77話 『妹とカカシ』

 寂れた廃港に、警察官や自衛隊員が集まっている。

 目的はカサバ・コナーとチョコレートガールの逮捕。

 どちらも強大な超能力者であるため、皆相当の覚悟を決めてきた。


 ……が、


「カサバ・コナーが、寝ていますッッ!」


 彼らが駆け付けた時には、犯罪者二人とも超能力が無くなっており、カサバに至っては失神していた。


 警官達は、その場にいたテルミ達に聞き取りをする。

 ちなみに桜はとっくに帰っていた。


「君達、一体何が起こったんだ!?」

「キルシュリーパーさんがやって来て……」

「きる……って何だっけ!?」

「……えっと……カラテガールさんが」

「そうかなるほど!」


 という具合で、カラテガールの名前を出した瞬間に警官達は納得してくれた。

 もしこの場にそのヒーローがいたら、呼名の件で怒り出したかもしれないが。


 ともかく警官達は、眠っているカサバに手錠をかける。

 普通は一つの手錠で済む所を、念入りに五つも使って手足を完全に動けなくした。


 お次は、まだ足元がおぼつかないチョコレートガールこと黒井千代。

 彼女の褐色の腕にも手錠をかけ、護送車に連れて行こうとする。

 しかし千代は「触んななの!」と反抗的な態度を取り、警官の腕を振り切った。

 慌てる警官達の前で、千代はテルミの前に立ち、


「……拳銃から守ってくれて、ありがとなの」


 彼の胸に頭を軽く押し付け、小さな声で礼を言った。


「はい」


 と笑顔を返すテルミに、千代は寂しそうな顔ではにかむ。

 金髪の長い髪が風になびき、テルミの顔をくすぐった。


「カラテガールにも…………やっぱり、なんでもないの」


 そして千代は、監獄へと戻って行った。




 ◇




 その晩。

 桜は自室で悩んでいた。


「眠れないよ、もー!」


 ベッドの上で悶えている。

 たまに上体起こしや腕立て伏せやヨガストレッチをし、大きな胸を揺らして体に疲労を溜める。

 しかし一向に眠気は来ない


 心がざわついている。

 超能力者達……特に根元の『ルート』へ近づいた事に対し、大魔王の魔力が反応している。


 今までもこのような例はあった。

 特にグロリオサの家元、九蘭くらん琉衣衛るいえと初めて近くで対峙した時は酷かった。

 今回もあれに近い……が、少し違っている。


 あの時は心の中に不安感が渦巻き、自傷行為をしてしまった。

 比べて今の精神状態は、むしろ清々しい程に晴れている。

 ただ、気分が無理矢理高揚させられているような感覚。

 己に宿る力が、行き場を求めて暴れだした……とも、何か少し違う。

 まるで力が意思を持ち、桜の心へ何かを主張しているような……


「そうだ。眠れない夜はテルちゃんを夜這い! もとい、テルちゃんのリビドーを刺激するような格好で布団に忍び込んで、欲情を煽って、向こうから手を出させるように誘導……なーんてのをやっちゃう大作戦! よし、そうと決まったら行動あるのみ。案ずるより産むが易しってね。この場合の産むはあたしがテルちゃんの子を」


