7話 『弟の責任と姉弟の唇』

「女神イディアの、神力の、本質は……運勢の、コントロール……」


 莉羅りらはテレパシーで兄に説明する。


「運を、人から人へと移動させたり……幸運と不運を反転させたり……する」


 どうやら『幸運の女神の力』の概要自体は、テルミの予想通りだったようだ。

 ただ予想と違ったのは、女神の力を受け継いだのが、柊木ひいらぎいずな本人だという事。


「柊木先輩は、自分の力で自分自身を不運にしている……という事ですか?」

「うん……そーゆー事……」



「つまり、力を制御出来てないのね」



 聞きなれた声がした。

 そしてテルミは突然、その声の持ち主に背後から腕を回された。


「テルちゃん、みーつけた」


 桜が、テルミの耳に吐息を吹きかけた。


 ヒーローコスチュームから私服に着替えている。

 大きな袖口の、ゆったりした上衣。

 ゆったりしているのに、胸の膨らみが隠れていない。むしろ逆に強調しているようにも見える。

 そんな胸をくっ付けるように、テルミの背中を抱きしめた。


「姉さん、いつの間に?」

「急にテルちゃんに会いたくなっちゃって。莉羅ちゃんとの会話テレパシーも聞かせて貰ってたわ」


 桜は何故か息が荒い。目が充血している。

 その様子を勘付かれないようにするため、弟に背後から抱き付いて会話している。


「ねえ莉羅ちゃん。柊木ちゃんは女神サマの力を扱いきれずに、力が暴走してるってトコかな?」


 そう尋ねながら桜は、左手でテルミの胸から首筋、頬にかけて、そして右手で胸から腹にかけて、ゆっくりと指を這わせる。

 今日の姉は、いつもに増して距離感がおかしい。

 周りに人がいないとは言え、外でここまでベタベタする事は珍しい。


 テルミは桜の手を掴み、指の動きを封じようとした。

 桜は抵抗し、姉弟の指と指とが絡み合う。

 そのスキンシップが落ち着くのか、桜の呼吸は落ち着き、目の充血も徐々に引いた。


 そんな姉と兄の姿を千里眼で見て、莉羅は渋い顔をしながらも、質問に答える。


「……ねーちゃんの、言う通り……ひーらぎいずなに、宿る力が……ここ数日で、急に成長して、制御出来て……無い」

「急に成長したのですか? それは何故……」

「あたし達のせい、でしょ?」


 疑問を口にし終わる前に、桜が答えた。

 テルミは姉の台詞に驚き、首を回し背後を見る。至近距離で姉弟の目が合い、桜はニッコリと笑う。

 莉羅は、言葉を選ぶようにゆっくりと肯定した。


「……そう、だね……ねーちゃんの、大魔王の力が、目覚めて……近くにいた、ひーらぎにも、影響を与えた……」

「やっぱりね。柊木ちゃんには悪い事しちゃったかな?」


 そう言いながら桜は、テルミの手を強く握った。

 これは後悔して指に力を入れたのか、それとも単に面白がっているのか。

 お人好しなテルミは前者、後悔の念として解釈した。

 姉はなんだかんだ言っても優しいのだ……と、思う。多分。


「巨大な力同士が、近づくと……干渉し合う……から……それに、えっと……いや、それだけ」


 莉羅の歯切れの悪さに、テルミは違和感を覚えた。


 そう言えば、桜はこう言っていた。「あたしのせい」だと。

 莉羅もそれを肯定していた。

 達、とは桜と……超魔王の生まれ変わりである莉羅の事だろうか?

