4話 『妹はやっぱり知ってる』

「カラテガール。貴様は、我々のターゲットを横取りしたのだ。邪魔者は消すのが流儀、よって死んでもらう」


 港倉庫の屋根上。

 忍者風の女は、キルシュリーパーこと桜を指差しながら、そう言い放ち、


「や、やっと言えた……!」


 と、ほっとしたようにうな垂れた。


「ターゲットの横取りって何よ。ゲーセンにあるゾンビ撃つゲームの事? 忍者と協力プレイした覚えなんて無いわよ」

「違う!」


 女忍者は、再び顔を上げた。


「我々は、とある暴力団幹部の暗殺を依頼されていた」

「あら。つまりあなたは殺し屋さん?」


 どうやらこの忍者は、暗殺稼業に身を置いているらしい。

 つまり悪役ヴィラン。ヒーローの敵。

 桜はちょっとワクワクしてきた。


「しかし貴様が正義面して暴力団事務所で暴れ、その後のどさくさで警察がやって来て、奴が逮捕されてしまったのだ」

「そりゃ社会道徳的に良い事じゃないの」

「それはそうだが、我々にとっては良くない。それで依頼人は満足しキャンセルしてしまったのだ。これは侮辱」


 暗殺集団としてのプライド。そして信用問題。

 仕事を邪魔したキルシュリーパーを始末しないと、面子めんつが立たない。


 忍者風殺し屋は、桜を鋭い目で睨む。


「この倉庫に貴様が来ることは、ある程度の予想が付いた。今日ここで大きな麻薬取引の予定があったからな」

「そうそう、そうなのよ。でもヤクザが誰もいないの。なんでだろ」


 首をかしげる桜。

 殺し屋忍者は、手に一本の棒手裏剣を構え戦闘の準備をしながらも、結構お喋りな性格らしく桜の疑問に答える。


「貴様が最近暴れているせいで、怖じ気付いて取引が無くなったのだ。だが一応張っていて正解だったようだな」

「あらら。だから来てなかったんだヤクザ達。しゃーねーわね、じゃあ帰る。バイバイ」

「帰るな!」


 緑色のクナイが、桜に向かって投げられた。

 桜は一歩も動く事無く、曲げた中指を親指で押えた後に勢いよく伸ばす、つまりはデコピンでクナイを迎え跳ね返した。


「なっ……で、デコピンで!?」


 殺し屋忍者は、自分に打ち返されたクナイを慌てて避ける。

 クナイは海に落ち、水中で緑色の霧に変わった。


「あーらら。あの緑のオナラ手裏剣、海を汚染しないわよね?」

「……あの程度、なら……問題、無い……よ」


 テレパシーで莉羅りらが教えてくれた。


「そうなんだ。意外と大した事無いのねえ」


 と呟いた後に桜は、殺し屋の全身黒づくめの中で唯一露出している部分である、目を見る。

 その殺し屋は、硬いクナイを指一本で弾いた女ヒーローに驚愕し、次の攻撃をどうするか決めかねているようだ。


 桜は敵に問いかける。


「分かった分かった。戦ってあげるから、せめて誰だか名乗りなさい忍者。悪役ヴィランらしくね」

「そうだな……冥土の土産に教えてやる。私は慈悲深いのだ」


 などと言いつつも殺し屋はクナイを両手に一本ずつ持ち、今回は投げずにナイフ代わりにして襲い掛かって来た。

 桜はそれを難なく避け、「攻撃は良いからさっさと答えなさいよ」と、クナイを叩き落とした。

 殺し屋は「うぐっ」と唸り、後ろに飛び跳ね、再び桜から距離を置く。


「……我々は、闇の暗殺組織グロリオサ」

「グロリオサって、アフリカの花が元ネタ?」

「それは知らん。そして我々暗殺者アサシンも、組織名と同じグロリオサと名乗っている」

「組織の名前と構成員全員のあだ名が一緒なの? 不便ねー」

「確かに不便だ……あ、いや不便では無い。誇りなのだ」


 殺し屋グロリオサは、思わず出てしまった本音を打ち消すように手を振った。

 そして桜が被っているキルシュリーパーの仮面を睨む。


 名乗ってしまった以上もう後には退けない。

 だがこのヒーローには、半端な攻撃は効かないようだ。


「仕方ない……貴様の『戦う』という言葉を信じ、奥の手を見せてやる。準備に時間が掛かるが、逃げずに待っておけよ」

「奥の手ってあんた、その台詞って負けフラグよ。それに敵に『待ってろ』って。さっきも素直に名前教えてくれたし、あんた殺し屋のクセにお人好しねー。向いてないんじゃない? あはははは」


