16話 『妹の長い溜息と姉と新ヒーローもしくは新ヴィラン』
「で、あいつら馬鹿なんだ! 『肉は味が薄いけど貴重なタンパクシツだから、嫌々でも食わないといけない」っつって気持ち悪そうに生肉食ってたんだよ! 俺が『焼いて塩付ければ良いだろ!』って言ってやったら、それを試して『旨い旨いさすが勇者サマ!』ってさ!」
コウはテルミに異世界の様子を語っている。
「火をおこせて、たんぱく質の知識や塩の生成技術もあって、先程の話では菓子料理まである世界なのに……肉を料理するという概念が無かったのですか? それも特に宗教的理由なども無く?」
そしてテルミは、その不可解な文化に困惑している。
「なんだか、歪過ぎる気がしますが……」
「他にも、机はあるのに椅子が無かったり! ジャムはあるのにパンに塗らず直食いだけだったり! 靴下はあるのに履かないせいで靴ズレ起こしたり!」
「そうですか……それは難儀な世界だったのですね」
「だったのだ!」
テルミが相槌を打つたび、コウは満足そうに微笑んで胸を張る。
周りで見物していた生徒達は、喧嘩も終わったという事で既に散り始めている。
話は異世界の文化面に逸れていたが、その後本題に戻り、コウは勇者としての冒険を全て語った。
「という事なんだテルミ! 分かったか!」
「はい、ありがとうございます。大まかな事情は分かりました。コウさんが見事その世界を救ったのですね」
「そうだ! 俺偉いだろ! 褒めろよ!」
「そうですね。偉いです。凄いですね」
「はははははは!」
コウはふんぞり返って、顔を上気させた。
「よし! じゃあそういう事で、俺の連絡先教えておくからな! スマホ出せ!」
何が「じゃあそういう事」なのかは分からなかったが、テルミは言われた通りにスマホを取り出し、コウと連絡先を交換した。
「ではテルミ! 明日も戦おう! 明後日も! そして勝ってデートの約束を取り付けてやるからな! 待ってろよおーッ!」
コウは叫びながら走り去って行った。
しばらくすると、その場に残っているのはテルミ一人だけになった。
テルミは、テレパシーで繋がっている
「莉羅。異世界に転移するだなんて、そんな事があり得るのですか?」
「……異世界転移……可能性は、三つ……ある……よ」
自宅自室で座っている莉羅が、ゆっくりと質問に答えた。
「ケースいち……別宇宙に、転移」
莉羅は指を一本立てる。
「……これは、出来ない事もないけど……生身で成功したのは……数多の宇宙の中でも、一人だけ」
その話は、テルミも以前莉羅から聞いた事がある。
莉羅の前世、超魔王ライアクを『虚空の賢者』と呼んでいた、天才科学者の事だろう。
「ケースにぃー……同一宇宙内の別惑星に、転移」
莉羅が二本目の指を立てた。
「……これは、テレポートの方法さえ、知ってれば……ねーちゃんの一億分の一程度のエネルギーで、楽勝……」
「という事は、コウさんの身にその『ケース二』が起きたという事でしょうか?」
「ううん……それは無い……」
莉羅は、立てていた二本の指を折り曲げた。
「……ケースいちも、ケースにぃーも、おそらく違う……そんな大きな力を使ったら、莫大なエネルギーの残骸を、確認出来るハズ……だけど、そんなの何も感じない……」
桜の一億分の一で『大きな力』と言うのなら、桜自身のエネルギーはどれだけ強大なのだ。
とテルミは思ったが、それを言うと話がややこしくなるので黙っていた。
「では、次のケース三が本命と言う事ですか」
「うん……その、ケースさん、が…………あっ」
そこで莉羅は、何かに気付いたように小さな声を上げた。
「にーちゃん……あのジャージ女が、最初に立ってた場所……見て」
「コウさんが立っていた場所ですか?」
その場所とはつまり、コウが突然雷に撃たれ異世界転移した場所だ。
よく見るとピンク色の人形が落ちていた。
コウに踏まれていたのか、土に半分埋まっている。
テルミはそれを拾おうとしたが、
「あっ、だめ……素手で、触っちゃだめー……ハンカチとか、使って……割れ物を扱うくらい、丁寧に」
と莉羅に注意され、「何故ですか?」と疑問を呟きながら、言われた通りハンカチを使っておそるおそると摘み上げた。
それは、親指に満たぬ小さなサイズの人形キーホルダーだった。
アニメか漫画のキャラクターだろうか。
頭から猫耳を生やし、ピンクのフリフリしたドレスを着ている、可愛いらしい女の子。
「これは……もしかして異世界の?」
「ううん、地球産だよ……ネコ耳魔法妖怪クッキング少女アイドル……ちゃかちゃかチャカ子ちゃん……の、グッズ……だー。わーい」
どうやら子供向け番組のキャラクターらしい。
「深夜に、やってる……おおきな、おともだちに、人気の……特撮……」
訂正。青年向け番組のキャラクターらしい。
「このキーホルダーがどうしたんですか?」
「うん……それはね…………はぁー」
莉羅は急に、心底嫌そうな溜息を吐いた。
「……にーちゃんは、あのジャージ女……助けたい?」
「助ける、という事はやはりコウさんに危険が迫っているのですね」
「うーん、微妙……別に、死ぬことは無い……と、思うけど……」
何となく歯切れが悪い。
「とにかく危険であるのならば、当然助けたいですよ。大切な友人です」
「……あの女に、後遺症が残るような、助け方と……あの女が、無傷で済む、助け方と……どっちで……?」
「後遺症?」
テルミはその言葉に少し驚いた。
異世界で勇者をやっていたという不可思議な状況はともかくとして、現状は目に見えた危機が迫っているとも思えないのだが。
後遺症が残る程、事態は緊迫しているのだろうか?
