65話 『弟は傷付く』

 お前をメスにしてやるよ!


 と言われた訳ではないが。

 ほぼほぼ同じような台詞を同級生から言われてしまった、高校生のテルミ。


輝実てるみさまが女子になるのかー。確かにー女の子みたいな顔だけどー」

「そ、そうでしょうか……」


 鈴にまで言われてしまい、テルミの心は少し傷付いた。

 落ち込んでいるテルミの後ろから、鈴が芹沢に向かって問いかける。


「なんでー、輝実さまを女の子にしたいのー? いやーなんとなく理由は分かるけどさー」

「それは僕の愛だよセンパイ。愛を貫く……それは白銀のベールに包まれた光を晒し闇を照らす」

「もっと簡単に言ってー」

「テルミくんに惚れたからだ」

「あー、やっぱりそっち系かー」


 得心する鈴。

 一方テルミはなんと反応すれば良いのか分からず、ただ汗を流した。

 芹沢は話を続ける。


「初めて廊下で出会った時……一目惚れだったんだ。話しかけ、お茶を飲むという名目でいかがわしい所に連れていこうとした」

「いかがわしい所……」


 その表現を聞き、テルミは悪寒で背筋を震わせる。

 思い起こすと初対面時、芹沢はテルミを女子だと勘違いし食事に誘ってきていた。


「だが――最初はジャージ姿で気付かなかったが――テルミくんは男だった。僕の勘違いだったんだ!」

「確かにー。私も初めて輝実さまを見た時は体操服でー、桜さまの弟じゃなくて妹だと思ってたー」

「そ、そうでしょうか……はぁ……」


 再度傷付くテルミ。

 これ以上は少年の精神衛生上よろしくない。が、芹沢はまだまだ話を続ける。


「テルミくんに惚れてしまった……でも僕はホモではない。男を好きになったわけじゃないんだ」

「男を好きになったんでしょー?」

「いや違う、あくまでもテルミくんを好きになったんだ。ならば……」

「ならばー?」


 芹沢は、勢いよくテルミを指差した。


「『星の力』でテルミくんを女子にしてしまえば、全て解決だろう」

「解決しません……っ!」


 ここでテルミは、やっとツッコミを入れることが出来たのであった。


「いいですか。話を聞いてください芹沢くん」

「ほほう、話とはなんだ」


 テルミは芹沢と目を合わせ、対峙する。

 その後ろに立つ鈴は、自分とテルミの周囲に縦細長い筒状のバリアを張り巡らせ、芹沢が侵入出来ないようにした。そして不安気にテルミの服の裾を掴む。


「人が誰を好きになろうが、それは……」


 何故か突然、テルミの脳裏に姉の顔が浮かんだ。

 テルミは軽く目をつぶり、考えを仕切り直す。


「……それは自由だし、とても大事だと思います。たとえ誰を好きになろうとも、です」


 テルミのその言葉を聞き、鈴は裾を掴む手に力を入れた。

 一方、芹沢も深く頷く。


「そうだろう。愛は崇高な観念だ」

「しかし芹沢くんのように、それを相手に押し付けるのは、褒められたものではありませんよ」

「押し付けだって? 僕がか?」


 芹沢は自分の顔を指差し、不本意な表情になった。


「そうじゃないだろうテルミくん。僕のこの想いは」

「押し付けだよー……」


 鈴が口を開いた。

 テルミが振り向いて見ると、鈴の手がかすかに震えている。


「なんだとセンパイ。女には分からないだろう、この僕の」

「分かるよー。私も……私は……私の知り合いにも、ノーマルじゃない『好き』を心に抱いちゃった子がいてさー……」


 鈴は大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出した。


「でもその子は、相手の迷惑になりたくないからって……胸に秘めた想いを伝えないまま、恋を終わらせようとしてるんだー」 

「馬鹿だろそれは。そのような不健康な考え方は間違っているぞ。何故言わないんだ、鬱になってしまうだろ」

「……うん、そうかもねー」


 鈴の震えが大きくなった。

 テルミは鈴の手を握り、落ち着かせようとする。

 鈴は強く握り返し、「えへへー、ごめんねー輝実さまー」と言って小さく笑った。


 テルミは微笑み返し、その後再び芹沢を見る。


「……僕もそのの子の考えが、ベストなのかどうかは分かりません。本当は伝えるべきなのかもしれない……でも、彼女が相手を思いやって、考え抜いて、ようやく出した結論なのです。ベストでは無いとしても、間違っているとは絶対に言わせません」

「輝実さまー……」


 鈴が俯いた。

 涙が一滴だけ、地面に落ちる。


「『気持ちを伝えるな』と言っているのではありませんよ。ただ一方的にはならず、相手の気持ちも考える。それは異性の付き合いでも同性の付き合いでも同じ、大切な事です」

「なるほど。所々二人の共通認識前提な部分があり、話に置いて行かれた感はあったが……なんとなく理解した。感動した。さすがテルミくんは優しいな」


 芹沢はそう言って、


「でも、その話と僕が気持ちを押し付けている云々は、何の関係があるんだ? 僕のは押し付けじゃないって言っているだろ。だって、テルミくんも女になった方が幸せじゃないか」


