70話 『妹の友達のセンパイ』
「見つけまちたよ。てめーがカサバコナーれすね」
頭に大きなリボンをつけ、ピンクのドレスを着た童女――妖怪大狸のレンが、液晶タブレット片手に舌っ足らずな言葉を発した。
尋ねられたのは、Tシャツ姿の筋骨隆々な白人テロリスト。カサバ・コナー。
彼は高層ビルの屋上で、スマホを操作しながら仰向けで寝そべっていた。
「Yes。And……you are REN」
カサバはレンの問いに答えながら、ゆっくりと起き上がり、
「今、ユーの動画を観てたトコだヨ」
そう言って、馴れ馴れしく腕を振った。
「脱獄囚がどうやって携帯手に入れてインターネットしてるんれす」
「親切なヒーロー
朗らかに笑うカサバと、そんな態度にイラつき口から牙を剥き出すレン。
余談だが木綿さんは、カメラと
「クソインチキ超能力ヒーローどもの中で、てめーは強さだけならマシな方のクソニンゲンれしょう」
「サンキュー。それは褒めテルのダヨネ?」
「褒めては無いれす。うんこを冷静に評価する事はあっても、褒める事は無いのれす。それに多少強かろうとも、所詮はクソの塊であるニンゲン」
レンの爪が鋭く伸び、体から白い煙がもうもうと上がり出す。
カサバはスマホを右ポケットに入れ、
「アーハン。まるで自分は人間じゃ無いって言いグサだね、モンスターガール」
と、軽口を叩く。
「
「そうれすか。なら、てめーもおしまいにしてやるのれす。さっさと殺して帰るのれす」
レンが右腕を振り上げ殴りかかった。
その拙い攻撃を、カサバは難無く避ける……が、
「Oops」
童女の腕が、瞬時にしてカサバの胴回りより太く逞しく変貌した。
腕だけでは無い。レンの身体全てが変化したのだ。
全身を覆う茶色がかった白い体毛。その中でも目の周りから顎、足の毛は黒い。つまりは狸。それも象より巨大な化け狸。
広い屋上が、途端に狭くなる。
カサバは直撃こそしなかったが、大狸の強襲を受け大きく後ろへ吹き飛んだ。
背中に転落防止用の柵が当たる。
「Shit……」
ここは高層ビルのてっぺん。もしこの柵の向こうまで吹き飛ばされたら、それは死を意味する。
「
「オゥガール。ズイブン嫌われちゃってるみたいダネ。ボク悲しいヨ」
カサバは事前に動画で確認しているので、レンの変身が『星の力』では無い自前のものである事を承知している。
そして、レンが人間では無い事も分かっている。
それを冷静に受け入れ戦っているのは、以前から『そういう存在』と接触する機会が多かったからだ。
「覚悟してくらさい。覚悟しなくても良いのれす。どっちにしても、すぐに地獄へ送ってあげるのれす」
「でもボクは
そんなカサバの言葉を無視し、レンは前足を挙げ、力を込めて振り下ろした。
巨大な狸が動くことで、ビルが揺れ
しかしカサバは余裕の表情で、大狸の体全体を注視しつつ攻撃を避け続けた。
「WOW。特殊部隊にいた頃、ユーみたいなゴジラと戦う訓練してたのが役に立ってるヨ」
「ちょろちょろウザいのれす!」
レンは口を大きく開けた。炎を吐こうとしているのである。
だがカサバはレンの思考を瞬時に察し、逆に大狸の傍へと近づいた。
レンは、自分に向かって来るカサバを殴ろうとする。しかしカサバは簡単にその前足を避け、逆にナイフを突き刺した。サバイバル用の頑丈なナイフだ。
そのナイフを足掛かりにし、大狸の右腕へと飛び乗る。固い毛で覆われた体表を駆け、一瞬のうちに巨大な顔の傍へと間合いを詰めた。
「うが……こ、小癪れす!」
顔のすぐ近くに敵が来てしまった。
これではレンは、炎を発生させることが出来ない。
レンの炎は、体毛を変化させて作るもの。
毛を抜き息で吹き飛ばし、体から数メートル離れた場所で火に変身させる。
あまり近くで火に変化させると他の毛が燃えてしまい、あまり好ましくない。
「ならば風れす! ふー!」
レンは強風を発生させ……る前に、カサバはレンの頭の上に飛び乗ってしまった。
そこは風が届かない、死角である。
「ジャパニーズラクーン……アイノウ……ウェルウェル……」
一方カサバは、先程からずっと考え続けていた。
この、目の前にいる巨大な化け物の姿について。『狸』という日本語を思い出せなかったのだ。
どうでも良い事だが、そういうのを気にしてしまう
「……ウェルウェルウェルウェル…………」
ぶつぶつ呟きながら……ふと、茶色と黒い毛の生え変わり際を見た時に、なんとなく、
「オッオ~ウウ! タヌキ!」
やっと思い出した。
タ↑ヌ↑キ↓という独特のイントネーション。
「そうれす。レンは誇り高きお狸さま……!」
「ソッカソッカ。スッキリしたよ」
「レンもてめーのようなクソノミ野郎を潰して、スッキリするのれす!」
レンはカサバを払い除けようと、前足で頭を掻いた。
カサバはそれをギリギリで避け、刺さっているナイフを回収。
第二撃が来る前に後頭部の方へ逃げ、そのまま体を滑り降り、床に手を付いた。
そして大狸のレンが後ろ脚だけで立ち、少々バランスが悪くなった瞬間、
「BOM」
