14話 『弟と異世界帰りの勇者』

 伊吹いぶきこうは、とことんマイペースな性格だった。


 人に合わせるという事が苦手だ。

 運動神経は良い方なのに、団体競技が著しく下手。

 誰かと一緒にショッピングするのも嫌い。


 とは言え、孤独も好きでは無い。

 なので誰かと繋がりを持ったままで、自分の好きな事をしたい。


 好きな事。コウにとってのそれは『戦う事』だった。

 自分と相手のぶつかり合い。

 遠慮せずに他人と繋がる事が出来る。

 そして繋がったままで、思うままに好きなだけ体を動かすのだ。


 なので空手の試合のみならず、路上での喧嘩も大好きだ。

 いや、本人は喧嘩とは思っていない。路上であろうとも、爽やかな試合だと思っている。

 相手に格闘の経験がありそうなら、とりあえず戦いをふっかけていくスタイル。


 はっきり言って、だいぶ問題児である。




 そんな問題児の頭上に、突然雷が落ちた。




 ◇




「コウよ。あなたは死にました」

「……はっ!? なに!」


 突如目の前に現れた、大きく黒い球体。

 その中から女性の声が聞こえてくる。


 周りを見渡すと、一面真っ白。

 そして自分は全裸になっていた。


「俺は学校にいたのに……なんだここは! 雪山か!」

「いえ。ここは生と死の狭間の世界。そして私は女神」

「何言ってんだ! 意味分からんぞ狂ってるのか!」


 女神と名乗る球体はコウに説明を始める。


 コウは雷に撃たれ死んだ。でもそれは神様の手違いだった。

 なので、特別に別世界に転移させてやる事にした。

 モンスター達が溢れるファンタジーな世界。

 そしてコウには特別に『雷神のスキル』を与える。簡単に言うと電気が出せる。

 雷の力で敵を薙ぎ払い、モンスターの親玉を倒せ。

 もし世界を平和に出来たのなら、なんでも願いを一つだけ叶えましょう。


「うーん! よく分からんが分かった! とりあえず戦いに溢れた世界なのだな!」

「その通りです。さあ全裸のままでは困りましょう。この服と剣と鎧を与えます」


 コウの前に、ゲームに出て来るような服と装備一式が現れた。


「剣や鎧などいらん! それより黒いカンフー服にしてくれ! 怒りの鉄拳のやつ!」

「……分かりました。ただし服の下からで良いので、胸当ては付けておいた方が安全ですよ。特にあなたの場合はね」



 そうしてコウは、カンフー服の勇者として異世界に降臨した。




 その世界のモンスター達は、いやモンスターに限らず人も物も、地球に比べて非常に貧弱であった。

 女神から貰った雷の力を使うまでも無く、未熟なコウの格闘技でさえも世界最強の武力となる。


 行く先々でモンスターを退治した。

 それだけでなく、たまに盗賊等の悪い人間も懲らしめる。


「ワンインチパンチだ! 出来るかな!? 出来た! ホワチャ!」

「うぎゃああ!」


 と、俳優のモノマネ動作をしながら思うままに戦った。

 ただの真似だけでは無く、その拳には雷が纏っている。

 コウはこの世界では負け無しだった。


 行く先々で救った女性達にモテる。


「ねえコウさま。世界が平和になったら、私と結婚してください。きゃはっ言っちゃった」

「馬鹿言ってんじゃねー! 断る!」


 コウには興味の無い話。女達の誘いを次々と却下した。

 そしてまた次の町でモンスターを倒す。




 たまにコウは地球の事を思い出す。

 家族の事、友人の事、空手の事に、ちょっとだけ勉強の事も。

 そして何故か一番思い出すのは、最後に出会った少年の事。


 あの男子同級生と戦い、そして負けた。

 負けたら悔しい。相当悔しい。胸が不安でいっぱいになる。


 ただ、勝負が決まった後に彼が見せた笑顔。

 あれは「勝って嬉しい」とか「ざまあみろ」なんかの笑顔とは違った。

 まるで褒めてくれているような笑み。

 戦いの後にあんな顔を見せた男は初めてだ。

 あの笑顔を見て、何故か悔しさが無くなった。変な奴。


 そんなモヤモヤを抱え校庭の隅を走っていると、頭上に雷が落ちて、気付いたらこの世界だった。


「……真奥まおく桜の弟……名前は確か……テルミだったな!」