 と、大真面目な顔で首を傾げた。

 彼は、自分の考えに全く疑問を持っていないのである。


「それが押し付けなんですよ」

「押し付けじゃないってば! ああそうだ、一度体で僕の愛を感じてくれれば分かる!」


 芹沢は急に大声で叫び、二人に襲い掛かった。

 しかし鈴が出したバリアにぶつかり、拳が届かない。金属音だけが周囲に響く。


「邪魔だこの壁。センパイ、これ消せ!」

「わー、本性現したねー」


 芹沢は鉄化した腕で、バリアを絶え間無く殴りだした。

 鈴は目を閉じ、バリアを長引かせようと集中する。

 だがそんな鈴に、テルミは小さく耳打ちした。


蕪名かぶな先輩。僕が合図を出しますので……」


 そう言った後に、テルミは芹沢の姿を観察する。

 体が無駄に前のめり、腕が大振り、足が閉じている。

 これでは、殴ろうとしている対象が急に無くなった場合……


「今です」

「はーい」


 テルミの掛け声に応じ、鈴が突然バリアを消した。


「うあっ!?」


 テルミの考え通り、芹沢はバランスを崩し前に倒れかける。


「すみません芹沢くん」


 テルミは芹沢の後ろ首を掴み、足を引っ掛けた。

 芹沢はうつ伏せの恰好で、音を立て地面に激突する。


 アスファルトにひびが入った。

 しかし芹沢の体には傷一つ無い。咄嗟に身体の前面を鉄化したのだ。

 一応テルミは顔面から衝突しないようにしたが、その配慮は必要無かったらしい。


 しかし鉄人間だろうが、関節は普通の人間と同じ。

 テルミは芹沢の上に乗り、腕を固めて動けなくした。


「ぐぬっ……まさかそんなコンビネーションプレイで、僕を出し抜くとは……!」


 芹沢は地べたから、悔しそうに声を絞り出す。


「お、女と仲良くして……息ピッタリで……テルミくんは、そいつのカノジョなのか!?」

「私がカノジョじゃなくてー、輝実さまがカノジョなんだー?」


 芹沢の台詞に、テルミも流石にうんざりし始める。


「いい加減にしてください。僕は男です」

「もうすぐ女になるだろ!」

「なりません」

「なるんだよ!」


 このような状況になっても、まったく話が通じない。

 平和的に説得するのは中々難しそうだ。とテルミが考えていると、


「……だが確かに、僕もセンパイも防御系の能力。基本的に僕の戦い方はカウンター戦法なのに、これではラチがあかないようだ」


 芹沢がそう呟き、全身に力を入れた。

 身体中が白く輝く。

 手足が鉄骨のように真っ直ぐ伸び、大の字になった。

 テルミの関節技が、無理矢理引っぺがされる。


「……っ!?」


 テルミは反動で数メートル吹き飛ばされた。受け身を取るが、左足を強く打ってしまう。


「輝実さまー!」


 鈴が慌てて近づき、輝実を抱え起こした。

 その隙に芹沢は立ち上がり、早々に逃げ出す。


「また会おうテルミくん、そしてセンパイ。テルミくんは女の喜びを知る準備、そしてセンパイは葬式の準備をしておくことだな!」

「ま……待ちなさい、芹沢く……うっ」


 テルミは追おうとしたが、足の痛みで転びそうになり、鈴に支えられる。

 そうこうしている内に、芹沢の姿は完全に見えなくなった。




 ◇




「……あんな啖呵を切ったが……相性が悪いようだし、センパイは放置だな」


 テルミ達が追いかけてこないと確認した芹沢は、走る速度を緩め、独り言を口にした。

 蕪名鈴については、他のヒーローや悪役ヴィランに任せるのが吉だと考えたのだ。


 とある雑居ビルに入り、ロッカーに預けておいた『フルメタルキルアーミー號骸ごうがい』のコスチュームに着替える。


 先程はこの発信機付きコスチュームを着ていなかったので、撮影部隊は来なかった。

 あの戦いを知っているのは、当事者三人だけ。

 リベンジせずとも、スターダスト・バトルのファン達は誰も文句は言わないだろう。


星屑英雄スターダスト・ヒーローズはまだ三十人以上いるって、さっき電話でオッサンが言ってたしな。センパイはその中の誰かと潰し合って……」


 芹沢はコスチュームの腕プロテクターに付いている、小さい長方形の液晶画面を見た。

 そこには、残りの人工超能力者の数が表示されるのであるが……


「え!?」


 芹沢は、口をぽかんと開けた。


「残り……五人!?」

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