98話 『兄妹と忍者二人目』

「クックック……さあ少年も、ジョインザ獄悪ごくわる同盟! 入団がダメなら、せめてコラボ動画を作ってくれ。クックック……! 面白手品……いや、面白スーパーパワーとかも見せてやるぞ」


 豪華な椅子へ偉そうに座ったままで、獄悪同盟首領がテルミを改めて勧誘した。


「……わー……おもしろそー……やろーやろー。レンちゃんも、いる……し」

「そうなのれす! レンたんもいるし、お金も貰えるのれす!」


 楽しそうに頷く莉羅。

 獄悪同盟の主な活動はアンチキルシュリーパー――つまり自分の姉へ敵対するのだが、それよりも楽しさが優先らしい。


 テルミは妹の嬉しそうな顔を見て、「仕方ないですね」と溜息交じりに微笑んだ。

 悪の組織と言いつつ、要はユーチューバー集団。それも落ち目。

 妹の遊びついでに手伝いをするくらいなら、別に良いだろう。


 とはいえ、渋谷の街頭ビジョンでやっていたような悪態動画を撮るのはいただけない。

 そこでテルミは、


「条件が二つあります」


 と、首領に提案した。


「ほう? 一体何だ、申してみろ……クック……けほっ」

「まず一つ目。キルシュ……カラテガールさんへの過激な悪口は言いません。出来れば、首領さんも今後は控えてください」

「うむ……そうだな。炎上商法はあまり功を奏さなかったので、今後はもっとマイルドに真っ当な正義批判をし、面白動画を撮影しようと……私もそう考えていた所だ……クククク」


