-334話 『宇宙災害グロリオサ、惨』
闘技場の新たなる覇者となったオーサ。
その健闘を労い、マネージャーがささやかな……しかしオーサにとっては高級すぎるレストランで、ディナーをご馳走してくれた。
「こんな所に来て良いのかよオッチャン。俺は
「ああ、だけどチャンピオンだ。誰も文句は言わんさ。正装だしな」
「……チッ。窮屈で仕方ねえや」
オーサは不愛想に言い放ち、フォークも使わず手で肉を掴んだ。一口サイズに切り分けてあるステーキを、一気に五切れ口へ放り込む。
ただ悪態を付きながらも、実は内心、歳相応に照れていた。
そんな浮かれる気持ちを悟ったのか、マネージャーはクスリと笑う。
「何だよオッチャン、ニヤニヤしやがって」
「いや……ただ、私の息子を思い出してね」
「ふーん。あっそ」
オーサはマネージャーの発言に興味を持たず、もぐもぐと肉を噛みしめた。
◇
闘技場チャンピオンとしての初仕事。
それは防衛戦などではなく、インタビューだった。
インタビュアーは先日『解説世界チャンピオン』になったという、芸名『解説おじさん』。
新チャンピオン同士の対談という事で、中々に注目されていた。
「オーサくんの先祖は、お隣ワンセン王国に滅ぼされたデルガ国の王だとか?」
「ん、ああ。えっとだな」
解説おじさんの質問に、オーサは言葉を詰まらせた。
公表している『先祖が王』だとか『両親の仇が闘技場にいる』だとかは、全て嘘設定なのだ。
「はい、そうなんですよ。オーサは由緒正しき亡国王家の末裔。幼き頃より戦闘訓練を受けていたのも、それが理由です」
受け答えが苦手なオーサの代わりに、マネージャーが饒舌に語った。
「なるほど。では
「その通りです。彼は『生まれつきの王者。
そんな二人の話に、オーサは「うん。そうソレ」と適当に相槌を打つ。
解説おじさんやら実況おじさんやら、ふざけた名前の奴らだな……と思ってたけど。意外と真面目に仕事してるんだな、このオッサン。
……と、そんな事を考えている間に、対談はつつがなく終了。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。今後もオーサの試合を御解説よろしくお願い致します」
解説おじさんとマネージャーが別れの挨拶を交わす。
その隣でオーサは、手持無沙汰に頭をボリボリ掻いていた。
すると解説おじさんがオーサの方を向き、
「オーサくん。畑違いですが、チャンピオン同士頑張っていきましょう」
と、握手を求めて来た。
「あっ、ウッス」
オーサは握手を返す。
おじさんはニコリと笑顔になった。
が、次の瞬間。
解説おじさんはスッと表情を無くし、虚ろな瞳になる。
「……毒……では無い。本質は、無の『空間』だ。触れた物を『無』とする『空間』。そしてオーサ自身が、無の『空間』の集合体」
突然ぶつぶつと呟くおじさん。
オーサとマネージャーは、きょとんとした。
「……はあ? なーに言ってんだオッサン」
「『空間』を操るのではない。オーサ、キミ自身が『空間』になる。キミの存在は、無の『空間』である」
「どうしました。しっかりして下さい、解説おじさんさん」
マネージャーが肩を掴むと、解説おじさんの瞳に光が宿り、正気に戻った。
「……あれ? 私は今何を言って……? す、すみません……え?」
解説おじさんは自分自身の台詞を覚えておらず、首を捻る。
「申し訳ない。私ももう歳だろうか……どうやら疲れているようです」
「ふーん。帰ったら寝とけよオッサン」
「はい、そうします。では次の対戦を楽しみにしていますよ、オーサ君。相手闘士は現Aランク二位。強敵ですよ……」
◇
Aランク二位の闘士。そしてその
「新チャンピオンのガキには攻撃が通じない……」
二位の
「元チャンピオンの盾
