80話 『妹のタヌキさん救助、その裏側』
「それってえと何かよ。そのニンゲンのガキは、俺様の庭への『道』を探し当て、合言葉も無しにこじ開けたってえのか!?」
鼻が全然高くない鼻高天狗。妖怪大将
「その通りでありんすワン!
「いやー……照れ、るー……くふふ」
「ワンワン! キャウーン!」
莉羅達は屋敷に上がり、広い畳張りの大広間に正座させられていた。
大将天狗は座敷奥にある小高い板張りスペースで胡坐をかき、左
周りには他の妖怪達も集まってきた。
中には莉羅にも見覚えがある、いつも姉へ戦いを挑んでいる赤鬼女の姿も。
赤鬼はその硬い筋肉に覆われた左手で、チャカ子の頭を掴んだ。
「つまりチャカ子、あんたはまた入り口の場所を忘れてたんだね?」
「はっ、しまっ……うぐー、ご、ごめんなさいでありんすワン、
先輩達にバレないようにするため莉羅を頼ったのに、普通にバレてしまったチャカ子。
赤鬼の顔色をおずおずと伺いながら、尻尾がしょぼんと萎びれた。
「鼻だけに頼るなって、何度も言っただろ!」
「キャウーン……」
「まあまあ
見かねて木綿さんが助けに入るも、赤鬼は「この犬ッコロはもう百歳近いんだよ!」と怒鳴り付ける。
莉羅はその様子をぼんやり眺めていたが、
「ふああ、ここは騒がしいのう」
ふと聞こえた声の方へと振り向いた。
長く膨らんでいる後ろ髪を携えた青年が、部屋の隅に寝転んで
そういえばあの青年は、他の妖怪達が集まる前からこの座敷で寝ていたが……
莉羅がそんな事を考えていた、その時。
妖怪大将が、急に床を殴りつけた。
「ふんっ、女やガキは
大将の拳に呼応し、強風が部屋中に吹き荒れる。
すると妖怪達は、一斉にしんと静まりかえった。
「おい、ニンゲンのガキ!」
「なー……にー……?」
「摩訶不思議な力を使うようじゃあねえか。おそらくぁテメエの先祖は俺様達と同じ妖怪か……それともバテレンの
「そー……かなー……? 多分、違う……けど」
莉羅が首を傾げる。
座敷隅にいる後ろ髪の長い青年も、
「いんやあ、この子は完全な人間だのう」
とぽつりと呟き、大きく欠伸。
しかし天狗大将はその声が聞こえないのか、もしくは自分以外の意見を聞き入れる気が無いのか、無視して台詞を続ける。
「そこでだガキ! 俺様が、テメエの力を試してやる!」
「……どうして……そう、なる……の?」
「俺様ぁ暇なんだ! もし面白かったら、庭に足ぃ踏み入れたのも許してやるぜい!」
胡坐をかいていた大将が右足を立て中腰になり、再び大袈裟に床を叩く。
「レンっつー、俺様に負けず劣らずニンゲン嫌いな大狸がいるんだがよ! そいつが今、ニンゲン社会に紛れ込んで……ええと、なんだっけかぁ?」
「スターダスト・バトルじゃね」
木綿さんが教えると、天狗は「そう、そいつだ!」とまたまた床を殴り風を起こす。
「ああ……ニュース、とかで……聞いたこと、ある……よ」
「そのすたぁなんたらに、レンの小娘が参加してやがんだ。俺様も一応許してはやったがよぉ、手下がニンゲンどもと一緒に遊んでんのは、やっぱり
大将天狗は再びドスンと腰を下ろし、腕を組んだ。
「ガキ! その大狸を軽く痛めつけて、ここにしょっぴいてきやがれ!」
「えっ、おい大将!?」
「ワンとぉ!?」
大将の言葉に、妖怪達は騒然となる。
「そりゃ無理ってもんだ大将。あの狸娘が、人間の言う事を素直に聞くもんかい」
「レンセンパイが、莉羅ちゃんを食べちゃうでありんすワン!」
赤鬼やチャカ子が抗議した。
しかし莉羅は、
「いい……よ~……」
と軽く返事をして、指でOKマークを作ったのであった。
「はっ、良い度胸してるじゃあねえかガキ!」
天狗は楽しそうに怒鳴り、またまたまた床を殴る。
莉羅はさっそく立ち上がり、正座して痺れた足に「ぅぁー……」と小さく悲鳴を上げた。
「莉羅ちゃん莉羅ちゃん! 駄目でありんすワン! ワンワンキャンキャンキャイン!」
しがみ付くチャカ子を引きずりながら、莉羅は部屋の隅へと移動する。
向かった先にいるのは、例の寝転がっている『後ろ髪が長い青年』。
「……ねー……ねー……」
と青年に語り掛ける莉羅を見て、他の妖怪達は「……?」と疑問顔になった。
そして、話しかけられた当の青年も驚いた表情をしている。
「もしかして、ワシに話しかけておるんかのう?」
「うん……あの、ね……お爺さん……エネルギー……えっと、妖力……貸して」
「ほほう……?」
青年はますます驚愕顔になり、寝ている体勢から上半身だけを起こした。
「今のワシは若い姿を取っておるのに、どうして『お爺さん』と呼ぶ?」
「だって……お爺さん、でしょ……?」
「ふむ、それはそうだがのう」
青年は頭を掻き、莉羅の顔をじろじろと見た。
「それで、どうして他の者ではなく、このワシから妖力を借りたいのだ?」
「だって……この場にいる、誰よりも……お爺さんの、エネルギーが……突出して、高い……から」
レンの元へ出向き説得するには、エネルギーが必要となる。
しかし妖怪関連の出来事で、姉の魔力を借りるのは不味い。
もしチャカ子の事が桜に知れたら、面倒な展開になりそうだからだ。
