 楽しそうな声を、微動だにしない顔で言う。

 髭の大男は「そうか」と呟き、腕を組み目を閉じ瞑想に入った。

 奴隷人形はひざまずき、深く頭を下げる。


「それでは、僕はまずウサギを捕まえに行くよ。待っててね、大魔王様」




 ◇




 黒い霧は膨れ上がり、ついには宇宙の膨張へと追い付いた。

 この宇宙にはもう、霧しか残っていない。


 オーサの意識も、霧の中でまだ生きている。

 取り込んだ怨みも、霧の中でまだ生きている。


 その怨みを、オーサはずっと聞き続けていた。



「グロリオサ」

「苦しい」

「もう嫌だ」

「グロリオサ」

「助けて」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「許さない」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」

「グロリオサ」



 声から、逃れられない。



 更に悠久の時が流れ、宇宙は縮小を始めた。

 無の空間は行き場を無くし、宇宙縮小との矛盾を抱える。


 その矛盾の中で、オーサは宇宙に存在した全ての者の恨み言を聞き続けた。


 また更に時が流れる。

 矛盾が破綻し、宇宙は突然終焉を迎えた。

 そしてオーサも、ようやく消える・・・事が出来た。

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