すると奴隷は難しい顔で唸る。
「元チャンピオンの作戦は失敗でしたけど。でも『隙を誘う』ってのは、正しい戦法だと思います」
「うん、そうだよな。だが……隙ねえ」
亡国の王家、両親の仇探し……と言った嘘情報の中に、一つだけ真実が紛れ込んでいる。
その
「妹を溺愛か。青臭いガキだ」
オーサの妹、リオについての情報である。
「その妹は今、あのガキの
二位闘士の
「確かあの爺さんは……そうか、そうだったな……ふふふ」
何かを思い出し、楽しそうに笑った。
「どうしたんです、ご主人様?」
「ふふ……敵の弱点は、敵本人
◇
そして数日後。
『さああああ! 新チャンピオン
『挑戦者もAランク最上闘士の一人。見応えのある戦いを期待して良いでしょう』
実況おじさんと解説おじさんの声が、闘技場内に響く。
まず挑戦者、次にオーサが入場。
会場は熱気に包まれた。
オーサはマネージャーをちらりと見る。
マネージャーは頷き、無言で激励した。
次にオーサは、観客席上部にある小部屋を見た。
それは特別VIP席。
窓から気の良い
最後にオーサは挑戦者を見て、へらへら笑った。
「ギブアップは早め早めに頼むぜニーチャン。俺が触れた瞬間に、あんたは死んじまうからよ」
「…………」
年下からの挑発。
しかし挑戦者は返事をせず、ただ口角を歪めた。
「なんだ、意外と根性のあるニーチャンだな」
などと感心している内に、試合開始の合図。
『あああーっと! さっそく打ち合いだあああ!』
オーサは左腕に括り付けている盾で、挑戦者の剣を受け止めた。
同時に挑戦者も、左手に持つ盾でオーサの手刀を受け止める。
そのまま両者硬直。刀同士の試合では無いが、あえて言うなら
勿論オーサは、敵の盾など簡単に溶かせる。しかし今は、わざとそれをしなかった。
早々に勝負を決めては見世物にならない。最初数分は様子見して、試合を長引かせろ。という指示が出ているのだ。
「へっ。俺に勝ちたいんなら、チャンスは今だけだぜ」
「…………」
オーサの自信満々で上から目線な台詞。
挑戦者は睨み返しもしなかったが……しかしここで、初めて口を開いた。オーサにだけ聞こえる小声で、囁くように喋る。
「おいガキ。お前の妹――リオが今どこにいるか、知っているか?」
唐突な、予期せぬ台詞。
オーサは敵の盾を押す力を、少しだけ弱めてしまう。
どこでリオの事を知ったのか。おそらくは、以前のインタビュー記事でも読んだのであろうが……
「……リオは今、使用人の研修で遠くに」
「そんなの嘘に決まってるだろ、世間知らずなガキめ」
「……はあ?」
オーサは挑戦者のニヤケ顔を睨み付ける。
しかし敵は怯みもせず、台詞を続けた。
「お前の
「…………何が言いてえんだ」
そう聞き返しながらも、オーサは薄々『敵が言いたい事』に気付いた。
だが、認めたくない。
住む場所や職、学校を与えてくれた主人が……
そして、まだ少女である妹が……まさか……
「これを見ろ!」
挑戦者は盾を持つ左手を勢い良く上げ、オーサの手刀を振り払った。
そして、撮影用カメラには映らぬ角度で、オーサにだけ盾の裏を見せる。
盾裏にはご丁寧に三枚も、写真が貼り付けてあった。
それは、挑戦者陣営が隠し撮りしたもの。
「…………リオ……!?」
全裸の妹が、オーサの
目に生気が無く。涙を溜め。
腕には注射針の痕が多数。
口から涎を垂らし、下半身からおびただしい出血。
両足は、膝から下が切断。
そんな写真であった。
「………………はっ?」
「くくっ」
少年がショックを受けると、挑戦者は喜々として目を見開いた。
右手に持つ剣を振り上げ、オーサの首に狙いを定める。
――毒では無い。無の『空間』――
オーサは、何故か解説おじさんの言葉を思い出した。
