15話 『弟と勇者の電気』

 晴れているのに突然落ちた雷。

 そして落雷現場での、突然の告白。

 部活動の片付けをしていた生徒達が、野次馬として集まる。


「さあ俺と結婚しろ! テルミ!」


 告白しているのは、ショートボブを更にショートにしたような髪型で、一人称俺のジャージ女子。

 何の部活にも入っていないのに放課後毎日走り回っている事で、一部に有名な生徒だ。


「急に結婚と言われましても……落ち着いてくださいコウさん。僕はまだ十五歳です」


 告白されているのは、細身でなんだか女性的な雰囲気を持つ男子。

 よく分からないけど放課後毎日掃除し回っている事で、一部に有名な生徒だ。


「俺は十六……いや一年戻ったから……俺も十五歳だぞ! 今年で十六だ!」

「日本では十五歳は結婚出来ないのですよ」

「何、そうか! そう言えば中学生の時に授業で聞いた気がするな!」


 なんだか頭が痛くなる会話だ。あまりロマンチックでは無い。

 これは本当に愛の告白なのだろうか?

 野次馬達は疑問に思い始めた。


「では婚約というヤツだな!」

「いえ、それは……」


 テルミは言葉選びに慎重になる。


 コウとは今日友人になったばかり。急に婚約なんて出来ない。

 しかし、周りで多くの生徒達が注目している。

 下手に断ったら変な噂になり、コウを深く傷付けるかもしれない。


 それとはあまり関係ないが、さっきから頭の中に、


「婚約、ダメー……にーちゃん、惑わされちゃ、ダメー……」


 と、莉羅りらがテレパシーを送り続けているため、気が散る。


 一方のコウは、テルミのハッキリしない態度を見て、


「あっ! もしかして、お前も俺を男だと勘違いしていたのか!?」


 と叫んだ。

 ついさっきまでいた異世界では、ずっと男だと思われ続けていた。

 目の前の同級生もそう思って、困惑しているのかもしれない。と考えたのだ。


 そのコウの言葉を聞き、テルミは何か悪い誤解を与えてしまったようだと思い、慌てて否定する。


「いいえ、それはありません。魅力的な女性だと思いますよ」


 言動は乱暴だし化粧っ気も無いが、その姿はどう見ても女性。

 膨らむべきところは膨らんでいるし、細い所は細い。

 異世界では女神の胸当てで無理矢理に体形を誤魔化していたが、ジャージ姿では男と間違えようが無いのだ。


「そ、そうか魅力的か! 初めて言われた!」


 相変わらず声は大きいままだが、コウは少し顔を赤らめ、はにかんだ。

 そしてテルミの頭の中に、


「むー……にーちゃん、だめー……」


 と不機嫌そうな莉羅の声がテレパシーで届く。

 だがそれに対応する暇は無い。

 目の前にいるコウは、大声で話し続けている。


「では魅力的な俺と婚約しろ!」


 そんなコウの大声に、周りで見ている生徒達から


「おおー」

「やるね!」

「付き合っちゃえよ」


 と歓声が上がった。


 テルミは困り果てる。

 のんびり言葉を選んでいる場合では無いかもしれない。

 このままだと押し切られてしまいそうだ。


「すみませんコウさん。その……ええと、お友達から始めるというのはどうでしょうか」


 と、結局ありがちな言葉でお茶を濁す。


「俺とお前は既に友達だろう!」

「ええ。だから一旦親交を深めて、という事で……」

「親交! なるほどな! それはつまり!」


 コウはジャージの袖をまくり直し、右手を顔の前に構え、左手足を前に出した。

 両拳を軽く開き脱力しつつも、その姿は気迫にみなぎっている。


「まず戦って繋がろうってワケだな!」

「いえ、それも違いますが……」


 テルミは謎理論に困惑しながらも、コウの戦闘体勢に違和感と緊張を覚えた。

 要はブルース・リーの物真似ポーズなのだが、ついさっきまでの『なんちゃってジークンドー』とは迫力が違っている。

 まるでこの数分の間に、何度も実戦を経験したかのような佇まい。


「ここは廊下じゃないし暴れても平気だしな! よし! 俺が勝ったらデートだぞテルミ! ドラマで言ってたけど遊園地、海の見えるレストラン、眺めの良いホテル、ってルートが良いらしいぞ!」

