99話 『姉アドバイザー』

「触った者の全てが分かる。そんな凄い能力だったのですね、首領さんの技は」

「うん……首領本人は……ただ手が光る程度の、能力だと……思っちゃってるけど……ね。それに、ホントは……手を光らせる必要も……一文字で表す必要も……無いんだけど……」


 獄悪ごくわる同盟本部からの帰り道。

 莉羅は『首領の手品の種明かし』として、解説おじさんの記映像をテレパシーで兄へ送った。


「それにしても『何かを競い合うのを解説する』では無く、『解説自体を競い合う』大会とは。珍しいですね」

「まあ……地球でも、そういうのは……無いわけでも、無い……かもね」


 そんな感想を述べながら、自宅へ到着。


「ただい……まー……」

「ただいま帰りました」


 と玄関へ入る二人。


 その様子を数十メートル先から監視する影があった。

 影と言うよりも霧。緑色の霧。

 グロリオサの一員、九蘭昼子(仮)である。


「何となく家まで尾行しましたけど……」


 琉衣衛るいえの件があるため、家屋侵入する訳にもいかない。

 道中の兄妹の会話を盗み聞きして、少しでもテルミの情報を引き出そうとしたのだが……


「急に解説がどうこうとか……うーん……?」


 解説おじさんの映像は、テルミの頭へ直接送り込まれていた。遠くから見ていた昼子には知りようが無い。

 二人が語り合う感想は、昼子にとって唐突で意味不明であった。


「おそらく、あの兄妹にとって何かしらの共通認識があっての話題なんでしょうけど……?」


 だがまあ、多分琉衣衛とは関係ないだろう。

 昼子はこれ以上いても無意味だと考え、帰宅した。




 ◇




「ねえチビっ子忍者。もうあんたと戦うのも、『飽きる』を通り越して『呆れる』作業になって来たんだけど」

「う、うるさいうるさい! チビっ子じゃないし、忍者じゃないし、呆れるような事じゃない!」

「いいえ。あんたはどう見てもチビだし、忍者だし、呆れるような存在。おまけに貧乳よ」


 いつもの如く、廃ビルの屋上にて。

 ヒーローコスチュームに身を包んだ桜は、毒霧殺し屋グロリオサこと九蘭百合と戦い、速攻勝利していた。


 霧化した百合を超能力で拘束。

 百合は抵抗しようとしばらく頑張っていたが、今は疲れて生身に戻り、石畳にうつ伏せで張り付けられている。


「うう……今日こそは一矢報いるはずだったのにぃ……」


 百合は悔しそうに唸る。

 ちなみにその報いる方法とは、「霧の体で桜のヒーローマスクへ侵入。目を潰す」というものである。

 だがマスクへ近付く前に捕まり失敗。

 どの道、桜は眼球さえも頑丈なため、成功の可能性は零なのだが。


「あんたも、そしてブサイク鬼も」


 桜は百合を指差し、次に屋上の隅で待機している赤鬼を指す。


「ホント暇よね。いつまでもしつこく絡んできて」

「うるさいね。こっちにも事情があるんだよ」


 赤鬼の鬼華が、苦々しげに呟いた。

 彼女は、妖怪大将の命令でヒーローの元へ通っている。

 ただ当の大将天狗も一撃で桜に倒されてしまったので、鬼華の仕事は『ヒーローに戦いを挑む』から『ヒーローとグロリオサの戦いを監視する』に移行していた。


「わ、私もホントは暇じゃないのに……! お前のような公序良俗に反する変態ヒーロー、放っておくわけにもいかないからな!」


 百合は床へ這いつくばったまま、強がりを言った。


「誰が変態よ」

「痛い痛いー! やめてよー……じゃなかった、やめろ! 無礼者ー!」


 百合へ逆エビ固めを決める桜。

 本気を出したら真っ二つになるため、超魔王の力を使わずに手加減している。のだが、素の桜も武術の達人。

 百合は痛みと息苦しさで涙目になった。


「なーんか、子供を苛めてるみたいで気が咎めるわね」

「子供じゃない!」


 桜はプロレス技を解き、ついでに超能力も解き、百合を自由にした。