そうやって呆けるチャンピオンに、挑戦者が襲い掛かる。
「隙ありだ、ガキいいいッ!」
そして、挑戦者は一瞬で、
跡形も無く消え去った。
『…………うん!?』
何が起こったのか、しばらく分からなかった実況。
ハッと我に返り、職務を果たそうとする。
現状把握。
さっきまでチャンピオンと挑戦者が戦っていた。
しかし、挑戦者が突然
今現在コートにいるのは、チャンピオンのみ。
『ええええええ!? あー……挑戦者は……ど、どこに消えたあああああああああ!? これは一体!? 解説の、解説おじさんさん!』
『え、ええ。申し訳ありません。私にも分かりませんでした……』
実況、解説、観客、闘技場スタッフ、映像配信を見ている視聴者。
全ての者が、頭に疑問符を浮かべた。
挑戦者が先程まで立っていた場所には、ただ黒い霧が漂っている。
『勝者は、チャンピオン……で、よろしいのでしょうか!?』
『そうですね……いや、まずは運営の審議を待つしかないでしょう……はい』
そんな実況解説の言葉が響く中、次はチャンピオンに異変が起きる。
「……ご主人……ジジイィィィィィイイーッッッ!」
オーサは下半身を黒い霧に変化させ宙に浮き、観客席上部にあるVIP席へと突撃した。
オーサの
窓ガラスを破壊。
中にいた
黒い霧と化した異形のオーサを眺め、恐怖する。
そしてオーサは老人へ近付き、
「ジジイ、お前はリオの……うっ!?」
長らく会っていなかった、妹の姿を発見した。
VIP席の窓ガラスからは死角になっていた場所。
「り、リオ……リオ!?」
両足を無くし、地べたに尻を付くしかないリオ。
彼女は、兄がガラス窓を破り突入して来た事にも気付いていない。
全裸のまま、惚けた目で、一心不乱に舌を使い、
麻薬で頭が混乱しているようだ。
「……どうしてリオがここにいる」
オーサがそう尋ねると、
しかし生粋の貴族としてのプライドが、老人を開き直らせる。
「く……口を慎め! 奴隷
今までの好々爺然とした態度から一変。
老人は醜悪な本性を現した。
「俺とリオは、奴隷じゃないはずだぞ」
「は、ははははは! 本気でそう思っていたのか!?
「もう黙れ」
頭があった場所に、黒い霧が漂う。
老人の死体と共に、リオは地面へ前のめりに倒れた。
「あう」
と短い言葉を吐き、両手で上体を起こす。
きょろきょろと辺りを見回し、死んでいる主人、そして呆然としている兄の姿を発見。
リオは、そこでようやく状況を理解した。
オーサは妹へ一歩近づき、語りかける。
「リオ、ごめん……俺は……お前に……」
自分が闘士になったせいで、リオを巻き込んでしまった。
後悔する兄に、妹は言葉を投げかける。
「兄ちゃんが、ご主人様を殺したの?」
「え……? あ、ああ……」
「……そうなんだ」
そしてリオは、
兄を睨み付けた。
「兄ちゃん……どうしてご主人様を殺したのよ。あんなにお世話して貰ったのに」
想定外の台詞に、オーサはしばらく言葉が出なかった。
たっぷり一分経ち、ようやく口を開く。
「……世話……だと? こいつはお前に酷い事を」
「余計な真似しないでよ!」
リオは床を殴りつけ、バランスを崩し倒れ込んだ。
床に顔を付け、兄へ憎しみの籠った瞳を向ける。
「お金を貰って、ご馳走を食べて、気持ち良いコトして、
「おいリオ。何を言って」
「あたしは……あたしは……」
「やめろリオ。それ以上言うな……言うな!」
「あたしは、それで幸せだったのに!」
――無の『空間』――
――俺の存在は、無の『空間』――
…………
「オーサくん!」
老人の死から一分も経たずして、マネージャーがVIP席に現れた。
階段を駆け上って来たため、呼吸が乱れている。
「オッチャン」
オーサはマネージャーの姿を見て、小さく笑った。
しかしその表情には、活力が全く無い。
