20話 『姉は強いヒーロー』

「強キ、者! 強キ者は、ドコダ!」


 全長三十メートルを越える魔神は、鉄片と砂鉄で出来た声帯を震わせ叫ぶ。

 そしてヒーロー・キルシュリーパーこと桜は、脚力のみで高く飛び跳ね、上空三十メートルで体を捻り、



「あたしが、その強き者よ!」



 右回し蹴りにより、魔神のあごを強く蹴った。


 その顎部分は外国産の高級車だった。ぺしゃんこに潰れ、液体が漏れだす。

 そして魔神は衝撃で後ろに吹き飛び、公園横の野球場内に、仰向けになりながら倒れた。

 瓦礫や砂埃が舞い、公園と球場を分けていたフェンスがめきめきと倒れる。


 野球場内は既に人が避難し終えていたので、桜は狙って魔神を蹴り入れたのだ。

 ただ、球場備え付けのトイレ小屋は、運悪く魔神左手の下敷きになり大破してしまった。


「姉さん……あまりやり過ぎないように……」


 テルミが小さく呟いた。

 余談だが、壊れたトイレはテルミが柊木ひいらぎいずなとの散歩中に、ハンカチを洗うために立ち寄った場所だ。


 そのテルミの隣で、コウは一言も喋らずにカラテガールの勇姿に見入っていた。



 少し離れた場所から、野次馬達の声援と撮影音が聞こえる。


「うおおお! カラテガール!」

「キャー! カラテガール様ー!」

「あの磁力怪獣テツノドン(勝手に名付けた)を倒してくれー!」

「いいぞカラテガール! おっぱい見せて!」


 桜はそれに応えるように、頬に手を添え、身をくねらせてポーズを取りながらも、


「キルシュリーパーっつってんでしょ! いい加減覚えなさいよ愚民ども!」


 と文句を言った。


 今日のキルシュリーパーのコスチュームはナース服だ。

 それも本職ナースは絶対に着ないであろう、真っ黒なミニスカナース。

 ボタン留め部分にピンク色のラインを走らせているのが、可愛さアピールのワンポイント。

 そして胸元を大きく開けている。


 ちなみに顔はいつもの金属製マスクだ。


 そんな首から下がセクシーなヒーローは、魔神を追って野球場に入った。


「強キ、者……! オ前、強イナ!」

「そーよ。あたしはこの宇宙で一番強いヒーローなの」


 その桜の言葉を、莉羅りらは翻訳しテレパシーで魔神へ送った。


「闘ウ! 闘ウゾ! コノ広イ砂場ナラ、誰モ巻キ込マズニ闘エルダロウ!」


 砂場とは、この野球場の事。

 そして魔神は、「生き物を殺さない」という莉羅との約束を律儀に守るようだ。


「あら、あんた見かけによらず義理堅いのね。そう言えば閃光のなんちゃらにかけてた幻術も、ダイムって子が考えた手法そのまんまだったし、元のご主人に義理を通してたのかしら?」


