8話 『兄のお友達、あくまでもオトモダチ』
「救いの無いお話ね~。ファンタジーな世界観から終盤急にSFになったし」
「肌が青い、宇宙人って時点で……りら的には、最初から……SF……」
「あたしSF苦手なのよねー。それにオチが胸糞だからクソ映画ね。二十五点!」
「……映画じゃ、無い……けど……」
女神イディア・オルト・ハミの生前の記
桜は脳内でイディアの末路を鑑賞しながら帰宅し、今は
「でも
「うん……あ、いや……宇宙が滅びたのは、女神の力よりも……あの博士キャラっぽいおじさんが、ヤバかったせい……」
莉羅は、テレパシーで繋がっている兄にも聞こえるように言う。
「それに、ひーらぎいずなは……純情なイディアとは、違って……図太い。カマトトぶってるけど……」
莉羅の言葉にトゲがある。
テルミと
「ひーらぎは……自分自身に、極端な不幸を溜め込んだりは、していない……」
その根拠として、インフルエンザや食中毒も、別に後遺症が残る程の重病では無い。
石をぶつけられた傷も、不自然な程に綺麗な傷口で、すぐに完治した。
転んだ時も、鳩の糞が落ちて来た時も……その直後の展開が、むしろ本人的には幸運だった。
「もう充分オトナな、高二になってから、能力が本格的に発動した事も、あって……無意識に、制御している……今の不幸も、すぐに収まる……だから、放置でも、おーけー……」
「放置は駄目です」
テルミはきっぱりと言った。
「えー……駄目、かー……」
「駄目です」
「……駄、目ぇー……?」
「駄目です」
「でも、放置してても、女神は……」
「駄目ですってば」
莉羅は頬を膨らませ、足をバタバタしながら、もう一度「駄目かー……」と呟いた。
一方、テルミは柊木宅に到着し、玄関の呼び鈴を押したのだが、
「……外出中?」
「ええごめんなさいね。あの子ったら喉が渇いたとか言って、コンビニにジュースとアイス買いに行っちゃったの」
いずなの母親が出て来て、そう説明してくれた。
行き違いになってしまったようだ。
テルミはいずな行きつけのコンビニの場所を聞き、そこに向けて再度走り出した。
空には、どんよりとした雲が広がっている。
◇
角を曲がると、突然の雨に見舞われた。
「降って来ちゃったなぁ……」
柊木いずなはそう呟いて、近くの木の下に避難した。
あまり手入れされていない、枝葉が伸び放題な大きな木。
他に雨宿り出来そうな場所は無い。
木の下で雨音を聞きながらぼんやりしていると、先程男女二人で散歩した事を思い出す。
いや本当は雨が降る前から、ずっとその事を考えながら歩いていたのだが……
桜女王様の弟、テルミ。
あの後輩男子に、傷の手当てをして貰った事。
汚れを拭いて貰った事。
転びそうになった時に、抱き支えて貰った事。
そして、いつものように、あっさりとした別れの言葉を貰った事。
「……私は輝実さまにとって、姉の取り巻きA……ううん、QとかRくらいの存在なんだよね」
そんな事は当然だ。とも思う。
今までほとんど、会話らしい会話を交わした事も無かったのだ。
自分がもっと活発だったら、彼ももっと楽しそうにしたかもしれないのに。
自分がもっと魅力的だったら、彼ももっと名残惜しそうに帰ったかもしれないのに。
自分がもっと積極的だったら、帰宅する彼を引き止めて、もっと親しくなれたかもしれないのに。
自分がもっと……
「あーあ。私って、ダメダメだなぁ」
◇
「……あっ……ちょっと、やっば……い」
という莉羅の呟きが、テルミの頭に届いた。
その直後、テルミの前方に激しい稲光と轟音。
すぐ近くに雷が落ちたようだ。
「ひーらぎが、ネガティブ……モード……突入」
「ネガティブ?」
莉羅のテレパシーを聞き、テルミは嫌な予感がした。
イディアの過去映像によると、神力の強さは持ち主の精神状態に左右されるらしい。
神力が急成長したばかりで不安定な今、いずながネガティブな思考に陥ってしまうのは、危険な気がする。
「というかもしかして、さっきの雷は……!」
嫌な予感がして、テルミは走る速度を上げた。
「ひぅぅぅぅ……!」
道の先、曲がり角の方から弱弱しい悲鳴が聞こえた。
「おいおい叫ぶのは酷くなーい? 酷くなーい?」
「それより早く服乾かさないといけないからさ、ほら俺達の車乗りなよ。乗れって」
そして、軽薄そうな男達の声。
「ねーねーほらほら行こうよ~」
「い、嫌ですぅ……」
「いいから、ね!」
テルミはその声を頼りに道を曲がる。
そしてようやく、柊木いずなを発見した。
雨のため火は上がっていないが、大きな木が焦げている。
その木の下で、いずなはしゃがみ込み雨に濡れていた。
雨宿りで選んだ木にピンポイントで雷が落ちたのだ。
「おー……さすがに、自分自身に雷が、落ちる程……では、無いみたい……だね。やっぱり、図太い……」
という莉羅の呟きは一旦置き。
