66話 『姉ミーツガール』
テルミが女の子にされちゃう危機と対面する、少し前。
「『レンのせくちーヒーローチャンネル』生配信をご覧の皆たん! 超能力者は残り三十二……いや三十三……いややっぱり三十二……変動が激ちーみたいれす!」
港近くの広場。小高い丘の上に設置されている、屋根付きの休憩所。
ピンクのふわふわなドレスに大きなリボンカチューシャという格好の、小学生低学年程の童女に
「情報によると、やられたのはスカイフォースっていうクソザコヒーローと、キラーウォーカーっていうクソうんこみたいれすね! 倒ちたのはチョコレートガールって淫売女と、KK……ああ、カサバコナーってマヌケ野郎れす! クソニンゲンが、クソなりに頑張ってるみたいれすよ、
配信動画のコメント欄に『パチパチパチパチ』と大量に書き込まれる。
この舌っ足らずな少女を撮っているのは、スターダスト・バトル運営が用意した撮影部隊では無い。
紙や布のようにペラペラな……というより『布そのもの』がカメラを操作している。薄手の細長い布から、これまた薄い手が生えている奇妙な生物だ。
「さあさあ、ほんれもって皆たん、エマーヂェンちーれすよ! 十……ええと、十五人ものヒーローが、レンの元に向かって来ているのれす! あれはきっと、公式バトル運営からの刺客なのれす! ほらこれ見て!」
自らをレンと呼ぶ少女が、「
タブレット画面には、全人工超能力者達の居場所が映し出されている。
スターダスト・バトル運営のデータをハッキングし、ヒーローやヴィランの発信機情報を取得しているのだ。
「レンが運営のお膳立てを全部蹴って、自分自身の動画チャンネルで金儲けちてるのが気にいらないようれす! ああ見てくらさい皆たん! あの先頭にいるお爺たんは、目からビーム出すニンゲンれすよ! 強いともっぱらの噂れ、公式配信でも人気のヒーローれす。怖いれす!」
レンはそう言って、左目をパチリとウインクした。『きらり~ん☆』という大袈裟な効果音が流れる。
「でも
レンがライブ配信している動画のコメント欄には、
『四百歳は盛り過ぎw』
『ババアまぢ好き』
『そういう設定なんだよなぁ……』
『レンちゃんスケベしようや』
などと、ファン達が思い思いに書き込んでいる。
「それにレンは宗教上の理由れ、向こうから襲ってきたニンゲンちか食べ……倒せねえのれす! だから、あっちの方からやって来るのは好都合なのれすよ!」
レンは休憩所のベンチから飛び跳ねた。
数十メートルの跳躍。驚いているヒーロー達の前に、砂埃を上げ降り立つ。
撮影担当の『木綿さん』は配信機材や接続コードの関係上、休憩所に残って望遠レンズでレンの様子を撮り続けた。
「……おぬし、ヒーローのレンだな?」
ヒーロー集団の先頭に立つ老人が尋ねる。
レンはこくりと頷き、無線マイク片手に尋ね返した。
「皆たんもヒーローれすよね。どうちてレンを寄ってたかってボコろうとするんれす?」
「勝手な真似をするからだろガキ! 本当にガキかどうかも、分かったもんじゃねえがな!」
「落ち着け」
血気盛んに答える若きヒーローを、老人が制す。
「我々ヒーロー同盟は、おぬしを危険分子であると判断したのだよ」
「なぁんと! そうなのれすか!」
ヒーロー同盟とは、その名の通りヒーローの同盟である。
人工超能力者達がチームを組んで協力し合っている。集団で人助けし、集団で悪を倒す。
彼らには『最後の一人になるまで戦おう』という気はさらさら無い。
それよりも、ヒーローとして安定した報酬を貰う方が得だと考えたのだ。
そもそも願いが叶うという事に懐疑的な者も多い。
このヒーロー同盟が中々に人気急上昇中である。
ヒーロー同士の殺し合いという想定とは違うが、これはこれで話題になるので、バトル運営としては容認している。
ただ容認するだけでなく援助をして飼い馴らし、たまに依頼まで出している。
今回の依頼、それは「レンを潰せ」。
「聞きまちたか、皆たん! レンを危険分子だと思うのは、スターダスト・バトル運営以外にあり得まちぇん! このヒーロー同盟ってのは、運営の差ち金れすね! こんな卑劣な真似をする奴らなのれす! まさに薄汚いクソニンゲンの極致と言うべきうんこな所業!」
