97話 『兄妹と悪の組織』
テルミが不本意なテレビ出演をしてから、数日が経った。
世間の話題は移ろいやすい。テルミを追う報道陣は、三日を待たずしてアッサリいなくなってしまった。
そしてテルミの次に『世間の話題』となったのは、こちら。
「クックック……我々は
……と。
突如大衆の前に現れた悪の組織が、渋谷の街頭大型ビジョンやネット動画で、カラテガールことキルシュリーパーの批判を始めたのだ。
「クックック……! クーックックック……ケホッ……クックック!」
画面に映っているのは、
顔全体を金のベネチアンマスクで覆い、首から下は黒ずくめのマントに包まれている。
彼は多少無理して「クックック」と悪役っぽい笑い声を発していた。
「クック……バーカバーカ。カラテガールのアホー。痴女ー……クックック……!」
そんな子供じみた挑発を言いつつ、画面上にはテロップで、
『カラテガールを許してはならぬ、八つの理由』
と、まとめサイトのような文章が流れる。
それも大した内容は書いておらず、『何でも暴力で解決して非文化的』だの『服装が性的で教育に悪い』だの、改めて言われなくても誰もが知っている情報。
しかしそんな今更な悪口でも、ズバリ指摘されれば本人としては面白くない。
「うわー、ムッカツクわねーコイツ!」
「ゴクワル同盟……昔の女子プロレス、みたい……だね……くふふ」
ネットで例の動画を見て、莉羅は面白がっていたが、桜は「不愉快だー!」と叫んでファッション雑誌を引き裂いた。
そしてこの悪の組織は『悪』と言いながらも、具体的な活動はただカラテガールを批判するのみで、特に悪人の集まりというわけではない。
街頭ビジョンで放送する程に資金豊かではあるのだが、つまりは単なるアンチヒーローのデモ団体である。
そのため桜は抗議へ行く事も出来ない。それをやってしまったら、ますます拗れてしまうだけだ。
「カラテガールは日本のガンである……! 警察は何故あの変態女を野放しにしているのかッ? 内閣は何をしている!? このままでは、あのアバズレのせいで国家が滅びる……ッ! 至急対策を! メスブタビッチをこの国から追い出せー!」
「うぎゃあああ! ムカツクムカツクムカツクー!」
獄悪同盟首領の言葉に心荒む桜。
雑誌だけでは飽き足らず、分厚い辞書を粉々に引きちぎった。
「まーまー……この手の過激な、逆張りは……どうせすぐ飽きられて、消える……よ」
姉をなだめる莉羅。
そしてその言葉通り。
獄悪同盟はその後も類似した動画を投降しつづけたが、結局一週間も経たずに、世間の話題から消えてしまった。
◇
ある土曜日の午後。
「莉羅、ほっぺたにクリームが付いていますよ」
「とって、とってー……」
テルミと莉羅の兄妹二人は、買い出しついでに町中のオープンカフェでジュースとケーキを食べていた。
するとそこへ、
「莉羅たん。アーンド、莉羅たんのお兄たん!」
そう言いながら、小学生低学年程の少女が現れた。
兄妹は少女の方を向き、顔を確認する。
「あなたは妖怪屋敷の……」
「レン、ちゃん……こんちはー……」
少女は齢四百の大狸、レンであった。
「やっと見つけたのれす! レンたんはチャカ子たん達ほど鼻が良くないので、苦労したのれす!」
レンはテルミと莉羅の手を取り、「わーい、なのれす!」と万歳をした。
「一体どうしたのですか?」
「実はお二人に、というかお兄たんに、来てほしいトコがあるのれすよ!」
「どこー……?」
莉羅の質問に、レンはもう一度万歳をして答える。
「それはれすね、なんと!」
◇
「ようこそ、
という訳でレンの案内で到着したのは、都内にある小高いビルの一室。
ここは世間に速攻忘れられてしまった、
室壁を真っ赤な壁紙で覆い、床には真っ赤なカーペット。
天井に立派なシャンデリアを設置し、壁の所々にはロウソク……に見せかけた電飾付きの燭台。
如何にも『怪しい団体』を演出した部屋である。
「クックックック……ゲホッ……クーックックックック」
部屋の奥で豪華な椅子に座っている、金仮面の黒マント男。
彼がこのアンチヒーローデモ団体の首領だ。
「クーックックックックックック! 歓迎するぞ、カラテガールに仇なす少年よ」
「お、お邪魔します」
「クク……我ら獄悪同盟は、カラテガールを倒すために結成された組織……! まああんな化け物、実際に倒すのは無理なのだが……
つまりはただのユーチューバーである。
「そもそもの沿革を説明しよう。私はある日、遠縁の遺産相続で棚ぼた大金を手に入れた。それを元手に『一つでかくて目立つ事をやってやろう』と考え……そして、この組織が生まれたのだ」
「そ、そうなのですか。それはまた何ともコメントしづらい……」
テルミは首領のノリがよく分からず、困惑している。
その一方で莉羅は、
「わー……真っ赤できもーい……」
趣味の悪い部屋に、早くも気分が悪くなっていた。
「ククク……だがまさか、本当に少年と知り合いだったとはな……クックック、さすがはレンだ」
「そんなのどーれも良いれすから、アルバイト料をくらさい!」
「うむ……口座に入れておこう……クックック」
「あっ! れも、もしお兄たんに変な事したら、レンたんがテメーを食い殺ちますからね!」
「クックック……分かっているさ……! カラテガールに敵対する者同士、手を組もうとしているのだからな」
そんな会話をしつつ、首領はレンに手書きの領収書を発行した。
「……アルバイト? 手を組む?」
二人のやり取りを聞いたテルミは、なんとなく状況を察した。
おそらくこの獄悪同盟首領は、「テルミをスカウトしたい」と思っているのだ。
そこでテコ入れのため、同じくカラテガールに敵対した(と世間は思っている)テルミをチームへ引き入れたい……まあそんな所であろう。
「クッ……ゲホガハッ……クック……それでは早速、要件を説明しよう……!」
「そうですか、よろしくお願いします。しかしそのクックックという笑い方、喉がおつらいのならやらない方がいいですよ」
「あっ、うん…………ああ、いや! おつらくなどないぞ……クックッごほげほック……」
そして首領は、テルミが予想した通りの説明をおこなった。
本当に全く同じだったので、首領の台詞は省略。
「実はキミだけではなく、多くのバイトを雇っ……じゃなくて、賛同者を得ている。そこにいる元ユーチューバー兼
首領は幼き少女を指差し、もう一度「クックック」と笑い、むせた。
話を振られたレンは、テルミと莉羅に笑みを見せる。
「そうなのれす。休止してた『レンのせくちーヒーローチャンネル』アカウントに、首領からのメッセージが届いてたのれす。バイト料くれるって言うし、何かちょっと面白そうらったから、オーケーしてあげたのれすよ」
以前のレンは人間嫌いだったので、このような集まりに参加するなど考えられなかった。
しかし莉羅に出会った事で、「ちょっとくらいなら人間と関わり合いになっても良いか」と思えるようになったのである。
「それに最近は、
その言葉にテルミは、名古屋駅前の巨大人形と戯れる大天狗の姿を思い浮かべた。
「おうコラ人形てめえええええええ! 俺の手下にしてやっから、ひれ伏しやがれええええ! いてえ、やりやがったなテメエコラオイ、テメ…………てめ……お、お前…………女だったのか……!」
…………
「……いやいや。こんな想像は、いくら何でも失礼ですね」
しかし実際の大天狗の行動も、テルミの妄想からさほどかけ離れてはいないのであった。
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