 いや、莉羅と柊木いずなに接点は無い。となると……



「……僕も、原因の一つ?」



 そのテルミの言葉に、莉羅は戸惑うように一寸黙った後、


「……うん、そう……かも」


 おずおずと答えた。


「女神の力は……今朝と比べて、今は更に大きく成長して……る」

「それはつまり、僕がお見舞いに行って、一緒に散歩したせいですか?」


 一緒に散歩という言葉に、桜の眉がピクリと反応した。


「うん……ひーらぎは……軽度の男の子恐怖症だった……けど、にーちゃんと仲良くなって……ちょっと、オトナに……なった」

「あら。それって……ふふっ」


 桜は微笑みながらテルミの背中から離れ、隣に並び立ち、弟の顔を見た。

 弟は真面目な表情で、莉羅のテレパシーを聞いている。


「大魔王の影響と、心の成長に伴う神力の向上が重なって……今が、一番不安定……まあ、数日経てば、落ち着くとは、思うけど……それに女神は……」

「その数日の間に、先輩がまた怪我をするかもしれません」


 テルミの顔には、不安感と責任感が浮かんでいる。


「僕のせいでもあるというのなら、放っておくことは出来ません。莉羅、女神の力を今すぐ制御する方法は無いのですか?」

「……にーちゃんが、手伝えば……出来る、けど……やるの?」


 莉羅はあまり気乗りがしないようだ。

 しかしテルミはやる気満々。


「当然です」

「……分かった。じゃあ、まずは……ひーらぎに会って」


 莉羅の指示を聞き、テルミは急いで柊木家への道を引き返そうとする。

 しかし、


「待ちなさいテルちゃん」


 と桜に腕を掴まれた。


「どうしたんですか姉さん」

「ふふっ。テルちゃんの性格はよーく理解してるけど。でも、そんなに頑張ろうとする姿を見てるとね」


 桜は、テルミの正面からゆっくりと首に腕を回した。

 鼻先同士が当たる程に顔を近づけ、妖艶な笑顔を見せる。

 以前町のチンピラ達を惨殺した時と同じ、恐ろしくも美しい顔。

 実弟であるテルミでさえも、その美麗に目を奪われ、少しだけ胸が高鳴る。


「柊木ちゃんがとっても憎らしいなって、思っちゃった」



 姉弟の唇が、そっと触れ合った。



 突然の事にテルミは固まり、目を丸くする。

 桜は笑みを崩さず、弟の唇から離れた。

 莉羅は、黙っている。


「ね、姉さ……!?」

「さあ行きなさい。あたしの、テルちゃん」


 その言葉に我に返り、テルミは口を押えながらも、とりあえず柊木宅へと向かって走り始めた。

 テルミを見送りながら、桜はポツリと呟く。


「莉羅ちゃん。お姉様とテルちゃんのチューに、文句言わないんだ?」

「……別、に……ねーちゃんが、なんでそんな事やったのか……分かってる、もん……それに、アメリカとかでは……家族のキスくらい、ふつー……」


 莉羅は自宅自室で寝転がり、足をバタバタさせながら言った。

 そして桜は、分かっているという妹の言葉に頷く。


「そうよ。王子様役をやるのなら、女の子慣れしてないとねー。フッフッフ」


 桜は腕を組み、満足そうに空を見上げた。

 いつの間にか、大きな雨雲が出ている。

 そんな灰色の景色を見ながら、「それにしても」と小さく呟いた。


「大きな力同士が近づくと、お互いに影響を及ぼす、ねえ。ふふっ、やっぱりそういう事かぁ~」

「……うん。そーゆー事……」


 莉羅は相槌を打ちながら、千里眼で改めて桜の顔を見る。

 テルミとの触れ合いと、『ここに来る前にやった事』により、多少落ち着いたようだが、まだ完全には興奮が収まっていない。


 毒霧グロリオサとの戦いの影響が、今になって現れている。


 いや、戦いの影響と言うよりはむしろ、相手に逃げられてしまったせいか。

 グロリオサの能力に呼応し一時的に高まった、大魔王の力。

 しかし結局逃げられた事で、拍子抜けした力が放出先を求め、桜の中で暴れようとしている。


 レンタルショップに寄るという日常的行動で冷静になろうとしたが、結局衝動を抑えきれずに……


「ねーちゃん……また、殺したんだ」

「まあね。ツタヤに行く途中でしつこいナンパ野郎がいてさ~、路地裏にそいつの死体を冷凍保存してるんだけどね。それでまた莉羅ちゃんにお願~い! テルちゃんの用事が終わった後でいいから、生き返らせて!」


 あっけらかんとした姉の態度に、莉羅は無表情なまま首を縦に振った。


「分かった……そうやって、発散するしか……無い、ね……」




 ◇




 柊木宅へ走って向かうテルミ。

 その頭の中に、再度莉羅の声が聞こえた。


「にーちゃん……ひーらぎの、家に、到着するまでの……間に……教えておく……ね」

「教えるとは、何をですか?」

「幸運の女神イディア・オルト・ハミの……神力に、ついて……詳細……」


 莉羅は、テルミとついでに桜の脳内に、映像を送り込む。


「超魔王が、見ていた……イディアの、生前の姿……」

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