-337話 『宇宙災害グロリオサ、弐』
敵の槍がオーサの体をすり抜けた。
そしてそれとは対照的に、オーサの手刀が敵の胸に突き刺さる。ナイフをバターへ通すように、胸から背まで軽々と貫いた。
「あんたも大した強さじゃねえな」
「ぐ……ああっ……てめ……」
「うっせ。死ね」
等というやり取りを敵と交わしつつ、初戦を圧勝。
オーサは華々しくも衝撃的なデビューを飾った。
『なっなっなあああああっ! なあんてガキだあああ! コイツはとんでもない新星が現れやがったあああああっっ!』
『はい、驚きですね。初めからAランク闘士というだけで前例が無いのに、それがまさか十一歳の少年。更にあの圧倒的な試合運び……まさに常識外れの闘士です』
と、場内に流れる放送。
「何だよあの声。うっせーな」
「実況おじさん(芸名)と解説おじさん(芸名)だ。闘技場の名物さ」
スカウトマン――本職は闘士達のマネージャー――が言った。
本日がオーサの初試合という事で、付きっきりで色々な事を教えてくれている。
そしてオーサ達が試合場から廊下へと移動しても、実況者達の声は流れ続けていた。
『鮮烈な印象だったポイントがあッッッ! 二つもあるううう! まずは何よりあの、剣が効かない身体ああああ! どうですか、解説の解説おじさんさん!』
『はい。資料によるとオーサくんは、霧化という、これまた前例の無い特殊な
毒霧化ではなく霧化。
一瞬だけ。
解説おじさんは、事実とは微妙に違う
『なるほどッ! そして二つ目のポイントは、あの手刀だあああっ! 武器も無いのに、切れ味が鋭すぎるウウウウ! どうですか、解説の解説おじさんさん!』
『はい。おっしゃる通り武器も無く、そしてスピードが殊更速い訳でもありません。だと言うのに、相手闘士の分厚く固い筋肉に刺さり貫通しました。おそらくあの少年の細腕には、とてつもない筋肉と武術の
やはり事実とは違う解説。
オーサは鼻で「ふんっ」と笑った。
「解説おじさんなんて大そうな名前のクセに、てんで見当違いな説明しやがんな」
「まあそう言うなオーサくん。そういう能力だって事に
毒霧で敵を溶かすのは、あまりにも一瞬で華が無い。
ここでの戦いはあくまでも見世物。エンターテインメントが無いと、人気のある闘士――金を稼げる闘士には、なれないのだ。
そこでマネージャーは、いくつかのアイデアを出した。
一つ目。
まずオーサの
更に『霧化出来るのは連続三秒まで』『一度霧化を解いたら、以後一分は霧化出来ない』という制約も課した。
オーサは『毒霧を発生させる』『自分自身が霧化する』『溶かす』という、厳密に数えれば二つ以上の能力を持つ。
しかし
闘技場の運営や観客達は、『霧に化ける』以上の能力が隠されているとは露にも思わなかった。
二つ目。
オーサの必殺技として、『何でも斬れる手刀』を演出する事にした。
手刀に霧を纏わせ、指に触れた物、触れた部分だけを即座に溶かす。そうすれば、スパッと斬ったり貫いたりしているように見える……という寸法だ。
そして
『幼き頃より闘士としての訓練を続けてきた』
『亡国の王家の血を継いでいる』
『両親は殺された。仇の顔や名前は知らないが、どうもAランク闘士の誰からしい……仇を探すため、戦っている』
と、色々設定を盛りまくっている。
ドラマ性があった方が面白いし、人気が出る。
地球で言う所のショープロレスのような物だ。
「まあ俺は金さえ貰えば良いんだけどな」
オーサはそう言って、マネージャーと共に選手控室へと向かった。
すると室内には、恰幅の良い初老の男性がニコニコ顔で待っていた。
「
男性はオーサの
「これはこれはご主人様。いらしてくださったのですか!」
「おっさ……いや、ご主人サマ。勿体ねえお言葉ッス。ッシャス」
オーサは、拙いながらに敬語も覚えていた。
マネージャーの教育の賜物である。
「さすがオーサ。強さも話題性も抜群だな。このまま最速でチャンピオンまで登りつめてくれたまえよ。はっはっは!」
初試合初白星に大満足の様子。気分良く笑っている。
オーサはこういうノリに慣れておらず、顔を引きつらせながら「うっへっひひひ」と無理に笑い返した。
「ところでオーサよ。大活躍の褒美代わり……と言っちゃなんだが、きみの妹に良い話を持ってきたぞ。と言ってもお見合いなどでは無いがね」
予期せぬ話題に、オーサは愛想笑いを止め真剣に耳を傾ける。
妹であるリオは、オーサと共に寄宿部屋で生活している。
この国の平均的な住居より数段劣る部屋なのだが、横穴に住んでいたオーサとリオには、とんでもない贅沢な暮らしぶりだった。
その部屋にてリオは今現在、「兄の生死を賭けた試合なんて怖くて観ていられない」という理由で留守番中。
そんな妹の処遇について、
「妹が手に職を付ければ、きみも安心だろう。そこで彼女には、わしの屋敷で使用人をやって貰う。掃除や料理、洗濯などを覚えられる」
「リオを……ッスか? でもそれは……」
「安心したまえ、奴隷では無い。きちんと賃金も出るし、決まった休日もあるし、労働組合もあるぞ。正式な職業だ。それに学校にも通わせてあげよう」
