第二章 ヒーロー、毒霧、幸運の女神、

1話 『姉の名前と弟の膝枕』

「しくじったわー……カラテガールって名前マジ無いわー……」

「動くと危ないですよ」


 真奥まおく桜は、弟に膝枕と耳掃除をして貰いながら、苦々しく呟いた。



 ここは桜の部屋。

 桜が弟を呼び出し、


「お姉様にご奉仕しなさい!」


 と押し倒し、今の体勢に至る。


 テルミも、大抵の掃除と名の付く行為は好きなので、断らずに耳掃除を始めたのだった。

 姉はテレビを見ながら、


「あんっ気持ち良い~テルちゃんすごぉ~い」


 と、わざと挑発的な嬌声を出す。

 テルミは慣れたもので、無視して黙々と姉の耳を綺麗にしていく……が、その淡々とした興味無さげな反応こそが桜の大好物だという事実に、気付いていない。


 そんな姉弟の触れ合いの最中、とあるテレビ番組が放送された事で、桜の艶めかしい声が急にピタリと止んだ。

 そして冒頭の「しくじったわー」という台詞に続くのだった。


 そのテレビ番組とは、話題の新ヒーロー、カラテガールの特集だった。

 特集と言っても、カラテガールが番組に出演しているわけではない。

 ネットにアップされたスマホ映像を寄せ集めて、それにタレントやコメンテーターが意見する、という形式。


 銀行強盗の件以降も、桜はカラテガールとして活動を続けていたのだ。

 コスチュームもパワーアップした。

 本場アメコミヒーローのようにスマートな、金属製のフルフェイスマスク。

 顔全てを覆ってもなるべく小顔に見えるように、頑張って部品を削った。色はピンク。

 頭頂部には、ネコ科の獣耳にも見える二つの突起。

 体は相変わらず胸を強調させるような黒のライダースーツだが、前面にあるファスナーのラインをピンク色にして可愛さアピール。


 子供のようにノリノリで、ヒーローごっこを楽しんでいるのだ。


 このヒーローが口コミで話題となり、一般人に撮影される事も増えた。

 というか、桜がわざと撮影されるような場所を選び、派手なアクションをかましているのだが。



 そしてその撮影された映像に対し、とある大御所お笑い芸人がこう言った。



つよーてエロい恰好しとるわりに、名前はダサいねんな」



「だよねー。カラテガールってクソだせーわよね。あたしも実は薄々気付いてたのよ。そもそもあたし空手家じゃないしさ。あー後悔やでー。でっせー。あきまへんわ。ごめんやっしゃあー」


 芸人につられて、エセ関西弁になる。


「でもカラテガールというのは、姉さん自身がそう名乗ったのではないですか」

「あの時は、とっさにそんな名前しか思い浮かばなかったのよ! ネットで昔の海外映画の動画見たせいね。同名の映画」

「それより、耳掃除終わりましたよ姉さん」


 そう言って姉の頭から耳かき棒を離すと、桜は膝の上で寝返りを打ち、テルミと顔を見合わせた。


「よし、改名するわよ! テルちゃんもカラテガールのサイドキックとして知恵をお出しなさい!」

相棒サイドキックになった覚えはありませんが、分かりました協力します。姉さんだけだと、公序良俗に反するネーミングを付けそうですので」

「やったーありがとサイドキック! 相の棒! 愛する棒!」


 桜は寝転んだまま腕を伸ばし、正座するテルミの腰に抱き付き、腹に顔を埋めた。

 傍から見るといかがわしいポーズ。

 その組み技を阻止すべく、テルミの背後から声が聞こえた。


「ねーちゃん、どいて……次、耳掃除、りらの番……」

「あら、莉羅りらちゃんもテルちゃんに気持ち良くして貰いたいの?」


 桜は笑いながら、場所を妹に譲った。

 莉羅はそそくさと兄のふとももに頭を乗せる。そして耳掃除が始まると、気分良さげに目を閉じた。

 その妹の腹を、桜はぽんぽんと軽く叩き、


「莉羅ちゃんは甘えん坊さんね~」


 と言った後で、話を元に戻す。


「それで新しいヒーローネームだけど、どうしよっかな~」

「それっぽい外国語を並べれば、格好良くなるんじゃないですか」


 テルミは耳かき棒を丁寧に動かしながら、そう提案した。

 

