5話 『姉と毒霧人間』

「意思のある毒霧、宇宙災害グロリオサですってぇ?」

「うん……」


 聞き返した桜に、離れた自宅からテレパシーを送っている莉羅は頷く。


「オリジナルの言葉で言うなら……○×○ゥ△×ァ○××オーサ……」


 莉羅は地球上には無い言語を口にした。


「○×○ゥ△×ァ○××は、地球の言葉で……『栄光』の意味……オーサは、固有名詞……栄光のグローリーオーサ……グロリオサ……」

「なるほどね。でもそっちより、『宇宙災害』って昭和のB級映画みたいな二つ名の方が気になるんだけど」

「それは……宇宙中を包み込む毒霧を、観測した……博士キャラっぽいおじさんが、そう呼んで……た……」

「宇宙中を、ねえ」


 キルシュリーパー衣裳マスクの顎部分を触り、考えるポーズをする。


「あの緑のジトジトちゃんが、宇宙を滅ぼす程のヤバいパワーって事ぉ……?」


 桜は、目の前の殺し屋忍者を見た。

 人の形をした緑色の霧。着ている服ごともやとなっている。


 それにしても、既に見た目は完全に霧化しているのだが、殺し屋はまだ動かない。

 桜はそろそろ待つのが面倒臭くなってきた。


「忍者ちょっと忍者ァ! せっかくあたしが戦ってやるっつってんだから、さっさと準備しなさいよ忍者。帰るわよ忍者?」


 そう言って桜は、屋根の瓦礫を投げつける。

 瓦礫は殺し屋グロリオサの顔に当たったが、すり抜けた。


「う、うるさい。技の発動には時間掛かるんだ。今の内に逃げようと思っても無駄だぞ、追い掛けて殺すだけ……あと忍者じゃない」

「あら、霧の姿でも喋れるのね忍者。っていうかもう全身気体になってるじゃないの。そろそろ戦っても良いんじゃないの?」

「霧には変身し終えているが……ここから、更に集中しないと動けないのだ。話し掛けるな」


 中々に時間のかかる技のようだ。隙だらけ。

 しかし戦うためには、とりあえず待つしかない。

 せっかく現れた悪役ヴィランとのバトル。ヒーローとして待ち望んでいた展開だ。


 一応戦闘中だと言うのに、桜は暇を持て余す事になった。


「そう言えば莉羅ちゃん。あの霧のパワーの昔の持ち主の名前がグロリオサって話よね? そしてあの忍者の組織名と、忍者自身のコードネームもグロリオサらしいけどさ」


 桜は、殺し屋には聞こえない小声で莉羅と話す。


「だけどそれって変じゃない? なんであの忍者は、グロリオサって名前を知ってるのかしら。偶然にしては出来過ぎよね。あたしはギエっさんの名前とか、莉羅ちゃんに教えて貰うまで知らなかったわよ」


 ギエっさんとは、桜の体に宿っている魔力の元の持ち主、大魔王の事である。


「力自体に、記憶の断片が、残ってる……場合もある……よ。霧の力を、使った時に……鮮明でなくとも、『グロリオサ』という呼名が、頭に浮かぶ……事も、ある……かも」

「ふーん。それはなんかキモイわね。あたしの力はギエっさんの記憶付きじゃなくて良かった」

「……うん」


 そこまで会話した時。

 殺し屋グロリオサは、ついに技の発動を終えた。

 

「待たせたなカラテガール。よくぞ逃げずに待っていた、褒めてあげよう」

「あらどうも。でもあたしは女に褒められても……」


 桜はグロリオサに近づく事もせず、その場で右手を横に薙ぎ払った。


「ちっとも嬉しくないのよ!」

「うひいぃ!?」


 桜の腕を振る動作だけで、突風が起こる。

 殺し屋グロリオサは驚きの悲鳴を上げながら、海の方に飛んで行ってしまった。


 いとも簡単に吹き飛ばされてしまった殺し屋の様子を見て、桜は、


「……あれ? よ、弱くない……?」


 と、拍子抜けしてしまった。


「えー? あの霧って『一つの宇宙の滅ぼした!』ってスゲーヤツなんでしょ? 話が違うんだけど莉羅ちゃん!」


 せっかく待望のヴィラン戦だったのに一瞬で終わってしまい、桜は勝者なのに怒りだした。


「うん……でも、あの忍者……霧のままでも、喋ってたし……完全に力を、引き出せてない……上辺だけの、不完全な、力……」

「そういうもんなの? 喋ってた方が能力を制御出来てる~って気がするけど」

「あの力は……宇宙災害と言うだけ、あって……本来、どうやっても、制御できない類……本当なら、人型を維持して喋る事なんて、出来ないまま……一瞬で地球を、溶かす……はず」