レンはカメラに向かってそう言って、右手を握りしめ頭上に掲げた。
配信のコメント欄では、
『マジか許せねえ運営(義憤)』
『集団レイプ』
『レンたん脱いで』
などと盛り上がっている。
一方ヒーロー達の一部は、丘の上でカメラを持っている奇妙な生き物が気になっていた。
「さてさて、生配信を見ている皆たん」
レンはますます笑顔になり、
「急なんれすけど、今この瞬間を持って『レンのせくちーヒーローチャンネル』を終了させていたらきますのれす」
と、リスナーたちに突然の別れを告げた。
コメント欄には、
『え何言ってんの』
『嘘でしょ笑笑』
『やだ~~』
『最後にひとりエッチ見せて』
といった惜しむ書き込みが溢れる。
「動画は低評価で良いれす。チャンネル登録もちなくて良いれす。そーゆーことれ下賤なクソニンゲンの皆たん、今まれご視聴ありがとうございまちたのれす。てめーらマジクソキモかったれす。バイバイ」
ライブ配信終了。
木綿さんは「やれやれ」と言ってカメラをベンチに置き、風に漂う布キレのようにレンの傍へと近づいた。
レンは、今にも襲いかからんとするヒーロー達を見渡しながら、隣の木綿さんに言う。
「これで、スターダスト・バトルの運営がレンに敵意を向けた、って言い訳が立つようになったのれす。んれもってヒーローやヴィラン達は、運営の
「そうじゃねレン。でもせっかくあの動画チャンネルで儲かってたのに、こんなアッサリやめて良いんか?」
「良いのれす。あれ以上クソニンゲンに媚びを売るクソな真似は
レンは腕を抱き肩をすくめ、心底嫌そうな表情になる。
木綿さんは溜息をつき、その薄い体が波打った。
「それにレンよ。本当にあのヒーロー達を全滅させれば、お前の願いが叶うんかい?」
「分からないのれす。赤鬼の姐さんは『そんな旨い話あるわけない』って言ってまちたけろも。れも、試ちてみても損はないのれす。駄目らったとちてもニンゲンのお肉がたくさん手に入って、皆のお土産になるのれす。それにカラテガールは多分『別件』なのれ、安全れす」
レンは両手の先をこすり合わせた。
急激に爪が伸び、日光に照らされ怪しく光る。
「そーちて、もち本当に願いが叶えば、ニンゲンから妖怪の土地を奪い
突如、レンの体から煙がもうもうと上がり、瞬く間に別の姿へと変化した。
金のたてがみ、巨大な爪、牙。
いわゆるオスライオン。しかも発達の良い特大サイズ。
ヒーロー達は身構えるが、目の前の童女が急に獅子へと変貌した事自体には驚いていない。
大型肉食獣の姿で、レンは人の言葉を喋った。
「ヒーローの皆たん。レンの能力を知ってますれすか?」
「先刻承知だ。お前は動物に化けるヒーローだろう」
「そうれも有り、そうれも無いのれす!」
次の瞬間、レンは更に巨大な動物へ変身した。
四足歩行で、全身を固いうろこに覆われている。額には人間よりも大きなツノが二本。半分に割ったパラボラアンテナのように広がっている後頭部。
これは俗に言う、トリケラトプス。
一歩足踏みすると、轟音と共に地面が揺れた。ヒーロー達が冷や汗を流す。
「な、何がそうでも無いんだ。現にライオンや恐竜へと姿を変えているだろう」
「化けるのは『星の力』ってインチキ後付けクソ超能力ではなく、レンが生まれつき持っている力なのれすよ!」
「……どういう意味だ?」
眉を潜めるヒーロー達。
レンは深く息を吸い込む。
「それにこれも、レンが最初から持ってる力!」
そう叫んだトリケラトプス・レンの口から、突風が吹き荒れる。
「うわあっ!?」
「ぎゃあああああ!」
風は渦を巻き竜巻となり、一部のヒーロー達を宙へと浮かせた。
上空で渦からこぼれ落ちた者が、地面に叩きつけられる。
「ありきたりれすけろ、これも!」
レンの口から、火球が吐き出された。
逃げ惑うヒーロー達のコスチュームに火が付き、悲鳴が上がる。
「お次はそうれすね、大地震を起こちてみますのれす」
「や、やめろ!」
「じゃあやめますれす」
大地震は、レンがなんとなく言ってみた嘘である。
彼女の『素の能力』は、変化の術のみ。
風や火にも化けられるので、実質多数の能力を持っているのだが。
「馬鹿な……
そんな老人ヒーローの言葉を聞き、レンは再び童女の姿へ変化し、首を何度も縦に振った。