 意外とアッサリ路線変更を受け入れた首領。

 悪の組織とは、まったくもって名ばかりなのである。まあ本当に悪人だった方が困るのだが。


「そして二つ目。お手伝い出来るのは一回です」

「うむ……正式メンバーではなく、限定コラボという訳だな。よかろう……ククク」

「報酬は……お菓子、五キロ……だよ」

「クックック、よかろう!」


 ドサクサ紛れに莉羅が菓子をふっかけたが、すんなりと商談成立。

 こうしてヒーローの弟であるテルミは、悪の組織に仮入団したのである。


「クックック……ごほっ。よし、ではさっそく歓迎パーティーだ!」

「肉食べるのれす! 肉!」

「わー、い……」


 首領がパチリと指を鳴らすと部屋奥の扉が開き、複数の男女が菓子とジュースとつまみ類を持ってやって来た。

 彼らもテルミと同じようにスカウトされた、獄悪同盟のメンバー。

 大半はやはりパッとしないユーチューバー達だ。


 中には本当に悪人然とした顔格好の者もいるのだが、それとは別にただのアニメキャラコスプレをしているだけな者もいた。ますますこの組織のコンセプトが迷子になっている。


「実はれすね。このメンバーの中には、レンたんと同じく『ニンゲンじゃない』のもいくつか混じっているのれす」

「うん……そーみたい、だ……ね」

「あの首領たん、意外と化物ひとを見る目はあるみたいれすね……まあ本人は、怪物が混じってるとは気付いていないようれすけろ」


 レンが小声で莉羅に耳打ちしている。

 その隣で、獄悪同盟の皆がテルミに話しかけ、コップに注いだジュースを勧めていた。


「おおキミがカラテガールと喧嘩した少女……いや、少年? だな!」

「動画で観るより可愛いね!」

「よろしくお願いします。真奥輝実です」


 そんなこんなでテルミは、悪の組織と親交を深めたのであった。




 ◇




 一週間後。土曜日。

 テルミ、莉羅、レンの三人は、再び獄悪ごくわる同盟本部へ足を運んでいた。


「クックック……ようこそテルミくんと妹くん……! 本日の活動は、面白い動画を撮る打ち合わせと言うわけだが……」


 そんな首領の説明台詞が終わる前に、入口扉が音を立て開いた。


「ごめんくださいませ」


 テルミが振り向くと、一人の人物が入室していた。

 真っ赤に染まった壁を、ぐるりと一瞥している。


「相変わらず悪趣味な部屋なのですけど、頭に蛆が涌いているのでしょうか?」

「おお、昼子ヒルコサン……クックック……ゲホホッ……クク……グッドアフタヌーン」

「どうもこんにちは、首領さん。いい加減、その馬鹿みたいな笑い声をやめようとは思わないのですか?」


 そんな挨拶をした後に、昼子と呼ばれた者はテルミの顔を見た。


「あら。その男子が例の、カラテガールと敵対していた少年なのかしら?」

「敵対したわけではありませんが……真奥輝実です。よろしくお願いします」


 テルミはそう返事をし、失礼だとは思いつつも相手の姿をしげしげと眺める。


 彼女は真っ黒なタイツスーツに身を包んでいる。その上から肩、膝、肘、胸に、赤いライン入りの黒プロテクターを装着。

 そして顔全体を覆う布から目だけを出し、額には鉄板入りの鉢がね。

 現代風の忍者、と言った容貌である。


「あー……忍者、だー」


 莉羅が忍者を指差す。

 そしてテルミも知っている。

 この女性は……


「……いつもカラテガールさんと戦っている、毒霧の忍者さん……ですか?」


 殺し屋グロリオサ――九蘭百合――と、同じ格好をしているのだ。


 ……ただ、何かが違う。

 テルミもあの『忍者』に一度会った事があるが、今目の前にいる『忍者』とは雰囲気が異なっていた……ような気がする。


「は? 今何と? 確かに服装は同じですけれど? でも、あんなちんちくりんとは全然違うと、一目見れば分かるはずですが?」


 ムッとした口調になる『忍者』。

 やはり別人らしい。


「開口一番から失礼なお子様ですが? きちんとした教育を受けていないのでしょうか?」


 更に文句を言いながら、昼子が近づいて来る。


 テルミは彼女の歩く姿を見て、二人の忍者はそもそも体形が全く違うと気付いた。

 いつもの忍者は、子供のような体形。

 今いる忍者は、肉付きが良く立派な大人の女性である。


「そうですか、申し訳ありません。人違いでした」

「ホントに失礼なのですけど? あなたの眼はもしかして腐っているのですか? 眼医者に行きますか? それとも脳の医者?」


 謝ってもなお、嫌味っぽく責め続ける女殺し屋。


 テルミは知らないが、彼女は九蘭百合の曾祖父の兄弟の孫――つまり親戚だ。

 そしてテルミ自身にとっても、千年以上昔から分岐している遠い親戚。

 ちなみに昼子というのは偽名である。


「クックック……! 昼子サンは、カラテガールと敵対している暗殺組織のメンバーなのだ……!」


 首領が得意気に胸を張った。


「テルミくんが仮入団した後、突然『自分も入団したい』と尋ねて来てな……クックック。我が獄悪同盟も有名になったモノだ」


 もちろん昼子(仮)は、獄悪同盟に憧れて入団したわけではない。

 目的はテルミだ。



 カラテガールと対峙し、何故か無事に帰還したこの少年。

 グロリオサ一同は、家長いえおさである九蘭琉衣衛るいえから「テルミの事は放っておけ」と命じられている。とは言え九蘭家内の一部派閥は、テルミが気になって仕方が無い。


 その気になる部分とは、テルミ自身についてだけではない。『家長がこの少年と繋がっている』という点だ。


 九蘭一族の者達にとっても、九蘭琉衣衛は謎に包まれている。

 統制の取れた組織ではあるが、その構成員はあくまでも人間。自分達のリーダー――普通では無い・・・・・・長生き先祖について、詳しく知りたくなるのが人情というものだ。


 それに琉衣衛の秘密に迫るのは、毒霧の秘密に迫るのと同義。知れば「グロリオサとして更に強く成長出来る」と考えている者達もいる。


 という訳で、その『強くなりたい派』に属する昼子は、家長には内密でテルミの動向を調べていた。



 そして今回の件で分かったのだが、琉衣衛はこのテルミという少年の実家へ頻繁に立ち寄っている。

