-23話 『平安京宇宙パワー』

「都で好き放題やっておるようだのう」

「爺さん。久しぶりアルな」


 宮中。玉藻用に建てられた殿舎でんしゃの奥にある、ひときわ豪華な部屋。

 キューちゃんが人間の娘姿でだらだらしていると、後ろ髪が長い青年、ぬらりひょんが訪ねてきた。

 得意の『誰にも悟られない術』で宮廷に忍び込んで来たらしい。


「一人で部屋におるのに、お前さんはどうして人間に化けておるんかのう?」

「さあ……なんか、ここ一年くらいはこの姿が収まり良いんアル」


 ぬらりひょんと天狗くなど・・・は、全国各地にいる精霊達の様子を見て回っている。特に妖力がずば抜けているキューちゃんには気をかけていた。

 ただ、会う度に狐と天狗は大喧嘩をするのであるが。

 今回は五十年以上ぶりの挨拶。ただし天狗はおらず、師匠のぬらりひょんだけだ。


くなど・・・は此処に来る途中、鞍馬山におるカラス天狗達に懐かれおってのう。天狗の王様扱いされて、威張っておるよ」

「鞍馬山……すぐそこアルな。あの阿呆が近くにいると思うと気分悪いアル」


 キューちゃんは吐き捨てるように言って、「爺さんもお食べヨ」と饅頭を放り投げた。

 ぬらりひょんは畳の上にあぐらをかき、饅頭を口に入れた。


「ほう、さすがみかどが食す菓子。眩暈がする程に旨いのう」

「それより何の用で来たアルか、爺さん」


 その問いに、ぬらりひょんは「うむ」と頷いた。


「聞いたぞ。淡路武士に啖呵を切って、朝廷滅亡を企んでいるそうではないか」

「誰から聞いたアル……その辺の小鬼とかだろうケド……でもまあ爺さんに隠す必要も無いナ。そうアル、企んでるアル。全て計画通りに行ってるネ」


 そしてキューちゃんは、朝廷転覆計画の全容を語った。

 人間達を争わせ、武士に権力を与える事。

 そして今、傀儡である玉藻がついに上皇の子を孕んだ事。


「ふむ、おぬし中々手練れではないか。恐ろしい狐だのう」

「デモ精霊相手には何もしてないから、爺さんに文句言われる筋合いは無いアルぞ。それともニンゲンにも手を出しちゃダメなんアルか?」


 自身も菓子をぱくぱく食べながらそう聞くと、ぬらりひょんは指先に付いた餡を舐めながら「いいや別に。人間にどうしようがお前さんの勝手だのう」と答えた。


「そうそう、三十年程前も丹波の大江山に住む赤鬼が人を食いまくっておったが。あれも別に神連中からのお咎めは無かったからのう……結局そやつは人間に退治されてしもうたけどの」

「ああ、それなら我も聞いたアル。坊主どもから逃げ回って丹波に辿り付いた小物のクセに、大きな顔してたってナ。結局ニンゲンの武士ごときに殺されたアル。精霊の恥さらしネ」