「外国語ね~。例えばあたしの名前、桜にちなんで……英語ならチェリーブロッサム、フランス語ならスリジェ、イタリア語ならチリエージョ、中国語で樱花インフア……えーと、他には」

「スペイン語でセレソ、ドイツ語でキルシュバオム、アラビア語でザフルアルカラズ」

「まあテルちゃん、そんなの良く知ってたわね。お姉様の事が好き過ぎるから、桜という言葉について調べまくったの? 偉い偉い」


 桜はテルミの頭を撫でた。

 テルミは溜息をつく。


「小学生の頃、自由研究に使うから調べろと、姉さんが僕に命令したんですよ」

「そんな事あったっけ~? 思い出せなーい」


 桜は誤魔化すように、テルミの頭を撫で続けた。


「莉羅ちゃんも何かアイデアあるかな?」

「桜……桜餅……和菓子……そうだ、わらびもちガール……どう?」

「う、うーん……可愛らしいけど、もっと強そうなのが良いわね」

「そっか、じゃあ……芋けんぴマッスル……」


 桜は笑顔になり、耳掃除の邪魔にならないように気を付けながら、無言で莉羅の髪を撫でた。

 アイデア提案ありがとう、採用はしないけど。という意図を、なるべく優しく伝えたのだ。


「名前と言えば、姉さんの超能力を元々所有していた方……大魔王には異名などあったんですか? それを参考にするのも良いかもしれません」


 テルミは耳掃除の手を休め、莉羅に聞いた。


 莉羅の前世である超魔王には、虚空の賢者をはじめとして様々な呼名があったらしい。

 数多の別次元の住民達が、各々の価値観で超魔王の事を呼んだからだ。

 その事を思い出し、ならば大魔王にも同じように色々な呼名があったのではないか、とテルミは考えた。

 大魔王は、宇宙中を股にかけて破壊活動を続けていた。

 各星々の住民達が、それぞれ別の呼名を付けていたとしても、おかしくはない。


「おー、それよテルちゃん! 元はギエっさんの力なんだし、あのオッサンに敬意を表してニックネームをパク……頂いちゃうってのもアリね!」


 桜もテルミの考えに賛同した。

 ちなみにギエっさんとは、大魔王ギェギゥィギュロゥザムの事である。


「えっと、ね……大魔王は……厄災とか、死神とか、外道とか、疫病神とか、病原性大腸菌とか、クソ虫とか、こっち来るなとか、死ねバーカとか……呼ばれてた……よ」

「悪口ばっかじゃないのよ!」


 桜はふてくされるように床に倒れ、仰向けになった。


「大魔王は、相当嫌われていたようですね」

「うん……色んな星とか、壊してた……から」

「まったくあのオッサンめ。同じ力を持ってても、優美高妙、紅口白牙で、スーパー人気者なあたしとは正反対ね!」


 そう叫びながらゴロゴロ転がる。

 自宅での桜は、容姿はともかく行動はあまり優美では無いのだった。


「でも、死神リーパーかあ。それはダークヒーローっぽくて良いかもね。大魔王の力なんだし、少々暗いイメージを出すのもグッドよ」


 と言って桜は立ち上がり、勉強机に座った。

 ペンを取り、ノートに何やら書き込む。


「さっきテルちゃんが言った、ドイツ語のキルシュバオム……それに死神リーパーで……」


 桜は書き終えたページをノートから破り、椅子をくるりと回して弟妹の方を向いた。

 破り取った紙片を二人に見せ、天真爛漫な笑顔になる。


「中々良いネーミングかもー! ドイツ語と英語が混じってるケド」


 紙に書いた名前。それは、


「キルシュリーパー!」

「キルシュリーパー……ですか?」

「おおー……中二っぽい、ね……くふふ」

「でしょでしょー! カッコイイ中に絶妙なダサさが混じってる、如何にもソレっぽいヒーローネームでしょ!」


 渾身のアイデアが出て喜ぶ桜。


「イエーイ! FUWA! FUWA!」

「いえーい……」


 耳掃除が終わって立ち上がった莉羅と、ハイタッチを交わす。

 楽しそうに浮かれる姉の様子を見て、テルミも笑みを浮かべる。



 だが桜は、ヒーローネームの落とし穴に、まだ気付いていなかった。

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