82話 『兄と妹と天狗と京都の狐』

「さあ、この中で大将がお待ちだよ」


 そう言って鬼華が障子扉を開けると、先程までいた宴会場より更に大きな広間に出た。



 多くの妖怪達が集まっている。

 色とりどりの鬼や河童。犬、猫、狸、カワウソ、蛇。手足付きの鍋やヤカン。

 

 そして、畳張り部屋の一番奥に、場違いな大岩がどっかと置いてあった。

 岩の上部は平らに削ってあり、そこに体長三メートルを超す大男が胡坐をかいている。


「あの方が、御大将さんですか」


 テルミは妹のテレパシー映像で大将の姿を知っているが、実物を見るのはこれが初めてだ。

 今いる位置からは遠いが、それでも分かる程に背が高い……とは言え、目の前にいる鬼華も同じくらいの身長だが。


 テルミが天狗を眺めていると、隣の莉羅が手を引っ張ってきた。

 引かれるがまま中腰になった兄へ、妹は耳打ちをする。


「……にーちゃん……天狗さんは、りらの事を……神様の子孫だと、勘違い、してるから……にーちゃんも、神様っぽく……振る舞った方が、良い……かも、よ」

「神様っぽくですか?」


 テルミが知っている神様と言えば、以前莉羅から見せて貰った別宇宙の『幸運の女神』。

 あの女神様の振る舞いは確か、バナナの皮で転んだり、高い所から落ちたり……


「…………善処してみます」


 一応肝に銘じながら、テルミ達は部屋の奥へと進む。

 すると大将は莉羅の姿に気付いたようで、


「おお莉羅、待っていたぜい! さあ、早くこっちに来いや!」


 と叫んだ。

 その大声で地鳴りがし、強風が吹き、畳がひっくり返りそうになる。


「……うるさ……い」

「凄い声量ですね。さすが妖怪の大将さん」


 その時、ふとテルミは気付いた。

 大将天狗が座っている大岩の横に、後ろ髪の長い青年が両手を枕にして寝転んでいる。

 あの青年は妹のテレパシー映像で見た顔だ。


「確か、莉羅に妖力を分け与えてくれた方……」


 そう考えていると、大将天狗が、


「おおっ!? 何だぁ、莉羅の隣にいるのは誰だぁ!?」


 と大声を出し、テルミの思考を中断させた。

 天狗はパジャマ姿のテルミに気付いたようである。


「その寝間着ねまき女だよ! おいテメエはニンゲンだろ、どうして俺様の館にいやがるんだ!」

「大将よ、この子はテルミさ。莉羅の兄貴で、男だってさ」


 鬼華がそう説明すると、大将は「何、兄貴ぃ? 男だあ!?」と大袈裟に驚き、


「莉羅の兄貴なら、こいつもイザナギの縁者ってえワケか……」


 と呟きながら、目を凝らしテルミの姿をじろじろと観察した。

 そして舐め回すように一通り眺めた後に、「おお!」と深く頷く。


「そうか、美少年ってヤツだな! なら許す、よく来たなテルミ!」

「あ、ありがとうございます……?」


 急な態度の軟化に戸惑いつつも、テルミはとりあえず一安心。


「ビショーネンってなんでありんしょうワン?」

「えっとね……熊本の、お酒……だよ」

「莉羅、どうしてそんな事を知っているのですか」


 なんて雑談をし、周りの妖怪達から好奇の視線を浴びながら、ようやく大将の前まで辿り付いた。


「よく来たなあ、莉羅とその兄!」


 天狗は相変わらずの大声で、テルミ達を歓迎する。


「おうおう手下ども! 俺様の客にこうべを垂れとけや!」


 大将の命令が下されると、広場に集まっている妖怪達はぴしりと直立し頭を下げた。

 しかし、大岩の横にいる青年だけは寝転んだままで、大きな欠伸あくびをしている。

 あの青年は怒られないのだろうか……とテルミは心配したが、どうやら大将は気にしていないようだ。


「しかし莉羅よぉすまねえな! 実はまだ出陣の準備が整ってねえんだ! 十三日後と大口叩いてたってのに、ふがいねえんだがな!」


 大将は「すまねえ」と言いつつも、絶対に頭を下げたりはしない。そういう性分なのである。


 出陣準備については、手下妖怪達がわざと遅らせている。

