100話 『弟と悪人ボランティア』

 悪の組織、落ち目ユーチューバー集団である獄悪ごくわる同盟。

 その本部は今日も今日とて賑やかであった。


 毒霧殺し屋こと九蘭昼子(仮)が、今更になって、


「絶対に嫌なのですけど? 私、動画出演する気はさらさら無いのですけど?」


 と言い始めたのである。


「ええ……じゃあ何で我が獄悪ごくわる同盟に入ったの、昼子サン」

「その質問に答える義務は無いですよね? あります? 無いですね?」

「な、無いケド……クックック……けほっ……」


 首領は困惑し、とりあえず笑って間を伸ばす。

 だが何分引き延ばそうと、昼子の考えが変わるわけではなかった。


「まあまあ、首領さんに昼子さん。お茶にしましょう」

「う、うむ……そうだな……クックック」


 険悪な二人にテルミが割り込んだ。

 クッキーを団員皆に配り、お茶を入れる。


「美味ちいのれす! これがチャカ子たんが言ってた、お兄たんのお手製お菓子れすね!」

「くふふ……」


 レンや莉羅を始め、他の団員達も菓子を食べ談笑しだした。


「あらまあ。この菓子は、あなたが焼いてきたのですか?」

「はい、お口に合えば良いのですが」


 昼子はクッキーを手に取り、まるで珍しい宝石でも鑑定するかのようにジロジロと眺める。

 顔に巻いている黒い布を引っ張り、口の端を少しだけ露出。無理矢理クッキーをねじ込み、ぱくっと食べた。


「ふうん。口に合わないわけでは無いですが?」

「そうですか。それなら良かったです」


 菓子を貰いながらも高圧的な昼子だが、テルミは笑顔で応える。

 オカン少年は既に毒霧忍者の難儀な性格を把握し、理解し、受け入れてしまったのである。


 一方首領は、クッキーを食べながら、


「仕方ない。じゃあ昼子サンには、まず撮影の裏方をやって貰うとするか」


 と、妥協案を渋々提示した。


「まあ、それなら別に手伝ってあげても構いませんけど?」

「そして徐々に動画にも出演し……クックック」

「絶対に出演はしませんけど?」


 首領と昼子の熾烈な交渉が再開。

 団員達は呆れながらも、クッキーを頬張る。


「出演者はどうでも良いんれすけろ。それより、何の動画撮るんれすか?」

「それは……それを今から決めるんじゃないか。クックック」

「この前も、そんなこと言って……結局決まらなかった……よ……ねー」

「そうなのれす! ねー!」


 莉羅とレンが頷き合う。


「全くもって、計画性の無い男なのですけど?」


 話が決まらない原因の一つである昼子は、自分を棚に上げそう言った。

 首領はとりあえず笑う事にした。


「クックッ……げほっ、えほっ……ック」




 ◇




「それがどうして、河原の清掃ボランティア活動をやる事になったのですか? 私の手が、泥で汚れてしまうではないですか?」


 秋空の下、近所の河川敷。

 昼子は火ばさみをテルミから受け取りながら、文句を言った。

 ジャージ姿のテルミは「お願いします」と微笑み、軍手とゴミ袋も渡す。


「空き缶千個拾うのれす! プルタブ集めて売るのれす!」

「そー、だね……でも、プルタブって……なーに……?」


 レンはやる気充分。空き缶拾いの素振りを始めている。

 莉羅も首を傾げながらも、レンに付き合っていた。

 そして周りの大人が「今もプルタブ買い取ってくれる所あんの?」とツッコミを入れる。



 何故彼ら獄悪同盟が、ゴミ拾いをしているのか。

 それは先日の集会にてクッキーを食べ終わった昼子が、『仕事』があるからと一人だけ早退した後の事。


「げほっ……悪役とは、ヒーローがやらない事をやるものだ」


 という首領の発言から始まった。

 ではカラテガールがやらない事とは、一体何だろう?

 と皆で考えた末、テルミが呟いた一言。


「…………掃除とかですかね」


 つい口に出してしまったが、これは『ヒーローが』というより『桜本人が』。

 桜は自室の掃除さえもテルミに任せきりなのである。

 下着などを脱ぎっぱなしで、それを弟とは言え異性に片付けさせる始末。


 しかし団員達は、テルミがヒーローの弟だとは思ってもいない。

 テルミの呟きを、純粋にカラテガールの性格を考察した上での言葉であると考えた。


「なるほど。あの傲慢チキなネーちゃんは絶対掃除とかやらないだろうね」

「ゴミ部屋とかに住んでそう」

「もしくは囲ってる男とかにやらせてそう」


 と納得し、本人が聞いたら激怒するであろう会話をする一同。

 囲っている男に……という部分でテルミはギクリとしたが、表情には出さないように努めた。

 そもそも囲われてはいない。弟だし。うん。


 そんなテルミの隣で首領は、


「だが獄悪ごくわる同盟の活動として、掃除ってのは相応しくないだろう……クックック……コホン」


 と難色を示していた。

 しかしテルミが更に呟いた、


「……でも清掃活動なら、僕も一度だけではなく何度でも参加したいですけどね」

 

 という言葉に首領は顔色を変える。


 テルミは「獄悪同盟の活動を手伝うのは一回だけ」と最初に断っている。

 打ち合わせと称して何度も同盟本部に顔を出してはいるが、あくまでも動画を一本取ったらそこで終わり。

 更に言うなら、テルミも昼子と同じく『動画に出演する気は無い』のだが……そこは首領が誤魔化し誤魔化し、「いつの間にか出演しちゃってたよ。たはっ」というシチュエーションにすべく画策しているのである。