 ほがらかに笑うヒーローに若干イラつきながらも、グロリオサは胸の前で手の平を合わせ、気合いを入れるように歯を食いしばった。


「この、我が一族に伝わる秘伝奥義を使う時、相手を確実に殺さねばならぬおきて……」


 そしてグロリオサの姿がぼやける。

 足の先から徐々に、半透明となっていき……


「えー、何よあいつキモッ……妖怪?」



 グロリオサの全身が、緑色の霧に変化しようとしている。



 桜は、大穴を開けた時に散らばった屋根の破片を一つ拾い、グロリオサに投げつけてみた。

 しかし、霧が多少揺れただけで、破片はその体を素通りした。


「ちょっとちょっと莉羅ちゃん、あの技知ってる? ……莉羅ちゃん?」

「あ、ごめん……にーちゃんと、めすぶたの方、覗いてた……」

「もう、呑気ね莉羅ちゃんってば!」


 桜は気を取り直し、霧になりかけているグロリオサを指差した。


「あのモヤモヤしてるアレよアレ。X-MENの人?」

「アメコミのキャラじゃ、無い、けど……りらは、あの緑の霧……知ってる、よ……えっへん」




 ◇




「あうぅっ」


 柊木ひいらぎいずなは、思いっきりずっこけた。

 本日四度目の転倒。


 テルミが手を差し伸べ起こし、汚れや怪我をハンカチやティッシュで拭いてあげる。

 そしていずなが、


「は、ハンカチ洗って返しますぅ!」


 と、顔を真っ赤にしながら言う。

 テルミはお言葉に甘え、いずなに汚れたハンカチを渡す。

 そして莉羅が自宅で「めすぶた……」と呟く。


 このやり取りも本日四度目だ。

 テルミのオカン道具、常に持ち歩いているハンカチ五枚セットも残り一枚。

 ポケットティッシュはとうに尽きた。ストックが切れていたので、一袋しか持って来なかったのだ。


「それにしても先輩は……」


 テルミは、「よく転びますね」という言葉を、失礼にあたるかもしれないと思い、飲み込んだ。


「……やはり、まだ体の調子が悪いのではないですか?」

「お、お恥ずかしい限りですぅ……」


 いずなの転び方はバリュエーション豊かだ。


 何も無い所でつまづく。

 空き缶を踏んで転がる。

 天気が良いのに何故か濡れている、側溝の金属蓋で滑る。

 そして四度目は、古典的にバナナの皮を踏む。


「今時、路上でバナナを食べる人も珍しいですね」


 テルミはバナナの皮を拾い、持ち合わせていたビニール袋に入れた。

 ナチュラルにゴミ拾いをする男なのだ。



 二人は外を散歩していた。

 テルミが、数日学校を休んでしまったいずなを気遣い、


「何か心配事はありますか?」


 と聞いた所、いずなが「何か返事をしないといけない」と思い、混乱しつつ、


「ず、ずっと寝てましたので……た、体力とかが落ちちゃってるかもですぅ」


 と答えたからだ。

 テルミとしては当然「ならば少し散歩にでも行きましょう」となる。

 いずなは「え、あ、う、え、あ、え」と言葉にならぬ言葉を発しながら、テルミと一緒に外に出た。


 同年代の男女二人が並んで歩く。

 男性に免疫が無いいずなにとって、それだけでデートに等しい行為だった。

 緊張でずっと顔が赤い。

 何度も転んで膝も赤い。



「ひゃっ!?」


 いずなは驚き、小さな悲鳴を上げた。

 隣を歩くテルミが、急に自分の眼前に左手を伸ばしたのだ。


「ボールです」

「ぼ、ぼーる……?」