 コウは仰向けに倒れ、空を眺めながら記憶を辿る。


「あいつのクッキー旨かったな!」


 この異世界の菓子は、コウの口には合わなかった。




 その後もコウはモンスターを倒し続けた。

 雷神のスキルにも慣れて来た。

 手頃な木材二つを、電気で作り出した糸状のラインで結ぶ。


「オラー!」


 と、ヌンチャクのようにして振り回す。

 これに当たった敵は打撲及び電気ショックで、いとも簡単に倒れた。


 というか、別にこんな武器を作らずとも、適当に放電するだけで倒せた。


 全く手応えの無い敵達。

 コウは正直、飽きてきた。


 戦う事は好きだったが、それは相手とのコミュニケーション手段として好きだったのだ。

 こうも一方的だったら、これはただの暴力だ。

 望んでいたものとは違う。



 テルミとの戦いを思い出す。

 別にあの同級生は、今まで戦った中で一番強いというわけではない。

 ただ、戦っていて一番楽しかった。

 そして彼の笑顔を忘れる事が、どうしても出来なかった。




 そしてコウは一年の冒険の末、ついに大ボスの元へと辿り着いた。

 古代の魔神を復活させようと企む、悪のモンスター神官だ。


「よく来たな。待っていたぞ雷神の勇者コウよ。我が名は冥夢神官……」

「うるさい! さっさと倒されろ!」

「えっちょっと待ってああああ!」


 コウは一瞬で勝負を決めた。

 そして、この手応えの無い世界に対する未練が、全て無くなった。




「本当に、元の世界に帰るのですか?」


 女神と名乗る黒い球体が、一年ぶりにコウの前に姿を見せ、そう言った。

 コウは当初の約束通り、悪の親玉を倒した事で「なんでも一つだけ願いをかなえる」権利を得た。

 その権利にて、元の世界に返して貰う事にしたのだ。


「ああ、頼む!」

「わかりました。残念ですが、それが希望と言うのなら……」


 黒い球体が光を放ち始めた。


「あなたが死んだ場所、死んだ時間に転送します。あなたは元の人生の続きを過ごす事が出来るでしょう」

「そりゃ助かる!」

「オマケです。雷神のスキルも持って行ってくださいね」


 そしてコウの視界が、ぐにゃりと歪んだ。




 ◇




 元の世界だ。校庭の片隅。

 そして元のジャージ姿。


 コウは体中を触って確かめる。

 伸びていた髪の毛が短くなっている。

 一年で少しは成長していた部分が、縮んでいる。


 雷の大きな音に、人が大勢集まって来た。

 そしてその中に、渇望していた懐かしい声が一つ。


「コウさん、大丈夫ですか?」

「おお、真奥……テルミ!」


 コウは久々に会えた友人に感激し、急いで近づきその手を握った。


「一年ぶりだな! 会いたかったぞ!」

「……一年? さっきお話をしたばかりですよね?」

「うん? ああ、そうか! そうだな! はっはっはー!」


 この世界では、一瞬の時間しか流れていないのだ。

 コウはテルミの顔をまじまじと見る。


「テルミ! 俺は、お前に会うために帰って来たんだ! お前を忘れる事が出来なかった!」

「……はぁ……あ、ありがとうございます……?」


 テルミは、何の事だか分からないと言った顔をしている。


 コウは異世界で女達に迫られるたびに、そして異世界での一方的な戦いに虚しさを感じるたびに、何故かテルミの事を思い出していた。

 そしていつしか自分の気持ちに気付いたのだ。

 テルミのクッキーの思い出と、テルミと戦った思い出が、心の支えになっていた。


 あの世界は極端な男尊女卑社会であったため、女神のアドバイスにより性別を隠していた。

 異世界の住民達とは人種が違うため、顔つきでばれる事は無かった。

 女神から貰ったキツい胸当ても、バストを隠すためのもの。


 帰って来た今、本当の自分に戻ったのだ。

 本当の気持ちを、言っても良いのだ。




「テルミ、俺と結婚してくれ! 毎日俺にクッキーを作れ!」




 ジャージ姿で異世界帰りの高生、伊吹いぶきこうがそう叫んだ。

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