マネージャーはオーサに近づこうとして、死体を発見し息を呑んだ。
一つは、床に転がっている。
頭が無い老人――主人の死体。
そしてもう一つ。オーサが両手に抱えている。
老人とは逆に、頭
「……ご主人様……それにリオくんまで……これは……?」
そして主人の下半身が露出している事に気付き、マネージャーはおおよその経緯を理解した。
老人が少女を麻薬漬けにし、性的虐待を行っていた。しかもよりにもよって、この会場で。
それに逆上したオーサが、二人を殺した。
「……ご主人様……なんて愚かな人なんだ……リオくんには手を出さないでくれと、あれ程釘を刺していたのに……」
そう呟いた後、恐る恐るオーサの顔を見た。
「だ、だがオーサくん。どうして……どうして、あんなに可愛がっていた妹まで……?」
「もう『いらねえ』って思ったんだ」
オーサは、妹の顔を見つめる。
「俺はリオを……俺が……」
黒い霧が立ち上る。
開け放たれた出入り口や割れた窓から、外へと飛び出して行く。
謎の煙に、観客達は「火事か!?」と騒ぎ出した。
実況おじさんが慌ててアナウンスする。
『会場の皆さま、落ち着いてくださいっっっ! な、なんでしょうか!? 何が起こっているのでしょうか!? どうですか、解説の解説おじさんさ……あれ?』
『うっ……あああっ……?』
『か、解説おじさ……おい、大丈夫か!?』
解説おじさんの右手首から先が、無くなっていた。
それは以前インタビューで、オーサと握手をした手。
綺麗に消え、黒い霧へと変わっている。
『何……これは、一体何……?』
『しっかりしろ! この黒いモヤは、さっき
手の平だけでは収まりそうもない。
徐々に範囲が拡大している。
肘、二の腕、胸、左腕、腹、腰、足。そして首まで『無』が侵食。
『ああ……私は、妻や子を残して逝くわけには……か、解説の神様、助け……』
解説おじさんは完全に消え、黒い霧へと変わった。
『おい! おい、どこに……どうして消えて……あ、ああ……?』
実況おじさんは友人を助けようと、黒い霧に触れ……その指先が、消えた。
解説おじさんは消滅し、実況おじさんも消えていく。
観客や闘技場スタッフ達も、どんどんと消えていく。
人だけではない。壁も、床も、草も、土も、空気さえも、消えていく。
跡には、黒い霧が漂うのみ。
「オーサの霧が……!」
「いやあああ! ヤダ、ヤダあああ!」
「
「
劇場内に飛び交う悲鳴。
マネージャーは、慌ててオーサの手を引いた。
「オーサくん。何だか分からないが……とにかく今は、私達も逃げよう」
しかしオーサは力なく微笑み、マネージャーの手を振り払った。
「オッチャンだけ逃げてくれ……俺は、ここでリオと……」
オーサは自暴自棄になっている。
ここで死ぬつもりだ。
そんな少年を見て、マネージャーの目から涙がこぼれた。
「オーサくん」
マネージャーはオーサを優しく抱きしめる。
「頼む。一緒に逃げてくれよ、オーサくん」
「……オッチャン?」
「身分なんて関係ない。私はオーサくんを……息子のように……思……」
そして、マネージャーも消えてしまった。
「……オッチャン……?」
部屋を見回す。
ふと気付くと、さっきまで手に持っていたリオの首も消えている。
「……リオ? オッチャン? リオ? どこに……」
ふと、気付く。
「………………俺のせいか?」
――無の『空間』――
オーサは『何か』を理解した。
そして、その『何か』が弾けた。
「…………」
オーサは忽然と消え、真っ黒な霧となった。
霧は町を――国を――大陸を――星を――銀河を――宇宙を。徐々に、包み込んでいく。
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