76話 『姉の三分』
「振動で脳ミソや内臓潰す技、使ってみなさいよ」
空気椅子の上で偉そうにふんぞり返っている桜が、そう提案した。
目の前にいるテロリストの全てを引き出し、遊びたいと考えている。
「WOW、良く知ってるネ。カメラの前では一度も使った事無い技だケド」
「チョコレートブスとの戦い、全部見てたし聞いてたのよ」
そう言って桜は、少し離れた場所に倒れている黒井千代を見た。
頭部と左腕と胸部しか残っていない彼女は、それでも死なずに、虚ろな目で二人の戦いを見ている。
「あんた良いわねー、便利な能力あっててさ」
マスクの下でニヤリと笑う桜。
カサバも口の端を歪める。
「フ~ン。ユーはもっとGREATなサイコキネシス使ってるクセニ。それに、ボクの超能力の弱点を分かってて意地悪言ってるんダロ?」
カサバの振動能力について。
動かぬ石や金属ならば、地面を通して遠方から振動を送る事も出来る。
しかし動き回る生物にそれは難しい。直に体へ触れないといけない。
それに人体のように柔らかい部分と固い部分が混在している物は、振動が分散しやすい。
心臓の血管や脳幹をピンポイントで破壊するには、集中し多少の時間をかける必要がある。
「対象に近づき過ぎなのよね。かつ、発動までが長い」
桜は全てお見通しだとばかりに言った。
「Right。スターダスト・バトルのインスタントヒーローズには通じテモ、ユーみたいなプロやモンスターにはモロヘイヤだヨネ」
「諸刃の剣って言いたいのかしら?」
だからこそレン相手には、直接振動を送り込む技を使えなかった。
使わなかったのではなく、使えなかったのだ。
あくまでも『一つの手段』として扱うべき技。
多用や過信する価値は無い。
そもそも人を殺すのならば、ナイフや銃の方が早い。
「マァ、ユーが無抵抗だと言うのナラ、今回は使わせて貰うけどネ!」
何故だ。使っても無意味ダロ。この女に効く訳がナイ。
カサバは頭でそう考えながらも、催眠術のせいで攻撃せざる得ない。
「バストは触っちゃ駄目よ」
「
カサバは桜の肩を掴み、振動を発生させた。
数種類の周波数を送り込む。
それらの波は桜の心臓、太い血管の壁で混じり合った。
硬い石柱をも砕くエネルギー。
しかし、
「あ~ん。血管が刺激されて、なんだか健康に良さそう!」
「……ヤッパリ、無理みたいダネ」
当然のように、桜には効かない。
すぐさま破壊対象を頭部に切り替えたが、それも意味をなさなかった。
「…………サテ、どうするカナ」
どうするもこうするも無いダロ。早く逃げるんダ。
という心の声を、カサバの体は聞いてくれない。
「もっと慌てなさい。もう残り半分、一分半よ」
桜が制限時間を告げた、その時。
「カサバ・コナー! それにあれは、カラテガール!?」
「おー、カラテガールだー。初めて生で見たー」
「ねえさ……キルシュリーパーさん。来ていたのですか……そ、それよりこの女性は……大変です、お腹から下が無くなって……!?」
「黒井千代か。どうしてこんな……カサバにやられたのか?」
突如、騒がしくなった。
カサバは桜から数歩離れ、声の方を見る。
先程まで誰もいなかったはずの場所に、数人の姿があった。
大人の男が一人。高校生らしき男子が一人、女子が一人。
そしてカサバも見覚えのある、レンとの戦いにも現れていた小さな女の子が一人。
テルミや莉羅達が、テレポートしてきたのである。
「キッズ……それに、あの男ハ……?」
カサバは、根元の顔を見たことは無い。
超能力を得た際に一度獄中で会っているのだが、その時カサバは黒い布で目隠しをされていた。
しかし、ただなんとなく、あの見知らぬ男に引かれるものを感じる。
人工超能力者の数が減った分、根元との見えない糸での繋がりが太くなっているのである。
一方桜も、テルミ達の出現に驚いていた。
しかしカサバの驚き方とは違う。
「なんで蕪名ちゃんも一緒に……いやそれよりも莉羅ちゃん、どうやってテレポートして来たのかしら?」