「そうなのれす、一個らけ! レンが貰った『星の力』も一個らけ! それは……これなのれす!」
レンはパチリと左目をウインクした。
すると……
『きらり~ん☆』
と、どこからともなく可愛らしい効果音が鳴った。
「……なんだ?」
「ウインクすると変な音がなる力なのれす!」
「……はあ?」
胸を張り説明するレンと、首を傾げるヒーロー達。
その後ろでは他のヒーロー達が竜巻や炎から逃げ回っているので、余計にシュールな光景となった。
「意味分かんらい能力れしょう! レンも意味が分かりまちぇん! れも、『星の力』とやらに選ばれた事それ自体が重要なのれすよ! 願いが叶うらしいれすから!」
そう言ってニカリと笑う童女。
「おいレン、あんまり遊んでないで、早く終わられてくれんか」
と、木綿さんが眠そうな声で口を挟んだ。
「ああそうれちた。さあさあヒーローの皆たん!」
レンが指をパチリと鳴らすと、風と炎がぴたりと止んだ。
竜巻に巻き込まれていたヒーローは、地面に落下し骨が砕ける。
「
そしてレンは、トリケラトプスよりも更に巨大な『
それから一分も経たずして、ヒーロー同盟は壊滅した。
「やあこれは人間の肉が大量じゃね。皆喜ぶぞ」
木綿さんはヒーローの千切れた腕を一つ掴み、口に放り入れた。薄い体が、食した肉の分だけぽっこりと膨らむ。
大狸のレンもヒーローの
「レンはこのお土産を持って、早く帰りたいのれす。ヒーローごっこもやっと今日でおちまい!
「その前に、その姿じゃ目立つぞレン。人間に化けんさい」
「了解なのれす!」
きらり~ん☆
と、効果音が鳴り響いた。
◇
とある豪邸。
建物を警察機動隊が囲み、「大人しく投降しろチョコレートガール!」と拡声器で説得している。
が、リビングのソファでくつろいでいる褐色肌のビキニ水着少女――当のチョコレートガールは警察を完全無視し、右耳ピアスから流れる情報を聞いていた。
「ウソみたいなのー! 急に残り人数が十七になったの……あっ、もう十六、十五!」
一体何が起きているのだろうか。
スターダスト・バトル公式の動画を観て確認したいが、
「チョコちゃんもスマホ欲しいの! の! 脱獄したばかりで、買う余裕が無かったの~!」
という事情で、観る手段が無い。
この邸宅主のパソコンやタブレットやスマホは、全てロックが掛かっていた。
ちなみのその主や家族、使用人達は、チョコレートを
「あっそうだナイスアイデア思いついたの! ねえねえキミ、スマホ貸して欲しいの! 貸してくれるの? ありがとなの」
チョコレートガールはそう独り言を口にしながら、自身のファンであった男性の手からスマホを奪い取った。
ファン
一人目のスマホもロックが掛かっている。
二人目のはチョコレートが機器内部に侵入し、壊れていた。
そして三人目のはロックも無いし動作も正常。これでやっと公式サイトにアクセス出来る。
彼らファンは、憧れのヴィランが強盗する現場について行き、各々好きに写真や動画を撮っていた。
そして「カメラのシャッター音が、なんかイラってしたの」という理由でチョコレート漬けになり、人生の幕が下りたのであった。
つまりこの豪華な家屋内にいる生きた人間は、チョコレートガールただ一人。
「さあ見るのー。検索検索なのー。ええっと……スターなんだっけ?」
「スターダスト・バトルでしょ?」
「ああそれなの。サンキューなの……って、んー?」
自分以外誰もいないはずの部屋で、急に声をかけられた。
チョコレートガールは後ろを振り向く。
「お望み通り来てあげたわよ。ブス」
そこに立っていたのは、バトルに参加しているどのヒーローよりも、有名なヒーローだった。
フルフェイスのヒーローマスクに、豊満なスタイルを強調するような黒いライダースーツ。ファスナーラインのピンク色が可愛さアピールのポイント。
その姿を見て、チョコレートガールは歓喜の声を上げる。
「わあ、やっと会えたのカラテガール! チョコちゃんが、内臓ぜ~んぶチョココーティングしてあげるの! のー!」
「うっさいブース! ブスブスブース!」
カラテガールもといキルシュリーパーこと
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