-336話 『ザ・解説おじさん。立志編』

 地球が生まれるよりも遥か昔。

 こことは違う宇宙でのお話。



 とある惑星にある、栄えた都市。

 数万人収容可能な、巨大円形闘技場があった。


 そこでは、奴隷である闘士達が殺し合いをしている。

 見世物として、そして賭けの対象として、観客を熱狂させていた。


 現在の試合。

 チャンピオン――筋骨隆々な大男。巨大な盾と太く長い槍を手にしている。

 挑戦者――背の低い少年。左腕には身の丈に合った小さな盾を括り付けており、攻撃用の武器は無し。


「来いよ、オッサン!」


 少年は両手を広げ、挑発した。

 チャンピオンは躊躇せずに槍を振り、少年の腹へと突き刺した……が、手ごたえ無し。

 少年の肉体がぼやけ、『緑色の霧』となったのだ。

 槍先はただ空を斬るのみ。


 霧はチャンピオンの背後に回り込み、再び人の形を成した。

 右手の指をまっすぐ伸ばし、手刀を作る。


「お願いします、なんては言わねえよ。俺の栄光のために、どうか死んでくれや!」

「う、うぐああッッー!」


 手刀が、チャンピオンの背と腹を貫いた。

 少年が右腕を横に薙ぎ払うと、血、骨、内臓が飛び出す。

 チャンピオンは激痛に顔を歪ませ、地べたに倒れた。少年はすかさず足に全体重を乗せ、大男の頭を踏みつける。


 頭蓋がペキリと嫌な音を立て陥没。

 そしてチャンピオンは、絶命した。



 勝者が決定し、地が揺れる程の歓声が上げる。


「コロシアムを制したのは! な、な、な、ぬぁ~んと子供! つっても、見てたテメエらは知ってんだろお!? コイツはただのガキじゃあねええええ!」


 マイクを通し、実況者も興奮している。


「新たなチャンピオンんんんんん! その名はぁぁああ……オーサだあああっっ!」


 再度、大きな歓声。

 そして新チャンピオン、オーサは両手を上げ、


「うにゃああああああ!」


 と咆哮した。


 長らく君臨していたコロシアムの王者が、実に三年ぶりに塗り替わった。

 それを成し遂げたのが、この小さな少年奴隷闘士。



 …………



 だが今回話すエピソードの主役は、新チャンピオンの少年では無い。


「凄い! なんてガキなんだあああ!」


 と声を張っている実況。

 その隣。


「どおおですっ!? 解説の『解説おじさん』さん!」

「はい。オーサくんは幼き頃より闘士奴隷としての教育を受けていましたので、基本的な動きに無駄がありません。それでいて、自分より大きな相手に挑発をしておびき寄せる度胸もある。そしてやはり特筆すべきはあの『闘技バトル・スキル』。その唯一無二の強力な『霧化』スキルによって、とにかく攻撃が当たらない。それにあの細腕から繰り出される、信じられない怪力。素手なのにまるで鋭利なナイフを使っているかのごとく、強靭な男達の肉体を貫き……」


 新チャンピオンの情報を解説している、この男である。


 職業はスポーツ政治芸能の解説、およびインタビュアー。

 芸名はそのまんま『解説おじさん』。

 ふざけた名に反して、至って真面目な解説者である。




 ◇




「ほほう、ハイパー解説フェスティバルですか」

「はい。そこで解説おじさんさんにも参加して頂きたくてですね」


 おじさんさんと、『さん』が二度続いているが、『解説おじさん』が一つの芸名なので仕方がない。


 そしてハイパー解説フェスティバルとは、その名の通り解説の祭典。

 世界中の実績ある解説者達が集まり、その知識、喋りを競い合う。

 要は台本無しの弁論大会である。

 今年が栄えある第一回大会。優勝すれば、初代解説チャンピオンとなれるのだ。


 ただしメディア向けのため、少々オーバーリアクションでバカみたいなノリを求められる大会でもある。


「分かりました。私の解説パワーで、ひとつ大盛り上がりさせましょう」


 解説おじさんは、フェスへの参加を快く引き受けた。

 ハイパー解説フェスティバル、略してハかフェス……その参加者、総勢十六名が決定した瞬間である。


 すると、解説おじさんの背後に近づく一つの影。

 

「グハハハ! はたして貴様などが、この俺の解説に勝てるかな!?」

「むっ……何者だ!?」


 解説おじさんが振り向くとそこには、おじさんの倍の身長はある大男が立っていた。

 黒を基調とした覆面を被っており、目と口だけを出している。


「俺は……解説ストロングマスク!」

「解説ストロングマスク!?」

「ああ! 解説業界に新風を巻き起こす、風雲児よ!」


 自分で風雲児と言ってしまう胆力も凄いが、その腕や胸に付いている筋肉も凄い。


「解説ストロングマスクさん……知っていますよ。元ヒールレスラーで、最近格闘技の解説者に転向した」


 解説おじさんは眼鏡をクイッと指で上げながら、目の前の相手を『解説』する。


「格闘関係の解説は真面目にやっているようですが。しかし、アイドルにセクハラまがいのインタビュー……それも、犯罪スレスレの行為で手に入れた私生活情報を元に、『違法解説』を駆使している。そう、あなたは……悪の解説者ダークネンテーターだ!」


