81話 『妹のお菓子契約』
「そういうのは駄目じゃって、条約で決まっとるじゃろ。また他の大将達に怒られたいんかい」
「いい加減におしよ大将。どうしてそうも、あのお狐様に突っかかるんだい!」
木綿さんや鬼華が大将を諫めた。
しかし当の天狗は、
「うるせえテメエら! 俺ぁ大将だぞ!」
ドンと足を踏み鳴らし、子供のように癇癪を起こす。
妖怪達は大きく溜息をついた。
乱暴者の大天狗は大将の名に恥じず、東海道で一番強い。
だから誰も逆らえない。
それこそが、厄介事の種なのである。
「だいたいあの女狐ぁよ、元々は
「へー……妖怪、って……排外主義、なんだ……外国人に、厳しい……ね」
「排外主義はこのバカ天狗だけ。それに筑後の河童大将も、出身は中国なんだけどのう」
寝転んでいる『後ろ髪の長い青年』がポツリと言ったが、大将には聞こえなかったようだ。
大将天狗は、手下の妖怪に三味線を
人間が嫌いなわりには、人間の演劇文化に興味深々らしい。
そしてその大将へ、鬼華達が苦言を呈す。
「何言ってんだい大将! 魔人も河童も狸も、今まで散々文句を言ってきてるだろ! 北の大将はともかくさ」
「まあ確かに、北の大将は面白がるじゃろうけどね」
「……北だあ?」
鬼華と木綿さんの台詞に、大将天狗は踊りをピタリとやめた。
何かが気に障ったらしく、顔を上気させ、頭の横に着けている天狗のお面に負けず劣らず真っ赤になった。
一方、近くで寝ている後ろ髪の長い青年は、「くくっ」と楽しそうに笑っている。
「あんなジジイどうでも良いんだよ、何なら狐の次にぶっ殺してやらぁ! いいからテメエらは出陣準備をしておきやがれ! おい誰か、ここにいねえ犬神達にも伝えとけ!」
「えっ、ウチここにいるでありんすワン!」
「ガキじゃなくて、でけえ方の犬神だ!」
大将天狗は不機嫌顔で胡坐をかき、妖怪達は再び大きな溜息をつく。
後ろ髪の長い青年は「おうおう、言うようになったのう」と呟き、立ち上がり背伸びをした。
そして天狗は右膝を手で打ち、大きな目で改めて
「っつーワケだ莉羅! 準備があっから、そうだな……十三日後だ! 十三日後、亥の刻にまたこの屋敷に来やがれ!」
まだ本人は了承していないのだが、莉羅の参加は決定事項になってしまっているようである。
「いのこく……?」
「人間の時間で言うと、夜十時じゃね」
木綿さんがこそりと耳打ちし、教えてくれた。
「えー……眠いから、ヤダー……」
「なんだとこの、チビガキ!」
そんな大将天狗の煽り言葉に、莉羅は内心ムッとした。見た目はいつもの無表情であるのだが。
「……手伝う、の……やーめた……」
そう言って、そっぽを向く。
「お、おい待て待て待て! 奇襲するから、深夜が良いんだよ!」
頼りの莉羅にヘソを曲げられては困ると、天狗は慌てだした。
「仕方ねえなあ。じゃあそうだな、礼として何か」
「……お菓子……」
「菓子か!
「……縁者じゃ、ない……けど……ね」
「くぁーはっはっは、分かったぜ!」
大将天狗は大袈裟に両腕を挙げ、大袈裟に首を振り、大袈裟に高笑いをする。
「饅頭でも
「……チョコレート、や……アイス……は?」
「何だって、好きだけ食え!」
「わーい……くふふ……じゃあ、いいよー……」
という訳で、商談成立である。
大将は満足そうに、屋敷の奥へと引っ込んで行った。
その後、莉羅は妖怪達の中から『両腕が無い三つ目の大男』を探し出した。
彼は以前、桜やグロリオサとの争いで腕を失った妖怪だ。
「ごめん、ね……」
と言って腕を再生させ、またもや感謝される。
どうして「ごめん」なのかは、妖怪達には分からなかった。
次に莉羅はレンの話を聞き、スターダスト・バトルに『ルート』が関わっている事に気付いた。
さっそく根元に会い、姉兄と共に問題解決。
ついでにカカシの事も調べたかったが、それは叶わなかった。
――そして十三日後。今に至る。
◇
……以上の記憶映像が、テルミの頭の中へテレパシーで流れ込んで来た。テルミは一瞬で全てを理解する。
「そうですか。だからあの時、僕や根元さんの前に突然現れたのですね」
「そーゆー……ことー……だね」
「どーゆーことでありんすワン?」
「それに半月ほど前、毎日のように服を泥だらけにしていたのは、この妖怪屋敷への入り口を探していたからだったのですね」
「そーゆ……ことー……だね」
「ねー、だからどーゆーことでありんすワン?」
現在テルミ達は鬼華に先導され、大将天狗が待っている部屋へ向かって、廊下を歩いている。
蒸し暑い夜であるが、廊下の板張りはひんやりとしていて心地良い。
特にパジャマ姿で素足のまま来てしまったテルミは、その恩恵を大いに受けていた。
そんな気持ち良さを感じつつ、テルミは莉羅のちょっとした冒険譚を知り、
「色々と大変だったのですね。頑張りましたね莉羅」
「くふふ……」
と妹の頭を撫でた。
そしてその後、
「しかし。お菓子目的で妖怪同士の争いに加担するのは、あまり褒められた事ではありませんね。それに甘いものばかり食べ過ぎです。先日も根元さんから、沢山のお菓子を貰ったばかりですし」
と軽くたしなめる。
注意する前に一旦褒める、子育てテクニックだ。
オカン気質のテルミは、天然でこの技を会得しているのである。
「とは言え、断ったら天狗に食べられてしまうかもしれない状況ですし、仕方ない部分もあるか……」
「……りら、は……簡単に逃げられる、けど……ね」
「そ、そうですか」
テルミは「ならば本格的に注意するべきなのか?」と迷う。
だが、
「
とチャカ子にじゃれつかれて、考えが纏まらない。
そして結局答えを出せぬまま、先を行く鬼華に話しかけられた。
「大丈夫さテルミ、争いと言っても殺し合ったりするわけじゃない。うちの大将と畿内の大将との喧嘩は、よくある事でね」
鬼華は、うんざりした顔で説明する。
「いつも私らと向こうさんの手下妖怪同士が、裏で打ち合わせしてるんだ。両方に被害が出ない、適当な所で引き上げるのさ。大将同士に一騎打ちさせとけば、とりあえずあの二人は満足するからね……そして最後に、他の地域の大将達からお小言を貰ってお終いさ」
そう言って鬼華は、「いつも巻き込まれる私達は、堪ったもんじゃないけどね」と深く溜息をついた。
要は多くの部下を巻きこんだ『仲良い喧嘩』であるらしい。
「そうなのですか……苦労なさっているのですね」
「ああ苦労の連続だね。人間の社会なら『ぱわはら』で訴え出られるんだろうけど、妖怪には労基が無いのさ。それに本当は、遊んでる場合じゃないんだけどねえ。カラテガールに毒霧……ああいや、それはいいか」
テルミと莉羅は『カラテガール』という単語にピクリと反応したが、あのヒーローとの関係は秘密にしているため、特に何も聞き返さなかった。
そんな世知辛い会話をしながらしばらく歩き、ようやく目的の部屋へと到着したのである。
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