第十一章 天狗、九尾、インビジブル、

78話 『兄と妹とお化け屋敷』

 ある日の晩。

 小学生はそろそろ寝る準備をする時間。

 が、莉羅はパジャマに着替えず、友達と遊ぶ時の恰好だ。


 デニムのショートパンツで足を露出し、腰にシルバーのチェーンベルト。

 背伸びをするとヘソが見える、短めの黒いタンクトップ。柄はピンク文字で『SUMMER』。

 首には『♪』を模したネックレス。

 ウェーブ掛かったミディアムヘアの上には、白いハンチング帽。

 室内だというのにブーツまで履いている。


 これらは全て、姉が「小学生の内にしか着られないんだから。特にピンクのSUMMERは!」などと言いながら見繕ったキッズファッションだ。


「りーーーらーーーちゃあああああーん! あーそーぶぉおおおおおおお!」

「チャカ子ちゃん……声が、大きい……」


 友人の叫び声が聞こえ、莉羅はカーテンと窓を開けた。

 莉羅の部屋は二階なのだが、訪問して来たチャカ子は窓のさんへ器用に足を乗せ、忍者のように佇んでいる。

 長い銀髪とピンクのスカート、そして白い尻尾が風に吹かれて揺れていた。


「こっそり、来て……って、言った……のに」

「ごめんでありんすワン!」


 なおも大声で話す犬神の少女に、莉羅は軽く肩をすくめた。


「とにかく……早く、出掛けよう……よ」

「そうでありワンすね」


 莉羅はチャカ子と手を繋いだ。

 空いている方の腕を頭上に掲げ、人差し指を天井に向け、青春ドラマっぽいカッコイイポーズを取る。

 そのポーズに意味は無い。ただなんとなくやってみた。


「じゃあ……テレポート……だー」

「よろしくおくんなんしワン!」


 莉羅は妖怪から・・・・魔力を借り、テレポートの準備をした。

 目を閉じ、意識を集中させ、辿り付きたい場所をイメージ……していると、


「待ちなさい莉羅。こんな夜中にどこへ行くのですか?」


 お母さんのような台詞と共に、パジャマ姿の兄に突然肩を掴まれた。

 案の定、チャカ子の大声がテルミを呼び寄せていたのである。


「……あぅ……にーちゃん……」

あにさん! あにさん! ワンワンキャウンキャフンワオーン!」


 莉羅はテレポートに集中、およびカッコイイポージングに夢中になりすぎたせいで、部屋へ入って来た兄に気付けなかった。

 超魔王の記憶があろうとも本人は小学生。結構迂闊なのだ。



 そしてタイミングが良いのか悪いのか。

 テルミも二人の少女と共に、テレポートしてしまった。




 ◇




 気付くと、テルミ達は畳の上に立っていた。


「……ここは、どこですか?」


 五十畳はある、縦長い座敷。まるで旅館の宴会場だ。

 部屋の奥には、大きな長押なげし欄間らんまを支える太い柱が二本。展覧会等の入場ゲートのように並んで立っている。

 そのゲートをくぐると、一段高い板張りのスペースが設けてあった。


「お寺や神社の本堂にも見えますが……」


 そう言ってテルミは次に、後ろを振り向いてみた。

 障子と雨戸が開け放たれており、これまた広い簀子縁すのこえん(縁側)が見える。縁の下には石畳が敷かれ、更にその外には、やはり広い庭。

 灯篭や池が月光に照らされ、幻想的に輝いていた。


「……ここ、は……オバケさん、達の……おうち……だよ」

「お、オバケの?」


 莉羅の説明に、テルミは改めて部屋の中を確認する。


 所々に飾ってある掛け軸には、山を見下ろす程に巨大な天狗や、人を餌にしている大蜘蛛、竜巻を起こしている天狗、火を纏う猫、天狗、船を沈める無数の手、天狗、など。異形の者をモチーフにした絵がいくつも描かれている。何故か天狗の絵だけ多い。

 ふすまの上に飾ってある横長い書画には、『百鬼夜行』との文字。更に別の書画には『もののけ万歳』。

 そして庭の池にはどう見ても河童な生物がいて、じっとこちらを見つめていた。


 これでもかという程に、妖怪アピールが激しい座敷なのである。


「ウチのセンパイ達が集まってるお屋敷でありんすワン! ちなみにここは宴会場! あの板張りステージで芸とかをやって、お酒や肉や魚を食べるんでありんすワン。ウチはコーラ!」


