第三章 セクハラ、日常、部活動、

9話 『弟は姉の抱き枕』.

 重い。

 そして腹の辺りに、なにやら柔らかい感触。



 清々しい朝。

 真奥まおく輝実てるみが目を覚ますと、身体の上で、全裸の姉が眠っていた。



 弟の胸を枕にし、その長い手で背中をガッチリとホールドしている。

 すやすやと、寝息が肌に当たる。


 そしてテルミは更に気付く。自分の上半身も、裸だ。

 昨晩は着ていたはずなのだが。

 おそらくは、この幸せそうに眠っている姉に脱がされてしまったのだろう。

 下半身は……なんとか無事のようだ。


「……姉さん、起きてください」


 テルミは桜の背中を軽く叩き、起こそうとする。

 肌に感じる吐息がピタリと止んだ。目覚めたようだ……が、


「うーん……もうちょっとー寝かせてよー」

「ぐっ……ね、姉さん……!」

「なーあにー、テルちゃん? むにゃ」


 テルミの背骨が、みしりと音を立てた。

 武術家として自分より遥かな高みにいる姉。

 その抱き付きは官能的であるより前に、ただただ痛い。


「起きてください……ッ」

「ヤダー」

「……起きてますよね?」

「起きてなーい。おはようのちゅーしてくれるまで起きなーい」


 桜は目をバッチリ開け、上目遣いで唇を突き出した。

 その後、テルミに怒られた。


 そしてその『弟に説教される』という状況に、非常に満足した。




 ◇




「今朝は……おたのしみ、でしたね……」


 と、莉羅りらは不機嫌そうに言い、台所に並んで立つテルミと桜の間に割り込んだ。


 迂闊だった。

 桜が特殊技能ピッキングによりテルミの部屋に侵入。衣服を脱ぎ同衾どうきん

 その間、莉羅は完全に眠っていた。

 千里眼で気付く事も出来ず、当然邪魔する事も出来なかった。

 目覚めた時には、裸でくっ付いたまま兄が姉を説教しているという、異常な状況だったのだ。


 確かに桜は昨日、


「柊木ちゃんに先越される前に、夜這いしちゃおうかしら」


 なんて事を言ってたが。

 まさか本当にやってしまうとは思わなかった。冗談が過ぎる。

 まあさすがに一線を越える事は無かったようだが。



 その桜は罰として、朝ごはん作りを手伝わされている。

 いつもテルミ一人で用意しているのだが、おかげで今日は時間に余裕が出来そうだ。

 テルミは朝食のメニューに一品追加する事を決めた。ほうれん草のお浸しにしよう。


「料理するのも久しぶりねー。二年生であった家庭科の授業以来だわ」


 桜はそつなくネギや豆腐、キュウリ等を切っている。

 剣術の心得もあるため、切り口が異常な程になめらかだ。


「……姉さん。やれば上手なんだから、毎日手伝ってください」

「えー。やだー。あたしはテルちゃんの手料理が食べたいのっ!」


 そう言いながらキュウリを一切れ掴み、莉羅の頭上越しに、テルミの口にねじ込んだ。

 莉羅はますます不機嫌になりながらも、


「りらも……お料理、手伝う……もん」


 と、野菜を洗い始めた。



「そー言えば、にーちゃん、ねーちゃん……質問が、ある……んだけど」


 レタスを皿に盛りつけながら、莉羅が言った。


「質問ですか? はい、どうぞ」

「なになに莉羅ちゃん。あたしとテルちゃんの熱く淫らな夜についての質問?」


 姉の言葉は無視し、莉羅は言葉を続ける。


「じーちゃんが……チャンネルを、『回す』って、言ってたんだけど……どうして、『回す』って表現……なの? 言葉のチョイスが、おかしい……気が、する……」


 姉兄の予想以上に、日常的な疑問であった。


「……りらの、考察では……テレビの、チャンネルを、順に変えていくと……ループ、するので……輪になっている、イメージ。なので、その輪を、回す……という意味……かなあ?」


 超魔王の力を有す少女にしては、可愛い質問。

 桜はクスリと笑う。


「あら、莉羅ちゃんったら偉い偉い。何にでも疑問を持つことは大事よ! で、答え知ってるテルちゃん?」

「ええと、そうですね。亡くなったお婆さんも『回す』と言っていましたが」


 テルミは茹でたほうれん草を冷水に潜らせながら、考える。

 どこかで理由を聞いた気もする。


「そうだ、確か昔のテレビ操作は回転ダイヤル式で、本当に物理的に回していたんですよ」

「ピンポーン、正解せいかーい。よしよしテルちゃんも偉い偉い」


 桜は正解を知っていたようだ。からかうようにテルミの頭を撫でる

 そして莉羅は、


「ほー……なるほ、ど……」


 と言いながら、何度も頷いた。


「でも莉羅ちゃん、何でも見てた超魔王の記憶があるわりに、些細な事に疑問持ったわね?」


 と、桜が言った。

 莉羅の前世である超魔王ライアクは、次元を超え、時空を超え、世界の全てを見渡す事が出来た。

 その記憶を受け継いだ莉羅も、宇宙中の知識を有している……はずなのだが。


「……ライアクが、死んだのは……地球が、生まれるより、ずっと前……だったから。地球独自の、知識は……知らない」

「まあ、そうだったの?」

「うん……そーだった、の……だから、忍者も……昨日、初めて見た、し……」

「忍者?」


 テルミは、莉羅の言葉に一瞬引っ掛かった後、そう言えば昨日妹がそのような事を言っていた、と思い出す。

 姉に連れられてヒーローショーにでも行ったのだろうか。などと勝手に納得し、あまり深くは考えなかった。


「じゃあこれからも莉羅ちゃんには、お姉様がたくさん教えてあげなくちゃね!」

「うん……よろしく……」

「特に保健体育の知識を! 手始めに昨夜スマホで撮った、寝ているテルちゃんの裸の写真を」


 桜は再びテルミに怒られた。

 そしてその『弟に説教される』という状況に、非常に満足した。

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