 それは単に「あの幻術をやり慣れていたから」という理由なのだが、桜は魔神の事が少しだけ気に入った。



 魔神が立ち上がった。

 周囲に電気火花が弾けている。


「グオオオオオオオオオ!」


 巨大な右腕を上げ、地面にいる桜に振り下ろす。

 それに対し桜は逃げる事もせずに、


「やあーん。急に始めちゃうのね、せっかちな魔神」


 そのまま棒立ちで、全て受け止めた。


「姉さん!?」


 遠くで見守っているテルミは、桜の身を案じ叫んだ。

 だがその叫びは、魔神の声にかき消された。



「オ、オオオオオオ! 強キ! 強キ者!」



 魔神は歓喜している。

 自分が勝利したからでは無い。

 自分がいるから、喜んだのだ。


 桜を攻撃したはずの右腕が、逆に崩壊してしまった。

 鉄が熱され、溶け、磁力を保てなくなっている。

 ボロボロと崩れ出す右腕。


 真っ赤に溶けた超高温の鉄だまりの中で、桜は無傷のまま不敵に笑っている。


「鉄は熱くなりすぎると磁力を帯びないのよ。キュリー夫人じゃない方のキュリーさんが名付けた現象で……って異星人マジンに言っても分かんないか」


 桜は肉体強化で衝撃に耐え、火能力パイロキネシスにより鉄を熱したのだ。

 磁力を無くすには、ドロドロに溶けるまで鉄温度を上げる必要は無いのだが、そこは「そっちの方が絵的にカッコイイ」と思ったからである。


 魔神は自ら右手を切り離し、温度が体中に伝達する事を阻止した。

 そして楽しそうに喉を鳴らす。


「強イ! オ前ハ強イ! 今、理解シタ! 俺ハ、オ前ト闘ウ為ニ、悠久ノ昔、ダイムカラ生マレタノダ!」

「あらまあ。あたしも随分気に入られちゃったものね。ふふふっ」

「グガアアアアアアア!」


 魔神の巨大な口が光を発し始めた。

 そして右手だけでなく、残りの四肢も崩壊を始める。

 巨人の形を維持するための電力を切り、全て口に集めているようだ。


 それは、魔神の全身全霊の雷撃。


「良いわ、あんたの得意な電気で決めてあげる。うりゃりゃりゃりゃあああー!」


 桜は両手を前に突き出した。

 その手が光る。目が眩むような閃光。

 そして辺りに鳴り響く轟音。


 魔神の雷撃と、桜の雷撃がぶつかり合った。



 そこから先は、強い光のせいで、テルミ達の目には何も見えなかった。

 ただテルミには、魔神の声が聞こえた気がした。




「アリガトウ……」




 そしてチャカ子ちゃん人形は炭になり、粉々に砕けた。




 ◇




「そっかー! ちびっこにも謎の勇者パワーが宿ってるんだな!」


 コウは莉羅を高い高いし、朗らかに笑っている。


「勇者じゃない、もん……離せ、ジャージ女……」

「いいじゃないか! 将来の義姉だぞ俺は!」

「違うもん……うざ、い……」


 じたばたと暴れたので、コウは仕方なく莉羅を地面に降ろした。

 莉羅はすかさずテルミの後ろに隠れる。



 魔神が消えた後、莉羅は桜の魔力を借り、車やガードレールなどの壊れた鉄製品達を元に戻した。

 それらは野球場内に綺麗に整列してある。

 トイレもきちんと直した。


 桜は報道陣や野次馬の前で、


「怪獣退治は私にお任せ! 壊れた車とかもスーパーパワーで即日修理! いつもニコニコ&セクシー! 子供の味方、キルシュリーパーです! キルシュリーパーです! カラテガールじゃなくてキルシュリーパーなんだからね!」


