2話 『姉とカラテガールの呪縛と明日の予定』

「またカラテガールが活躍したんですって。輝実てるみさま」

「は、はい。そのようですね」


 下校中。

 真奥まおく桜親衛隊の女子達は、今日も謎の女性ヒーローの話題に夢中だった。


「広域指定暴力団の事務所を何個か壊滅させたんですよね!」

「凄い凄い!」

「輝実さまも、ニュースでご覧になりました? ほら、ネットにも動画が上がってます!」

「はい。一応見ましたが……歩きスマホは危ないからやめましょう先輩」


 テルミは女生徒達の問いに答えながら、集団の先頭を黙って歩く姉の様子を伺う。



 怒っている。



 桜はいつも寡黙に颯爽と歩くため、親衛隊女子達は変化に気付いていないようだ。

 しかし弟には分かる。今日の桜は、いつもより早足で歩いている。

 これは不愉快になっている証拠である。



 真奥桜は多重生活を送っている。

 自宅では家業の武術に励み、勉強に励み、弟と妹に優しい(自称)お姉様。

 学校では、クールで尊大なお嬢様生徒会長。

 そして夜には、悪を打ち倒す正義のヒーロー、キルシュリーパーに変身するのだ。


 だが桜扮するヒーローの事を、誰もキルシュリーパーと呼ばない。

 改名して数日経つというのに、いつまでも以前の名称、カラテガールと呼ばれ続けている。


 桜はわざと人目の付く場所でヒーロー行為を行い、わざわざスマホで撮影する通行人達に向かって、「私はカラテガール改めキルシュリーパーよ!」と、宣言した。

 にもかかわらず、新しい名前がまったく定着しない。

 最初に名乗ってしまったカラテガールというヒーローネームが、既に根強く皆の印象に残っているせいだ。


 というわけで、この話題になると桜は露骨に不機嫌となる。


「そうだ。先輩それよりも」


 テルミは姉を気遣い、話題を変えようとした。

 それに元々、先輩達に聞こうと思っていた事もあるのだ。


柊木ひいらぎ先輩は、まだ登校されていないのでしょうか」


 そのテルミの問いに、女子達は暗い顔になり、歯切れ悪く答える。


「柊木さんは……えっとですね、今日はまだ……」

「やっぱり、怪我が気になるんじゃないかなあ……顔だし……」


 柊木いずな。

 テルミの一学年上の先輩で、桜親衛隊の一員だ。

 先日、チンピラに石をぶつけられ、左目の上を負傷した不幸な少女。


 突然出来た顔の傷。お年頃な女子高校生には酷な話であろう。

 あの日から数日間、学校を休んでいる。


 チンピラが投石の蛮行に走った理由は、桜をナンパしてフラれた腹いせ。

 なので、桜の弟であるテルミは、多少なりとも責任を感じていた。

 別にテルミに責任は無いのだが、それでも気にしてしまう。

 というか、もし完全に無関係だとしても、それでも放っておけない性格なのだ。


「……心配ですね」




 ◇




「柊木ちゃんの事が心配なのかな? かなー?」


 親衛隊女子達と別れ、姉弟二人だけでの帰宅途中。

 桜は先程までの無口で荘厳なキャラを崩し、テルミをつんつんと指で突きながら言った。


「心配です」

「あらあらまーまー。テルちゃんが女の子に興味を示すだなんて。お姉様許さないわよ! 先にテルちゃんの貞操奪ってやる!」


 そう言ってふざけて抱きつき豊満な胸を押し付けてくる姉を無視し、テルミはスマホの画面を見た。

 当然、歩きスマホは厳禁につき、道の端で立ち止まっている。

 画面には柊木いずなの電話番号。先程頼んで、先輩達からデータ転送して貰った。


「柊木ちゃんにお電話するの?」

「はい。今夜にでも」


 桜はニヤニヤし、テルミの額をぺしぺしと叩きながら質問を続ける。


「お見舞いに行くの?」

「そうですね、柊木先輩に了承して頂けるのなら。明日は土曜日で学校が休みですし」

「ふーん。へー。女の子のお部屋に上がるつもり?」

「話の流れによっては、そうなるかもしれませんね」



「それは……許さ、ない……から……」



 急にテルミの背中が重くなり、莉羅りらの声がした。

 テレポートにより現れ、テルミに無理矢理おぶさる格好になったのだ。

 兄の首を強く抱きしめる。


「だめー……女の子の、部屋……ノー……」

「ほらほら莉羅ちゃんが嫉妬してるわよ。か~わい~い~」

「ちがう……もん……」


 莉羅は桜をじろりと睨んだ後、顔を隠すようにテルミの後頭部にくっ付けた。


「お兄ちゃんを他のメスブタに取られるかも! って心配なんだよね~莉羅ちゃん?」

「ちがう……もん……」

「姉さん言葉遣いが悪いですよ。それに莉羅、僕はただお見舞いに行くだけです」

「それが……めすぶたを……勘違い、させる……もん」