とにかく、コウに傷が残るような事は避けるべきだ。
「それは勿論、無傷で済む方です」
「…………はぁー……」
再び大きな溜息。
莉羅は、仕方なさそうに口を開いた。
「……にーちゃんには……やっぱり、あのジャージ女と……デート、して貰う事に、なるかも…………あー……やだやだー」
◇
その夜。
桜はいつものようにヒーロー活動に
コスチュームは前回に引き続き、ロングチャイナドレスだ。
出動前、弟が妹の部屋に入っていく所が見えて、ちょっと気になったが……
まあ帰宅後、自分も混ざって三人で遊びつつ、弟にじっくりセクハラする事にしよう。
それよりも今の問題は、この目の前にいる女。
一人でのこのことやってきた、忍者風の恰好をした殺し屋だ。
「忍者。なんでまたあんたが来るのよ」
「う、うるさい! 今日こそ覚悟しろカラテガール!」
そう言って殺し屋グロリオサは、ふよふよと宙に浮く。
今日も最初から毒霧化した状態でやって来ていた。
「いや覚悟とかどうでもいいからさ。私が言った事、ちゃんと上に伝えたの?」
桜は先日、「お前は弱いから、上司を連れて来い」とグロリオサに命令したのだ。
しかしグロリオサとしては、それを上司に伝えるのは、イコール自分の力量不足を認めてしまう事になるため……
「……とにかく覚悟しろ!」
「伝えていないのね?」
「…………覚悟しろ!」
伝えていないのだった。
「あーあ、あんた仕事で分からない事があっても、報告・連絡・相談の
「うぐぅ……」
「もっと頑張りなさいよ忍者」
「……ッ!?」
もっと頑張れ、という一言。
殺し屋稼業をやっている親族達から、散々聞かされている言葉だ。
というか、ここに来る直前にも言われた。
それを敵の口からも言われてしまい、グロリオサは地味にショックを受けたのだった。
首を垂れてうなだれる。
「わ、私だって……」
グロリオサは自分自身の頭の上に、右手をポンと置いた。
と言っても、霧化しているのですり抜けるのだが。
とにかくポーズとしては、右手を頭の上に置いた。
そして、布に覆われている顔の中で唯一露出している目が、何か良い事を思い出しているかのように潤んだ。
「私だって、頑張っているんだ!」
グロリオサの霧の体が一部分離し、緑色のクナイ三本となって桜に放たれた。
桜はそれを人差し指一本で次々打ち返す。当然無傷。
クナイは地面に落ち、霧になった。
「何よ忍者。攻撃しながらも、妙にカワイコぶった目をしちゃって……ははーん、『とっても頑張ってるね。偉い偉いでちゅよ~』とか、恋人に頭ナデナデして貰っちゃったのかなー?」
「うにゃあ!? ちっちちちち違っあの子は恋人とかじゃ無……あっいや……くぅっ!」
グロリオサは動揺し、頭をぶんぶん振り回した。
桜のペースに乗せられ、遊ばれている。
「まー、貧乳忍者の恋愛事情とかどうでも良いんだけどさあ」
「貧乳じゃない! お前のそういう発言と、それにその淫らな服装が青少年に良くない影響をだな……」
そんなグロリオサのお小言は、当然無視される。
「とにかく今日はもう帰りなさいよ忍者。そして次こそ上司を連れてくるのよ? 分かった?」
「う、ううっうるさい。帰ったりなどしない。今日こそ、私がお前を倒……」
「おお! お前が噂のカラテガールか! ネットで見た通り、本当にここら辺にいた!」
グロリオサの台詞が、突如大声にかき消された。
桜とグロリオサは声の方を振り向く。
そこには、黒いカンフー服を着て、大きな風邪マスクで一応顔を半分隠している、女の子が立っていた。
「……誰よあんた? 巻き込まれて死んでも、あたし責任取らないわよ?」
と、ヒーローらしからぬ言葉を吐くキルシュリーパー。
「君。ここは危険だから、見学するならもっと遠くに離れるんだ」
と、
見物人が来る事自体は、もう諦めて容認している。
そんな二人に対しカンフー姿の女子は、背筋を伸ばし腰に手を当て、堂々とした態度を見せた。
「俺もヒーローをやってみようと思ってな! とりあえずカラテガールと戦いに来た!」
という唐突な言葉に、桜は「はぁ?」と率直に返す。
「なんでヒーローやるのにあたしと戦うのよ。ヒーロー同士戦っても意味ないでしょ」
「おおそうか! じゃあヒーローじゃなくてあれだ! 悪人でもいいや!」
「主体性無いわねーあんた」
「カラテガールと戦いたいだけだからな!」
その言葉を聞き、桜は「へー?」と呟きながら、謎のカンフー女に向かってゆっくりと歩き出した。
一方、殺し屋グロリオサは「私はどうすればいいの?」といった目で困っている。
とりあえず、カンフー女に呼びかけてみる事にした。
「きゅ、急に現れてなんだ君……貴様は! こういう時は、まず名乗りたまえ」
そんなグロリオサの言葉に、カンフー女は胸を張り「はーっはっはっは」と笑った。
「俺の名前は伊吹……じゃなかった! えっと、ライジンノ……? ライジング? あっライジングドラゴンでいいや! 閃光のライジングドラゴンだ! 以後よろしくな!」
まるで今考えたような雰囲気であったが、ともかく新ヒーローなのか新
「あ、それはそうと、あたしの名前はカラテガールじゃなくてキルシュリーパーよ。覚えておきなさい新入り」
「そうか、わかった! カラテガール!」
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