19話 『妹と魔神さん』

「冥夢神官ダイム……魔神の力……護身術……?」


 コウが放心した様子で呟いた。


 目の前に現れた少女から「異世界に行ったことは幻覚だ」と言われた。

 そして突然、頭の中に映像が浮かんだ。


 別の星。別の宇宙。

 ダイムという少年。その少年の幻術。そして魔神。


 急に突き付けられた事実。普通ならただ混乱する所なのだろう。

 だが、伝聞ではなく脳内に直接送られた情報。

 混乱する間も無く、一瞬で理解する事が出来た。


「俺の力は、全部嘘だったのか……!?」

「あなたにかけられた幻術は……催眠術などでは無く、電気で直接脳を操作する……危険なもの……そして、指先から放出する電気は……副作用」


 莉羅りらは、コウとテルミが座っているベンチの前に立ち、無表情で『護身術』の補足を説明する。


「このまま放置していると、副作用がいずれ暴走し……その電気の力で、人を傷つけたり、自分が傷ついたり……する可能性も、ある……」


 先程見た記憶映像の中でも、電気のせいで火事が増えたという話が出ていた。

 それに火事だけでなく、電気によって人を感電させてしまう場合もある。


「なにより、ジャージ女……あなた自身の、脳への……負担が、大きい」

「脳!?」


 その言葉に、コウはビクリと肩を震わせた。

 隣に座っているテルミの腕を掴む。


 莉羅は「はぁー……にーちゃんから、離れろ……めすぶた……」と小さく呟いたが、ちょうど風が吹いて聞かれなかった。


「でも待ってくれちびっこ! 俺は、ちゃんと電気の力を制御してるぞ! 強めたり弱めたり出来るぞ!」

「……じゃあ、電流を固定した状態での、電圧の調整は出来る……? 自由に、狙った強さの、磁場を作れる……? 流し込んだ電気で、他人の脳を操れる……?」

「いや、やったことない! そうだ、ちょっと試して」

「無駄だよ、ジャージ女……あなたには、そこまでの力は、無い……」


 目の前にいる少女の淡々とした言葉。そして視線。

 言い知れぬ説得力があった。

 コウはうなだれる。

 試してみるまでもなく、無理であることを本能で理解した。


「さあ、ジャージ女……幻術は、解けた……」


 今のコウはジャージでは無く私服だが……

 とテルミは考えたが、本筋とは関係無いので黙っている事にした。


「電気の、力は……徐々に、消えていく……」

「い、いやだ……! 待ってくれよ! 俺はこの力で……!」


 コウは拒否するように莉羅から目を背け、テルミの腕にしがみ付き顔を埋めた。

 せっかく強くなれたのに。

 まだ、やりたい事もたくさんある。

 あのカラテガールとの戦いも、まだ……


「だって……俺は……勇者……」


「コウさんは勇者ではありません。格闘家ですよ」


 泣きそうに呟くコウの耳に、テルミが優しく囁いた。

 コウは顔を上げる。テルミと目が合った。

 母親のように、暖かい眼差し。


「小さい頃から空手を学んで、最近ジークンドーも取り入れた格闘家。根性と向上心に溢れていて、尊敬出来る方です」

「テルミ……でも、俺は……」

「電気の力なんて無くても、コウさんは強くて立派な……僕のライバルで、友達ですよ」


 その言葉を聞き、コウの顔が真っ赤に染まった。


「…………テルミぃ! そうだよな! 俺はお前のライバルで友達で妻だ!」


 コウはテルミの胸に飛び込み、背中に腕を回し抱き付いた。

 急な抱擁にテルミは「コウさんっ?」と驚き、勢いに負けベンチの上で倒れる。

 そしてコウはテルミの上に跨るようにし……


「ストップ、めすぶた……はぁー……まったく……はぁー……敵が、多い……」


 莉羅が必死にコウを兄から引き離した。

 どうにか二人を元の位置に戻し、不機嫌そうな顔で話を再開する。


「ジャージ女は、さっきのカウンセリングで、真実に気付いた……『護身術』の治療は、終わり……電気の力も、徐々に消えていく……はず」