 百合は弟の顧問教師。あまり傷つけてしまっては、何がきっかけでテルミにバレてしまうか分からない。


 別に百合の正体がバレるのは構わないのだが、「桜がいつも退治しているのは百合だった」という事実が伝わるのは好ましくない。

 テルミの心に、わだかまりが残るかもしれないからだ。

 弟に嫌われるのだけは避けなくてはならない。


「ねえ忍者。あんた、いつまでこんな事を続けるつもり?」

「何……?」


 桜はそう百合へ質問を投げかけた後、超能力で空気を固め、目に見えない椅子を作り座った。


「あんた、殺し屋組織の中で一番の雑魚でしょ」

「ざ……!? ち、違う!」

「違わないわよ。雑魚のクセに、超絶強くて美しくて賢いあたしに挑んでる」


 鬼華が「自画自賛だねえ」とツッコミを入れたが、桜は無視をした。


「どうせ、『勝てなくても良い。対外への体裁を保つために、ちょっかい出し続けろ』とか命令されて来てるんでしょ?」

「うぐ……」


 図星である。

 百合は以前、琉衣衛から同様の台詞を言われた。


 ただし琉衣衛の本当の思惑は、「グロリオサへの適応度が高い百合を、育成したい」というもの。

 そして桜も、その事には気付いている。

 知らぬは百合本人だけ。


 だが桜はあえて、煽るように言った。


「ハッキリ言ってパシリよ、パシリ。組織の中では、あんたより歳下の殺し屋も大勢いるんでしょ?」

「……うん」

「なのにそいつらじゃなくて、あんたがパシリに選ばれてる。あんた何歳だっけ?」

「に、二十六歳……」

「まだいくらでもやり直せる歳じゃないの。早々の転職をオススメするわ」

「くっ……!」


 百合は睨み付けながらも、ヒーローのアドバイスに少しだけ納得しかけた自分に、情けなくなる。


「そうだねえ。あんたら人間は老い先短いから、さっさと身の振り方を改めた方が良いよ」


 鬼華もしみじみと頷いた。

 まだ二十代の若者に『老い先』という言葉はしっくりこないが、鬼達は長寿なので比較すると間違いでは無い。


「お、オバケまで私を馬鹿にして!」


 転職。

 百合は教師としても働いているので、殺し屋を辞めて実家を出ても生活には困らない。

 しかし『グロリオサ』は幼き頃より修練を積んで来た、稼業にして家業。

 たとえパシリ扱いでも、あっさり身を引くのは忍びない。百合にもプライドがあるのだ。

 それに、組織が裏切りを許すとも思えない。


「うるさいうるさいー! お前らうるさーい! 私は逃げ出したりなんて、絶対にしないからな!」




 ◇




「転職かぁ」


 翌日、放課後。清掃部の活動中。

 百合は身長よりも長い箒を掃く手を止め、不意に呟いた。

 ヒーローの言葉が、頭から離れないのだ。


「転職って……九蘭先生、教師をお辞めになるのですか!?」


 顧問教師の呟きが耳に入ったテルミは、驚いて尋ねる。

 百合は慌てて、


「えっ!? ち、違うよ真奥くん! 私が教師を辞めるのではなく、実家の……ええと……そ、そう! 親戚が転職するって話を聞いてさ。あは、あははは」


 そう言って誤魔化した。

 テルミはホッと息をつく。


「そうですか、僕の勘違いで良かったです。先生がいなくなっては寂しいですからね」

「……さ、寂しい……か」


 テルミの何気ない一言に、百合は何故だか赤面してしまった。

 足がふわりと浮くような、妙な心地になる。


「真奥くんは……私がいなくなったら、寂しいのかい?」

「ええ。当然です」

「……わ、私が必要……?」

「はい。僕には先生が必要ですよ」


 顧問教師として、という意味である。

 百合もそれは重々承知しているのだが、


「そっか。ふふっ」


 嬉しそうに微笑み、掃除を再開した。

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