 まるで宴会場というか、まんま宴会場だったらしい。


「つまり、妖怪達の拠点というわけですか」


 テルミはこの特殊な状況に冷や汗を流す。

 その時、廊下に繋がるふすまがスッと開いた。


「よお、来たかいチャカ子に莉羅……あら、そのヒョロっちい女は誰だい?」

「……ッ!?」


 座敷に入って来た人物を見て、テルミは驚愕した。

 またもや女性と間違われてしまった事など、どうでも良くなる程の衝撃。


 人間の大人三人分はあろう身長。鋼のように固い筋骨隆々な体躯。炎のごとく真っ赤な肌。額から突き出る鋭い一本の角。

 いわゆる赤鬼。

 特大サイズの鬼女が、目の前に現れたのだ。


「……にーちゃんは……女じゃ、なくて……男……だよ」

ねえさん! こちらは莉羅ちゃんのあにさんでござりんすワン!」


 莉羅達は普通に会話している。という事は、警戒すべき相手では無いのだろう。

 一応『不思議体験』に慣れているテルミは、なんとか落ち着きを取り戻す。が、


「ああ男なのかい、すまないね。どうか気を悪くしないでおくれよ、お兄ィさん!」


 姐さんと呼ばれた鬼女は、そう言ってテルミの背中をばしりと叩いた。

 随分手加減している張り手だが、それでも衝撃でテルミは数歩分吹き飛び、咳き込む。

 

「ゲホッ……僕は真奥まおく輝実てるみです。よろしくお願いします」


 友好的な笑顔を絞り出し、赤鬼と握手を交わした。

 鬼の怪力で、手の平に鈍痛が走る。

 しかしテルミはそれを表に出さず、柔和な表情をなんとか保ち続けた。


「私は鬼華おにか、見たまんまの名前さね。ここは本来なら人間は立ち入り禁止なんだが……でも莉羅の兄弟なら話は別だ。歓迎するよ」


 赤鬼の鬼華。

 彼女は、カラテガール改めキルシュリーパーこと桜に無謀な戦いを挑み続けている、あの妖怪である。


「……って、呑気に挨拶している場合じゃないね。御大将おんたいしょうへ拝謁する準備が済んだんだ。莉羅、ついてきな」

「おっけー……」


 莉羅は無表情なまま、両手で二つのOKマークを作った。

 一方テルミは、『御大将』という言葉に引っかかる。

 以前チャカ子が自身の過去を語った時にも、出現していた単語である。


 確かその時は『東海道にいる妖怪を統べている』と言っていた。

 東海道とは、三重や愛知から東京を通り茨城までの、太平洋沿岸にある地域の事である。

 その大将となると、かなり広い区間を支配している大妖怪。

 そんな大物相手に、妹は何の用事があるのだろうか。


 などとテルミが思案していると、


「にーちゃんも、来る……?」


 莉羅が兄の袖を引っ張り、言った。

 

「そうですね、僕も行って良いのなら……でも莉羅。何故大将さんに会いに来たのか、詳しく状況を教えてくれますか?」


 その問いに莉羅は「わか……った」と答える。

 そしてテルミは、「そういえば自分は今パジャマに素足だけど、大将さんに会ってもいいのでしょうか?」と、少しだけ不安になった。




 ◇




 そういうわけで、ここからは回想である。


 時間軸としては、桜が初めて星屑英雄スターダスト・ヒーローズの面々――膝から火を吹く男、および冷気ビームを出す女――と遭遇するより、数時間前。

 午前中、テルミと桜が学校で課外授業を受けている時のことだ。


 莉羅は部屋に寝転がり、だらだらと漫画を読んだり、お菓子を食べたり、ジュースを飲んだり、千里眼で兄の様子を覗いたりしていた。

 すると、


「莉羅ぢゃああああん! 助けて欲しいでありワンずううう!」


 外から友の叫び声。

 カーテンを開けると、チャカ子の姿。

 涙でクシャクシャになった顔を、窓にへばり付けていた。

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