85話 『弟に迫るキツネの魔の手と姉のエロ手』
『好きだよ』
「わっ、わっ、わわわわわあー!」
「ま、またあの夢どすか……もう! もう! なんやのもう!」
大昔、まだキューちゃんが小さな狐の精霊だった頃。
突然芽生えた
夢の中でキューちゃんは魅惑女帝カルドゥースの姿になって……いや違う。正確には『カルドゥースの魔力』になり、彼女の行動を
特に勇者チェルトとの生活は、何度も何度も見せられた。
ただこの奇妙な夢も、数百年かけ
そうして既に、三千年以上ご無沙汰であったのだが……
十八年前から、またひょっこりと見るようになってしまったのだ。
特にここ数ヶ月は酷い。三日に一度は夢を見る。
「ああー、こんなん睡眠妨害やん!」
キューちゃんはイライラと悶え、掛布団を跳ね飛ばした。
ベッドの上で、仰向けのまま体を弓なりに反らしブリッジ。下着をつけていない大きな胸が、豪快に揺れた。
再び夢を見るようになった、十八年前のある日。
それは
大魔王の強大なエネルギーに、
そして当然であるが、九尾の狐はその事を知らない。
「いつまでもヘンテコ
キューちゃんは拳を握りしめ、壮大な野望を夢想する。
「ほんで返す刀で大陸や欧州、メリケンにも攻め込むんどす……! ヴァンパイアとか、えっと……メリケンの妖怪はよう知りまへんけど……チュパカブラとか? と、とにかくそんなんも倒して。名実ともにわらわが世界一!」
そして九尾は「おーっほっほっほ!」と高笑いし、
「……はぁ」
と深く溜息。
野望はともかく、やはりあの夢は気になるのである。
特に今日の夢は長かった。
いつもは断片的なシーンが流れるだけなのだが、今日はカルドゥースとチェルトの出会いから恋心を自覚するまでの数日間。それを全てノーカットで長々と見せられたのだ。
現実世界では一時間にも満たないが、夢の中では数日間。休んでいたはずなのに逆に疲れてしまった。
「……こんなんなったのも、きっとあのイザナギの子孫とか言うニンゲンのせいどすな。なんや、思い出したらまたトキメ……いや違うわアホ、なんやもう……もう!」
イザナギの子孫……と妖怪達に勘違いされているテルミと莉羅。
今キューちゃんが怒りの矛先を向けているのは、兄テルミの方である。
「あのガキ、いっぺんドツキ回したるわ。あのガキ……あのニンゲン……あの男の顔はぁ……!」
◇
「勇者チェ……チェム……ポムポムって、
テレパシーで送られてきたカルドゥースの記憶映像を観た後に、チャカ子が元気良くそう言った。
「チェルト、だよ……チャカ子ちゃん、一文字も合って……ない」
「しかし驚いたよ。確かにあの勇者って男は、テルミと顔や声がそっくりだ」
「そうれす、そうれす! レンたんもびっくり!」
「じゃね。莉羅ちゃんやお兄さんたちの先祖じゃろか……え、違う? そもそもあの勇者は
チャカ子に続き、妖怪達も口々に話している。
「に、似てますか……ね?」
自分では分からないものである。
しかし確かに、テルミと勇者チェルトの顔と声は瓜二つ。
だが別に『テルミがチェルトの生まれ変わり』だとか『テルミがチェルトの力を受け継いだ』などでは無い。
本当に、全く、確実に、二人は何の関係も無い。数多の宇宙を内包する広い世界で、同じ顔の者がいても不思議ではない。ただそれだけの事である。
「……にーちゃんの、方が……かっこいい、もん……」
「ありがとうございます莉羅」
「くふふ……」
実の妹である莉羅からしたら、兄とチェルトは似ても似つかぬ。
雰囲気や物腰、そして魂の形が違うからだ。
「しかし、そうなると……」
テルミは皆の意見と、先程出会った九尾の不可解な態度とを結びつけた。
「僕と勇者さんの顔が似ているから、九尾のキューちゃんさんは狼狽して帰って行かれたのでしょうか?」
「どう……かな……」
莉羅は「似てない……のにー」と唇を尖らせながら、一応その可能性についても考察した。
「……
「なるほど」
テルミは頷いた。
以前も
磁力怪獣テツノドンに至っては、その力自体が意思と記憶を持っていた。
そして莉羅の考察は正解である。
それはカルドゥースの一生から始まり、持ち主の死後、エネルギー体として宇宙を漂っていた記憶までも含む。途方もない年月のメモリーだ。
が、しかし。