オーサの考えを読み、
特に『妹が学校へ行ける』というのは、自身も無学なオーサにとって非常に魅力的であった。
「頼むぜ……ええと、ありがて……がとうご主人サマ。まあリオがやりたいって言うのなら、ッスけど」
オーサがそう返事をすると、
二人きりになった室内で、マネージャーがオーサの肩を軽く叩く。
「良かったじゃないか、オーサくん」
「そうだな。リオが学校か……へへっ」
◇
リオは無事就職。及び就学。
兄妹の時間は減ったが、オーサは幸せであった。
オーサ自身も、順調に勝ちを重ねていく。
それも『完全無傷』という、今までの闘技場の常識では考えられなかった偉業と共に。
元々は所属闘士全ての面倒を見ていたマネージャーも、オーサ専属となった。
少年闘士なので与し易いと思われて、最初は試合マッチングが引く手数多だった……が、オーサの実力が認知されるにつれ、中々試合が組まれなくなる。
各
しかしAランクは狭き門にして狭き世界。いつまでも特定の一人を避けるわけにはいかない。
試合数は減ったが、オーサは確実に闘士達をねじ伏せていった。
まさに順風満帆。
オーサが抱く不満を強いて挙げるとするならば、成長期なのに背が全く伸びないという事くらいだろうか。
そしてスカウトから一年。
ついにオーサはAランクチャンピオンへの挑戦権を得た。
歴代チャンピオン就任までの最速記録は、四年。
EランクからAランクまで登りつめるのに一年半。
そこからチャンピオンになるまで二年半。
その記録保持者こそが現チャンピオンだ。
もしここでオーサがチャンピオンに勝てば、記録を大幅に塗り替える事となる。
そしてオーサは、絶対に負けない。
『チャンピオン決定戦ッッッ! ついに始まったああああああ! どうですか、解説の解説おじさんさん!』
『はい。オーサくんの快進撃が続くか、チャンピオンが名誉を守りきるか……注目の一戦です』
『見た所、チャンピオンの盾がいつもと違うようですがあああ! 大きい! 巨大いい!』
『はい。オーサくんの必殺手刀を防御するためなのか、それとも別の理由があるのか。その用途にも期待ですね』
と、実況解説が盛り上がっている中、試合のゴングが鳴る。
「
チャンピオンの大槍が、オーサの腹を貫いた。
しかしオーサは霧となり回避。
「おいおいオッサン。俺に刃物は効かねえよ。対戦相手の研究もして来なかったのか?」
「……ふっ。当然、して来た!」
霧のまま言ったオーサの軽口に、チャンピオンは口角を上げる。
そして、左手に持っている巨大な盾を、団扇のように扇いだ。
「うあっ!?」
『おおーーっと、これはあああ!?』
オーサは闘士になってから初めて、動揺の声を上げた。
霧化した体が、風によって飛ばされる。
『なんとおおお! 巨大盾は、霧を吹き飛ばすためだったああああああッッ!』
『はい。チャンピオンの怪力だからこそ出来る、奇策ですね』
「くっ」
オーサは慌てて霧化を解き、足を踏ん張った。
しかしチャンピオンは「待っていた」と言わんばかりに、槍を再度構える。
彼はオーサの試合映像を研究し、『霧化は連続三秒程度』『一度霧化したら、数十秒は使えない』という法則を見つけ出していたのだ。
……それが嘘の制約だとは、分かる道理も無かったのだが。
「仕方ねえな。チャンピオン戦なんだし、ちょっとくらい約束破ってもいいか……来いよ、オッサン!」
オーサは両手を広げ、挑発。
チャンピオンは躊躇せずに槍を振り、
「
オーサの腹へと突き刺した……が、手ごたえ無し。
オーサは再び緑の霧と化し、チャンピオンの背後へと回り込む。
霧化を解き、人の姿へ。
手刀に霧を纏わせる。
「お願いします、なんては言わねえよ。俺の栄光のために、どうか死んでくれや!」
「う、うぐああッッー!」
手刀が、チャンピオンの背と腹を貫いた。
オーサが右腕を横に薙ぎ払うと、血、骨、内臓が飛び出す。
チャンピオンは激痛に顔を歪ませ、地べたに倒れた。オーサはすかさず足に全体重を乗せ、大男の頭を踏みつける。
頭蓋がペキリと嫌な音を立て陥没。
そしてチャンピオンは、絶命した。
勝者が決定し、地が揺れる程の歓声が上げる。
『コロシアムを制したのは! な、な、な、ぬぁ~んと子供! つっても、見てたテメエらは知ってんだろお!? コイツはただのガキじゃあねええええ! 新たなチャンピオンんんんんん! その名はぁぁああ……オーサだあああっっ!』
再度、大きな歓声。
この偉大なる瞬間をリオにも観ていて欲しかったが、彼女は今、使用人研修として遠方に出張中。
それは残念であるが、しかしオーサは『最強の称号』、そして約束された『最高の報酬』を思い、興奮で両手を上げた。
「うにゃああああああ!」
少々間抜けな咆哮を、喉が痛くなるまで続ける。
その間も実況や解説は言葉を紡ぎ、オーサを称えた。
『史上最年少おおお! 史上最速うううう! そして史上最強のチャンピオンんんんん! 栄光! まさに栄光! えいこおおおおおおおおおおお!
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