-338話 『宇宙災害グロリオサ、壱』

 地球が生まれるよりも遥か昔。

 こことは違う宇宙でのお話。



 とある惑星にある、栄えた都市。

 数万人収容可能な、巨大円形闘技場があった。


 そこでは、奴隷である闘士達が殺し合いをしている。

 見世物として、そして賭けの対象として、観客を熱狂させていた。


 現在の試合。

 チャンピオン――筋骨隆々な大男。巨大な盾と太く長い槍を手にしている。

 挑戦者――チャンピオン程では無いが、やはり筋骨隆々な大男。チャンピオンの物より大きいが質の劣る盾と、小回り重視の軽い剣。


 身分は同じ奴隷闘士でも、武器や防具が違う。

 それはそのまま、奴隷所有者オーナーの財力や意気込みの差である。


 つまり今回は、チャンピオン所有者オーナーの方が金持ち。

 挑戦者側が貧乏という訳ではないのだが、チャンピオン側の方がより裕福なのだ。


フンッッッ!」

「があっ……!?」


 チャンピオンの一撃で、挑戦者の首骨が砕けた。

 実った稲穂のように、頭がだらりと胸の下まで垂れ下がる。

 当然、生きてはいない。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 チャンピオンが咆哮。

 盛り上がる実況に解説、そして観客。


 現チャンピオンは強い。そして所有者オーナーが金持ち。

 闘技場最高ランクの戦いで、既に二年間(時間の進み方が違うが、地球に照らし合わせるなら二年)、四十九もの防衛に成功している。今回で五十。


 だが所有者オーナーも客も、当の闘士さえも知っている。


『奴隷闘士は、命が短い』


 次々に闘士達が死んでいく。

 現チャンピオンも、いつまでも勝ち続けるはずがない。

 骨や内臓に致命的なダメージが蓄積されている。

 もうそろそろ入れ替わる・・・・・だろう。


 所有者オーナーや観客は、使い捨て感覚で試合を楽しむ。

 これがこの国の、最大の娯楽であった。




 ◇




 さて、チャンピオンが五十度目の防衛に成功していた時。

 この国北部に位置する町にて、一人の少年と一人の少女が盗みを働いていた。


 立ち並ぶ露天商の端、干した肉や野菜を取り扱う店。

 その時店主は友人達と共に、地球のテレビに似た映像受信機にて、奴隷闘士の戦いを楽しんでいた。

 チャンピオンの勝利に興奮し、チャンピオンの咆哮と共に叫ぶ。


 その隙を突いた。


 少年は干した肉を、少女は干した果物を手に取り、汚れた布袋へと詰め込む。

 これで五日は生きていける。

 少年と少女は、見つからぬ内に走り出し逃げた。


「うん? お、おい、そこのガキども! 今うちの商品を盗っただろ!」


 店主が気付き、追いかける。

 だが少年達は既に道の彼方。

 今から捕まえるのは無理だった。


「やったねオーサ兄ちゃん」

「黙って走れリオ!」


 少年に比べ、少女は足が遅い。

 兄は妹の手を引き、はぐれないようにする。


 彼らはこの北の町から、更に北に隣接する地区に住んでいる。

 その地区――町では無く地区・・――とは、簡単に言うとスラム。

 少年オーサと少女リオは、スラムで生まれ育った兄妹だ。


 オーサは地球人で言うならばおおよそ十一歳。リオは十歳。

 父は病死。母は失踪。

 劣悪な環境の中、二人だけで生きていた。


 今のように、隣町で盗みを働きながら。


「大丈夫だよ、ここまで逃げれば……うにゃっ!?」

「うぶっ」


 兄妹は、盛大に転んだ。 

 突如ぬっと突きだされた長い棒により、足を掬われたのである。

 王国兵の刺股さすまただ。


 科学の発達と共に、闘技場以外の場所で剣や槍は使われなくなった。しかし、刺股のような単純かつ効果的な捕具は未だ使われているのである。

 まあ、足に引っかけ転ばせるというのは本来の用途ではないのだが。


 刺股を伸ばしたのは、兵士三人の内一人。

 市街のパトロール中らしい。


「何しやがんだオッサンども。国家権力の犬が、か弱い市民に手を上げんのか?」

「そうだよそうだよ。あたし達が何したってゆーの!」


 少年少女は砂を払いながら文句を言った。

 しかし兵士達は、二人に刺股と拳銃を向ける。

 リオは怯え、オーサの背に隠れた。


「ガキども。そのボロ袋の中を見せろ」


 という兵士の申し出に、オーサは堂々と返答する。


「ヤダね。それで俺らに何の得があるんだ?」

「良いから見せろ。どうせ盗んだ物だろ」


 まさにその通り、盗品である。

 オーサは動揺した。

 しかし妹を守るため、強気に「違う。買った物だ」と言い張る。


 兵士はニヤつき、泥に汚れたオーサとリオの姿をまじまじと眺めた。


「お前ら、人外グウロだろ?」