莉羅がテレポートするためには、誰かから魔力を借りる必要がある。
しかし今日の桜は、莉羅に魔力を貸していない。
「他にパトロンを見つけちゃったのかな? 可愛い妹を取られちゃったみたいで、なんか悔しい!」
と、少しだけ眉間にしわを寄せた。
そして黒井千代。
「だ、誰……なの……」
「喋らないでください」
彼女も、突然現れた集団に気付いた。
手足も腹も無く、内臓さえ無くなっている千代の姿。
根元や鈴は目を背け、吐き気を催している。
しかしテルミは気にせず近づき、しゃがみ込み、千代の傷をすぐ傍で見た。
「莉羅、治療を頼めますか?」
「うん……」
莉羅は兄の言葉に頷き、テレパシーで姉に「……魔力……ちょーだい」と頼んだ。
「良いわよ莉羅ちゃん。もー、浮気しないで、最初からお姉様の魔力を使ってよね!」
姉が心の中で返事をした直後、千代の顔に生気が戻る。
燃え尽きていた血肉が蘇り、逆再生のように千代の身体へと戻る。
桜の念動力圧迫で消滅していた右腕も、綺麗に元の姿へ復活した。
「……え? え? チョコちゃんの、からだ……なの」
千代はまだ意識が朦朧としているようだ。
テルミは制服のワイシャツを脱ぎ、千代の枕代わりにした。
「傷を、治せるのか……?」
根元が驚愕している。
その隣にいる鈴は、言葉も出ないらしい。
「うん……ついでに……チョコレート能力も、消した……よ」
鈴の体内に溜まっていたエネルギーを、根元を通じて宇宙へ送り返した。
これで千代は、潜在的な魔力が少し多いだけの……つまりは、ただの人に戻ったのである。
根元は、莉羅と千代の顔を交互に見比べながら、ある事を思い浮かべた。
「も、もしかしてだが……君は、死んだ人を蘇らせたりも」
「可能……だよ」
あっさりと答える莉羅。
根元は目を見開き、手足を震わせた。
「そ、そうなのか! ならば」
「でも……」
莉羅は根元の言葉を遮り、説明する。
「個人差はあるけど……復活するのは、死んでから……一時間、から……三時間……くらいまで」
それはテルミも初めて聞いた情報だった。
生物を生き返らせるのは、それだけ大変なのだろう。
「そ、そうか……そうだよな、都合の良い事ばかり起きるはずもないよな……」
根元は脳裏に浮かんだ滝野川の姿を、振り払った。
そしてカサバは、
「驚いたヨ。あの子、テレポートだけじゃなくてヒーリングのマジックも使えるノカ……」
復活した千代を見て、目を丸くしていた。
桜を見ると、彼女もあの集団を気にしているようで……ちょっとした隙が出来ている。
「……デモ、困っちゃうヨネ」
カサバは、ポケットから拳銃を再度取り出した。
この拳銃は、五発装填可能なリボルバー。
内一発の弾は、この銃の元の持ち主である警察官が、カサバに向けて発砲した。
そして先程、桜に向けて撃ったのが三発。
残りは一発。
この一発を発射せんと、カサバは黒井千代に銃を向けた。
この行動は催眠術のせいではない。
カサバの『一度始めた事は、やりきらないと気が済まない』という
せっかくほとんど殺したようなものだった千代が、無傷になってしまったのだ。
これはカサバにとって相当、『気持ち悪い』。
「…………」
カサバは桜の隙を突くようにして、無言で引き金をひいた。
短い発砲音と共に、弾が飛び出す。
「あらら。しっつこいねーこのオッサン」
桜もカサバの行動には気付いていた。
見向きもせず、念動力で弾の威力を弱める。
これで当たっても大したことにはならない。大きめの蠅がぶつかった程度の衝撃。
どうして銃弾を止めるのではなく弱めたのかというと、そちらの方が「カサバがぬか喜びして面白いだろう」という嫌がらせな考えが浮かんだからである。
そして、カサバの発砲前から銃に気付いていたのがもう一人。
「あ、危ない……!」
桜の弟、テルミだ。
彼は姉とは違い、超能力を持っていない。
しかし彼は姉以上に、他人を守ろうとする意志が強い。