 桜は喜々とした表情で上半身を起こし、部屋の扉へと顔を向けた。

 すると……


「……ねー……ちゃん……」

「きゃあっ!?」


 桜らしくない、子供っぽい悲鳴を上げた。


 暗闇の中、ベッドのすぐ横に子供が一人立っていたのだ。

 桜はその姿に今まで気付かなかったため、急に人影が現れたかのように感じ、驚いてしまった。

 だがそれは別に幽霊などでは無く、


莉羅りらちゃん! もう、座敷童ざしきわらしかと思っちゃったわよ」

「ごめー……ん」


 妹の真奥まおく莉羅である。

 桜は気を取り直すように深く呼吸をし、改めて妹と会話する。


「もう目が覚めちゃったの、莉羅ちゃん?」

「うん……まだ、眠い……けど」


 今日の莉羅は、家に帰り着くなり「……つかれたーん……」と呟き、廊下に倒れそのまま寝てしまったのだ。

 テルミが部屋まで運び、布団の中で幸せそうにぐっすり眠っていた。


「随分とお疲れのようだったけど」

「……おじさんに、頼まれて……犠牲者を、生き返らせて……た、から……ね」


 おじさんとは根元の事である。

 莉羅の力――正確には莉羅が知っている手法――で、スターダスト・バトルの犠牲者達を蘇生して回っていたのだ。


 ただ全員とはいかず、蘇生出来るのは死んでから三時間程度まで。

 それも個人差があり、人によっては一時間以下の場合もある。

 なので本来無関係だが巻き込まれてしまった一般人の犠牲者を優先。次に人工超能力者達を蘇生させ、ついでに超能力も消した。


 蘇生には桜の魔力を借りる必要がある。

 犠牲者の近くへテレポートするのにも、魔力が必要。

 なので当然桜も、妹の生き返らせ行脚の事は知っていた。


 と、そこで桜はふと思い出す。


「そういえば莉羅ちゃん。あたしがあのガイジンと戦ってる時に、魔力無しでテレポートしてたけどさ」

「うん……テレポート程度の、エネルギーは……たいしたこと、無いから……オバケの友達に、借りた……の」

「オバケねえ。まあ莉羅ちゃんにオバケの友達がいても、今更驚かないけどさ。でももっとお姉様を頼ってよ~寂しいよ~!」


 桜はわざと泣き声を上げ、妹の頭をガシガシと力強く撫でた。

 莉羅は少しだけ鬱陶しそうな顔になりながらも、頭上に置かれた姉の右手を、両手でそっと握る。


「ねーちゃん……大魔王の、力……ザワザワ……でしょ?」

「ザワザワ、ね……うん、そうなのよね。ギエっさんのパワーが、体の中を駆け巡ってるみたい」


 桜はそう言って、大きな胸に手を当てた。

 ギエっさんとは桜が持つ魔力の元持ち主、大魔王ギェギゥィギュロゥザムの事である。

 桜の返事を聞き、莉羅は軽く溜息をついて「そっか……」と呟き、両手に力を入れた。


「……ねーちゃんには……りらと、にーちゃんが……ついてるから……ね」

「あら。なんだか知らないけど、ありがとね莉羅ちゃん」


 桜は「まったく~莉羅ちゃんは私に似て可愛いなあ!」と言ってベッドから降り、妹を抱きしめ持ち上げた。

 莉羅は足をぶらぶらさせ、無表情なまま台詞を続ける。


「とにかく……なんらかの、形で……発散、すべき……かも」


 そしてしばらく思案した後、不本意そうな顔で、


「……今日は……にーちゃんに、セクシャルハラスメント……しても、邪魔しないで……あげる……ね」


 と言った。

 そして「おやすみー……なさーい……」と言い残し、自室へと戻るのであった。



 …………



「ってなワケで、あたしが一糸いっしまとわずテルちゃんの隣で寝てるのは、莉羅ちゃんに頼まれたからなの」

「そうですか。今の話を聞く限り、別に頼んだわけではなさそうですが」


 布団の中、鼻先が触れ合う程に接近した状態のまま、桜とテルミは会話している。


 テルミが深夜に目を覚ますと、すぐ目の前に姉の顔。

 更に、姉も自分も裸。

 更に更に、何故か抱き合い、全身で姉を感じていた。


「だからねえテルちゃ~ん。一緒にイチャイチャヌチャヌチャしようよ~」

