17話 『姉VS閃光のなんちゃら』

 腰に手を当てふんぞり返っている、自称『閃光のライジングドラゴン』。

 その少女に対し、桜扮するキルシュリーパーは面白そうにゆっくりと近づいて行く。


「ま、待てカラテガール! それに閃光のライジングドラゴンとやらも」


 殺し屋グロリオサは慌てて霧の体で宙を移動し、二人の間に割り込んだ。


「カラテガールは私の獲物だ。急に横入りして来た奴に渡すわけには……」

「おお! お前もネットの動画で見たぞ! 弱くて変な忍者だ!」


 話を最後まで聞かず、ライジングドラゴンは大声を出してグロリオサを指差した。

 弱くて変な、という単語に「ううっ……」と唸る女殺し屋。


「弱くない。忍者でもない。話を聞きなさい私が」

「『この姿を見た者は生かして返さない!』とか言って霧に変身してたけど、その姿をネットで全世界配信された忍者だよな!」

「うぐぅ……う、うるさいうるさい!」


 つい涙目になってしまう殺し屋忍者。

 しかし、めげずに会話を続ける。


「と、とにかく君は帰る事だな」

「よし分かった!」


 意外と素直に頷いたライジングドラゴン。

 話が通じたようで、グロリオサはほっとする。


「分かってくれたか」

「ああ! 忍者とも戦おう!」

「分かってないではないか!」


 やっぱり話は通じていなかった。

 霧の足で地団駄を踏むグロリオサ。

 その姿に対し、ライジングドラゴンの差しっぱなしの指先が、一瞬ばちりと光る。


「……あら?」


 桜はその光を見逃さず、このカンフー服の新ヒーローに少し興味を持った。

 とりあえずグロリオサと戦わせてみて、様子を伺うのも良いかもしれない。


 ……と、思った矢先に。



「ひゃあああっ!?」



 グロリオサの霧化した体が、勢いよく燃え上がった。

 ライジングドラゴンの指先から雷撃の白い線が走り、微小な粉塵状であるグロリオサの霧に引火したのだ。


「な、なんだよお! これじゃ私、噛ませ犬じゃないかあ!」


 グロリオサは半泣きで叫びながら、一旦退散する事にした。

 そして桜は、


「事実カマセよね。あーちょっと忍者、次こそは上司連れて来なさいよー!」


 と言って殺し屋を見送った後、改めてライジングドラゴンの姿を見る。


「ふーん……あんた、電気出せるの?」

「おお、そうだぞ! 凄いだろ!」

「まあ一般的には凄いわね。面白人間としてサーカスで食べていけそう」


 桜はけらけらと笑って、


「なるほどね。忍者や柊木ひいらぎちゃんに続く、新手ってわけだ」


 と呟いた。


「ねえ、閃光の……ええと、名前なんだっけ?」

「俺は閃光のランニング! いやライジング……ああもう忘れた! さっき適当に作った名前だからな!」


 こうして『閃光のライジングドラゴン』という名前は、以後使われなくなった。


「そうなの。じゃあ閃光のなんちゃらちゃん。さっき忍者に出した電気、全力じゃなかったでしょ?」

「おお! そうだぞ! よく分かったな!」


 桜はキルシュリーパーのマスクの下で、ニヤリと口角を上げた。


「あたしはヒーローだから絶対に死なないからさ。思いっきり電気流してみなさいよ」


 そして桜は一瞬で間合いを詰め、手を伸ばせば届く位置に近づいた。

 その移動する姿は『閃光のなんちゃら』にはまったく見えず、「お前速いな!」と驚愕する。


「でも思いっきりやっていいのか! それは助かる! 一度この世界でも、全力の電気を出してみたかったんだ!」

「このぃ? 何よそれ」


 バレバレであるので述べてしまうが、『閃光のなんちゃら』の正体はテルミの同級生、伊吹こうである。

 彼女は格闘家としての喜びをテルミとの試合で満たしたが、その際、格闘とは無関係である電撃攻撃は手加減していた。

 それとは別に、勇者としての力を試してみたいがために、キルシュリーパーに勝負を挑んだのだ。


「いきなりやるぞ! 俺の全力!」


 轟音と共に、コウの指先が辺りを照らした。

 そしてこれまでとは比べ物にならない巨大な電撃が桜を襲う。

 人間どころか象でさえも一撃で殺し、焦がしてしまう程の威力。



 ……が、桜は、


「ふうん……まあ、こんなもんか……」


 と残念そうに呟き、何も抵抗せずに直撃を受けた。


 そして雷音のこだまが静まる。

 桜は何事も無かったかのように、その場に立っていた。

 コウは目を丸くする。


「お……おおお!? 凄いなお前! 何ともないのか!」

「まあね。あんたの力もボチボチ凄いんじゃない? ちなみにあたしも電気出せるんだけどさあ……」


 その時、急に音楽が鳴り響き、桜の言葉を遮った。

 映画『ドラゴンへの道』のメインテーマ。

 携帯電話の着信音らしい。


 コウは「すまん!」と手を挙げて、桜に背を向け駆け出した。

 数メートル先に置いていた学生カバンに手を突っ込み、スマホを取り出す。

 すっかり存在を忘れていたが、なんとか雷の影響を受けずに済んでいたようだ。


「ちょっと待っててくれ! 電話だ!」

「はあ? あんたねえ、ヒーロー活動時は携帯の電源をお切りください。ってのがマナーよ」