「そうか……わかったよちびっこ! ありがとう! ……ところで、ちびっこは誰だったっけ。なんでそんな事知ってんだ!」

「その話は、後でするから……とにかく、後はフェーズスリー……」


 そう言って莉羅は、右手に持っている『ちゃかちゃかチャカ子ちゃん人形』を見つめた。

 このチャカ子ちゃんは、ダイムの後継者。

 つまりは『護身術』である電気の力を引き継いだ者……いや、物だ。


 一方テルミは、妹の言葉を聞き首を傾げた。

 事前に聞いていたコウの治療方法は、フェーズツーまでの二段構成だった。

 つまりもう終了のはず。


「莉羅。フェーズスリーとは一体?」

「……このチャカ子ちゃんを……壊さないと、いけない……限定生産の、レア物で……ネットで、一万二千円だけど……」


 そう言ってチャカ子ちゃんを見つめる妹の目が、テルミには何故か少し悲しそうに見えた。

 限定品だから勿体無い。という安易な悲しみでは無く、何か思う所があるようだ。


 そして莉羅は突如お人形ごっこをするように、チャカ子ちゃんに向かって独り言を始めた。


「……うん。おお……そうだね。わかってる……約束は、守るよ……あー。わかるー……うん……まじ、かー……」

「り、莉羅……? どうしたのですか?」


 妹の奇行を心配そうに見つめるテルミ。

 莉羅はそんな兄に、


「ううん……えっとね……りら、ワガママ言っても……良い?」


 と尋ねた。


「ワガママですか……? 莉羅が正しいと思う行動であるのならば、僕はいくらでも聞きますよ」

「わーい……にーちゃん、好きー」

「えっ!? このちびっこ、テルミの妹だったのか!」

「じゃあねー……二人とも、この丸の中に入って……」


 莉羅は足の先を使い、大きな円を地面に描いた。

 テルミとコウはとりあえず指示に従う。


「それで、ねー……えっと、ね……」


 莉羅は相変わらずの無表情で言った。




「魔神さんを、復活、させてあげる……ねー」




 そして突然、チャカ子ちゃん人形が莉羅の手から離れ、宙高く浮いた。




 雷鳴が轟く。

 閃光が駆け回る。


 周囲の砂がチャカ子ちゃんに集まる。

 砂だけでなく、落ちている釘やネジ、スチール缶なども混じっている。


「お。おおお!? どうした! 何が起こってるんだテルミ! ちびっこ!」


 コウが驚愕の声を上げた。

 直後、さっきまで座っていたベンチが崩れた。

 木のパーツが割れ、中から構成部品であったネジやプレートが飛び出す。

 テルミは莉羅とコウを庇うように抱きしめた。


 しかし莉羅が描いた円は安全地帯になっているようだ。

 砂も釘も鉄塊も、全て三人を避けるように飛んでいく。


 それに気付いたテルミは、一応二人を抱きしめながらも、冷静にチャカ子ちゃん人形を観察してみた。

 釘、ネジ、それに標識やガードレール……車までも吸い寄せられ始めた。

 金属……となると最初に引き寄せていた砂は、砂鉄だろうか。


「……磁石? チャカ子ちゃんが、強力な磁石になってしまったのでしょうか?」

「ううん……惜しい……磁石になったんじゃなくて、磁場を自由に操れるように……なったの……」


 テルミの問いに、莉羅が答える。


「それも……チャカ子ちゃんが、というか……『護身術』の力自身が……だね」

「力自身?」

「あの、珍しい電気の力は……『力』自体に意思がある……ダイムが『魔神』と呼んで、恐れていた……意思」


 テルミは、先程見たダイム生前の映像を思い出す。

 そう言えばダイムは途中、まるで変身でもしたかのように人格が変わっていた。


「あの『電気の力』は、ダイムの死後……次は自由に動く、自分の体が欲しい、と考えて……魂の無い体を、探した……力と波長の合う、無機質の体。何千億年も彷徨って、ようやく見つけた……それでも、ギリギリ、無理矢理だけど……なんとか一体化出来るボディが、チャカ子ちゃん……一体化した直後に、ジャージ女に踏まれたけど……」