 東海道と畿内の手下妖怪同士での『八百長』打ち合わせが、まだ終わっていないからだ。

 もちろんその打ち合わせは、双方の大将には秘密である。


 そんな部下達の苦労は知らず、大将天狗は胸を張りますます大きな声を出す。


「だが俺様は、約束ぁ絶対に守る伊達男! 菓子は用意してあるから、好きなだけ食って、好きなだけ持って帰りな!」


 大将天狗は、座っている大岩を右拳で殴った。

 鳴り響いた轟音を合図にし、テルミ達が入って来たのとは別の障子が開く。

 そこから妖怪達が、大皿に乗った大量の饅頭やチョコレート、キャラメル、クッキー、アイスクリームなどなどを運んできた。

 持ち帰り出来るよう、きちんと包装してある人間社会の市販品である。


「わーい……」

「良かったでありんすワンね莉羅ちゃん! お菓子! お菓子!」

「チャカ子、ちゃんにも……あげる……ね」

「ホントでありワンすか! ワンワンキャウーン!」


 そして莉羅とチャカ子は大皿に手を伸ばし、仲良く飴玉を口に入れた。

 テルミは「もう夜なので、食べ過ぎてはいけませんよ」とたしなめつつ、「犬であるチャカ子はチョコレートを食べても平気なのだろうか?」とも考え、一応チャカ子の動向を注意しておく。


 そして大将天狗は岩の上で立ち、びしりと莉羅を指差した。


「改めて頼むぜ莉羅! 次は……そうだな、また五日後だ! 今度はぜってえ出陣準備を整えておくんで、その時こそ……」



「しょーもないなぁ、阿呆天狗!」



 大将天狗の言葉が終わるより前に、突然女性の大声が部屋に響き渡った。

 天狗は一寸ポカンとしたが、すぐに気を取り直し、


「……この声は……テメエ、クソ女狐ババアァァ!」


 そう叫んで血走った目で部屋中を見回し、声の出所を探した。

 テルミとチャカ子も辺りを確認する。

 他の手下妖怪達は慣れているのか、呆れ半分でそのまま立っていた。


「おーっほほほほほ、まったく下賤な天狗はまったく。しょーもなっ! しょもーなっ!」


 そして、声の主が現れる。

 それは天井近くに浮いている、体長約三十センチメートル程ある狐のヌイグルミであった。


「また性懲りもなく、わらわを困らせようっていちびって・・・・・はるようやけど。負けるのを覚悟しはるんなら、どうぞお好きに京都へおいでやす」


 そう言ってヌイグルミは「おーっほっほっほ!」と笑い、駒のようにクルクルと回り出した。


「ぬ……ヌイグルミ?」


 テルミが天井を見上げて驚いていると、隣にいる莉羅が、


「あれは……遠隔操作と、千里眼と、テレパシー……どれもそれ自体は、特に珍しくない技術……だけど……いや、でもあれは……? もしかして……ううーん」


 と、何やら考え込んでいる。

 ただ少なくとも、『畿内の大将』なる化け狐があのヌイグルミを操っているのは確かである。


「わらわはよわい四千年……あれ五千年?」


 化け狐は遠く離れた京の地にて、両手の指を折り自分の年齢を数えようとした。

 この大将狐は、普段から人間の女性の姿に化けている。手を使うのもお手の物だ。

 しかし当然ながら、千を越える数を指で計算出来るはずは無い。

 狐はしばらく苦戦した後、結局諦めた。


「……何千年も、長っ長く生きとりますけどなあ」

「テメエの歳も忘れたのか、ボケババア!」

「うっさいねん!」


 狐は京都で地団駄を踏む。その思念が伝わり、ヌイグルミの毛が逆立った。


「とにかくやなぁ、毒霧おきなやカラテガールから逃げ回ってるような軟弱モンに負ける程、耄碌もうろくはしてへんもん」

「あの毒ニンゲンに負けて逃げ出したのは、テメエも一緒だろうがババア!」

「わらわのは、センジュツ的撤退やもん!」


 大将天狗と大将狐は、大声でぎゃあぎゃあと口喧嘩をしている。

 妖怪大将という大そうな肩書のわりに、なんだか子供っぽい……と、テルミは密かに思った。

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