 事も無げに言うキューちゃんに、ぬらりひょんは肩をすくめる。


「酷い言い草だのう。あやつもあれで乙女なんだし、傷付いてしまうぞ」

「……女だったんアルか?」

「ああ、今は部下の鬼共々わしの下におる。鬼華という可愛らしい名前もあげたぞ」


 キューちゃんは「ふーん」と興味無さげに、新しい饅頭に手を伸ばす。


「首を斬られたと聞いてるアルが?」

「噂に尾ひれが付いておるのだろう」


 そう言ってぬらりひょんは立ち上がり、キューちゃんに背を向け部屋の戸を開けた。


「もう帰るんアルか。結局何しに来たネ。饅頭食いたかっただけカ?」

「それもあるが。まあ、ただの世間話と忠告だのう」

「忠告?」

「ああ。先程言った三十年前の赤鬼退治だがの……都に住む陰陽師おんみょうじ一族の差し金だとか」


 ぬらりひょんは戸に手をかけたまま、振り向きもせず言った。


「お前さんも、陰陽師……特に『黒い霧』には気を付けておれよ」




 ◇




「君から、狐の残り香がしますな」

「なんやあんた……」


 今年も海産物を納めるため都へとやって来ていたミツザネは、大通りで突然若い男から声をかけられた。

 見ると、庶民や地方者では到底着れぬであろう高価な袴姿の男。

 どう見ても貴族の役人である。


「こ、これはこれはお役人様、一体どういたしましたか。某は淡路国あわじのくには真奥村から参りました、ミツザネと申しまする」


 ミツザネは慌てて言葉遣いを直し、深く礼をした。

 すると役人も礼を返す。


「私は陰陽寮おんようりょうにて勤め上げ、今はさるお方の元で働いている、安倍泰成やすなりと申す者です」

「おんよう……?」

「まあ、占いのようなものですな」

「なるほどぉ。そういえば俺……いや某の故郷でも、国の大事は占いで決めておりまするようです」


 とは言いつつ陰陽なるものを知らないため、ピンと来ていないミツザネである。

 ただ、目の前に立つ役人の柔らかな物腰には、感心し好感を持った。

 今まで出会ってきた貴族は、田舎武士に礼など絶対にやらなかったからだ。


「それで泰成殿。某に何かご用件が?」

「はい。君に狐が憑りついています」

「……は?」


 首を傾げるミツザネに対し、陰陽師安倍泰成は、


「だから、君に狐が憑りついています」


 と、ニコニコ顔でもう一度言い放った。




 ◇




 その後ミツザネは、安倍泰成やすなりが住んでいるという大きな屋敷に連れていかれた。

 案内されるがまま入った部屋には、泰成の祖父・・――本当は遠い先祖――であるという、白髪頭の老人が座っていた。

 ミツザネは咄嗟に挨拶をしつつ、その老人が漂わせている気迫や凄みに威圧される。


「ふうむ。狐の妖術をかけられた痕跡があるな……」


 老人はミツザネを見るなり、全てを見透かしたように言った。

 事前に泰成から「祖父は占い一族の長」だと聞かせれていたミツザネ。突然不穏な言葉を投げかけられ、慌てだした。


「よ、妖術というと……そうか! 時々、俺の顔がおなごのようだって馬鹿にされんのは、狐のせいやったんやな……! 畜生めが……!」


 見知らぬ畜生きつねに憤るミツザネ。

 それに対し泰成は、細い目を閉じ微笑んだ。


「いいえそれは関係ありません。君の女みたいな顔は、ただの生まれつきですね。『女だろ?』と勘違いされ続ける星の下に生まれたのでしょう」

「そ、そうなんや……」


 人当たりが良さそうな物腰と笑顔だが、意外とズバズバ言って来る泰成。


「それに、術自体はとっくに解かれているようだな。つまり顔は関係無い」

「そ、そうなんや……」


 追い打ちを掛ける老人。

 しかしミツザネは挫けず、話を続ける。


「狐と会った覚えなど無いのでございまするが……しかし泰成殿。どうして某のような田舎武士に、そんな事を教えて戴けたので?」

「私達が、『君に憑りついていた狐』を明日倒そうとしているからですよ」

「倒す……?」


 疑問顔のミツザネに、泰成は柔和な表情で説明する。

 最近宮中に蔓延る不穏な空気。そしてその根元である化け狐の討伐が、明日に決定したのだ。


「そんな中、町で君とすれ違いましてね。いやあ、本当に偶然なのですが、君からその化け狐と同じニオイがしたのです。それで何かの参考になるかもしれないと、ここにお連れしたのですが……」


