71話 『兄とめすぶた(仮)とおじさんに説明する妹』

「たぬきさんだー……」

「こちらのお狸さまが、ウチのセンパイでありんすワン。莉羅りらちゃん!」


 今まで人の気配など無かったはずだが、まるでワープでもしてきたかのように急に現れた、というか実際ワープしてきた、二人の子供。


 カサバは、「タヌキを先輩と呼んでいるし、おそらくはあの二人もモンスターだろうカ。片方は尻尾も生えてるしネ」などと考え、ナイフを構える。


「ちゃ……チャカ子たん……? それにそっちは、どなたれす……?」


 レンも驚いたようで、真っ赤に染まった目を開く。

 しかし視力が残っている左目も、既に視界がぼやけていた。

 ミディアムヘアの少女は、そっとレンの鼻先に触れる。


「……魔力……この場合は、妖気……借りる……よ」

「な、何を借りるんれすって…………えっ、あれれ?」


 みるみる内に、レンの傷が癒えていった。

 血が止まり、皮膚ごと剥がれた体毛が再生。

 眼球からナイフが抜け、目の色が戻る。


「こ、これは一体どういうことれす? チャカ子たん、この子は誰れす?」

「莉羅ちゃんでありんすワン! 莉羅ちゃんは、えっと、えっと……莉羅ちゃんでありんすワン!」

「……説明する暇、無いから……戻ってて……」


 すると突然、大狸と尻尾付き少女の姿が消えた。

 巨大な動物がいなくなり、場に出来た空間が少し心寂しい。

 残っているのはカサバ・コナーと、ミディアムヘアの少女――真奥まおく莉羅。


「オイオイ。どうしてキッズがラクーンを逃がすんダイ?」

「……秘密、でーす……」


 莉羅は無表情なまま、言葉を発する。


「それに……この、スターダスト・バトル……ってのに、勝っても……願い事は、叶わない……よ……それは、運営の……嘘」


 そんな莉羅の言葉にカサバは虚をつかれながらも、笑みを絶やさない。

 パッと見ただの少女だが、彼女の言う事は真実なのだろうとカサバは感じた。

 何故かこの少女の言葉には、説得力や重みがある。


「でもガール。願いが叶うってのは嘘だって、ボクも薄々勘付いてたヨ」

「じゃあ、何故……たぬきさんに……とどめを、刺そうとした……の? お金を貰ってる……から?」

「NO、もう報酬金は貰えなくなったしネ。ただボクは、とりあえず殺しときたいナと思ってサ」


 それを聞き、莉羅はなおも無表情で「どーして……?」と尋ねる。


「ジャパンでは『乗りかかった船』なんて言うだろ? せっかくだから最後まできっちりやり遂げないと、気持ち悪いじゃないカ」


 それはカサバの信条……とまではいかないが、一つの心の指針であった。

 傭兵といった表の仕事から、テロリストの手伝いや暗殺といった裏の仕事、そして掃除をしたりプラモデルを作るといった日常の些細なことまで、何事も途中で放り出した事が無い。


