18話 『弟の勇者セラピー』

「待たせたなテルミ!」


 伊吹こうが、手を振りながら走り寄って来た。


「いえ、待ってませんよ。時間ぴったりですので」


 公園のベンチに腰掛けていたテルミは、立ち上がりコウを迎えようとし……


「あはははは! どーん!」

「っ!?」


 コウにタックルされた。

 なんとか正面から抱き止め、転倒は免れた。


 コウはいつものジャージ姿ではなく、ノースリーブのワンピースにカーディガンを羽織り、ブーツを履いている。

 意外な姿にテルミは少し驚き、コウもその視線に気付いた。


「デートするって言ったら、家族から無理矢理おめかしされたんだ! ……ど、どうだろう?」

「とても似合ってますよ」

「そ、そうか! ははははは! そうか!」




「……ねーちゃん……やっぱり、あの女……やっつけていいよ……」

「あら。ホントにっちゃうわよあたし」


 莉羅りらと桜が不機嫌そうに話した。

 二人は、少し離れたベンチから様子を伺っている。




「今朝テレビで言ってたけど、昨日は月が変だったんだってな! 俺は外で寝てたけど気付かなかった!」

「外でって……風邪引きますよコウさん」

「俺は丈夫だから平気なんだ!」


 昨晩のお月様家出、及びその影響により地球が軽く滅びかけた事件。

 世界中で騒ぎになったが、気付いたらいつの間にか元に戻っていた。

 とりあえず今は、「世界規模の集団ヒステリー幻覚」なんて無理矢理な理由を付けられている。


「で、今日はこれからどうするんだ! 公園のトイレで抱き合うのか!?」

「いえ。高校生がそんな不純な事をしてはいけません。今日はコウさんから異世界のお話をもっと聞きたくて、お呼びしたのです」


 テルミは再びベンチに腰掛ける。

 コウも「そうか! 俺の事に興味があるんだな!」と言って、テルミの隣に座った。


「色々質問しても良いでしょうか?」

「ああどんどん聞いてくれ! 結婚相手に隠し事は駄目だからな!」


 テルミは莉羅から、『コウへの質問事項』の大まかな順序を聞いている。

 まずは、根本的部分の確認。


「コウさんが倒したという、敵の大将の名前は何でしたっけ?」

「おお! ヤツの名前は冒険中に何度も聞いたから、嫌でも覚えているぞ! 『冥夢神官ダイム』だ! なんか悪のマジンとかなんとかを復活させようと企んでた! とにかく悪いヤツだ!」

「そうですか。冥夢神官……」


 テルミは得心したように頷いた。

 その名前は、妹から聞いていたものと同じだ。



 次の質問。

 ファンタジーゲーム風の世界に転移したと言うのなら、


「ここは……地味に、ボロが、出やすい……気がする……」


 と莉羅が言っていたポイント。


「異世界には、教会や神社のような宗教施設はありましたか?」

「おお……? うん、あったぞ! ステンドグラスで綺麗な教会だった! 十字架を壁に掲げていたな!」


 莉羅の言った通りだった。

 コウは『十字架』という単語を口にした。


「十字架ですか。でもそれはおかしいですね」

「おかしいか! なんでだ!?」

「十字架というものはキリスト教のシンボル。イエス・キリストがはりつけにされていた、拷問器具に由来しています」

「おお! 歴史の先生もそんな事を言ってた気がするな!」


 コウは意外と授業をきちんと聞くタイプのようだ。


「十字もしくはT字という形には、四肢を固定するというデザインの必然性があります。なので異世界でも、はりつけ器具として登場するのなら分かりますが……キリストと無縁なはずの異世界で、何故教会に十字架を掲げているのでしょうか? 異世界でも似たような宗教事件があった?」

「おお! 偶然あったんだろうな!」


 そう元気良く言った後に、


「……偶然、だよな……? うん…………あれ?」


 なんだか、おかしい気もしてきた。

 コウの不安そうな顔を見て、テルミは安心させるように優しく笑う。

 あまり急激に精神を揺さぶってはならない。


「まあ、偶然あったとしてもおかしくは無いですよ。宗教の開祖が迫害により磔にされる。どんな世界だろうと充分あり得る事です」

「あ、ああ、うん……だよな……?」


 テルミはそう言うが、コウは何か腑に落ちない。

 その後もテルミは、コウが語る異世界についての小さな矛盾を指摘し続けた。



 人も物も、地球に比べ非常に貧弱な世界だったらしい。

 つまりは大気の構成や重力等が地球とは別物という事。 

 そんな環境に置かれ、コウの体がなんともなかったのは何故か?



 女神から貰った雷の力。

 それさえあれば、あの世界では無敵だったらしい。

 そんな力があれば、貧弱な現地人でも充分にモンスター退治出来るだろう。

 何故、わざわざ異世界人に力を渡したのか?

 部外者を投入する事で、余計なトラブルが発生する可能性も高いのに。



 コウは神様の手違いで死んだらしい。なので生き返らせて貰い、異世界に転移した。

 何故、『ただ生き返らせるだけ』では駄目だったのか?