 ともかく。

 そんなテルミが「何度も参加したくなる」と言うのなら、このチャンスを逃す手は無い。

 首領は清掃ボランティア活動を採用する事にした。


「何度も手伝っていれば、いずれズルズルと正式メンバーになっているはず……ククク」

「独り言が丸聞こえですよ」



 …………



「という訳で、皆でボランティアをしようと決まったのです」


 テルミは昼子に、いきさつを説明した。

 もう悪の組織と言うコンセプトが完全に迷子だが、社会奉仕は悪い事ではないだろう。組織的に悪事の方が良いのかもしれないというのは置いておいて。

 

「はあ、まったく何の組織なんだかハッキリしないんですけど?」


 文句を言いつつも、昼子は軍手を装着し清掃準備を整えた。


 チラリと団員達を見ると、ハンディカメラを回している者もいる。

 動画をアップロードするかどうかは別として、活動風景を一応撮影しておくようだ。


 カメラで撮られている以上、昼子は「自分はこのボランティアを辞退すべきなのだろう」と考えた。

 この殺し屋コスチュームの映像をネット上に残されるのは、好ましくない。いつも馬鹿にしている百合と、同じ失態を犯す事になるからだ。



 だが……

 昼子はテルミの顔を見て、ある考えが浮かんだ。



 河原の清掃なんて面倒臭い。

 でも目の前の少年は、心底嬉しそうにしている。

 思春期の少年なら普通嫌な顔をするはず。

 おかしな男子だ。いや、というか変だ。

 もしかすると清掃活動に、この少年の『何か』が関わっているのかもしれない……



 などと。

 本当はただ単純にテルミが掃除好きというだけなのだが、昼子は深読みをしていた。



 ならば掃除に付き合い、少年を近くで監視せねばなるまい。

 でも殺し屋コスチュームを撮られるのは不味い。

 となると……


「やれやれ、なんですけど?」


 昼子は覆面を取り、あっさりと素顔を晒した。

 驚くテルミと団員達。


「昼子サン! ええー!? 昼子サン!?」


 殊更驚いている首領。キャラ作りを忘れている。


「……昼子さん。顔を見せても良いのですか?」


 そう言ってテルミは、昼子を見た。


 思っていた以上に若い。二十歳前後に見える。

 黒い長髪を軽く脱色し、茶に染めている女子大生。といったイメージだ。

 しかし実際は三十路。

 グロリオサの影響により、実年齢より若い外見を保っているのである。


 暗殺の副作用がアンチエイジング。

 まあ百合ほど顕著に若い訳では無いのだが。



「私が素顔を見せる事で、あなた達に何か問題が発生するのですか?」

「いえ、そういうわけでは無いのですが」

「ならば文句はありませんよね? そもそも、私が構わないと言っているのですが?」


 昼子は口を尖らせた。

 忍者の素顔は思っていたより美人だったのだが……『不機嫌顔でいつも眉間にシワが寄っている』という点は、皆の予想通りであった。




 ◇




 一方その頃。

 そんな昼子の親戚である百合は、警察に補導されかけていた。


「お嬢ちゃん、一人なの? おつかい? 沢山お買い物してるようだけど、親御さんはどこかな?」

「わ、私はオトナだー!」


 休日に、散歩がてらショッピング。

 服やアクセサリーが入っている買い物袋を両手で抱え、たどたどしく歩いていると、見かねたお巡りさん二人が声をかけてきたのである。

 警官達の行動は基本的に親切心から来たものだが、一応家出や万引きの可能性も考慮していた。


「はいはいオトナオトナ。偉いねえお嬢ちゃん」

「し、信じてないな。本当にオトナなのに~……ほら、これを見てくれたまえ!」


 百合は一旦荷物を地面に降ろし、財布から免許証を取り出して、二十六歳である事を証明した。

 ちなみにゴールド免許。取得から七年、ペーパードライバーである。



 警官達が納得して帰った後も、百合はえっちらおっちら不安定な足取りで歩く。

 ビルが立ち並ぶ繁華街から外れ、河川に沿った堤防上ののどかな道。


「おおー……レン、ちゃん……それが、幻の……プルタブ……?」

「そうなのれす。まさかこんな所で拾うとは!」


 そんな声が聞こえ、百合はふと土手の下を見た。

 複数人が清掃活動をしている。青年ボランティア団体だろうか。

 そしてその中に、見慣れたジャージ男子の姿を発見。


 まさか休日に偶然会うとは。

 職質の件で落ち込んでいた百合の顔が、パッと明るくなった。


「あれは真奥くん! おー……」


 おーい、と声をかけようとして思い止まる。


「昼子さん。紙、プラスチック、金属等できちんと分別してください」

「おや? 何故私がそこまでやらなければいけないのですか? 一度全部ひっくるめてゴミ袋に入れておき、その後で普段暇そうにしている首領さんにでも分別をやらせれば良いのでは?」

「クックック……暇じゃないし……」


 テルミや変な仮面を被った男と、会話している一人の女性。

 それは毎日顔を合わせている、親戚であった。


「伯母上、どうして真奥くんと……?」


 百合は訝しみ、とっさに土手の裏側へと隠れた。

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