-456話 『ドスケベ魔王と真面目勇者~トキメク想いを知りたい編~』
遥か昔。
こことは違う宇宙でのお話。
悪魔の帝王がいた。
惑星を片っ端から破滅させ、銀河を亡きモノにすべく活動している。
銀河を破壊なんてベタすぎる悪役ではあるが、本当にそうだったのだから仕方がない。
その帝王の名は、カルドゥース。
帝王と言ってもそれは異名であり、別に王様というわけではない。
他の異名としては『ドスケベ魔王』『淫奔帝王』『わいせつクイーン』『エロス姫』、その他諸々。
クイーンや姫という呼び名で分かるように、帝王は女性である。
見た目は地球上の人間に近い。
地球人女性平均と比べると、少々低めの身長。
地球人女性平均と比べると、遥かに大きなバスト。
ただ地球人とは違う所も多々ある。
見た目で一番違うのは、肌の色だろう。
彼女の肌は灰色に染まっていた。まるで白黒映像のように。
そんな女帝カルドゥースは宇宙を旅し、文明が発達している惑星を見つけては、コツコツと滅亡へ追い込んでいる。
どうしてそのような禍々しい行動を取っているのかというと、特に理由は無い。
ただ、『そういう存在』として生まれてしまったのだ。
惑星を破滅させる手段は簡単。
星の最大権力者達を『自分に惚れさせ』、意のままに操り、争わせるのだ。
全世界規模の戦争が起き、人々は殺し合い消耗し、最後には荒れ地だけが残る。
技術レベルによっては、爆弾などで星の大地ごと死んでしまうケースもある。
――惚れさせる。それがカルドゥースの力だ。
彼女の体内には、この宇宙で一番巨大なエネルギーが宿っている。
そのエネルギーを『
大きさが全く違おうとも。姿形が違おうとも。
そもそも生物でない、ヌイグルミだろうと岩だろうと。
森羅万象全ての物を、おかまいなしに悩殺するのである。
ちなみにヌイグルミなどを魅了した場合、無機物は無機物なりにカルドゥースに尽くそうと頑張る。
頑張った結果、もしその物質に素質があれば超能力を発動し、考えたり動いたり喋ったり出来るようになるのである。
この『
あくまでも自分に惚れさせるだけ。
その結果、相手が勝手にカルドゥースの命令を聞いてくれるのだ。
せっかく宇宙一のエネルギーを持っているというのに、彼女が使える能力は『惚れさせる』ただ一つ。
強大なエネルギーが、どうしてそんな遠回しな術としてしか発動されないのか。
それは分からない。宇宙の意思なのか、もしくは意味など無いのか。
厄災という役割を持って生まれたカルドゥース。
長い間その務めを果たしていたが、同時に疑問も抱き続けている。
その疑問から来る、彼女の口癖。
それは、
「ああ……私も、トキメク恋愛をしてみたいものだ」
という、OLのような台詞。
これを毎日呟いていた。
カルドゥースは、途方もない数の男性から求愛を受けていた。
一応女性も魅了できるが、それは彼女独自の基準によると「つまらない」ので、専ら男性のみ。
だからこそ宇宙中の女性の嫉妬を買い、『スケベ』だの『淫乱』だのと陰湿な異名を付けられたのである。
しかし実際の所カルドゥースは、性に奔放な女性というわけではなかった。
むしろその逆。
男を惚れさせるだけ惚れさせておきながら、一度たりとも体を許した事はない。
そんな余計なサービスをしてやらずとも、
そして肉体だけでなく、精神においても同様。
多くの愛を向けられようとも、彼女自身が誰かを愛した事はない。
自分に熱い視線を送る男達。
彼らは恋を楽しんでいる。だが恋に苦しんでもいる。
ただただ夢中な瞳、声、心で、カルドゥースの言うがままに動き、自らが住む惑星を蝕んでいく。
カルドゥースは考える。
自分で仕向けておきながら、こう思うのもおかしな話かもしれないが……恋とは、故郷の星を滅ぼす程に、夢中になれるようなモノなのだろうか。
「トキメク……とは、どんなカンジなのだろう?」
◇
「
突然目の前に現れた男へ、巨大な玉座に腰掛けているカルドゥースがそう聞き返した。
ここは、カルドゥースの仮居城。
現在彼女が滅亡させようと活動している惑星にて、
この大きく広い建物に住むのは、カルドゥースただ一人。
基本的には誰も寄せ付けない。清掃業者がたまにやって来るくらい。
彼女に飲食は必要ないため、料理人もいない。
そんな孤高の住処に、ずけずけとアポイントメントも無しに入り込んで来た無礼な男。
「そうだ、俺はチェルト。皆からは勇者と呼ばれている」
彼は、この星の勇者らしい。
「それでその勇者が、一体私に何の用かな?」
「お前を倒す。
「そうか。そのあだ名は、私の趣味に合わないけど……なるほどね。私を退治するために来たんだ」
カルドゥースは玉座から立ち上がり、勇者の近くへと無防備に近づいた。
自分より少しだけ背が高いこの男を、上目遣いで見て微笑む。