「姉さん、いい加減に……」


 テルミが苦言を呈そうとすると、桜は弟の腰に手を回し、なおいっそう密着する。


「そんな事言いながら、お姉様の柔らかさを堪能してるんでしょ? テルちゃんのエッチ!」

「…………」


 その後、桜が説教されたのは言うまでもないだろう。




 ◇




 激動の一日が明け、日常に戻る。

 いつものように課外授業、そしてその後はいつものように生徒会活動。


 蕪名かぶな鈴が生徒会室に入ると、先客が一人だけいた。

 生徒会長である真奥桜が大きな執務机に座り、偉そうに足を組み、議会資料に目を通している。


「おはようございまーす」


 鈴はゆったりとした口調で挨拶し、「あら、ごきげんよう」と返す桜の顔に見惚れた。

 お嬢様生徒会長の、美しく艶美な表情。

 鈴はしばらくボーっと突っ立って、桜を見つめ続けた。


「ああ、そうそう蕪名さん」


 桜は紙の束を机上に置き、急に鈴へと話しかけた。

 鈴は慌てて「は、はーい」と返事をする。


輝実てるみが昨日、あなたに助けられたと言っていましたの」

「えっ、あ、はぁー。そうと言えば、そうなんですけどー」


 桜が言っているのは、テルミに命中しそうになったカサバの銃弾を、鈴がバリアで弾いた時の話である。


「何をどう助けたのかは、詳しく存じていないのだけど」


 もちろん本当は知っている。

 鈴がバリアを発生させたのを、桜も目撃しているのだ。


 ただ、もう少し詳しく知ろうとした所、テルミが「蕪名先輩は、超能力を誰にも知られたくないらしいです」と言って教えてくれなかった。

 なので桜はその意思を汲み、知らない振りをしているのである。

 とは言っても、鈴の超能力は既に失われているのだが。


「いやー。でもー、むしろ私が輝実さまに助けて貰ったって言うかー」


 と照れて赤面する鈴。

 桜は腕を組み、あくまでも高姿勢で、あくまでも尊大に言った。


「お礼を言っておきますわ。ありがとう、蕪名さん」

「……え、ええー?」


 鈴は驚愕し、持っていた鞄をつい落としてしまった。

 あの高飛車で傲慢で高慢で不遜な女王様生徒会長が、自分に礼を言ったのだ。


「え、えへへー。とんでもないでーす」


 鈴は満面の笑みを浮かべ、照れ隠しするかのように頬を軽く掻いた。


 スターダスト・バトル最後の一人は、なんでも願いが叶う。

 と、まあそれは根元と滝野川が考えた嘘なのだが。


 本当にささやかだが、「桜に近づきたい」という鈴の小さな願いが、少しだけ叶えられたのであった。




 ◇




 その日の午後。

 テルミは清掃部の活動を早めに切り上げた。

 顧問教師の九蘭百合がまた落ち込んでいたが、焼いてきたクッキーを与えると笑顔になったので、心置きなく帰宅。

 そして妹と共に、繁華街にある喫茶店へと向かった。



「改めて礼を言うよ。ありがとう君達」


 と、奇しくも桜と似た台詞を口に出したのは、根元である。


「これは、約束の品だよ」


 根元は大きめのキャリーバックを兄妹に渡した。


「わー……い。お菓子五キロ、だー……おもーい……くふふ」

「サービスで六キロにしておいたよ」

「やっ……たー……」

「少しずつ食べないといけませんよ、莉羅」


 バックの中身はキャンディーやらチョコレートやらガムやらポテトチップスやら、とにかく大量の菓子。

 これは昨日、犠牲者達を蘇生させるために莉羅を連れ回したお礼だ。


「頼むよ莉羅ちゃん。お菓子あげるから」

「五キロなら……いーよ……くふふ」


 というやり取りで契約された報酬である。


 無事その報酬を入手し喜ぶ莉羅。

 そんな妹の頭を撫でながら、テルミは根元に礼を言った。


「ありがとうございます、根元さん」

「それはこちらの台詞さ」


 根元はそう言ってコーヒーを一口飲み、仲良くオレンジジュースを飲んでいる兄妹二人を改めて眺めた。


「ところで莉羅ちゃん、あのカカシについてだがね」