 ますます興味深い所ではあるのだが、そうなると真奥家への侵入調査が難しくなった。琉衣衛にバレてしまうリスクが高いからだ。


 よってまずは、テルミ個人に焦点を絞って調査することにした。



 一方、一族のミソッカスもとい末席に名を連ねる九蘭百合は、テルミが通っている高校の教師。しかも部活動顧問だ。

 つまり彼女に頼めば少年の情報も集まる……のだが。

 百合は、


「せ、生徒のプライバシーを明かすわけにはいかないぞ! ……い、いかない……です」


 と、若干尻すぼみ気味だが、コンプライアンスを固く守っている。

 一族の者を拷問して無理矢理吐かせるわけにもいかず、当てには出来なかった。



 そんな中、テルミが獄悪同盟に臨時加入するとの情報が舞い込んで来た。

 これは接触するチャンスであると、昼子がグロリオサを代表して極悪同盟に参加したのである。



 このような経緯でこの場にいる昼子。

 テルミの隣で立ち止まり、改めて挨拶をする。


「よろしくしてあげても、良いんですけど?」

「は、はい。よろしくお願いしますね」


 小馬鹿にしたような態度に圧倒されながらも、テルミはなんとか笑顔を作った。

 それを見ていた団員達も苦笑い。

 昼子が同盟本部に顔を出したのは今日で二度目なのだが、その面倒臭い性格は既に知れ渡っていた。


「そうだ首領。新人さん達にもあの手品・・・・を見せてあげたらどうです?」


 団員の一人が突然そう提案した。場を和ませようと言うオトナな心遣いである。


「おお、そうだな……クックック……いや、手品じゃなくてスーパーパワーだけど……ククク」


 首領は立ち上がり、テルミ達の傍へと歩き近づく。


「手品ですか? 楽しそうですね」

「わー……てじなー……」


 真奥兄妹は目を輝かせたが、


「あらあら。もし下手な手品だったら、その腕へし折ってあげるのですけど? お覚悟はあるのですか?」


 昼子はあくまでも辛辣であった。

 首領は一瞬怯みビクリと肩を震わせたが、頑張ってキャラクターを維持する。


「クックック。学生時代、突如この力に目覚めてな……最初はこのスーパーパワー実演動画を作ってアップしていたのだが、全然再生数が伸びず、色々やって辿り付いたのがもうパワーとは全く関係ない獄悪同盟であり」

「能書きはいらないのですけど? 早く手品を見せて欲しいのですけど?」

「あっはい……この世にすむ生物は、全て五つの属性に分けられるのだ……『もく』『』『』『ごん』『すい』……!」


 いわゆる五行思想。

 首領はソレっぽいのが好きなのである。


「例えばそこの青年A!」

「はーい」


 指された団員が首領に近づいた。

 首領は青年Aの額を触り、「ふん!」と気合を入れる。すると首領の右手の甲が青く発行し、『水』という漢字が浮き上がった。


「青年Aの『属性』は……水! おしっこを我慢するのが得意だ!」

「おお~」


 首領の手品・・。実は手品では無く、れっきとした超能力だ。

 個人の特性を鑑定する能力。

 五つに分類する基準は、完全に首領の独断と偏見。水属性に選ばれたからと言って、水の魔法が使える等ということはない。


「で、その色分けに何か意味はあるのかしら?」

「いや別にないけど……光るのとかが何か凄いだろう……クックック……!」


 昼子の指摘に、首領は汗を流しながら答える。

 しかし鑑定云々はともかく、『手に文字が浮かび上がる』というのが一応昼子の手品基準を上回ったようで、腕は折られずに済んだ。


「レンたんも前にやって貰ったんれすけろ、きんれした! きんぴかぴん! なんれ金なのかは知らないけろ!」

「りらもー……りらもやってー……」


 莉羅が黒マントを引っ張り懇願した。

 首領は「クックック、よかろう!」と言って、少女の額に触れる。


「……ああ……解説おじさん……か……」


 莉羅が、誰の耳にも届かない程の小さな声で、そう呟いた。

 一方、首領の手の甲は白く・・光り、文字を映し出す。


「うむ……妹くんの属性は『ごん』!」

「レンたんの時のきんぴかな光とは違って、白いんれすけろ。それに何か、漢字が微妙に違ってますけろ!」

「えっ、そう? ええと……『金』じゃなくて……『全』……?」


 五行では無い。

 新しい属性が出てしまった。


「わー……全って、何ー……? 全部ー?」

「な、なんだこれ。知らん……」


 首領は困惑した。


 属性を五つに分類する。というのは、彼の「いい歳して中二病的」な性質が、無意識に能力へ架している制約だ。その制約が無ければ、もっと多岐に渡って細かく解析出来る。

 そう、彼は本来ならその類まれなる『分析能力』で、ユーチューバーのみならず学者だろうと記者だろうと、大きく成功出来るはずなのである。ただ、自分でもそのポテンシャルに気付いていないのだ。


 そして莉羅の魂は、亜空間に存在した超魔王の魂と融合している。

 強大な魂に触れてしまったせいで首領の能力が混乱し、一時的に制約が緩くなってしまった。


「ちょ、ちょっと待って。ええと、ほら……あ、昼子さんはどうかな?」


 今までと違う結果に慌てた首領は、他にも試してみようと昼子の肩を掴んだ。別に額を触らなくても良かったのである。

 そして昼子は、ムッとして首領の手を払い除けた。

 叩かれた首領の手の甲は、今度は濃い緑色に光り出す。これもいつもの光色とは違う。


「……『毒』」

「あら。至極ごもっともな属性なんですけど? 面白みも何もありませんが?」


 毒霧の殺し屋なので、毒。そのまんまである。


「て、テルミくんはどうだろうか!」

「はぁ、どうぞお試しください」


 首領はテルミの胸に触れた。

 すると手の甲はピンク色に光り……


「……えっ、何これ」



 テルミの属性は、『母』だった。



「これは、『五つの属性』という最初の説明が間違いだったのではないでしょうか」

「う、うむ……ええ……? うん……クックックげほっックック……!」


 首領は笑って誤魔化した。

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