この惑星の住民達は、偶然にもカルドゥースと似た見た目、かつ同程度のサイズであった。
違いは肌の色くらい。
カルドゥースの肌が灰色なのに対し、ここに住む人々の肌はいわゆる『肌色』。つまり見た目は殆ど地球人である。
「突如巻き起こった、星が滅びる程の戦争。その裏でお前が暗躍していると突き止めた」
「へえ、良く調べたじゃないか。偉い偉い」
カルドゥースがからかうと、勇者チェルトは、
「お前を討伐し、今こそ戦争を終わらせる……!」
そう力強く言い放ち、腰の剣を抜いた。
その勢いの良さにカルドゥースは何だか可笑しくなり、小さく吹き出す。
堂々たる台詞や勇者という肩書が持つ精悍さに対し、彼の容姿がミスマッチなのだ。
すらりとした頬。長いまつ毛に、ぱっちりと大きな目。高い鼻。潤った唇。
その顔を構成するパーツ達のバランスが、まるで……というか、完全に……女性のそれである。
だが男装の麗人などではない。本物の男だ。
わざと無骨な物言いをしているのは、おそらくは、この女顔にコンプレックスを持っているせいだろうか。
「消え失せろ、淫奔帝王!」
「ふふっ、慌てちゃ駄目だよ」
いきり立つ勇者とは対照的に、カルドゥースは落ち着き払っている。
今までも勇者やら英雄を名乗り挑んでくる者達はいた。だがカルドゥースは、彼らを簡単に退けてきた。
彼女の力、『
「どうせ貴様も、私に恋心を抱くのさ」
カルドゥースは、勇者チェルトに「ふっ」と息を吹きかけた。
近くに寄ったのは、この行動のためだ。
息でなくとも良い。手でも足でも髪でも。彼女の『何か』に触れた者は、恋の魔法にかかってしまう。
そう、この女顔の勇者も……
「喰らえ、俺の剣を!」
「……何だって?」
勇者は、お構いなしに剣を振り下ろしてきた。
カルドゥースは驚愕しつつ、ひらりと避ける。
「私の
息が届かなかったのだろうか。
再度魔法をかけるため、カルドゥースは再び勇者に近づいた。
真横に薙ぎ払われた剣を飛んで
今度は目に見える形で、完璧に触れた。
……はずなのだが。
「往生際が悪いぞ、魔王め」
勇者は再びカルドゥースに斬りかかった。
やはり『効いていない』。
「避けるのが上手いな、淫奔帝王……だが俺もまだ」
「待て勇者。一度落ち着いて私の話を聞いて欲しい」
カルドゥースは、生まれて初めて焦りを覚えた。
何故。どうしてこの青年は、私に惚れないのだろうか。
女顔だから?
いやそれは関係ない。
例え本物の女だとしても、
「何をボケっとしている! 倒される覚悟を決めているのか?」
「待てと言っているだろう? まったく、せっかちな勇者だね」
カルドゥースは表面上落ち着いた態度を保ちつつ、考えた。
どうして
まず、どうにかこの場を平静に治めないといけない。
彼女はこの宇宙で一番強大なエネルギーを持つが、戦闘能力は高くないのである。
カルドゥースは、「いいかい?」と諭すように勇者へ語りかけた。
「確かに私は、この星の権力者達を
「……確かに……それは今まで調査する中で、薄々分かっていた」
勇者は女帝の言い訳を聞き、剣を握る力を少しだけ緩めた。
カルドゥースは、我が意を得たりと微笑む。
「私に非は無い。悪いのはこの星の権力者。そして、それを止められなかった貴様ら人民だよ」
「…………その理屈は、分からんでも無い。だが」
「そうか、分かるのかい!」
勇者が返事し終える前に、カルドゥースは両手を広げて大声を出した。
動きに呼応して胸が弾む。
「今言ったね、この理屈が分かると。だから私は悪くない。そう認めたね?」
「待て、そこまでは言ってな……」
「いや言った。貴様は確かに『分かる』と言ったよ。ならばもう一方的に私を討伐するのは、フェアではない」
「何だと? おい、お前……」
「それでも、私を倒すというのかい?」
カルドゥースは、勇者チェルトの瞳を正面からじっと見つめた。
勇者はその少女のような顔に、困った表情を浮かべている。
どうやらこのままやり込めそうだ。
そして女帝は再び思う。
この男はどうして私に惚れないのか。
その謎を、やはり知りたい。
「だ、だが俺は……お前を倒すために……」
「ならば勇者よ。こうしたらどうだい?」
ああ、私は何を言おうとしているのだ?
カルドゥースは心の中で、己の行動と台詞に驚く。
「貴様もこの城で――」
待て、言うな私。
それを言ってどうする気だ。
「――私と一緒に住もう」
言ってしまった。
「……どうして、そうなるんだ?」
「私の生活を知れ。私の人となりを、じっくりと観察したまえ」
どうして私は、こんな事を言うのだ?
私はこの『私に惚れない男』に、一体何を期待している?
「そうすれば貴様も、納得いく判断を下せるだろう」
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