 解説者に正義や悪があるのかは疑問だが、おじさん達の業界基準ではそういうのが有るらしい。

 見事に『解説』され、ストロングマスクは「ふんっ、やるな!」と一歩後ずさった。


「俺は深夜番組やネット配信で細々やっているというのに、良ぉく知ってるじゃあねえか。さすがはこの国一番の解説者だな。まあその称号も、もうすぐ俺のモノになるんだが!」


 解説ストロングマスクは腕まくりし、その鍛え上げられた太い腕に力こぶを作った。

 それを見て、おじさんは「くっ……」と焦る。別に解説に筋肉は必要ないのだが。

 ストロングマスクはニヤリと口の端を歪めた。


「俺の実力を見せてやろう。どれ、軽く早口言葉を……聞きやがれ!」


 解説ストロングマスクは大きく息を吸い込み、発声する。



「生グミなまもめナマままも!」



 ……噛み噛みである。


 しかしストロングマスクは何故か「どうよ?」としたり顔。

 ここまで自信満々だと、あの噛み噛みな早口言葉も「もしかしてアレはアレで合っていたのかもしれない……」と惑わされる。

 解説おじさんは、額に汗を流した。


「中々やるようですな……色んな意味で……!」

「グッハハハハ! それじゃあ、ハイパー解説フェスティバルの決勝で会おうぜ! 選手数は十六名でトーナメント形式だから、四回勝利した者が優勝というわけだ!」


 解説ストロングマスクはそう解説した後、大笑いしながら帰っていった。

 大会のトーナメント表はまだ決まっていないので、決勝戦以外で会う可能性もあるのだが……しかし、そんな些細な事はどうでも良い。

 解説おじさんは、思わぬ強敵の登場に焦るのであった。




 ◇




「パパ。ハかフェスで絶対優勝してよね!」

「ああ。分かっているさ娘よ」


 解説おじさんは幼き娘を抱き上げ、頬ずりをした。

 そして妻へ「家を頼むぞ」と言い残し、家族と別れ一人で山へと向かう。

 解説ぢからを磨くため、山籠もりの修行を行うのだ。


 普通に室内で喋りの練習をすれば良いのでは? と思われるかもしれない。

 しかし解説おじさん程の解説レベルになると、山籠もりくらいは必要なのである。多分。


「解説ストロングマスクの悪魔解説に対抗するため、私も更なる解説パワーを得なければならぬ……うおおおお……解説の神よ、我に力を与えたまえ!」


 解説おじさんは滝に打たれながら、天へ叫んだ。


 季節は真夏。

 程よく冷たく、程よく緩い勢い(一般家庭のシャワーくらい)の滝水が、首筋に当たって気持ち良い。

 日焼け止め、虫よけスプレーも完璧。それにお腹を壊さないため、腹巻も装着済み。


 すぐ近くにはもっと大きな滝があるのだが、そこで修行すると怪我しそうだったのでやめた。大会に出られなくなったら本末転倒だからである。


 そんなリラックスした状態で修行している内に、おじさんはついウトウトと居眠り。


「解説おじさん。解説おじさんよ……」

「はっ、誰だ!?」


 突如芸名を呼ばれ、おじさんは返事をした。

 ちなみにこれはただの夢である。


「私は解説の神。あなたに、更なる解説ぢからを与えましょう」

「か、解説の神!? 本当にいたのか!」


 いない。

 もう一度言うが、これはおじさんの夢である。


「この力は、触れた者の『全て』を『理解する』能力……後はそれを的確に解説するだけ。これで、ハかフェスでの優勝も確実です」

「そんな凄い力を! ど、どうして私にくれるのですか?」

解説経典ヴェーダに描かれし、全ての解説を統べる王子……それが、あなただからです」

「なんと! それは本当ですか!?」


 嘘だ。

 再三言うが、これはおじさんの夢である。


「これで解説ストロングマスクに勝てる……! ありがとうございます神様!」

「良いのです。解説の王子よ」


 ダメ押しで言うが、これはあくまでも解説おじさんの夢。

 しかしおじさんが目覚めたときには、本当に『触れた者の全てを理解する能力』を得ていた。


 それは神や解説経典ヴェーダや王子などは関係ない。

 元々解説おじさんに宿っていた、『スキル』が覚醒したのである。

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