そういうわけで莉羅は、妖怪から妖力を借りたいと考えたのだ。
そしてこの場で充分な妖力を持っているのは、この青年だけ。
「……分かった。まあワシも
「わーい……サンキュー……」
ぺこりと頭を下げる莉羅。
それを見ながら、大将天狗が痺れを切らしたように叫ぶ。
「なーにを
「じゃあ、行って……きまーす……」
そして莉羅はチャカ子に頼んで『レンの姿』をイメージして貰い、それをテレパシーで読み取った。
その情報を元に千里眼でレンを探し当て、テレポート。
大狸を連れ戻した
当初莉羅は「催眠術でレンの心を操作し、平和的に連れ戻そう」と考えていた。
が、その時レンはカサバ・コナーに殺されかけていたので、予定変更。レンの傷を治し、テレポートで強制帰還させた。
ついでにカサバとちょっとだけ会話した後、莉羅も妖怪屋敷へと戻ったのである。
「……テメエ、急に消えたと思ったら、あっさり大狸を連れてきやがって……」
天狗、そして妖怪達は、莉羅の実力を見て口をポカンと開けている。
「レンの傷も治したのれす。これにはレンたんもビックリ……あ、あの……ありがとなのれす……ニンゲン……莉羅たん」
人間嫌いのレンだが、命を救ってくれた莉羅は特別だと考えた。
幼い少女の姿に変化して、照れくさそうに礼を言う。
それを聞いた大将天狗は、ドンと足を踏み鳴らし、大きな目で莉羅を睨みつけた。
「ふん。こんな妖術だか仙術だかを使えるって事ぁ、このガキはニンゲンじゃあねえ! 妖怪やもんすたぁ……いやもしかすると、イザナギの縁者かもしれねえぜ!」
「いんや、あくまでも人間だのう」
後ろ髪の長い青年が呟いたが、やはり大将天狗は反応しなかった。
一方莉羅の元に、チャカ子の先輩妖怪である赤鬼が近づいてきた。
「私は
「ワンワンキャンキャンキャウン!」
赤鬼の鬼華が頭を下げ、チャカ子が子犬の姿で莉羅の周りを駆け回る。
鬼華は「落ち着きな!」とチャカ子を両手で抱きかかえた。
そこで莉羅は、鬼華の右腕の動きが何だかぎこちないと気付く。
「……指」
「あ、ああ……この右腕かい? 実は指が満足に動かなくてね」
そして莉羅は思い出した。
この赤鬼は、姉に戦いを挑んだ際に、右腕から肩や胸に至るまでの骨を粉々に砕かれていたのだ。
あれからまだ日も浅いのに殆ど回復しているのは、さすが大鬼と言った所であるが……しかしそれでも、後遺症が残ってしまったのだろう。
「……ごめん、なさい」
莉羅はそう言って、鬼華の右手に触れた。すると……
「……うん? ちょっと、おい……ゆ、指が動くよ!?」
鬼華の右腕が完治した。
妖怪達がどよめく。
「まさか莉羅、私の腕もレンの傷と同じように治してくれたのかい」
「うん……」
「そうか……そうか!」
鬼華は莉羅に深くお辞儀をし、礼を言った。
木綿さんや他の妖怪達も、一斉に莉羅へと詰め寄って来る。
「やあ、凄いお嬢さんじゃね。大将の言う通り、やっぱり神様の関係者かい?」
「……違う……よ……どちらかと、言うと……宇宙人?」
「フチュージン? 府中の妖怪ですかい」
妖怪達は莉羅への質問をどんどん投げかけた。
その間も、後ろ髪の長い青年は隅っこで寝転がっている。
そして大将天狗は、何かを思案し眉間にしわを寄せていた。
「おいガキ……いや、莉羅!」
天狗が胡坐をしたまま身を乗り出し、莉羅を呼びつけた。
「なー……に?」
「別んトコに一瞬で移動する仙術……ええと、『てれぽぉと』ってヤツぁ、ここから
「きない……飛行機の中?」
莉羅が首を捻ると、大将天狗は「ちげえよ!」と怒鳴る。
「まったく最近のガキは物を知らねえな。畿内ってのはニンゲンの都があるトコだ」
「……東京?」
「ちっげーよ! ほら、あの……今なんて言うんだっけ?」
「京都とその周辺、だのう」
後ろ髪の長い青年がぼそりと教える。
それを聞いた莉羅は、無表情なままポンと手を打った。
「……ああ……京都、か……よゆーよゆー」
「そうそれ、京都だ! 余裕か!」
大将天狗は右足と左足を交互に一回ずつ踏み鳴らし、歓喜した。
この天狗は、とにかく大きな音を出すのが好きらしい。
「じゃあよ莉羅、千の妖怪を一気に畿内へ送り込む事ぁ、出来るか?」
「……うん……妖力、貰えるなら……出来る……よ」
「そうかそうか! よっしゃ! くぁーっはっはっはっは」
大将は突然大声で高笑いした。
莉羅やチャカ子は、
「……どーした……の?」
「昨日のお笑いテレビでも、思い出したんでありワンしょう」
と呑気に会話している。
が、他の妖怪達は大将の意図を理解したようで、顔色が真っ青に変わった。
真っ赤な肌である鬼華や、緑の河童でさえも青くなる。
それに比喩表現でなく、本当に顔を青く染めている妖怪もいる程だ。
そして彼らの不安を更に煽り立てるように、大将天狗が大声で宣言した。
「テメエらよく聞きやがれい! 莉羅の『てれぽぉと』と『傷を癒す仙術』を使って、畿内の大将、化け狐をぶち殺すぜい!」
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