「十五歳の財力でレストランやホテルは無理でしょう」

「そうだな! じゃあ公園の茂みの中で抱き合うってパターンか!」

「いえ、それはもっと駄目です。そもそもデートを賭けて試合だなんて、不健全……」


 テルミの言葉が終わる前に、問答無用とばかりにコウの拳が放たれた。

 空手の突きでは無く、ジークンドーの素早い連撃。

 やはり先程戦った時とは違う。撃ち慣れている。

 テルミは左手でいなしながら、一歩後ろに下がった。


「さっそく痴話ゲンカか」

「やっちゃえやっちゃえー」


 集まった生徒達から、無責任なヤジが飛ぶ。

 そのヤジを気にすることなく、コウはニヤリと微笑んだ。


「やるなテルミ! やっぱりお前との戦いは楽しい!」


 そう言って、構えを左右対称に入れ替える。


「俺はお前と戦うのが好きだ! つまりお前が好きだ! だから将来的に、お前と家庭を作らないといけないんだ! 子供は五人! 一人目は二十歳の誕生日に作ろう!」


 狂気さえ感じる理屈だが、その目は真剣そのものだ。

 テルミは、この想いに応える事は出来ないが、かと言って無下にも出来ないと感じた。

 とりあえず、一度戦いに付き合うのが礼儀だろうか。


「分かりました。結婚は無理ですが、他流試合という形でなら戦いますよ」

「おお! じゃあそのタリュー試合で頼む!」


 コウは再び気合いを入れた。

 テルミは上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくる。


「よしルール確認! 負けた方が勝った方の願いを一つ聞く、って事でどうだ! 俺が勝ったらデートだ!」

「不純なデートはいけませんが、一緒に遊びに行くくらいなら良いですよ」

「わかったじゃあそれで!」


 そしてテルミは、誰にも聞こえない小声でボソリと呟いた。


「真剣勝負です。催眠術で怯えさせたりしてはコウさんに失礼。莉羅、手出しをしないように」

「えー……わか、った……ぶーぶー」


 不満気だが、一応頷く莉羅。

 だがもし兄が負けそうになったら、容赦なくコウに催眠術を掛ける気満々であった。

 同級生女子とデートだなんてとんでもない。自分だけの兄なのに。



 そして試合が始まった。

 スポーツでは無い、格闘家としての他流試合。

 静かに間合いをはかる二人。


 周りで見物している生徒達は、二人が格闘家という事を知らずとも、その雰囲気に固唾を呑む。


 ふいにコウがテルミを指差した。

 テルミはなんとなく危険な気がして、指差し線上から逃げる。


 一瞬の閃光。火花を纏った白い線が走る。

 それとほぼ同時に、ばちりと短く鈍い音がした。


「いっでえ! 何? 何!?」 


 と、テルミの後ろから男子生徒の叫び声がした。


 コウは楽しそうに目を見開き、テルミの顔を見る。


「おお! 電気を避けるなんて凄いな! さすがテルミだ!」

「……電気?」


 コウが指先から電気光線を飛ばしたのだ。

 普通ならば信じがたい事だが、テルミの場合は姉が似たような事を出来るので、すんなりと理解できた。


 ちらりと後ろを見ると、電気に当たった男子生徒が右腕を押さえている。


「急にどうしたの?」

「いやなんか突然痛くなって、痺れてきたんだよ」

「生活習慣病じゃね? まだ十代なのに……生活改善しなよ」


 どうやら右手に電撃が当たり、その部分が痺れて麻痺しているようだ。

 護身用スタンガン並の威力だろうか。

 頭や胸に当たったら、気絶してしまう可能性がある。


「そう、電気だ! 俺は指先から電気を出せるようになったんだ! ライジンノスキルらしい! ライジングスキルだったかな! 忘れた! まあ死なない程度に加減はする!」

「……色々ツッコミ所はありますが、とりあえず今はそれだけで納得しておきます」


 姉と妹の件で、不思議な現象には慣れていた。

 大魔王に比べれば、スタンガン人間なんて可愛いものだ。

