-100話 『見上げられぬ空を見上げる棒立ちの詩人』
遥か昔。
こことは違う宇宙でのお話。
とある惑星に、広くも無く、かと言って狭くも無い農園があった。
育てているのは地球で言うキャベツのような作物。
正確にはキャベツでは無いが、非常に似ているので、便宜上キャベツと訳す。
農園で働いているのは従業員かつオーナーの夫婦。二人には小さな息子が一人。
そして夫婦の他に、鳥獣から作物を守る者達もいた。
木の棒に顔を書き、服を着せ、土に突き刺さっている。
簡単に言うと
そのカカシ達の中の一体は、
「この動かぬ身の私には、土と花の香りは分からぬ。なれどこの動かぬ身の私にも、土と花の矜持は分かる」
いつもこうやって、よく分からない事を呟いている。
言うなれば彼は詩人であった。
固い木の身体と同じように、固い詩を詠むタイプ。詩の中身はあまり無かった。
もちろんカカシが喋るはずは無い。心の中で呟いている。
もちろんカカシに心があるはずは無い。だが何故か、この案山子一体だけは特別だった。
「風が花びらを運んでくれる。花の香りは感じずとも、花の美しさを知った。ありがたきかな柔らかな風。この棒の体の棒の心をほぐしてゆく」
……と。
カカシが何を言っているのかと言うと、彼の肩に花びらが一枚乗ったのである。
キャベツ畑の隣には小さな花畑がある。
詩人なるカカシは、二つの畑の境目に立てられていた。
花畑で育てられているのは、この地域で主に葬式の
花の名前は、ライアク。
「ライアクの花が去ってゐった。大地に根を張らぬ体では命も短かろうが、それはお互いさま。きみの新たな望まぬ旅立ち、私は心に留めておこう」
これは「花が数十本摘まれ出荷された」という詩である。
深い意味は無い。
「神の気まぐれは酷であり、罪無き者も裁きを受ける。人の営みは罪であり、それだけで神を逆撫でするものぞ」
これは「夫婦の子供が転んだ」という詩である。
深い意味は無い。
そんなこんなで、詩人なるカカシは農園ライフを彼なりに楽しんでいた。
◇
最近、オーナー夫婦は悩んでいた。
農園の経営が
子供はまだ高等教育を受けるような歳では無い。
テレビ等の情報に影響され、なんとなく「将来そうしたい」と軽い気持ちで思っただけである。
だが両親としてはやはり深刻に考える。
どうにかキャベツが高く売れないものか、働きながら話し合う。大して良い案は浮かばなかったが。
詩人なるカカシは、そんな夫婦の会話を聞いた。
正確には耳が無いので聞いてはいないのだが、なんとなく分かったのだ。
カカシは、二人の力になりたいと考えた。
「もし私が人ならば、奴隷となり身を粉にしよう。もし私が空ならば、陽の光と雨で更なる実りを与えよう。もし私が大地ならば、畑に金を生み出そう。されど悲しき、私は木」
どうしようも出来ない、という意味である。
カカシは、己がカカシである事を悲観した。
ある日の夜、カカシは流れ星を見た。
正確には目が無いので見てはいないのだが、なんとなく分かったのだ。
「見上げられぬ首で空を見上げる。私が星を見初め、星が私へ近付く。星の力、それが私。私の身は木の棒なれど、動く者の身を
カカシは自分に宿る『力』に気付いた。
畑に突き刺さった足を通じ、土に語りかける。
それと同時に、今度は数多の流星が落ちた。
「君達は豊穣の精霊。水は生命、大地は誇り。深き緑を巡らせる」
カカシの『力』は土の一粒一粒、水の一滴一滴に特殊な能力を授けた。
ある土はキャベツを大きくし、ある土はキャベツの味を良くする。
ある水はキャベツの欠けを修復し、ある水はキャベツの色を鮮やかにする。
「星の力を与えよう。生命を凌駕す、偉大な力」
宇宙に遍在するエネルギーを物質へと譲渡する。
それがカカシの力であった。
土や水、石、鉱物などに宇宙のエネルギーを送る。
エネルギーを受け取った物質は、動物や植物の『生命力を高める能力』を得る。
「命の
カカシの『力』は、本人が思っているよりも強大である。
土などの無機物でなく動植物にエネルギーを送れば、その動植物は自分の生命力を高めようとする。
そうして彼ら自身の内なる特性を一つ伸ばし、世に超能力者が溢れることとなっただろう。
