11話 『姉としつこい霧忍者』

 武術、勉強、生徒会、女王様ごっこ、弟へのセクハラと多忙な桜。

 更に最近は、寝る前の少しの時間を利用して、ヒーロー活動までやっている。


 もう夜も遅いが、平日はこんな時間にしか出来ないので仕方ない。


「ヒーローは一日一時間! ただし土日はその限りでは無い!」


 というスローガンの元、楽しく無理なくヒーローをやっているのだ。



 桜はキルシュリーパーのコスチュームに着替え、町を彷徨う。

 今日も一丁、ヤクザの粛清でもしてやるかな。などと考えていると……



「カラテガール、覚悟しろ!」



 そんな掛け声と共に、四本の棒手裏剣クナイが突如襲い掛かって来た。

 キルシュリーパーは、全てのクナイを右手の指間で難無く受け止める。


「だからさあ、『覚悟しろ!』なんて掛け声出したら奇襲にならないって、いつも言ってんでしょ貧乳忍者」


 そう言って、クナイを投げ返す。

 忍者風の殺し屋は、帰って来たクナイを慌てて避けた。


「ま~た遊びに来たの忍者? あんたも暇ねえ」

「うるさい。私だって本当は他にやる事あるのに……」


 上司の命令で仕方なく来ているらしい。


 最近桜が出動すると、待ち構えていたように殺し屋グロリオサが襲って来る。

 どうやら組織的に、この辺り一帯へずっと網を張っているようだ。


 桜はこの殺し屋集団に己の正体がバレないように、ヒーロー活動後は、肉体強化の超スピードを使って帰宅している。

 普通の人間達には、忽然と消えたようにしか見えないのだ。

 おかげで殺し屋集団は、未だにキルシュリーパーの正体と実家を知らない。


「ともかくだ。今日こそ決着をつけてやる」


 殺し屋グロリオサは、そう言いながら姿を現す。

 今日は……というか最近は、最初から霧の状態で登場するようになった。霧化に時間が掛かるからだ。


娑婆しゃばと別れる準備はしているか、カラテガールめ……ん?」


 そしてグロリオサは、いつもと少し違うヒーローの姿に気付いた。


「おい貴様、なんだその恰好は。いつもと違うな」

「もー、気付くの遅いよ忍者! 今日はイメチェンしてみたの。ヒーロー映画でも毎回微妙にコスチューム変えてるでしょ?」


 頭に付けている金属製マスクは変わりないが、首から下が一新されていた。

 いつもの黒いライダースーツではなく、黒いロングチャイナドレス。

 つなぎ目のラインをピンク色にして可愛さアピールしている。


 大きな胸と細い腰が強調されるシルエット。

 そして腰下からのスリットにより、生足がちらちらと見える。


「きっ貴様。無駄に大きなバストを嫌味たらしくこれ見よがしに殊更強調するだけでは飽き足らず、ふとももまで露出するとは。青少年に悪影響が出るだろう!」

「何よ忍者。うちの弟みたいに固い事言っちゃって」

「うるさい、忍者ではない!」


 毒霧と化したグロリオサが、宙を浮き猛然と桜に襲い掛かる。

 そしていつの間にか周りに集まっていた見物人たちが、「おー」と歓声を上げつつ写真や動画を撮る。

 桜はそんな一般人達に向かって、指四本でハートマークを作った。一斉にスマホのシャッター音がする。


「余所見をするなカラテガール!」

「だから、あたしはさー……」


 桜は、左足を大きく上げた。

 チャイナドレスのスリットから、足が大きく露出する。

 シャッター音も盛況だ。


「改名してキルシュリーパーっつってんでしょ!」


 そして大振りの回し蹴り。

 突風が吹き、グロリオサは「うっきゃああ」と叫びながら吹き飛んで行った。

 このパターンで撃退するのは、実に五回目だ。

 グロリオサは一応服に重しを付けて対策していたようだが、桜の力の前では何の意味も無かった。


「さすがカラテガール!」

「もっと足見せてカラテガール!」


 ギャラリーからも歓声やヤジが上がる。

 桜は、


「キルシュリーパーなの!」


 と言い残し、超スピードで飛び立ち、地平線の彼方に消えた。




 いつもは吹き飛ばしたグロリオサを放置するのだが、今日の桜は気まぐれに追いかけてみた。


「く、くそおおカラテガールめ!」


 と悔しそうに呟きながら、成すすべなく風に運ばれているグロリオサ。

 桜は文字通り風よりも早く走り、その毒霧人間に追いついた。


