84話 『兄と九尾のトキメク出会い』
テルミと莉羅は、神様の末裔である。
……という誤った情報を聞いた九尾のキューちゃんは、「ひょえっ?」と大妖怪らしからぬ声を出した。
「神? というと、
「ここは
ちなみに
「ああ、そっか…………あっ……ふ、ふーん! 言われなくとも、わらわは知っとったもん! そうか、イザナギの子孫どすか」
もちろん子孫では無いのだが、テルミ達は以下略。
目の前の少年少女が神の縁者だと聞き、九尾は少しだけ躊躇したが、
「で、でもわらわは、イザナギが生まれて死ぬよりもずっとずっと昔から存在している、九尾
そう長々と、天狗やテルミ達を脅すというよりは、自分自身を納得させるために言った。
そして九尾のキューちゃんが操作しているヌイグルミは、当たったら怪我をしそうな程の速さで、テルミと莉羅に接近。
その近くにいる妖怪達は、「うわっ!?」と驚きの声を上げる。
「どんくさいニンゲン共を連れて来たところで、わらわには無意味どす!」
そう言いながら特攻して来るヌイグルミに対し、テルミは腕を構え身を守ろうとした。
モフモフしている狐が、顔を目がけて全力で突進……
するはずだったのだが、
「……ありぇ~っ?」
ヌイグルミは、テルミの顔をすぐ近くで見た瞬間に素っ頓狂な声を上げ、宙に浮かんだまま静止した。
「…………?」
テルミが警戒しつつ様子を伺っていると、
「わっ、わっ、わっ、わああっ!」
と、狐が焦り出した。
「ど、どうなさいました?」
「わー! わー! わー!」
テルミが質問すると、何故だか九尾はますます焦る。
そしてヌイグルミは上昇し、天井に張り付いた後、
「わっ、わらわがこんなんで怯むとでも思うとるんどすか! どうという事もあらへんもん! ほ、ほんまどすえ! ふーん! ふーん! ふーん!」
と強がってみせ、
「ほな、さいなら!」
と言うと同時に、地面に落ちた。
好奇心旺盛な妖怪達がツンツンと突いて確かめているが、もはやただのヌイグルミに戻っている。
どうやら九尾の狐は、
「なんだあ、一体どうしたってんだ!?」
大将天狗はそう言ってヌイグルミを拾い上げ、力任せに引き千切った。
中に詰まっていた綿が、辺りに飛び散る。
「出陣前からあのババアの声を聞いて、どうにも胸糞が
そう言い残し、天狗は部屋から出て行ってしまった。
一方、九尾の唐突な言動に唖然としているテルミへ、鬼華達が話しかける。
「お狐様は、テルミの顔を見て随分と狼狽してたようだねえ。顔見知りなのかい?」
「莉羅たんのお兄たんは、女みたいな顔だけどプレイボーイなのれすね」
「いえ、初対面だと思うのですが……」
とは言え、声しか聞こえなかったのだし、もしかすると知り合いである可能性もある。
それに相手は妖怪。姿や声さえも変幻自在かもしれない。
ただ現状だけで判断するならば、テルミに身に覚えはまったく無い。
首を捻るテルミ。
そんな悩める少年の姿を眺めながら、妖怪ぬらりひょんが、
「ああ……なるほどのう。確かにこの兄さんの顔は……くくっ」
とほくそ笑む。
ちなみに彼はいつの間にか大岩の隣に戻り、テルミが最初見た時と同様、両手を枕にして寝転がっている。
そんな中、莉羅が小学校の授業で発言する時のように、そっと右腕を上げた。
「あの、ね……キューちゃん、の……
「ちゃぁむ? ああ、あの妖怪や人間を操る術の事かい」
「あの術は、レンたんはおろか、
舌っ足らずなレンの説明に、テルミは「なるほど……」と唸る。
「先程ぬらりひょんさんも言われていましたが、そこまで強い術なのですね」
「その、術……の、事だけど……ね」
莉羅は疲れたので、右腕を下げた。
「術……というか……膨大な妖力の、正体……りらは、分かった……よ」
「ええっ!?」
ポツリと言った莉羅に、妖怪達の視線が集まった。
大岩の陰で寝ていたぬらりひょんも、片目を開け、興味深そうに莉羅を見る。
「……キューちゃんは、ね……遠い宇宙に、存在していた……『力』を、受け継いでいる……の」
その言葉を聞き、テルミは頷いた。
他の妖怪とは次元が違う力、と聞いた時点でなんとなく予想していた。
桜が大魔王の力に目覚めて以降、最近よくあるパターンである。
「宇宙? 力? なんだか急にSFチックれすね」
「うん……その力の、元の持ち主……の、異名は……『ドスケベ魔王』……」
「ど、ドスケベ?」
「そりゃまた、人間のエッチなお店みたいな名前じゃね」
木綿さんがそう言って、鬼華に殴られた。ひらひらな布の体なので効いていないようであったが。
莉羅は気にせず説明を続ける。
「別の名は、『
「随分と酷いあだ名で呼ばれていたのですね」
と、テルミは少々呆れた。
桜に宿る大魔王も『外道』だの『病原性大腸菌』だの『死ねバーカ』だのと呼ばれていたが、それとはまた別種の異名……というか、悪口である。
「そして……本人が、名乗っていたのは……『魅惑女帝カルドゥース』」
◇
「わわわわわわわー!」
「ど、どうしたのですか九尾様!?」
ヌイグルミの操作をやめた後も、混乱気味に奇声を上げ続けていた九尾のキューちゃん。
その声を聞きつけ、手下の妖怪達が集まって来た。
「何でもあらへん! わらわはニンゲンなんか、どうでもええんやもん!」
「は、はぁ……? えっと、はい、分かりました」
「とにかく放っておいておくれやす!」
九尾は手下達を自室から追い出し、金箔が貼られている豪華な椅子に腰かけた。
金のティーポットから金のカップに茶を注ぎ、一口飲む。
キューちゃんは今、二十歳前後の女性に化けている。
雪のように白い肌。光輝く金の髪。
全体的に色素が薄いのは、『
そして桜に負けず劣らず豊満なバスト、細いウエスト、丸みを帯びたヒップ。
「あのニンゲン……ぐううう……」
そんな絶世の美女であるキューちゃんは、千里眼越しに見たテルミの姿を思い出している。
そうだ、あの少年……あの顔は……
「……トキメク」
そう小さく呟いた後、自分の口から出た言葉に気付き、ハッとした。
「なんやの、もう! もうもうもう! なんやのなんやのなんやの! もう! なんやのー!」
狐は再び冷静ではなくなった。
椅子から転げ落ち、床で悶え、大きな胸を揺らしながら転げまわる。
「あんなお子様、わらわは……わらわは……わらわはー!」
と大声で叫んだ後に、ピタリと身体の動きを止めた。
しばらくの間、天井をじっと見つめ……
「…………わらわ、寝る!」
そしてキューちゃんは、金の柱と赤いカーテンに囲まれた中華風ベッドへと潜り込み、すぐに寝息を立て始めたのであった。
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