 しかしコウが特殊な能力を持っているのならば、悠長に戦っている場合では無い。

 相手は凶器持ちと同じようなものだ。


 母や姉が言っていた、『凶器を持った相手と戦う時の心得』。

 隙を突いて一撃でぶっ殺せ。


 それに祖父が付け加えた、心得の続き。

 一撃で倒すのが無理なら武器を封じろ。それが無理なら逃げろ。


「……他流試合中に逃げるのは、コウさんに失礼ですからね」


 そう呟きテルミは、軽く膝を曲げた後に勢いよく伸ばし、ジャンプする……ふりをした。

 相手の視線を誘うフェイント。

 テルミは知らないので偶然だが、異世界で『直接的な動きをするモンスター達』との実戦を多く積んだコウには、予想以上の効果が出た。

 コウの視線は、ついテルミの上に集中する。


 そしてコウは、コンマ数秒後に気付く。

 地を這うような低い姿勢でテルミが迫っていた。

 腕を伸ばし応戦しようとするが、すかさず両手を掴まれてしまった。

 五本の指を束ねるように握られる。


 そしてテルミは、コウの手を掴んだまま両手を上げた。

 テルミより少しだけ身長が低いコウは、勢いよく背を伸ばされて足が浮いた。


 万歳ポーズで対面。二人の顔が近づく。


「おあっ……!」


 コウは柄にも無く照れて、言葉も手足も出なくなった。

 そして遅れて指先から電撃が漏れる。


っ……」


 テルミの手が痺れた。力が抜け、コウの手を離してしまう。

 照れて気を抜いてしまっていたコウは着地に失敗し、バランスを崩す。

 テルミはすかさずコウの顔に掌底を入れようとして……



 またもや、寸止めをした。



「……空手の練習試合なら、これで俺の負けだな!」


 コウは、テルミの手の平を見つめながら言った。


「これは空手では無いので……今コウさんが電気攻撃を再開すれば、僕の負けになりますよ」

「それじゃあつまらん! 今日の所は俺の負けで良い!」


 コウはジャージの袖を伸ばした。

 その動作が試合終了の合図となり、ギャラリーから拍手が起きる。


「やっぱり強いなお前は!」


 素直に負けを認めてくれた。

 テルミは、ほっと息をつく。

 ルール設定などしていなかったので、寸止め後にコウから攻撃されても文句は言えない。

 そう考えつつも、つい寸止めで終わらせてしまっていたのだ。


「コウさんもこの数分で急にお強くなりましたね」

「うむ! 一年も戦いに明け暮れたからな! だがヌルイ戦いばかりだったから、マネキン相手に修行していたようなもんだ! やっぱり武術家との実戦は違うな!」


 微妙に噛み合わない会話。

 テルミは首を傾げた。


「じゃあ約束通り、何でもお前の言う事を聞く! 何をする! 一緒に風呂か!?」

「では、その電気の力をどうやって手に入れたか、教えてください」

「何! そんな事でいいのか!」


 コウは胸を張り、元気よく答えた。


「実は俺はさっきまで異世界で勇者をやっていたのだ!」

「異世界……?」


 唐突で意味の分からないコウの台詞だが、テルミはすぐに、なんとなくの事情を察した。

 異世界。

 つまりは桜、莉羅、柊木いずな達のように、別宇宙の力が関連しているのだろう。


「莉羅」


 テルミは誰にも聞こえない小さな声で、この場にはいない妹の名前を呼んだ。


「コウさんとの会話を……」

「シャット、ダウン……だね……おっけえ」


 全て聞かずとも兄の意図を理解したようだ。

 その場にいる野次馬達に催眠術がかかる。

 テルミとコウの会話が、皆には聞こえなくなった。


「異世界で勇者とは、どういう事ですか?」

「うむ! それはな!」


 コウは、先程雷が落ちた一瞬の間に起きた出来事――つまり異世界での一年間の冒険生活について、余すところ無くテルミに話した。

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