 と言って、空高くに消えた。




「ところでコウさん。幻術が解けたばかりですが、気分が悪いとか、どこか痛いとか、何か不調はありますか?」


 テルミはそう言って、バッグからお薬ポーチを取り出した。

 この男子高校生は、頭痛薬や絆創膏などを常に持ち歩いているのである。


「いや! 気分は最高にいいぞ! 色々と凄い経験をさせて貰ったカンジだ!」


 コウは胸を張って叫んだ。


「カラテガールを見て分かったんだ! 悔しいが、俺は勇者やヒーローなんてうつわじゃないってな! 電気の力も、カラテガールに比べたら静電気みたいなモンだし!」


 コウの右手から、小さな電気花火が発生した。

 テルミは安心したように笑い、お薬ポーチをバッグにしまった。


「ところでちびっこ! 俺の電気の力も徐々に消えていくって話だが、いつ消えるんだ!? 教えてくれ!」


 その問いに対し莉羅は、テルミの腕にしがみ付きながら答える。


「さあ……個人差がある……明日か……一週間後か……一年後か……十年後か……」

「おい! アヤフヤだな!」

「少なくとも、強くなることは無いので……脳への、影響は……無い」


 それを聞きコウは胸を撫で下ろした。

 脳云々という話が、一番気になっていた部分なのだ。


「そっか! じゃあ安心だな! だってさテルミ!」

「はい。良かったですねコウさん」


 そしてコウはテルミに抱き付く。

 莉羅は「はぁー……まったく……めすぶたはこれだから……」と愚痴りながら、コウを兄から引き離した。

 その後コウは、「次はちゃんとデートしような!」と叫び、ワンピースをなびかせながら去って行った。




 ◇




「莉羅、質問しても良いですか?」

「うん……なーに、にーちゃん……」


 兄妹二人での帰り道。

 テルミは莉羅に、気になっていた事を聞いてみた。


「どうして莉羅は、あの雷の力……『魔神』の願いを叶えてあげようと思ったのですか?」

「……うん、それは、ね……」


 兄の質問に、莉羅はゆっくりと答える。


「魔神さんの力には、意識があった……そして、ライアクも……」


 ライアクとは、莉羅の前世『超魔王ライアク』の事である。


「……本質は、全く異なるけど……二つの概念は、ちょっと似てる」


 死後、肉体と魂は消滅する。

 それとは別に、強い『力』だけは世界に残る。


 今回の魔神は『力』に意識があり、その意識ごと世界に残ったケース。

 そしてライアクは、その魂自体が強い『力』であったため、特別に魂が世界に残ったケース。



「魔神さんも、ライアクのように…………ダイムの死後、ずっと、一人で……世界を、彷徨ってたから……」



 魔神もライアクも、意識を保ったまま次元を超え、宇宙を越え、遥かな時間を孤独に過ごしていたのだ。

 チャカ子ちゃん人形や莉羅という、新たな宿主を見つけるまで。



 似たような境遇だったので同情したのか。

 いや、そんな単純な気持ちでは無い。

 ただ莉羅は、魔神の力になってあげたいと思った。

 それだけだ。



 莉羅はテルミの手を握った。妹の白く細い指が、兄の指と絡む。

 そして莉羅は空を見上げた。

 そんな妹の手を、テルミは強く握り返す。


「莉羅はもう一人じゃありませんよ。僕や姉さん、それに父さんや母さん、お爺さん達もいますから」

「……うん……そ、だね。くふふ」


 莉羅の手に力が入った。

 二人は手を繋いだまま、仲良く並んで歩く。




「あ、そうだにーちゃん……ちなみに、余談……偶然の、話なんだけど……」


 莉羅が呟いて、テルミの顔を見上げた。

 テルミは「余談とは?」と相槌を打ち、話を促す。


「地球人に似た人達が住んでて……ゲームのモンスターみたいなのも生息してて……キリストとは関係ないのに教会に十字架があって……大気構成も重力も違うのに、地球人が問題無く活動出来る、絶妙な環境で……現地人には冷たいのに、異星人には特別な力をあげちゃうような、気まぐれな神様がいて……机はあっても、椅子が無くて……靴下があるのに、履かなくて……火も塩もあるのに、生肉を食べるのが、スタンダードな文化……」


 莉羅が今述べたのは、テルミがコウに言った『異世界に対する違和感』だ。

 つまりは幻覚におかされたコウが自身の趣味趣向で勝手に作った、架空世界の話なのだが……



「そういう星は、実際に……あるよ」



 テルミは思わず目を丸く開き、莉羅の顔をまじまじと見た。


「ジャージ女が、見たのは、幻覚だけど……偶然、似たような星も……あるの」

「……世界は広いのですね」

「うん……広い、んだ……よ」


 そして莉羅はニヤリと笑い、「早く帰ろ……」と兄の腕を引っ張った。

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