 桜は腕を組みつつ「仕方ないわねえ」と言って、待ってあげることにする。

 他人の電話を聞く趣味は無いが、「はい! もしもし!」と大声過ぎるコウの会話が、嫌でも聞こえてくる。


「おお、テルミ! なんだどうした! おやすみ前の愛してるぜコールか!?」

「…………てるみ?」


 捨て置けない単語が飛び出してきた。

 桜は聞き耳を立てる。


「何! 一緒に!? そうかデートだな! デートじゃない!? いやデートだこれは! 分かった野球場横の公園だな! じゃあ次の土曜日、つまりは明日だな! 朝十時!」


 何だかよく分からないが、桜は不吉な予感がした。

 もしやと思うが……いや、しかし……


 と思案する桜に、電話を終えたコウが、右手を突き出しながら呼びかけた。


「すまん待たせたなカラテガール! テルミからデートの誘いがあってな!」

「……あんた。そのテルミってのは、どこのテルミ君よ? 何歳? どこ住み? どんな関係?」


 その問いに、コウは少し顔を赤く染め、元気よく答える。


真奥まおくテルミ! 高一だ! 俺の学校の同級生で、俺の将来の夫なんだ!」



「………………殺す」



 桜の頭の中で何かが切れた。

 冷酷な目つきに変わり、「この女をどうやって残虐に痛めつけてやろうか?」と思考を巡らせる。

 その異様な殺気を感じ、コウは「おわ!?」と言って、間合いを取るため後ずさりした。


「ねーちゃん……アドレナリンが、急に増加した……ようだけど……どうしたの?」


 心配した莉羅りらが、テレパシーで繋がって来た。

 桜は妹の言葉により、多少我に返る。


「あら莉羅ちゃん、ちょうど良かったわ。私の目の前にいるカンフー女の事、莉羅ちゃんは知ってる?」


 莉羅は千里眼を使い確認した。

 黒いカンフー服の女。

 大きな風邪マスクで顔を隠しているが、これはくだんの異世界帰り勇者だ。


「知ってる……よ……にーちゃんに、近づく……敵、だー」

「テルちゃんとデートするとか言ってるんだけど?」

「うん……にーちゃんが、今……デートの、お誘いした……」

「じゃあ殺しても良いわよね? 今回は蘇生無しよ」


 そんな姉の過激発言を、莉羅は渋々と言った感じに諫める。


「りら的には、良いけど……でも、それやると……にーちゃんに、バレるよ……怒られる」

「うぐぐぐぐぐ……別にそれでも良いわよ!」


 桜が目を見開いた。


 鳥やネズミなど、周辺にいた小動物たちが一斉に逃げ出す。

 地面やビルに亀裂が入る。

 今日はまだ見物人達が現れていないのは幸いだった。


「おおっ!? な、なんだこれ!?」


 基本的にお気楽な性格のコウでさえも、桜の殺気に圧され足がガクガクと震えた。


「待ってねーちゃん……デートには、理由が……ある……」


 莉羅が、桜を落ち着かせるように言う。


「理由?」

「うん……好きになったとかじゃ、なくて……仕方なく、遊びに誘った……だけ……仕方なく……ほんと、仕方なく……義理で」


 莉羅は『仕方なく』の部分を強調した。


「にーちゃんは、あんなのには、惚れない……もん」

「ふーん……」


 妹の説得の甲斐があり、桜は一応落ち着いた。


「……まあそれもそうね。テルちゃんは、あたしの事を好きなんだし」


 殺気が収まった。

 莉羅は一応安心しつつも、


「……にーちゃんは、りらを……大好きなんだもん」


 と、小さく呟いた。

 そして桜は一旦冷静になろうと、コウの顔を見る。


「急にどうしたんだカラテガール!」


 なんだかムカツク顔に見えて来た。

 だいたいなんでコイツは風邪マスクなんてしてるんだ。

 ヒーローとして顔を隠すにしても、中途半端すぎる。

 なんでこんな奴が、何かしらの事情があるにしても、弟と二人でデートなんて……


 桜は空を見上げ、



「やっぱりムカツクー! うああああああああああん!」



 憂さ晴らしとして、三日月に咆哮した。


「おおっ!? どうしたんだカラテガ……」


 その台詞の途中、コウは桜の気にあてられ、白目を剥いて気絶してしまった。


 大地が揺れ、周囲のビルが崩壊する。

 そして……




 とある天文台にて、こんな会話が交わされた。


「所長! 大変です、月があ!」

「どうしたのだね」

「な、なななな何でえ!?」

「月が! 月があ!」

「だから、何が起こったのだね!?」


「月が、どんどん小さくなってます!」


 大騒ぎになっていた。

 世界中にある研究機関、そして一般人達の間でも、似たような騒動が起こる。




 桜の魔力で月の軌道が変わってしまい、地球から離れて行っているのだ。

 地球の重力にも影響が出て、空や海が大荒れする。



「うーんちょっとはスッキリしたけど……あーらら」


 桜は月の異変を見て、さすがに「やりすぎたかな?」と反省する。


「莉羅ちゃん、お月様って治せる? ついでにビルとかも」

「うん……ねーちゃんの魔力、貸して……あと、コーラ買って来て……」



 そしてコーラと引き換えに、無事月は元に戻った。

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