落雷に続き、いずなはピンチの追い打ちをかけられていた。
男性二人組が「えー雷? 近くない? おどろどろしー」などと言いながら車で見学に来て、腰を抜かしているいずなを発見。
これはナンパ……いやそれ以上の事が出来るチャンス! とばかりに絡んでいるのだ。
「ほらほら立って」
「君可愛いねー。早くしないと風邪引いちゃうよ」
言葉上は親切だが、態度は下心丸出しである。
いずなの腕を掴みつつ、わざとらしく体をベタベタ触る。
「あっ……や、やめてくださぃ……」
「え~? 聞こえない」
「やめてください、と言っているんですよ」
テルミが、男二人の背後から話し掛けた。
「て、輝実……さま?」
助けの登場に、いずなは泣きそうな顔を上げた。
男達は振り向き、テルミを睨みつける。
「誰だよテメー」
その問いに、テルミは怯むことなく答える。
「僕が先輩をお送りしますので、お二人はお気になさらずお帰り下さい」
「はあ? えっ何? 正義のヒーローくん?」
「可愛い顔してカッコいい~」
男の一人が、テルミの顔をまじまじと見た。
「おいコイツさ、男もイケる先輩達に売れるんじゃないか?」
「俺もそう思ってた~」
またもやその手の話になってしまった。
テルミはちょっとだけ心が傷付いたが、男二人組のうち体格の良い方が殴りかかって来たので、気持ちを切り替えてパンチを受け流す。
そしてお得意の
「いてっ!? 何しやがるテメ……いてっ!」
「嫌がる女性を無理矢理誘うのはいけませんよ。しっかりと反省し、今日の所はお帰り下さい」
「うるせえなガキ痛っ!」
反省の色が見えないので、あと数回ビンタしておこう。
ばちりばちりと小気味良い音。
もう一人の方も襲ってきたので、ひょいと避けてビンタ。
「なんだお前コラ死にたいのか痛っ!」
「お帰り下さい」
「いてっ! おいちょっと待て」
「お帰り下さいね」
「わ、分かった分かったから!」
男達は慌てて車に乗り込み、急いでエンジンをかけ走り去っていった。
テルミは改めていずなを見る。
「先輩、風邪引きますよ」
テルミはバッグから折りたたみ傘を取り出した。
当然この傘もいつも持ち歩いているのだが、いずなを探す事に夢中になって、今まで忘れていた。
広げて、いずなの頭上に差し出す。
傘は小さいため、いずな一人を雨から守るので精一杯だ。
「あぅ……で、でも輝実さまの背中が濡れて、あの……」
「先輩は病み上がりですから」
テルミはそう言って人懐っこい笑みを見せる。
こんな顔を見せられると、傘を遠慮する事が出来なくなってしまう。
「あ、ありがとうございます輝実さま……でも、あの……どうしてここに?」
「先輩を探していたんです」
「わっ私をぉ!?」
いずなは、身体中が熱くなるのを感じた。
「……めすぶた……」
さて、そこでやっと莉羅の出番だ。
「拗ねてる場合じゃないわよ、莉羅ちゃん」
隣にいる姉、桜にも急かされる。
いずなに受け継がれた女神の力を抑え込む方法を、テルミに教えないといけない。
莉羅は、渋々とテレパシーを使った。
「にーちゃん……りらの、言葉に従って……とっても、簡単な……全スリーステップ……所要時間も、お手軽、三十秒……」
テルミはこくりと頷く。
「ステップワン……めすぶ……ひーらぎいずなの、右肩を掴む……」
儀式か何かに必要なポーズなのだろう。
テルミは、言われたままを実行した。
右手に傘を持ったまま、向かい合ういずなの右肩を左手で掴んだ。
「ひゃうぅっ!?」
いずなは急な接触に驚き、目を白黒させた。
だがこれくらいで驚くのは早計であったと、すぐに思い知る。
「ステップツー……顔同士を、三十センチ以内に、近づける……」
ぐいっと近づく顔と顔。
普通は照れるものだが、テルミは姉の日頃のアメリカンな密着スキンシップにより、少々麻痺してしまっていた。
だが当然いずなは照れる。照れすぎて思考が停止しかけた。
「……ステップ、スリー……にーちゃん、こう言って……」
テルミは、莉羅から送られてきた通りの台詞を口にした。
「先輩。僕と
その言葉への返事を口から発声するまで、いずなはたっぷり三分以上の時間をかけた。
「……は、はいぃ……こ、ここ、こちらこそぉ!」
――雨が止んだ。
ふと、風に紛れて……
「よろしくお願いしますわね」
いずなの声では無い。
女神の声が、テルミの耳に届いた気がした。
◇
「女神……イディア・オルト・ハミの、残留思念が……消えた……」
自宅自室に座っている莉羅が、ぽつりと呟いた。
その隣で桜は美容ヨガをしつつ、莉羅から送られるテレパシーでテルミ達の様子を覗いている。
「ざんりゅーしねん? 何それ運を操る力の事? それとも幽霊?」
「違うよ……」
莉羅は首を横に振り、「幽霊は近いかもだけど……」と呟いた。