 人外グウロとは、この地に住む者にとって『人間では無い者』という意味の単語。

 スラムに住む人々――正確には『スラムになる前から、そこに住んでいた原住民』は、こう呼ばれ差別されていた。


「税金も払わず、国に迷惑をかけて。普段は大目に見てやっているが……」

「なあにが『大目に見る』だ。怖いから放ったらかしにしてるだけだろ。ヘタレども」


 オーサの憎まれ口に、兵士達はムッとする。


「ふんっ。だが人外グウロが犯罪に手を染めたらどうなるか、ガキのお前でも分かってるよな?」


 その兵士の言葉を聞き、オーサは額に汗をかいた。


『犯罪者の人外グウロは、合法的に奴隷と出来る』


 この国には、そんな法律があった。


 昔はこの法は無く、人外グウロは堂々と狩られ奴隷となっていた。

 国外へ逃亡を試みる者もいたが、殆どは違法脱国者として射殺。

 だが近年になり、周辺諸国の人権派から圧力をかけられた。

 国の中枢機関は渋々折れ、『犯罪者のみ』という制約を付けたのだ。


 ただその犯罪・・の基準は厳しい……というか、ハードルが著しく低い。

 例えば、『人外グウロがスラム以外の町で酒を飲む』。これだけで犯罪。逮捕され、奴隷となる。

 もっと酷い例では、『人外グウロが貴族の視界に入った』。これだけで犯罪。


 つまり、周辺諸国へ向けた文章上だけの法律だ。


 ただ確かに、昔よりは奴隷として捕まる可能性が減った。

 人外グウロ達はスラムに引きこもり、貴族達の目に触れないよう過ごす日々。


 しかし子供であるオーサ達では、スラムの中で食べ物を手に入れるのが難しい。仕事も無い。

 そのため、今日のように隣町まで来て盗むのだが……



「だから俺達は泥棒じゃねえ。消えろやオッサン」


 オーサは兵士達を睨み付ける。

 少年ながらに迫力のある凄み。

 兵士たちは狼狽したがすぐに職務を思い出し、銃に刺股、警棒を構えた。


「調子に乗るな、人外グウロ


 オーサが泥棒かどうかなど、本当はどうでも良い。関係ない。

 ただ今の彼らは、貴族の命令により『子供の奴隷』を適当に見繕うため来ていたのである。


 どうせ相手は人外グウロ

 少女の方が無傷ならば、少年の方は足を使い物にならなくしても構わないだろう。


「大人しくしろ」


 そう言って兵士は、オーサの足に向け発砲した。

 空に響く火薬の音。


「きゃあっ!」


 リオは怯え、その場にしゃがみ込んだ。


 至近距離での一撃。リオには当たらぬよう斜め上からの角度で、的確にオーサの腿にヒットする銃弾。

 しかし、オーサの足は、


「てめえ……! リオに当たったらどうすんだコラ!」


 無事であった。


 オーサには傷一つない。

 銃口の線上、地面にも弾痕がない。

 銃弾が、溶けて消えてしまったのだ。


 代わりに、オーサの足の輪郭がゆらゆらと揺れていた。


「何っ……お、お前今、当たって……」

「うるせえ! いい加減帰れよオメエら!」


 オーサは、銃を撃った兵士に『緑色の霧』を飛ばした。

 砲口が溶け曲がり、拳銃が使い物にならなくなる。


「これは……!? 何をした小僧!」


 皆が驚いている隙に、オーサはリオを抱え上げた。


 オーサが本気を出せば、兵士達をすぐにでも殺せる。

 しかしそれをやらぬのは、今後妹まで他の兵士達に狙われる危険があるからだ。

 なのでこの場は、敵に背を向け逃走する事を選んだ。


「待て! 貴様もしや、スキルを持っているのか!」


 兵士は再度発砲。更に警棒や刺股も投げ、オーサを止めようとした。

 しかしオーサに触れた武器は、溶けて消えてしまう。

 兵士達は怖れ、追うのを諦めた。



 この惑星では数万人に一人、『スキル』と呼ばれる特殊な力を持つ者が生まれる。

 戦闘や肉体労働に利用できる闘技バトル・スキル

 知的労働に利用できる知技インテリジェンス・スキル



 オーサの闘技バトル・スキルは、毒霧。




 ◇




 数日後。

 スラム街の更に端。オーサとリオが隠れるように住んでいる薄汚い横穴。

 身なりの良い男が、複数のボディーガードを率いてやってきた。

 男はオーサと会うなり、要件を伝える。


「オーサくん。闘士にならないか」

「……何だって?」

「私はとある貴族様に仕える者。きみの『毒霧』の噂を聞いてやってきた。先日、兵士相手に大暴れだったそうではないか」


 つまり彼は、オーサを奴隷闘士としてスカウトに来たのだ。

 武器を溶かされた兵士の話。見ていた町民達。そしてスラムの情報屋などを聞き込みし、この場所を突き止めた。


「契約金はこれだけある。これで一年分だ」


 男が指を鳴らすと、ボディーガードがケースの蓋を開けた。

 中には、オーサやリオが見たことも無いような大量の金貨。

 