「じゃあやはりキューちゃんさんは、残留思念からチェルトさんを知っていたのかもしれませんね。それで僕を見て驚いて……」
というテルミの推測は、間違いである。
「兄さん、それはちと違うかもしれんのう」
部屋の奥、大岩の隣にいるぬらりひょんが寝転んだままテルミ達に話しかけた。
「カルドゥースとやらの記憶があの狐にあるのか無いのか、ワシには分からんがのう。あやつが兄さんを見て驚いたのは、確かにその『顔』が原因だが……しかし勇者だの何だのとは、また別の理由があるのだ」
「別の理由、ですか?」
聞き返しながら、テルミはぬらりひょんの傍へ寄った。
兄の手を握っていた莉羅や、興味深々な妖怪達も続く。
「それはのう……」
「それは……?」
一同が息を飲む。
たっぷりと間を開けた後、ぬらりひょんは言った。
「……めんどくさいから、説明したくないのう」
◇
「結局、どのような理由なのでしょうか……」
帰宅後、テルミは浴槽に体を沈めたまま呟いた。
もう深夜である。莉羅は自室に帰り着くなり、チャカ子と並んで寝てしまった。
あの後のぬらりひょんもすぐに眠ってしまい、理由を聞く事は叶わなかった。
妖怪達は知りたがり、ぬらりひょんを叩き起こそうかと相談していたが、テルミが「キューちゃんさんのプライベートな事でしょうし」とオトナな対応でその場を締めた。
そして無事に帰って来た今、汗を流そうと風呂へ入った次第である。
「しかし、それにしても」
テルミは、カルドゥースとチェルトの姿を思い出す。特にチェルト。
自分とそっくりらしいのだが、やはり己ではピンと来ない。
「そんなに僕と似てますかね……」
「似てるって、何が?」
「僕の顔が、勇……」
そこでテルミは自分の独り言への乱入者に気付き、浴槽の外へと顔を向ける。
「ユウって誰だっけ。女優? グラビアアイドル? 女子サッカーの人?」
「どうして僕と似ている例が全部女性なのですか……というか姉さん、いつの間にいたのですか」
姉である桜が素っ裸で、風呂用の椅子に座っていた。
「今来たトコだよ。待った?」
「待っていません」
二の腕で胸を両端から圧迫し、谷間を見せつける桜。
そんな姉の姿に、弟は肉親として何だか無性にガッカリするのであった。
桜は椅子から腰を浮かし、四つん這いで湯船に近づき、右手を伸ばしテルミの耳たぶに触れる。
「ねえねえテルちゃん。今ね、莉羅ちゃんもお爺ちゃんも寝てるのよ」
「はい、そうでしょうね」
既に日を跨いでしまっている。日本人の多くは就寝している時間だ。
桜は口角を上げテルミに囁く。
「エッチな事するなら、今がチャンスだよ?」
「姉さん、もっと恥じらいを持ちましょうね」
冷静に突っ込む弟。
そして桜は「もー、テルちゃんこそもっと素直になりなさいよ」と言って立ち上がり、右足を湯船に入れた。
「……姉さん、どうして入ってくるのですか」
「まあまあまあ」
桜は笑いながら次は左足を入水。
そのまま座り、肩まで湯に浸かる。
テルミは姉を避けようと身を捻るが、浴槽の中に逃げ場はない。
「姉さん、狭いですよ」
「まあまあまあまあまあ」
そして湯船の中に姉弟二人。
桜はテルミの胸を背もたれにして、ぴったり密着した状態でくつろぎ始めた。
テルミの目の前には桜の後頭部。髪がしっとりと濡れており、シャンプーの匂いがする。「いつの間に洗髪した」と言いたくなるのだが。
そうこうしていると桜は弟の両手を引っ張り、自分の体を無理矢理抱きしめさせた。
右手を胸へ。左手を腰へ。
「や~ん。テルちゃんがエッチなトコ触った~。ああ~ん」
自分で触らせておきながら、からかうように喘ぐ桜。
だがテルミは姉のセクハラには慣れたものである。
冷めた態度で、
「いい加減にしてください」
と姉を叱りつけようとした。
……のだが。桜の次の質問に、言葉を詰まらせる事となる。
「ところでテルちゃん、こんな時間に今までどこへ行ってたの? それに、どうして……」
桜は湯船の中で体の向きを変え、テルミと正面から向き合った。
水面に浮かぶ大きなバストが、弟の肌に衝突し形を崩す。
それと共に桜の顔がテルミに急接近し、額同士が触れ合った。
「どうしてテルちゃんから、妖怪のニオイがするの?」
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