「莉羅、姉さんの言葉を真似るのはやめなさい」


 兄にしがみ付き首を振る莉羅。

 桜はそんな妹の髪を撫でた後に、


「でも大丈夫よ莉羅ちゃん」


 腕を組み、胸を張りながら言った。


「テルちゃんは、他の女にはなびかないわ。だって、あたしの事が大好きだもんね。姉の事で頭がいっぱいだもんね」


 頭痛の種という意味でなら、確かに姉の事で頭が一杯ではあるが。


「ねーテルちゃん? もうお姉様以外では満足できない体だもんね?」

「……それも、ちがう……もん……」

「姉さんの言っている意味がよく分かりません」


 桜は二人の突っ込みを無視して話を進める。


「ってなワケで、テルちゃん。ガンガンお見舞いに行きなさい。そして饅頭の一つでもあげなさい。もし柊木ちゃんがお見舞いを断ったとしても、無理矢理押し掛けるのよ」

「いえ、先輩に拒否されたらさすがに行きませんよ」

「あたしも生徒会長としてお見舞い行かなきゃいけねーかな? でも普段の女王様キャラ的に話す事無いから気まずくなりそうだな。しんどっ。とか思ってたのよ。テルちゃんがあたしの使いとして行ってくれるのなら、こりゃ助かるわー」


 結局それが本音らしい。

 だが弟は、そこで自分と姉との考え方に食い違いがある事に気付いた。


「いえ。お見舞いには、姉さんも一緒に来て頂くつもりなのですが」

「あー! あー! ほら莉羅ちゃん、美容のため家まで走るわよー!」


 桜は、莉羅をテルミの背中から引き剥がし、抱えて走り出した。

 テルミは溜息をつき、その様子を見送る。


「ねーちゃん……ホントに、良い……の……? にーちゃんが……めすぶたに……」

「だから、大丈夫だってば莉羅ちゃん」


 桜は目を細め、口角を上げて言った。


「何があろうとも、テルちゃんは結局あたしのものだからね」


 一瞬、桜の目に冷たい光が宿る。


 莉羅は、そんな姉の顔を無言で見つめていた。

 そしてしばらく経った後、


「それは……違うと、思う……けど」


 と、小声で呟いた。




 ◇




「それにあたしは、明日は忙しいのよね~」


 桜は、自宅自室でヒーローコスチューム用の頭部マスクを拭きながら、目の前に座っている莉羅にそう言った。


「……ねーちゃん、いつも……暇でしょ?」

「暇じゃないわよ失礼ね莉羅ちゃん! 明日はね、港で大きな麻薬取引があるのよ!」


 勿論、桜が麻薬を買うわけでは無い。売るわけでもない。

 その取引を、阻止しようというわけだ。



 桜はヒーロー活動を開始するにあたり、まず何をするのか悩んだ。

 特に良い案が思い浮かばないまま、適当にヒーロー映画を見る。

 悪の怪人や宇宙人が現れるより前の、冒頭シーンに注目。

 様々なストーリーパターンがあるが、『最初はヒーロー誕生の修行に尺を取るパターン』、『最初から巨悪が立ちはだかっているパターン』の二つを除くと、たいていはテロリストやマフィアやチンピラやイジメっ子相手に暴れていた。

 なので桜も、まずは「地域一帯のヤクザでも滅ぼすか」と、都道府県警のような目標を立てたのだ。


 弟からは、


「また暴力団と喧嘩ですか……殺したりは、してないですよね?」


 と毎日のように聞かれるが、


「あったりまえでしょ。懲らしめたり資金源を断ったりするだけよ。ヤクザ殺されたってニュースも特にないでしょ?」


 と桜は答えている。


 しかしこの言葉は嘘。

 何度か殺し、莉羅に蘇生を頼んでいる。

 そしていつも、「テルちゃんを巻き込んじゃう事になるから、黙っててね」と妹を言い含めている。

 莉羅は、何か言いたげな目を姉に向けた後に、結局頷く。



「それで、昨日忍び込んだヤクザ事務所で偶然会話を聞いてね。明日の真昼間から堂々と、大量の麻薬引き渡しをやるんだって。ここはキルシュリーパーの出番よね!


 そう言いながらライダースーツを広げ、汚れを拭き取る。


「ついでに派手に暴れて、改名した事もアピールしまくるわよ! 莉羅ちゃんサポートよろしくね。アイス十箱買ったげるから」


 ご機嫌にコスチュームの手入れをする桜。

 莉羅はそんな桜の姿を肉眼で見ながら、千里眼で兄の部屋を覗いてみた。

 ちょうど、柊木いずなとの電話が終わったようだ。


 明日、兄が柊木宅へ行く予定が立ってしまった。

 千里眼で一日中監視せねばなるまい。

 しかし、姉の手伝いもしないといけない。

 アイス十箱は魅力的だ。腹を壊すと兄に怒られそうだが、そこは黙っておこう。


「明日は……多忙だ……ぞ。ガンバ、りら……」


 莉羅は自分を鼓舞しながら、こてんと床に寝転がった。

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