「イディアの魂は、宇宙と共に、完全に消えた……けど、『神力』の中に……少しだけ、思念……『イディアの想い』が、残っていた……」
思念が残ったのは、イディアの肉体消滅後も、魂が神力に寄り添ってしばらく漂っていたせいであろうか。
もしくは、己の運の悪さに対する、イディアの最後の抵抗だったのかもしれない。
「その思念が、今回……ひーらぎが力を制御するのを、ちょっとだけ、手助けして……そして、消えた」
「あら。責任感強いのね女神様って」
「うん……その思念があったから、ひーらぎを放置しても、大丈夫だと……思ってたんだけど……でも、安心して、消えていった……みたい、だったよ」
莉羅は窓の外を見た。
別にそこにイディアの思念が漂っているわけでは無いのだが、晴れ間がのぞいてきた空を、ただなんとなく眺めた。
「にーちゃんは……ひーらぎだけじゃなくて、女神を救ったの……かも」
「そうね。さすがあたしの弟にしてママにして恋人なだけはあるわね」
「ねーちゃんの恋人じゃ、無いけど……」
莉羅のツッコミ後、桜はヨガのポーズを変えながら深く呼吸する。
「まあ何はともあれ、その女神のおかげで、柊木ちゃんのパワー制御も多少楽になったってわけね」
という桜の言葉に、莉羅は首を縦に振った。
「うん……この世界も、捨てたもんじゃ、ねーな……とか、思わせて……後は、りらの催眠術で……その想いを、増幅させてやれば……良かった……」
「柊木ちゃんが抱いていたテルちゃんへの想いを、利用したってワケね。まっ、大体はあたしが予想してた通りの方法かな~。でもお友達になるってレベルで良いのね。そこは予想外だったわ」
「うん。友達……あくまでも、友達……絶対、ただの、オトモダチ……」
そう言って莉羅は、更に首を何度も振った。
「いやー、てっきり一発エロい事でもヤッちゃうのかと思ってたわよ。だから先にテルちゃんの唇を奪ってやったのにね!」
桜はこの方法を察していたからこそ、先んじて弟にキスをし、釘を刺していたのだ。
テルミ自身がいずなに特別な想いを抱いてしまわないように。姉の色香を脳裏に刻み付けた。
自信過剰ではあるが、事実としてテルミは今、姉の笑顔と唇が心の片隅に住み着いてしまい、誰かに恋をするという事が出来なくなっている。
このキスは姉の独占欲であるのと同時に、一応、柊木いずなを助けるためでもあった。
もし王子様役がお姫様役に惚れて照れてしまっては、計画に支障が出るかもしれないからだ。
「お友達程度で良いってんなら、あのチューも無駄になっちゃったけど。まっいっか! 寝る前にもっかいチューしよー!」
「……ねーちゃん……変態行為、自重すべし……」
姉を諫める莉羅。
姉のキスには一応の大義名分があったため、文句を言わずにいたが、やはり内心面白くは無かった。
そして兄といずなのやり取りもまた、面白くない。
「あ、あ、あ、あの輝実さまぁ! つ、つきあってと言うのは、その……」
「はい。これからも先輩とは、親しい友人付き合いをお願いしたく」
「で、ですよねー! そういうニュアンスですよねー! でもそれなら、えっと……先輩じゃなくて……その、いずなって……よ、呼んで……な、なんて思ったりぃ……」
なるほど。柊木いずなは自分と対等な『友達』として接したいのだろう。と、テルミは思った。
「分かりました、いずなさん。では僕の事も様付けせずにお願いします」
「は、はい! えっとぉ……て、テルミ……くん。えへへぇ……」
「これは……危険な、兆候……ぐぬぬぬ……めすぶたが、勘違い……してる……」
「うっわー、なんか柊木ちゃんの事ムカついてきたわ。柊木ちゃんに先越される前に、テルちゃんにキスどころじゃなく夜這いまでしちゃおうかしら」
桜はそう言って、ヨガのポーズで体を捻る。
右足指先と右肘を背中でくっ付けた。
「それはそうと莉羅ちゃん。今日は『宇宙を滅ぼした』なーんて力と、二個も出会っちゃったけどさ」
一つ目は、『宇宙災害グロリオサ』の毒霧。
ただし、あの忍者風殺し屋が持っているのは本来の力では無く、希釈したものだったが。
二つ目は、『女神イディア・オルト・ハミ』の神力。
正確に言うと宇宙を滅ぼしたのは、イディアの神力と、別宇宙の科学者が発生させた力との混合エネルギーだが。
「グロリオサの力は、あの忍者子ちゃんのじゃなくてオリジナルの方。女神の力は、博士っぽいおじさんが干渉して出来たヤベー合作の方。その二つと比べて欲しいんだけどさー」
桜の口元が、楽しそうに歪む。
「あたしが持ってる大魔王の力と比べて、どれが一番強いの?」
そう尋ねる姉の顔を、莉羅はしばらく眺めた後で、
「……大魔王の、力が……一番強い……」
そう言って、小さな声で更に付け足した。
「……圧倒、的に」
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