「それって悪いことカナ?」

「さあ……納得するまで、やるのは……大事、かも……ね」

「ダロ!」


 高らかに笑うカサバ。

 莉羅は小さく溜息をつき、


「……バイバイ」


 と、急に手を振る。


「オゥガール。突然現れて突然帰るんダネ。グッバイ!」


 カサバが別れの挨拶をすると同時に、莉羅の姿は消えた。


「WOW。しかしジャパンには少女姿のモンスターが多いね。お国柄なのカナ?」


 カサバは莉羅も妖怪であると勘違いしている。

 しかし彼女は超魔王の記憶こそ持つが、基本的には生粋の人間である。


 そしてカサバはふと、先程まで大狸が倒れ込んでいた地面を見た。


 液晶タブレットが落ちている。レンが持っていたものだ。

 画面に多少ヒビが入っているが、動作に問題は無さそうだ。

 レンの大きな体がちょうどクッションになったのであろう。


「LUCKY~!」


 カサバはタブレットまで近づき、途中に落ちていたナイフ共々拾い上げた。

 画面には、残りの人工超能力者達の位置が表示されている。


 レンの動画内にも出て来ていたため、カサバはこのタブレットが何を意味しているのか知っていた。


「OKOK。今一番近くにいる超能力者は~どこカナ~」


 カサバはタブレットを起動させ、そしてぱっと後ろを振り向く。


「みーつけタヨ」

「な、何っ!?」


 百メートル程遠くから、カサバ達を監視していた一人のヒーロー。

 その監視対象と急に目が合い、彼は驚き逃げようとした。


「えっと、あのボーイは……キャラクターネーム知らないヨ」


 カサバはしゃがみ込み、地面を両手で触った。

 すると、


「う、うおあっ!」


 逃げようとしたヒーローは、急に足元がおぼつかなくなり転倒した。

 顔をぶつける前に体前面を硬質化させ、怪我からは免れる。

 そして彼は遠くから転ばされたという状況に屈辱を感じ、逃げる気がなくなってしまった。


「仕方がない。戦おうか……この僕、『フルメタルキルアーミー號骸ごうがい』が!」


 名乗りを上げる、フルメ(略)こと芹沢参人さんと

 距離があるため、カサバには芹沢の台詞があまり聞こえなかったが、


「オゥ……キルアーミー? ユーもKILL……キルアーミーか! HAHAHAHAHA! これは面白い縁ダネ!」


 名前の一部分だけは分かり、楽しそうに笑い声を上げた。


 キルアーミーとは、カサバが最初に勧誘員から付けられていたヴィランネームと同じである。




 ◇




蕪名かぶな先輩。疲れていないですか?」

「大丈夫ー。輝実さまもー、平気ー?」


 既に夕方の時刻。

 テルミと鈴は、物陰に身を寄せ合い隠れていた。

 ビルとビルの隙間にある、小さな町中の神社。その裏にある狭いスペース。表通りからも裏通りからも死角となる場所。


 携帯で警察に助けを求めたが、大きな騒ぎ――チョコレートガールの立て籠もりや、高層ビル崩壊――があり人員不足で、保護のため迎えに来てくれるのは無理らしい。

 仕方がないのでテルミ達は、星屑英雄スターダスト・ヒーローズに見つからないよう身を潜めている。

 空が暗くなるまで隠れ、夜になったら闇夜に紛れて警察関係の建物に逃げ込もうという計画である。



 この危機的状況を妹や姉に伝えたいが、連絡が繋がらない。

 桜は携帯電話を今持ち歩いていないようだ。着信音はなるが電話に出ない。おそらくは『ヒーロー』に着替えているのだろう。

 そして莉羅のキッズケータイは、「電波の届かないところにいるか、電源が切れています」。

 自宅にも電話したが、誰も出ない。


「輝実さまー……巻き込んでごめんなさーい……」

「いえ、謝らないでください先輩」


 二人は地べたに並んで座り、いつの間にか手を握り合っていた。

 男女の仲になったのではない。お互いの不安――特に鈴の不安を少しでも解消するため、触れあっている。

 あくまでも親友関係なのだ。


「先輩は何も悪くありませんよ」

「……うんー……ありがとう……」


 鈴は握る手に力を入れ、テルミの肩に頭を乗せた。

 その直後、


「やあ、久しぶりだね……って、覚えていないかもしれないが」 


 急に男の声が聞こえ、テルミと鈴は警戒し立ち上がる。


 神社裏スペースへの入口に、一人の男が現れた。

 黒いダブルのスーツと白いネクタイ。まるで結婚式のような恰好。


 テルミは鈴を庇うように前に出た。

 鈴はテルミの手を握りしめながら、男を睨みつける。

 透明の板――バリアが宙に生成された。