というカサバの言葉と同時に、レンの足元のコンクリートが大きな音を立て崩れた。
「なっ、何れす!?」
「危ないヨ」
カサバは足元に落ちているロープを握った。この長く丈夫なワイヤーロープの先は、あらかじめ隣のビルの柱に結び付けてある。
レンも慌てて移動しようとするが、足を伸ばした先も崩れる。
支えを失い、ビルの中に落ちた。
「て、てめええええクソニンゲエエエエン!」
十階建てのビル。となると屋上のすぐ下は十階フロア。の、はずなのだが。
屋上の床が抜けると同時に、二階から十階までの全ての床も抜けていた。
このままではビルが崩壊する。
だがそれよりも前に、レンが地上に落ちてしまうだろう。
この巨大な体で十階建てのビルから落ちれば、自重と合わさった衝撃で大ダメージを負う。妖怪でも死ぬかもしれない。
レンは慌てて考える。
「そうら、小鳥たんに姿を変えて……あああらゃあああ!」
『きらり~ん☆』
レンの悲壮な叫びと共に、ウインクをした時の可愛らしい効果音が鳴った。
上にいるカサバから放たれたナイフが右の眼球に突き刺さり、片目を閉じたのだ。
そのショックで、つい変化の術の発動が遅れる。
「クソクソクソクソおおお!」
そして大狸は、轟音と共に一階の床へ叩きつけられた。
「ソォ~~リ~~ィ。」
カサバはロープを辿り隣のビルへと飛び移り、ビルの崩壊に巻き込まれないよう遠くへと逃げた。
数十分後。
カサバはレンの様子を見るため、ビル跡地まで戻って来た。
山積みになっている瓦礫。その横に、瀕死の巨大狸が横たわっている。身体中が傷と血だらけだ。
レンは落下後すぐにビル内から脱出し、ギリギリの所でビルの崩壊に巻き込まれるのを回避したのだ。
しかしそれで体力が尽きてしまい、もう手足を動かす事も出来ない。
荒い呼吸に合わせ、ただ胸だけが律動している。
「オッオォ~ウ。さすが、まだ死んでないんダネ」
カサバの声が聞こえ、レンは血に染まった両目を開いた。
ナイフが突き刺さっている右の眼球は、白く濁り、瞳孔が変形し、完全に失明していた。
「急に床が崩れて……て、てめーの『星の力』は……爆発……れすか……」
「ブッブー違うヨ。マァでも、今回は爆薬の代わりになるような使い方したケドネ。ボクは超能力者としてでは無く、超能力を道具として使う『兵士』として戦ったんダ。Do you understand?」
「違いがわかんねえれす……死ね」
レンは全身の骨が折れ、内臓が破裂し、口を動かすだけで激痛が走っている。
それでもなお、悪態をつく根性はあった。
そんな様子に感心し、カサバは笑いながら言う。
「ユー達モンスターは日本のオマワリサンや自称ヒーローくん達には勝てても、自衛隊には勝てないヨネ。ましてや他大国の軍隊にはナオサラ。だから、ひっそりと暮らしてるんダ」
「……よく動く口れすね。不愉快れす」
「そしてボクは、一応その大国の軍隊にいた事もあるからネ。その知識経験を活かして、ユーが大嫌いな『ニンゲン』の戦い方をしたんダヨ。ユーが暴れ回ってるのを知って、ここにも来るであろうと考えて、
「……」
レンは最後の力を振り絞り、せめて一撃だけでも目の前の白人男性を殴りたいと考えている。
が、カサバはレンからは手の届かない距離を維持し、油断する事無く警戒を続けていた。
その抜け目の無さにレンはますます悔しがり、頭に血が上り無駄に体力を消耗していく。
「名残惜しいけど、そろそろグッバイの時間だネ……でもこんなビッグタヌキ、どうやってトドメさそうカナ?」
カサバはレンに注意を払いつつ、自身の武器を確認した。
ホルスターに二本目のサバイバルナイフ。
右ポケットにはスマホと一緒に小さな折り畳みナイフ。
左ポケットには警官から盗んだ拳銃。
そして『超能力』。
一番安全に大狸を殺せそうなのは、やはり超能力だろうか。
工夫すれば、心臓をピンポイントで攻撃し鼓動を止める事も出来る。
と思ったが、妖怪の体内臓器構造は普通の動物と同じなのか、どうにも確信は無い。
心臓を止めるためには、大狸に近づかないといけない。
もし内蔵の位置が違い、一撃で殺せなかったら……思わぬ反撃を受ける可能性もある。
さて、どうしたものか……
と、悩んでいると、
「センパイセンパイセンパーイ! センパイに近づくなでありんすワン!」
レンのものでは無い、少女の叫び声が聞こえた。
「……ワッツガールズ?」
カサバは目をこらす。レンの顔のすぐ前に、二人の少女がいた。
つい先程の瞬間まで、そこに少女などいなかったはず。
目を離していたわけでも無い。
本当に、唐突に、急に、二人の子供が出現したのだ。
少女は、どちらも小学校高学年程度。
片方は長い銀髪。こちらを威嚇していて、何故かスカートから白い尻尾が出ている。
そしてもう片方は、ウェーブがかったミディアムヘア。その少女は、
「……おー……ほんとに、でっかい……たぬきさん、だー……」
という嬉しそうなセリフを、無表情で淡々と言った。
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