 莉羅は『チャカ子ちゃんであった物』を見上げた。

 集まった鉄が人型を成し、三十メートルを超える巨人となっている。


「わあああなんだよあれ怪獣!?」

「おい写真写真!」

「こえー! こえー!」


 多くの市民達は逃げ出した。

 しかし勇気があるのか馬鹿なのか、野次馬根性のある市民は逆に公園に集まって来た。



「ウ、ゴ……ウグギゴァ……○×ィ●●ゥ○◇×ラ×△V×ィィィ……」



 魔神が唸っている。砂鉄で声帯に近い部位を作り震わせ、声を出しているのだ。

 だが言語が違うため、言葉の意味は分からない。


 そんな魔神の様子を見ながら、莉羅が説明を続ける。


「でも、魔神さんには誤算が一つあった……チャカ子ちゃんのソフトビニールな体では、能力にリミッターが掛かってしまったの……軽い電撃や、脳操作が限界……」

「しかし莉羅、魔神は現に今ああやって巨大な姿に……」



「りらが、リミッターを、解いてあげた……の」



 その言葉に、テルミとコウは絶句した。


「……リミッターは、チャカ子ちゃんの脆い体に対して……魔神さん自身が、安全のため、無意識にかけていた……それを、りらが解放してあげた……」

「な! おい! なんでだよちびっこ! ヤベーって!」

「莉羅どうしてそのような事を……」



「……強キ、者! 俺ハ、強キ者ト! 闘イタイ!」



 二人の質問を遮るように、鉄くずの巨人が叫んだ。

 実際はダイムが住んでいた星の言語なのだが、莉羅が日本語に翻訳し、テルミ達に同時通訳のテレパシーを送っているのだ。


「……魔神さんは……悠久の時を彷徨いながら……ずっと自由と夢を追い求めていた……りらは、それを叶えてあげたかったの……」


 次に莉羅はコウを見上げた。


「このジャージ女を、助けたのは……にーちゃんに頼まれた、ついで……りらは最初から、魔神さんを、助けるつもりだったんだ……もん」

「莉羅……」


 いつも無表情な妹の目に、珍しく信念の火が灯っている。

 テルミはこんな状況の最中さなかだが、少し嬉しい気持ちになった。


「でもちびっこ! それであんな怪物暴れさせてどうすんだよ!」

「……壊れた物は、りらがすぐに直せる……それに、人間や動物を殺さないように……約束、した」


 巨大な怪物の登場で、警官や報道陣、それに新たな野次馬達も駆けつけ始めている。

 そして所持している金属製の物が、尽く吸われ続けている。


 しかしそれでも人間や、空を飛ぶ鳥、野次馬の中に入っているペットの犬など、生物は一体たりとも巻き込まれていないのだ。


「強キ者ハ、ドコダ! 出テコイ!」


 魔神から発生していた広範囲の磁場が消えた。

 どうやらもう鉄は充分集まったようだ。

 集めた鉄で体の形を整えるため、次は狭い範囲で磁場を発生させている。


「リミッターを、解除したせいで……魔神さんは、チャカ子ちゃん人形と共に、このまま消えていく……チャカ子ちゃんという、無理な体を選んだせいで……こんどは、宇宙を彷徨うことも無く……完全に、消滅する」


 莉羅がそう呟いた。


 そして巨大な魔神の形は、より人間に近づいた。

 ただしその腕から背中にかけて、羽が生えているようなシルエット。


「魔神さんが、望んでいるものは、一つだけ……」



「誰カ、俺ト闘ッテクレ!」



 魔神の叫び。


 恐ろしい魔神。

 だがその叫びは、悲痛に溢れているように聞こえた。


 テルミは魔神を見上げ、考える。


 闘う相手が欲しいと言っている。

 あんなモンスターと喧嘩出来るような、強大な力を持つ者。


 それは……




 テルミが考える隣で、コウは叫んだ。


「わ、分かった! 俺が相手になる!」


 そう言って指先から全力で電撃を放った。

 が、魔神は何も感じない。振り向きもしない。

 そもそもコウの電撃は、魔神の力の一部。相手になりようが無い。


 コウは地面に膝をつき、絶望した。


「やっぱり駄目か……俺は……!」



「しゃんとしなさい! 閃光のなんちゃら!」



 その声は空から聞こえてきた。

 テルミ達の前に、砂埃を立てながら降り立つ。


 そのアメコミチックな仮面越しに、まずはテルミと莉羅を見て無事を確認。

 次にコウ、そして最後に野次馬達の方を見る。



「もー皆お馬鹿さんなの!? こういう時は警察とか報道とかより、真っ先にあたしを呼びなさいよ! この最強ヒーロー、キルシュリーパーを!」

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