「……あなたは」


 テルミが訪ねようとした、その時。


「すまなかった」


 男が、その場に土下座した。


「……あのー、おじさーん」

「……どうして謝るのですか?」


 困惑するテルミと鈴。

 男は土下座姿勢のまま、地面から顔を上げた。


「……俺は根元という名で、スターダスト・バトルの関係者だ」


 その説明に、テルミと鈴は再び身構える。

 根元は、申し訳なさそうな顔で言葉を続けた。


「実はだね。君を超能力者にしたのは、俺なんだよ」




 ◇




「……そんな事があったのですか」


 テルミ達は、根元から今までのいきさつを聞いた。

 突然発動した『他人を超能力者にする』という超能力。

 そしてスターダスト・ヒーローズの開催。願いが叶うのは嘘。前社長の死、そして現社長の死。企画の失敗。


「じゃあー、私のバリアも、ホントはおじさんの能力なんだねー?」

「うん。そうとも言える」

「ヒーロー達の能力を消すことは出来るのですか? 今のままでは危険過ぎます」


 テルミの問いに、根元は難しい顔で首を横に振った。


「超能力を消す方法は……すまん、それは分からない。出来ないのかもしれないし……」



「出来る……よ」



 再び、新たな声が聞こえた。

 それもテルミのすぐ後ろから。


 その声の主は、テルミと手を絡ませ合っている鈴を見て、


「……めすぶた四号……かっこ仮……」


 と小さくぼそりと呟き、二人の手を引き離した。


 妹である真奥莉羅りらが、兄の後ろにワープして来たのある。


「あれー。この子は、桜さまと輝実さまの妹さまー」

「莉羅。どうしてここに?」

「……色々、あって……そこのおじさんに……用が、ある……の」


 今度は自分が兄の手を握りしめながら、莉羅が喋った。


「……にーちゃん、ごめん……チャカ子ちゃん達の、トコ……遊びに、行ってて……ケータイも、テレパシーも……使えなかった……から……不在着信……」

「それはもう良いのですが……」


 テルミは「チャカ子の所」という台詞から、妹は妖怪の住処にでも行ったのだろうかと推察した。が、それは今は置いておく。

 一方根元は、莉羅の言葉を気にしていた。


「おじさんとは俺のことかね。君は一体」

「……あなたの力は……名前は、『ルート』……生命力を、高める……力……」


 莉羅は自己紹介も前置きもせず、根元に淡々と伝える。


「ルート。生命力。ふうむ……?」


 根元は莉羅の目を見て、言葉を反復した。

 初対面だし、自分の半分も無い歳の子に見えるが……何故だろうか。この少女の言う事は、真実のような気がする。


「あなたはまだ、能力に慣れていないから……自分と、魂の波長が似ている者にしか……力を発動、出来ないようだけ……ど」

「その言い方では、俺が成長すれば全人類を超能力者に出来る……とも聞こえるが?」

「出来る……よ」


 あっさりと言われ、根元は目を丸くした。

 気にせず、莉羅は説明を続ける。


「でも……生物に、超能力を与えるのは……正しい使い方、ではない……元の持ち主・・・・・も、気付いていなかった……非推奨……」

「元の持ち主?」

「強大な力は、持ち主が死んでも、滅びず……世界を漂い……宇宙や、次元を超え……新たな宿主を、見つける……の」

「……ふむ。その新たな宿主というのが、俺ってわけか」

「理解、早いね……」


 この短期間で散々不思議な現象を体験した根元は、偏見無しにすんなりと莉羅の言葉を信じていく。


「だが人に使うのが非推奨ということは、この能力には本来の使い方があるのか……」


 根元は自分の右手の平を見た。

 別に手の平から目に見えるパワーなり波動なりが出ているわけではないが、ただ何となく見た。

 そしてその後に、ふと空を見上げる。


 元はと言えば『ヒーロー同士を戦わせる』という企画は、この能力の使い道を考える中で、滝野川と一緒に思い付いたもの。

 使い道と言ってもそれは、金儲けだけに注視したものであったが。


 だがそうではなく、きちんとした本当の使い道があるらしい。


「うん……その力の、真の目的は……」

「目的は……?」


 莉羅の言葉を聞き逃さないよう、その場の全員が息を飲み耳を集中させ……



「植物、栽培……」



「……へ?」


 意外な答えに、テルミ、鈴、根元の三人は疑問顔で首を捻った。

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