「こんなにか!」

「ああ。活躍によっては、二年目は更に二倍、三倍となる」

「ほおー」


 オーサはその魅力的な申し出に興味を持った。

 しかしリオは渋い顔で、兄の腕を引っ張る。


「ダメだよ兄ちゃん! あたし知ってるよ。闘士って奴隷なんでしょ? 捕まってもいないのに、わざわざ自分から奴隷になんて……」

「違う違う。違うよ。誤解さ、お嬢ちゃん」


 スカウトマンは、にこやかな顔でリオに反論した。


「これは奴隷ではない。ちゃんとした『契約』だよ。つまりオーサくんは就職するのさ。しかも貴族様の元で。将来安泰だ!」

「で、でも……」


 しかしリオは、なおも嫌がる。


「でも戦うなんて……死んじゃうよ」

「大丈夫だリオ」


 兄妹二人で生き伸びてきたが、「これ以上、妹に盗みの片棒を担がせたくない」とも思っていた。

 これは、一つのチャンスかもしれない。


 オーサはリオの頭にポンと手を置き、ニカリと笑った。

 環境のせいで擦れた性格になってしまったが、笑うと歳相応の顔になる。


「俺は、絶対に死なねえからな」




 ◇




 闘士見習いとなったオーサは、早速所有者オーナーが経営する練習場へと案内された。

 スカウトに来た男は闘士関係専門の使用人らしく、引き続きここでもオーサに説明をする。


「闘技場は、AランクからEランクまでの階級に分かれている。同じランクの者同士が戦うんだ」

「ええ? いい?」

「簡単に言うと、Aランクが一番強い集団。Eランクが一番弱い集団だ」


 実際にはアルファベットでは無く、この国独自の文字。

 だが今は便宜上ABCDEと訳す。


「階級の仕分け方には、身長や体重など関係ない。ただシンプルな強さのみが求められる」

「へー、そりゃ分かりやすくていいな」

「新人のオーサくんは、まずEランクを勝ち進んでDランクへ上がるのが目標だな」

「ふーん」


 オーサは着ている服の布を指先で擦り合わせ、材質を確認しながら生返事をした。この服は、奴隷闘士用として支給されたものだ。

 次にオーサは、対面して立っている大男の顔を見上げた。

 大男もオーサと同じ服を着ている。オーサと違うのは、槍を持ち、盾を左腕に括り付けている所。


「ほんで、このニーチャンは誰だよ?」

「彼はきみの教育係だ。最近Aランクに上がった、エリート闘技者。オーサくんがいくらスキル持ちだと言っても、格闘については素人。師匠が必要だろ?」

「あっそ。へえー」


 オーサは師匠の姿をまじまじと見る。

 剃っているのか、もしくは怪我のせいか、頭髪や眉毛が一切無い。

 その露出した頭皮を含め、どこもかしこも傷だらけだ。

 左目の瞳にも傷があり、白濁している。おそらくは見えていないのだろう。


「この俺が、わざわざガキの教育をしろとはな」


 師匠は苦々しく言い放った。

 オーサは腕を組み、気軽に笑う。