しかしカカシは、土と水以外にはエネルギーを送らなかった。
やる意味を感じなかったのだ。
巨大に実ったキャベツ達は、オーナー夫婦に多大な財をもたらした。
新たに従業員を雇い、そして土地も増える。
カカシは、増えた畑の土水にも力を与え続けた。
そして数年後。
夫婦二人の息子が、都会の学校への進学を決めた。
その吉報に、農園の皆が笑う。
「富が人に笑みを与える。人が人に笑みを与える。木である私は富なのだろうか、それとも人なのだろうか。やはりただの木なのだろうか」
小難しい事を言いながら、カカシも喜んでいる。
夫婦は、幸せな顔で畑仕事に取り掛かった。
更に数年後、息子は都会で就職した。
夫婦は少し悲しんだが、遠くの学校へ送った時からこうなる事は覚悟していた。
そして息子は結婚し、孫を作った。
たまにやってくる孫を見て、老夫婦は顔をほころばせる。
「人の子は小さくとも人。土も一粒なれど土。水も然り。ならば我が小さき身も、大木と言えるのだろうか」
その言葉に大した意味は無いのだが、カカシも孫を見て喜んでいる。
そして相変わらず、畑に力を送り続けていた。
◇
更に数年後。
老夫婦は引退。息子が勤め先を辞め、農園オーナーの後を継ぐこととなった。
息子は中々に敏腕で、農園も更に大きくなる。
そこまでは良かったのだが。
ある日、従業員達の手によりカカシが大地から引き抜かれた。
勢い余ってカカシは花畑に倒れ、ライアクの花に包まれる。
「美しく儚き花びら達よ、こうして触れ合うのは初めてだ。私は匂いも分からぬが、私は君らの匂いを知った」
従業員達は、老朽化していたカカシを取り換えようとしていたのだ。
詩人なるカカシは、少し前からそれを知っていた。
しかし慌てることもなく、運命を受け入れ、引き抜かれる直前まで畑に『力』を送り続けていた。
「私の体は朽ちていき、大地に帰る刻を悟った。痛みも悲しみも無く、使命を全う出来たかどうかを自問する」
ただ一つの心残りとしては、農園についてである。
自分がいなくなれば、土や水の能力も無くなってしまう。
カカシは誰に教えられたわけでも無いが、なんとなくそう感じていた。
「星の力は偉大。なれど人の力もまた偉大。歪なる手立てから脱し、彼らに任せるのを良しとせねば」
既にこの農園は巨大なものとなっている。
キャベツとライアクの花以外にも、多くの作物を栽培していた。
そもそも既に、カカシの力が届かぬ離れた地にも畑が作られ、そこでも成功を収めている。
カカシは色々考えて、「この農園は、自分がいなくとも大丈夫だろう」と結論付けた。
そして農園の隅。
詩人なるカカシは、古き仲間の物言わぬカカシ達と共に積み上げられていた。
これから焼却され、その一生を終えるのだ。
カカシの肩には、ライアクの花びらが一枚付いていた。
「身が燃ゆる。木である私は姿を変える。空に漂う煙が私となるのか、この場に留まる灰が私となるのか。それとも両方が私となるのか」
カカシは燃えていく仲間達を見ながら、そう詠んだ。
そして詩人なるカカシの足にも火が付き……ふと、空へ詩を紡ぐ。
「私を見ている者よ。光と闇の狭間にいる者」
そのカカシの言葉に、ずっと様子を観察していた『話しかけられた者』がハッとする。
「いつも感じている。空のどこかで私を見ている。きみはそう、ライアクだ。あの可憐な花達。星と共に私を見ている。私の価値を眺めている。私の世界にある、私も世界にいる」
ライアク。
その存在は、このカカシが自分をライアクと呼んだ理由がよく分からなかった。
先程のカカシの言葉には、今までと同じように深い意味は無いのかもしれない。
しかし浅かろうと深かろうと、今までとは違って、そもそもの意味が分からなかった。
自分もカカシに語りかけ、意図を尋ねたかった。
しかし語りかける術がない。
ただ見ることしか出来ない。
「ライアク。私の」
カカシはそれ以上何も言わなくなった。
彼はライアクの花弁と共に、煙と灰になったのだ。
そして、その『力』だけが世界に残った。
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