 泰成はミツザネに近づき、顔をじろじろと眺める。


「しかし余計に分からなくなった。どうして宮中に出入りも出来ぬ田舎者の君に、狐は妖術をかけたのか……」

「田舎者って……」

「そして、どうしてわざわざ解いたのか……別に術をかけっぱなしでも、何なら殺して食ってしまっても良かったわけでしょう」

「うーん、そう言われても俺……某にも、分かりかねまする」

「ですよね~」


 そこで泰成は、先祖である老人の顔をちらりと見る。

 老人は頷き、ミツザネに言った。


「どうだねミツザネ。明日、我々の手伝いをしてくれぬか?」

「手伝い……って某が!?」

「ああ。もしかすると君は、狐にとって『特別』なのかもしれん……何がどう特別か、という所までは分からんがね」


 老人の提案に、ミツザネは内心「なんか胡散臭いしメンドクサ!」と思っているが、役人の依頼を断るわけにもいかない。


「某が、お役に立てるのならば」

「うむ。頼むぞミツザネ」


 あっさりと了承せざる得なかった。


「しかし御老台。某は田舎武士故、宮廷に入る事など叶わぬ身。しかし化け狐とやらは宮中におるのでしょう?」

「ああ。なのでミツザネは、まず宮廷の外で待機だ」

「私とご先……祖父が、狐を外におびき出します。そこからの手伝いをして貰いますよ」


 陰陽師二人の説明を聞き、ミツザネは「了解致した」と頷く。


「しかし、帝をたぶらかす程の化け物を倒すのか……オンミョージとは、凄い力を持っておるんや……のですね。某の国にいる占い師とはまるで違いまする」


 感嘆するミツザネの言葉を聞き、泰成はクスリと笑う。


「ふふ、別に陰陽師だから……というわけでも無いんですがね」

「うむ。わし達のこれは……宇宙の力、とでも言うべきなのだろうか」

「夢中?」


 老人の台詞に、ミツザネは頭を捻る。

 大した学も無い地方武士が、宇宙を知るはずも無かった。


「少々気取った用語を使ってしまったかな。そうだな……まあとにかく不可思議な力という事だよ」

「ほー、なるほどぉ。とにかく不思議ならとにかく凄いやんか……あ、いやえっと……凄いですね、はい」




  ◇




「陰陽師アルか……陰陽寮ってトコの役人連中以外にも、上皇の側近に泰成やすなりってのがいるみたいアルけど……」


 キューちゃんは、ぬらりひょんの「陰陽師に気を付けろ」という助言を気にし、女官達に魅了チャームをかけ情報を集めさせていた。

 キューちゃんは実際に陰陽師と出会った事が無い。

 基本的に宮中で出会う役人は、傀儡である玉藻と直接関わり合う役職の者達だけだ。


 そうやってキューちゃんが考え事をしていると、部屋の戸が急に開いた。


「おやこの部屋は……はて、不思議じゃ。何の部屋やらとんと思い出せぬ」


 と言って部屋に入って来たのは、キューちゃんが傀儡に選んでいる女、玉藻であった。

 いつもは断り無しに入室などせぬのだが……と少々引っ掛かるキューちゃん。

 しかし丁度頼みたい事もあったので、深く気にせず玉藻に話しかける。


「おー玉藻。また饅頭百個持って来てくれアル」

「……ッ!?」


 玉藻は、キューちゃんの姿を見て目を丸くした。


「あ、あなたは誰!? どうしてわらわの宮殿で、知らぬ女が寝転がって自堕落気味にお菓子を食べておるのじゃ!? そしてどうしてわらわをお使いに出そうとしておるのじゃ!?」

「はー? はー? 何言ってるアルか玉藻。それに何か今日のお前、ヤなニオイするアルな。いつもの香水はどうしたアル……うん? そのモヤみたいなのは」


 玉藻の周囲に、黒い霧が残留している。

 キューちゃんは玉藻に近づき、その霧を注意深く観察しようとした。


「ええい、玉藻という呼び名は、親しき者にしか許しておらぬ! わらわは上皇様の妃、得子なりこであるぞ!」

「はー? はー? はー? どうしたネ玉藻」

「であえ。であえい! 曲者じゃー!」

「わっ、わっ、わっ! 何で! 何アル!?」


 大勢の衛兵が駆け付けてくる。

 キューちゃんは驚き部屋から逃げ、そのままの勢いで殿舎でんしゃから宮廷内の庭へと飛び出した。


 すると、二人の男が立って待ち伏せしている。


「狐さんが出たようですね。おやおや、中々どうして美人の姿に化けているようだ」

「ふむ……わしの仕事は上皇様や妃様、官僚や女中達にかかっていた妖術を解くまで。後は泰成自身がやり遂げなさい。これは修行だ」

「分かっています。やれやれ、ご先祖様は厳しいですな」


 泰成は一歩前に出て、美女に化けている九尾の狐を睨みつけた。

 キューちゃんもまだ事態を把握し切れていないのだが、一応負けじと睨み返す。


「何アルかお前ら! 邪魔するなら、殺して食うアルぞ!」

「邪魔だと言うのなら、私にとって狐さんの方こそが邪魔なのですよ」


 泰成の指先から、濃い緑色の霧が吹き出す。


「殺して、溶かしますよ?」

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