84話 『兄と九尾のトキメク出会い』

 テルミと莉羅は、神様の末裔である。


 ……という誤った情報を聞いた九尾のキューちゃんは、「ひょえっ?」と大妖怪らしからぬ声を出した。


「神? というと、女媧じょか様やブラフマーどすか」

「ここは唐土もろこしや天竺じゃあねえんだ! 日の本の神に決まってんだろ!」


 ちなみに女媧じょかとは中国の神、ブラフマーとはインドの神である。


「ああ、そっか…………あっ……ふ、ふーん! 言われなくとも、わらわは知っとったもん! そうか、イザナギの子孫どすか」


 もちろん子孫では無いのだが、テルミ達は以下略。

 目の前の少年少女が神の縁者だと聞き、九尾は少しだけ躊躇したが、


「で、でもわらわは、イザナギが生まれて死ぬよりもずっとずっと昔から存在している、九尾狐狸精こりせいどす! それにぶっちゃけ、ブラフマーもイザナギもただ仙術得意なだけの普通のニンゲン。って、女媧じょか様が言わはっとったもん! 女媧じょか様自身は……どうやろ。ノーコメント。とにかく、わらわの方が年上! 力も上! それに先祖が誰であろうとも、肝心のその二人自身は結局ただのお子様どすやろ! ふふーん!」


 そう長々と、天狗やテルミ達を脅すというよりは、自分自身を納得させるために言った。

 そして九尾のキューちゃんが操作しているヌイグルミは、当たったら怪我をしそうな程の速さで、テルミと莉羅に接近。

 その近くにいる妖怪達は、「うわっ!?」と驚きの声を上げる。


「どんくさいニンゲン共を連れて来たところで、わらわには無意味どす!」


 そう言いながら特攻して来るヌイグルミに対し、テルミは腕を構え身を守ろうとした。

 モフモフしている狐が、顔を目がけて全力で突進……


 するはずだったのだが、



「……ありぇ~っ?」



 ヌイグルミは、テルミの顔をすぐ近くで見た瞬間に素っ頓狂な声を上げ、宙に浮かんだまま静止した。


「…………?」


 テルミが警戒しつつ様子を伺っていると、


「わっ、わっ、わっ、わああっ!」


 と、狐が焦り出した。


「ど、どうなさいました?」

「わー! わー! わー!」


 テルミが質問すると、何故だか九尾はますます焦る。

 そしてヌイグルミは上昇し、天井に張り付いた後、


「わっ、わらわがこんなんで怯むとでも思うとるんどすか! どうという事もあらへんもん! ほ、ほんまどすえ! ふーん! ふーん! ふーん!」


 と強がってみせ、


「ほな、さいなら!」


 と言うと同時に、地面に落ちた。

 好奇心旺盛な妖怪達がツンツンと突いて確かめているが、もはやただのヌイグルミに戻っている。

 どうやら九尾の狐は、帰って・・・しまったらしい。


「なんだあ、一体どうしたってんだ!?」


 大将天狗はそう言ってヌイグルミを拾い上げ、力任せに引き千切った。

 中に詰まっていた綿が、辺りに飛び散る。


「出陣前からあのババアの声を聞いて、どうにも胸糞がわりいぜ! ジジイにも見られてるようだしよお! おい莉羅、テルミ。五日後にまたよろしく頼むぜい!」


 そう言い残し、天狗は部屋から出て行ってしまった。

 一方、九尾の唐突な言動に唖然としているテルミへ、鬼華達が話しかける。


「お狐様は、テルミの顔を見て随分と狼狽してたようだねえ。顔見知りなのかい?」

「莉羅たんのお兄たんは、女みたいな顔だけどプレイボーイなのれすね」

「いえ、初対面だと思うのですが……」


 とは言え、声しか聞こえなかったのだし、もしかすると知り合いである可能性もある。

 それに相手は妖怪。姿や声さえも変幻自在かもしれない。

 ただ現状だけで判断するならば、テルミに身に覚えはまったく無い。


 首を捻るテルミ。

 そんな悩める少年の姿を眺めながら、妖怪ぬらりひょんが、


「ああ……なるほどのう。確かにこの兄さんの顔は……くくっ」


 とほくそ笑む。

 ちなみに彼はいつの間にか大岩の隣に戻り、テルミが最初見た時と同様、両手を枕にして寝転がっている。


 そんな中、莉羅が小学校の授業で発言する時のように、そっと右腕を上げた。


「あの、ね……キューちゃん、の……魅了チャームの、魔法……」

「ちゃぁむ? ああ、あの妖怪や人間を操る術の事かい」

「あの術は、レンたんはおろか、くなど・・・大将やぬらりひょん大将の力でも及ばない、もの凄い妖力を使っている術なのれす。あれで昔の中国やインドを滅ぼしちゃったとか。怖いのれす。まあ直接攻撃に使う術れはないのれすけろ」