「あら、物騒ね! トドメ刺しておこうかしら?」


 桜は、グロリオサが飛んで行った方角を見た。

 しかし殺し屋の姿を発見する前に、莉羅が「……あの忍者だけ、倒しても……意味が、無い」と止める。


「どうして意味が無いのよ?」

「……忍者は……『一族に伝わる奥義』……って、言ってた……」

「そう言えばそうだったわね。でもそれも変な話よね。力が、個人でなく一族に宿ってるって事?」


 大魔王の力は、桜個人に宿っている。同じく超魔王の力は、莉羅個人に。

 だが二人と違って、宇宙災害グロリオサの力は、あの殺し屋一族に伝わる奥義だという。


「それは、つまり……あ、ねーちゃん、後ろ……」

「油断したなカラテガール!」


 桜の背後で、殺し屋グロリオサの声が上がった。

 風に乗り、勢い良く飛んで来る。


「油断したなって台詞は、奇襲が成功してから言うもんでしょ。やっぱりどっか抜けてるわね貧乳忍者」

「貧乳じゃない!」


 喋る緑の霧は、桜の顔に向かって突撃した。

 桜は大きく飛び上がり霧を避ける。

 ついでに足場の悪い倉庫屋根から降り、地上の防波堤に立った。


「危ない危ない。あの緑霧は吸い込んじゃダメなのよね?」

「ううん……さっき言ったのは、訂正……今までの、攻撃を見るに、あれは不完全な力、だから……ねーちゃんが、肉体強化の、超能力使えば……毒霧を触っても、吸っても、平気……っぽい」

「あら、そうなのね。なら安心……って、また来たわよ霧忍者ー」


 グロリオサが再び桜の口を目掛けて来る。

 吸っても平気と言われても、実際に吸うのは何だか気持ち悪いので、桜は再び避けた。


「まったく、不完全な力のクセにしっつこいわねー」

「なっ……? だ、誰が不完全だ!」


 間髪入れずに攻撃を仕掛けてくるグロリオサ。

 相手に物理技が効かないので、とりあえず避け続ける桜。

 その間も、莉羅は桜の脳内に説明を送り続けた。


「……一族に伝わる、って事は……つまり、本当にグロリオサの力を、受け継いだ人が、別にいて……その人が、薄めた力を……あの忍者に、分け与えてる……って、事」

「へー。あの忍者の爺ちゃんとかかな?」

「知らない……から、千里眼で確認も……出来ない……」

「なーるほーど、ねっ……と!」


 桜は派手にバク宙をした。

 空中で八回転半捻り。そして防波堤から海に飛び込む。

 しかし海中には入らずに、海面に立っている。

 超能力で足元の水を瞬時に凍らせ、足場にしたのだ。


 その非常識なダイビングを見て、グロリオサは驚愕し動きを止め、陸からヒーローを眺める。


「まっ、別に確認する事もないわよ莉羅ちゃん。とりあえずこの忍者倒しちゃえばぁ~」

「さ、さっきから、何をごちゃごちゃと言っているんだカラテガー……」


 キルシュリーパー衣裳である金属製マスクの、口部分がパカッと開いた。

 そして桜は怪獣映画のように、口から炎の光線を吐く。


「ぅうきゃああああ!?」


 グロリオサの体に着火。

 軽い爆発を起こしつつ、炎が燃え広がった。


 キルシュリーパーの口がガコンと閉じ、元の顔に戻る。


「莉羅ちゃんもさっき言ってたでしょ、クナイの毒霧に着火して爆発しちゃうかもーって」

「うん……本来の、グロリオサの霧なら、引火なんてしないけど……弱い力で、出した霧は……中途半端な、毒粉塵の、集まり……だから、引火、する……」

「へー、そんな原理なのね」


 桜は殺し屋グロリオサの炎を見ながら、氷の上から飛び上がり、再び防波堤に立った。


「まっ、こうして忍者を殺していけば次の忍者が現れて、そいつも殺せば次の忍者が来て……そうやってればいずれ奴らの親玉、本物のグロリオサの力を持ってる爺さんが、あたしの前に現れるでしょ。爺さんかどうかは知らないけど」

「……そ、だね……あ、でもさっきの忍者は……逃げた、よ……」

「えっ、いつの間に!?」


 桜は燃え広がる炎を超能力で消火した。

 焼け跡には、殺し屋が顔に巻き付けていた忍者風の布だけが残る。


「身代わりの、術……くふふ。りら、初めて見た……わーい」

「あーん悔しー! あの貧乳忍者、今度会ったら更に胸をえぐってやるわ!」


 桜はしばらく地団駄を踏んだ後、


「はー。でも仕方ないか。とりあえずあたしも帰ろーっと」


 すぐに気持ちを切り替え、両手を挙げて背伸びをした。


 なんとなく続けていたヒーロー活動。

 早くもマンネリ気味だった所に、謎の敵組織が現れてくれたのだ。

 それだけでも、今日は非常に大きな収穫が得られたというものだろう。


「途中でツタヤ寄るけど、莉羅ちゃん観たいのある?」

「……大河の、秀吉……四巻以降……」

「おお、小六女子のわりに渋いわね莉羅ちゃん」


 桜は、近くに隠していた着替えバッグを取りに向かった。

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