 何故、わざわざ異世界に?

 生き返る事は自然に反するため、同じ世界では暮らせない……という理屈も考えられる。

 が、コウは元の世界に帰って来て、今こうして暮らしている。なのでその理屈は合わない。



 いずれも「偶然そんな世界」「女神の加護があるから平気」「神様の気まぐれ」など、理由を付けられない事も無い。

 テルミはその事についてもきちんと言及した。


 そもそも「異世界転移した」という不思議体験に比べれば、どうって事も無い小さな疑問。

 ただ、小さな疑問が重なる事で……一つの大きな疑問に、辿り付く。


「コウさんは……」


 テルミは言いづらそうな顔をしたが、意を決して次の台詞を口にする。




「本当に、異世界に行ったのですか?」




 その言葉に、コウは目を見開く。


「何を言っているんだテルミ! 俺は本当に異世界に行っ……行……あれ?」


 何故か言葉が続かなくなった。

 軽い頭痛がする。


「そ、そうだその証拠に電気も!」


 コウの指先で、電気火花がバチリと弾ける。

 だが、何か……これは証拠にはならないような気もする。

 まだ実際には見ていないが、カラテガールも電気を出せると言っていたし……



 何かを思い出しそうな……いや、思い出すのとは違う。

 むしろ逆だ。

 な記憶が、頭の中にあるような気がする。




「フェーズワン……完了……」


 二人の様子を見守っていた莉羅が、ぽつりと呟いた。


 莉羅の言うフェーズワン。

 それは、『信頼がおける相手に冒険の記憶を語り続け、自分の中の矛盾に気付く』事。

 矛盾に気付く事で、真実を受け入れる心の準備が出来上がる。


 信頼がおける相手役には、コウが惚れていて、かつ事情も分かっているテルミが適任だった。

 本来ならゆっくりと数ヶ月掛けるカウンセリング治療だが、莉羅の催眠術でコウの思考を誘導し、数分に短縮した。


「次……フェーズツー……」


 莉羅はベンチから立ち上がり、テルミ達の元へ歩き出した。

 桜は座ったままで微笑を浮かべ、妹の背中を見送る。



 フェーズツー。

 それは、真実を語る事。



 莉羅が、テルミとコウの前で立ち止まった。


「自分の好きな、シチュエーションで……『魔物の親玉を倒した』……という、幻覚を見る……」

「……!? な、なんだよ急に! 誰だちびっこ!」


 突然語り掛けてきた小学生に、コウは驚いた。

 テルミは口を出さず傍観する。

 莉羅は、ちびっこ呼ばわりに若干不愉快になりながらも、説明を続けた。


「その、好きなシチュエーションとは……洞窟での決戦だったり……大空での空戦だったり……住処すみかへのテロ行為だったり……ギャンブルで負かしたり……ディベートで論破したり……人によって、バラバラだけど……一貫しているのは、『冥夢神官ダイム』と呼ばれる『魔物の親玉』と……戦い、打ち負かす事……」


 莉羅は、コウの目をじっと見つめる。


「あなたの場合は、住んでいる惑星に……冥夢神官ダイムが、いないので……異世界に転移して、戦う……という幻覚を、見るはめになった……の」

「っ!? げ、幻覚って何だよ!」

「脳の電気信号を、直接操作する……幻覚。術にかかった者は、その『後遺症』として……幻覚操作用の電力を、ちょっとだけ、放電出来る……体質に、なる……」


 莉羅はコウの顔を指差した。

 コウはビクリと怯む。


 急に現れた子供。

 その言葉に何故だか聞き入ってしまう。

 それは莉羅の催眠術のせいなのだが、今感じている矛盾を解決してくれそうな、妙な期待を感じるせいでもある。


 莉羅はポケットから一つのキーホルダーを取り出した。

 猫耳を生やし、ピンクのドレスを着ている女の子をかたどった、小さな人形キーホルダー。


「……それは何だ!?」

「深夜特撮の……ネコ耳魔法妖怪クッキング少女アイドル……ちゃかちゃかチャカ子ちゃん、のグッズ……だよ」


 コウが異世界転移したという場所で、テルミが拾った人形だ。


「この人形には、ある『力』が宿っていたの……」


 世に出回っているチャカ子ちゃん人形全てにでは無く、あくまでも莉羅の手にある一つだけの話。

 この人形個体を、『力』が新たな宿主として選んでいたのだ。


「それは、遥か昔……別の宇宙に存在した、強大な力」

「別の宇宙!? う……さ、さっきから何が言いたいんだちびっこ!」

「あなたは、この人形を、偶然踏みつけた事で……その『力』によって、反撃された……」

「力? 反撃? その力ってのは……お、教えてくれちびっこ!」


 莉羅はこくりと頷き、元凶となった者の名前を述べる。

 それは先程も言及した、『魔物の親玉』。


「……あなたの症状は、まさに……冥夢神官ダイムの、『護身術』を……かけられている……」

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