 根元は言おうかどうか迷ったあげく、思い切ってこの話題を切り出した。

 カカシとは、根元の能力『ルート』を本来宿していた。詩人のカカシである。


「カカシが、何故君を……いや、君の力の『元の持ち主』を、ライアクという花の名前で呼んだのか。知りたがっていたね」

「……うん。そう……だね……超魔王、ライアクは……その、答えを……ずっと、考えて……た」


 そして超魔王の記憶を受け継ぐ莉羅も、同様に考え続けている。


「おじさん、は……知ってる、の……?」

「いいや、前にも言ったが俺も分からない」


 分からないからこそ、この話をするかどうか迷っていたのだ。


「だが、なんとなくな……俺が言うのもおかしいかもしれんが……あのカカシにとっては、花と同じだったのさ」

「同じ……?」

「ああ。多分だがね」


 根元は、昨日見たカカシの生涯を思い出しながら語る。


「カカシはずっと自己について考えていた。自分は小さな木だ。しかし大木かもしれない。富かもしれない。人かもしれない。でも最後には結局自分は小さな木以外の何物でもないと考え、死を受け入れ、灰と煙に変わっていった。そして彼が自我を持ってから死ぬ直前まで、ずっとライアクの花が傍にいたんだ。木は木であるように、彼にとって『彼をずっと見続けている者』は、全てライアクの花だったのだ」

「……?」


 根元の話は、莉羅にもテルミにも上手く伝わっていないようである。

 というか根元自身も、自分が何を言いたいのか分からなくなってきた。


「つまりはだな、なんというか、こう……その」

「……よく……わかんない……」

「そ、そうだな。まあいいや」


 そして根元は、考えを伝えることを諦めた。

 そもそも、この意見が正しいかどうかも分からないのだ。


 根元はコーヒーカップを空にして、立ち上がる。


「じゃあな、二人ともサヨナラ」


 そして三人分の代金を先に払い、二人に会釈した。

 テルミも頭を下げ返し、莉羅は「ばいばー……い」と手を振る。


 店の外に出た根元は、大きく背伸びをした。


「さて。俺はまたホームレスすれすれの生活に戻るってわけだ」


 一応まだ、スターダスト・バトル運営会社に籍はある。

 が、既に機能していない会社。

 もうすぐ出資した大企業各社が利権や財産を根こそぎ没収して行くだろう。

 ただでさえ大した物は残っていないのに、本当にすっからかんになってしまう。


「まあ、会社はもうどうでも良いんだけどな」


 ちなみに先程の菓子は、会社の金を没収される前になんとか引き出し、横領がバレないよう複数の店を回ってこそこそと買った物である。

 横領が発覚した所で根元は痛くもかゆくもないのだが、一応テルミと莉羅に迷惑をかけないようにするためだ。


 それより根元が考えるべきは、自分のこれからについて。


「……償いをしないと……なんて、殊勝な考え方をする俺ではない。だけどもう、以前の呑気な生活に戻るのは、神様が……いや、お星さまが許してくれないよなあ」


 根元は空を見上げた。

 今日は、星が流れなかった。




 一方、喫茶店に残ってジュースを飲んでいる二人。


「……やっぱり、分からなかった……なー……」


 莉羅がそう呟き、ストローに息を吹き込みジュースに泡を立てた。

 

「超魔王の名前の件についてですか?」

「うん……気に、なる……よー……」


 莉羅は、ジュースへ空気を送り込む力を強めた。

 テルミは妹の頭に手をポンと置き、慰めるように語りかける。


「カカシにそう呼ばれた後、超魔王自身も自分の事をライアクと呼び始めたのですよね?」

「そう、だよ……」

「では超魔王も、ライアクという名前を気に入っていたのですね」


 その言葉に、莉羅はジュースに息を込めるのをピタリとやめ、兄の顔を見た。


「……そうかも……ね」


 そして莉羅は、オレンジジュースを一気に飲み干した。


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