 テルミの左手には、軟式の野球ボール。

 すぐ近くのグラウンドで、小学生達が頭を下げてこちらに謝っている。

 あそこからファールボールが、いずなの顔に向かって飛んできたのだ。


「あ、ありがとうございますぅ輝実さま……わ、私、昔から運が悪くて……」


 テルミがボールを投げ返す横で、いずなはポツリと言った。


「運が悪い、ですか?」

「は、はいぃ……で、でも、ちょっと前までは、ここまで酷くは無かったんですぅ……ここ最近急に、石を投げられたり、食中毒やインフルエンザになったり、バナナを踏んだり、さっきのボールも……」


 そこまで言って、いずなの右肩に異変が起こる。


「あ……」


 べちゃりと、白い何かが落ちて来たのだ。


「あ、あぅぇえ? な、何ですかこれ、何が落ちて来たんですかぁ!?」

「鳥の糞、ですね」

「きゃぁっ!」


 いずなは慌てて左手で糞を払い除けようと……つまりは、素手で糞を触ろうとした。

 だが間一髪、テルミがいずなの左腕を掴み、更なる悲劇を防ぐ。

 そしてテルミは最後のハンカチを取り出し、いずなの肩を拭いてあげた。


「て、輝実さまぁ! そ、そんな汚いですぅ……」

「いえ。先輩が汚れたままの方が一大事ですので」

「えぅ……」


 いずなは、今日ずっと真っ赤だった顔が、更に真っ赤っ赤に染まった。

 本日最真っ赤の更新だ。


 糞を拭いたハンカチは折り畳み、バッグに仕舞う。

 そして、先程いずなが転んだ時に汚れを拭いたハンカチの中から、比較的綺麗な一枚を選び、いずなから返して貰った。

 そのハンカチを水で濡らし、糞の跡を綺麗に拭こうと考えたのだ。


 幸い、小学生達が野球をやっているグラウンド内に、トイレがある。

 野球少年たちが毎日掃除をしているため、結構綺麗なトイレだ。

 二人で急いでそこに行き、いずなを入口に待たせ、テルミは男子トイレの手洗い場に入った。


「しかし、先輩は運が悪いですね……」


 ハンカチを濡らしながら、テルミは小さく呟いた。

 あの不幸な先輩をお世話したい。そんな母性が、むらむらと顔を出す。

 このおせっかいは、テルミの良い所でもあり、悪い癖でもある。


「でも今日の立て続けの不幸。先輩には悪いけど、ちょっと異常な気もしますね」

「アメコミのキャラじゃ、無い、けど……あ、ごめん、アメコミはこっちの話で、関係ない……」


 脳内に莉羅の声が聞こえた。

 突然の声に、テルミは少し驚いた。


「莉羅。急にどうしたのですか」

「りらは、あのめすぶたが、運が悪い理由……知ってる、よ……えっへん」




 ◇




「知ってるって、どういう事よ莉羅ちゃん?」

「あれは、宇宙災害グロリオサ……の、闘技バトル・スキル……」


 莉羅は姉に、緑色の霧に変身する技の正体を教えた。


「一つの宇宙を、滅ぼした……意思のある、毒霧……」




 ◇




「知っているとは、どういう事ですか莉羅」

「あれは、女神イディア・オルト・ハミ……の、神力しんりょく……」


 莉羅は兄に、女学生に起きているの正体を教えた。


「一つの宇宙を、滅ぼした……の、女神様……」




 ◇




 そして莉羅は、姉と兄にまったく同じ台詞で説明した。


「りらや、ねーちゃんと同じ……別の宇宙に、存在していた……巨大な、力」

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