 舌っ足らずなレンの説明に、テルミは「なるほど……」と唸る。


「先程ぬらりひょんさんも言われていましたが、そこまで強い術なのですね」

「その、術……の、事だけど……ね」


 莉羅は疲れたので、右腕を下げた。


「術……というか……膨大な妖力の、正体……りらは、分かった……よ」

「ええっ!?」


 ポツリと言った莉羅に、妖怪達の視線が集まった。

 大岩の陰で寝ていたぬらりひょんも、片目を開け、興味深そうに莉羅を見る。


「……キューちゃんは、ね……遠い宇宙に、存在していた……『力』を、受け継いでいる……の」


 その言葉を聞き、テルミは頷いた。

 他の妖怪とは次元が違う力、と聞いた時点でなんとなく予想していた。

 桜が大魔王の力に目覚めて以降、最近よくあるパターンである。


「宇宙? 力? なんだか急にSFチックれすね」

「うん……その力の、元の持ち主……の、異名は……『ドスケベ魔王』……」

「ど、ドスケベ?」

「そりゃまた、人間のエッチなお店みたいな名前じゃね」


 木綿さんがそう言って、鬼華に殴られた。ひらひらな布の体なので効いていないようであったが。

 莉羅は気にせず説明を続ける。


「別の名は、『淫奔いんぽん帝王』……『わいせつクイーン』……『エロス姫』……『卑猥ひわい淫魔』」

「随分と酷いあだ名で呼ばれていたのですね」


 と、テルミは少々呆れた。

 桜に宿る大魔王も『外道』だの『病原性大腸菌』だの『死ねバーカ』だのと呼ばれていたが、それとはまた別種の異名……というか、悪口である。


「そして……本人が、名乗っていたのは……『魅惑女帝カルドゥース』」




 ◇




「わわわわわわわー!」

「ど、どうしたのですか九尾様!?」


 ヌイグルミの操作をやめた後も、混乱気味に奇声を上げ続けていた九尾のキューちゃん。

 その声を聞きつけ、手下の妖怪達が集まって来た。


「何でもあらへん! わらわはニンゲンなんか、どうでもええんやもん!」

「は、はぁ……? えっと、はい、分かりました」

「とにかく放っておいておくれやす!」


 九尾は手下達を自室から追い出し、金箔が貼られている豪華な椅子に腰かけた。

 金のティーポットから金のカップに茶を注ぎ、一口飲む。


 キューちゃんは今、二十歳前後の女性に化けている。

 雪のように白い肌。光輝く金の髪。

 全体的に色素が薄いのは、『白面金毛はくめんこんもう九尾の狐』という呼び名への期待に応えるべく、白面で金毛な姿にわざわざ変化しているためである。

 そして桜に負けず劣らず豊満なバスト、細いウエスト、丸みを帯びたヒップ。


「あのニンゲン……ぐううう……」


 そんな絶世の美女であるキューちゃんは、千里眼越しに見たテルミの姿を思い出している。

 そうだ、あの少年……あの顔は……


「……トキメク」


 そう小さく呟いた後、自分の口から出た言葉に気付き、ハッとした。


「なんやの、もう! もうもうもう! なんやのなんやのなんやの! もう! なんやのー!」


 狐は再び冷静ではなくなった。

 椅子から転げ落ち、床で悶え、大きな胸を揺らしながら転げまわる。


「あんなお子様、わらわは……わらわは……わらわはー!」


 と大声で叫んだ後に、ピタリと身体の動きを止めた。

 しばらくの間、天井をじっと見つめ……


「…………わらわ、寝る!」


 そしてキューちゃんは、金の柱と赤いカーテンに囲まれた中華風ベッドへと潜り込み、すぐに寝息を立て始めたのであった。

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