そうなると必然的に、テルミは仰向けに寝ている千代に覆い被さり、彼女を守ろうとする。
「え? え? えっ? な、なんなのなの」
まだ頭がぼんやりとしている千代は、状況を把握できずにテルミの顔を正面から見る。
「て、テルちゃ……!」
弟の行動を見て、桜は焦り空気椅子から立ち上がった。
銃弾の威力は弱めているので、怪我の心配は無い。
それよりも、あの女と弟が接触しているのが嫌なのである。
「輝実さまー!」
銃に気付いていたのが、更にもう一人。
意外と注意力がある、
彼女はテルミの背にバリアを張り、銃弾を防いだ。
コツンと軽い音がして、弾は地面に落ちる。
その小さな金属と、カサバが持っている拳銃を見て、千代はようやく自分が撃たれようとしていた状況を理解した。
「ありがとうございます蕪名先輩」
テルミは立ち上がり、鈴に礼を言う。
そして再び千代を見て、
「良かった。無事ですね」
と、人懐っこい笑みを浮かべた。
「…………な、なんなの」
千代は、ふてくされたように顔を伏せる。
そして自分を守ってくれた男子が肌着姿である事と、自分が枕にしている布がおそらく彼のワイシャツであろう事に気付き、ますます膨れっ面になった。
「もう、テルちゃんってばお節介なんだからあ!」
「……にーちゃん……むむむう……」
桜と莉羅の姉妹も、千代とは違う理由で膨れっ面だ。
そしてカサバも、「
ともかく桜は気を取り直し、
「ふ~……まあいいや、それより残り五十秒よ」
と、再度カサバに制限時間を伝えた。
「あーそうそう、あんたは『振動』の超能力で、心臓の血管や脳幹をピンポイントで破いたり崩したりしてるみたいだけどね」
「そうダヨ。さすが良く分かってるネ」
「でも、あたしの方がきっと上手く『振動能力』を使えるわよ」
桜は空気椅子に座り直し、腕と足を組む。
「オ~ゥ、マァそうだろうネ。ユーは色んな超能力使えるみたいダシ、ボクより年季もありそうダ」
「でもね。あたしは今この場で、人を殺しちゃ駄目な理由があんのよ」
そう言ってちらりと弟の姿を見る。
テルミの前で人を殺したら、嫌われてしまうのだ。
きっと「姉さんなんて嫌いです」と言われてしまうのだ。
そんな言葉を浴びせられたら、一度目は興奮して体中がビクンビクンと痙攣するかもしれないが、二度目以降は本気で落ち込んでしまう。
「だから殺さずに、振動能力を使ってただの脳震盪で気絶させてあげる」
「オゥ、それはスマートだネ」
「でしょでしょー?」
そして桜は、ヒーローマスクの下で笑い顔を浮かべ、
「あんた、逃げていいわよ?」
と、敵に向かって唐突な台詞を言い放った。
「……Really?」
「ええ。どうぞ」
桜の
今なら、本当に逃げられる。
カサバは罠の可能性を考えながらも、「この状況で、今更トラップも何も無いダロウ」とも思った。
一瞬の間に思案する。
逃げるんダ。今がチャンスだ。さあ逃げろボク。
そしてカサバは、
「Kiss my ass!(ざけんな!)」
桜の腹にナイフの切っ先を押し付けた。
つまり、逃げなかった。
一度始めた事は、最後までやり遂げる。
催眠術で無理矢理やらされていたとしても、関係ない。
それが、カサバの性格なのだ。
「十秒前~」
当たり前のように、ナイフが桜の肌を傷つける事は無かった。
カサバは躍起になり、両手に力を入れぐりぐりと動かす。
「五秒~」
しかし、桜は全く意に介さない。
カサバはナイフを捨て、ヤケクソ気味に桜の腹を殴った。が、効かない。
「三、二、い~ち」
「アーア。ボクの負けダネ。テヘッ」
カサバは敵から半歩離れ、桜の眼前に両拳を向けた。
「FUCK」
彼の最後の攻撃は、ただ中指を立てるだけ。
「はい、時間切れ」
そしてカサバ・コナーは膝から崩れ落ち、泡を吹いて地面に倒れた。
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