「ねー忍者さー」

「忍者じゃ無……か、カラテガール!?」


 グロリオサは驚愕した。

 いつもはこれでおしまいなのに、今日は何故か敵が追いかけて来たのだ。

 ついにトドメを刺されてしまうのか。と、恐れおおのく。


 桜はキルシュリーパーのマスクから口部分だけ露出させ、すっと息を吸い込んだ。

 グロリオサが「うにゃああ」と言いながら方向転換し、桜のすぐ傍に吸い寄せられる。


「あんたさ。その霧の体を『見たものは殺す掟』とか言ってたのに、あんなに一般人に写真や動画撮られちゃって良いの?」

「う、うるさいうるさい! その事はもう耳にタコが出来る程言われている!」

「あ。やっぱり上司に怒られたんだ。それでもクビにならないって、意外とヌルい組織ね」

「はっ……う、うるさああい!」


 そんなやり取りをしている内に霧化の術が切れ、グロリオサの体は普通に戻ってしまった。

 絶体絶命のピンチ。

 しかし桜は、相手が霧だろうが生身だろうがどうでも良いのか、グロリオサの体については何も言及せずに本題に移る。


「ところで忍者。あんた弱すぎてさあ、もうあたしも飽きちゃったのよね」

「弱っ……!? くっ」

「そんでさあ。そろそろあんたの上司を連れて来なさいよ」


 桜はマスクの下で、ニヤリと笑った。


「まあ上司なのか師匠なのかは知らないけどさ。のグロリオサの力を持っているヤツね」

「ほ、本当の……だと?」


 ここにいる殺し屋グロリオサの力は、莉羅りらいわく「希釈して、別の誰かから分け与えられた力」らしい。

 つまりは、本当に『宇宙災害グロリオサ』の毒霧の力を受け継いだ者が、他にいるという事。

 桜は、その人物と戦ってみたいのだ。


「貴様が何を言っているのか分からん……」

「トボケてるのかしら? それとも下っ端だから本当に知らない? まあ良いわ。とりあえず上司に、私が会いたがっているって伝えなさい」


 桜はそう言って、グロリオサの前から姿を消した。




 ◇




「テルちゃん、ただいまあーん!」


 自宅に帰り着いた桜は、チャイナドレスのまま弟の部屋に入った。

 テルミは小さな座卓の前に正座し、勉強中。

 桜はそれを背後から覗き込んだ。


「おかえりなさい姉さん。怪我は無いですか?」


 テルミは中腰になり体を反転させ、桜の方を向いて再び正座。そして姉に傷などが無いか確認する。

 桜はここぞとばかりに、スリットから見える足をアピールした。が、無視された。


 仕方ないので桜は、弟の膝の上に腰を降ろし座椅子代わりにして、質問に答えた。


「ううん。怪我なんてしてない……あっ」


 台詞の途中で、桜は悪知恵を働かせる。


「やーん、お姉様怪我しちゃったのテルちゃーん。いったーい。手当てしてー」

「どこを怪我したのですか?」

「胸を刺されたの! 触って確かめて」


 テルミの手をとり、無理矢理バストを触らせようとする。

 しかしテルミは触れて確認するまでも無く、嘘に気付いた。


「……刺されたのに、服などは破れていないようですが」


 結局説教された後、桜は部屋から追い出された。

 しかし、何故か満ち足りた顔をしていた。



「ねーちゃん……」


 弟の部屋から出た後、廊下で莉羅とすれ違った。


「まあ莉羅ちゃん、小学生はもう寝る時間よ」

「うん……でも……」


 莉羅は桜に近づき、小さな声で尋ねる。


「ねーちゃん……グロリオサの、本当の力と……会いたい、の?」

「あら莉羅ちゃん聞いてたの? そうね。せっかく『宇宙を滅ぼした力』なんてのを持ってる人間が、すぐ近くにいるんでしょ。戦いたくなるのが武術家の習性ってものよ」


 という桜の答えを聞き、莉羅は「ふーん」と呟いた。


「でも……りらは、オススメ……しない……よ」

「お姉様を心配してくれてるのね。莉羅ちゃん可愛い! でも大丈夫よ。あたしは無敵のヒーローだかんね」

「…………わかっ、た……おやすみ、なさい……」



 その後、桜は入浴し、パジャマに着替えた。

 そしてまた弟の部屋に侵入し尻を揉んだ後、自室で古文単語を覚え、寝床に付いた。



 真奥桜の多忙な日常は、いつもだいたいこんな感じである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る