「まーよろしく頼むわ、ニーチャン」


 その軟派な態度に、師匠の眉間のシワがますます深くなった。


「お辞儀くらいしろよ、ガキ」

「お辞儀だぁ~?」


 師匠の言葉に、オーサは右手を口の前に置き「ぷっ」と吹き出した。


「勘違いしてねえか? 俺はテメエみたいな臭えハゲ野郎から、戦いを教わるつもりはないぜ?」

「……なんだと?」

「おいおいオーサくん。何を言っているのかね」


 師匠とスカウトマンは怪訝な顔をするが、オーサの軽口は止まらない。

 否、軽口では無い。

 オーサは本気で、戦い方を学ぶ必要は無いと思っている。


「エーだかアーだか知らねえけどよ、気取ってんじゃあねえぞニーチャン。俺は特訓なんて嫌いだ。手早くもっと多くの金を手に入れたい。てめえを殺して、そのままAランクの闘士になってやる。そーゆー意味で『よろしく頼むわ』」


 そう言って師匠に近づき、軽く飛び上がり、傷だらけのスキンヘッドをペチリと叩いた。


「……テメエ、殺すぞ」

「だーかーらー。俺がお前を殺すっつってんだろ、ハゲ」

「後悔するなよ……!」


 スカウトマンが「やめろ」と制止する前に、目にも留まらぬ早業で、師匠の槍がオーサの胴を貫いた。


「ああ、なんて事をしてしまったんだ! せっかくの闘技バトル・スキル持ちの逸材だぞ!」


 嘆くスカウトマン。だが師匠は「あんなガキ、いてもいなくても問題にはなりませんよ」と余裕の笑み。


闘技バトル・スキルなら俺も持っています。今も放った、神にも捉えられぬ『瞬息の突き』。この通り、ガキの体なんて土人形を突くがごとく…………うん?」


 そこで師匠は、ようやく気付いた。

 突いた手ごたえが無かった……のは、この超スピードの技ではいつもの事なので、気にも留めなかったのだが。


 今殺したはずのオーサが、槍先から忽然と消えていた。

 消えたのはオーサだけでは無い。文字通り『槍先』も消えていた。


「……馬鹿な。確実に突き殺したはず……それにどうして槍が壊れ……」

「速いだけがニーチャンの取り柄かよ?」

「っ!?」


 背後から少年の声がした。

 師匠は慌てて振り向こうとするが、


「恨みはねえけど、情けを持つ義理もねえ。俺とリオのために死んでくれや」


 振り向く前に、師匠の胸から上が溶けて無くなった。

 断末魔を上げる暇も無く、絶命。

 少し遅れて、練習場に血飛沫が飛び散る。


 スカウトマンはしばらく絶句していたが、


「う……ま、まさか、こんな圧倒的な『スキル』……」


 何とか絞り出すように、それだけ言った。


スキルってのはよく知らねえけど、そんなんは関係ねえだろ。あのニーチャンより、俺の方が強かった。簡単なリクツだろ、オッサン?」


 オーサの右腕から、濃い緑色の霧が立ち上った。

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