-1話 『弟の不安と姉の笑み』

「待ちなさい」


 テルミは珍しく語気を荒げた。

 男達を追い掛け、人気ひとけの無い路地裏にまで来ている。


「先輩に謝罪をし、そして警察に出頭してください」

「警察ぅ? なんでだよ」

「怪我をさせる事は、犯罪だからです」


 至極真っ当な理由なのだが、真っ当過ぎて逆にこの状況から浮いている。

 そんなテルミの言葉に、逃げていた男達が立ち止まった。


「正論言われるとムカつくんだわ、俺たち」

「このオカマちゃんッちゃう?」

「おー、そしてヤっちゃう?」

「え? マジ言ってんのお前。相手男だけど」

「だって、女みたいな顔だし、桜ちゃんの弟なら実質桜ちゃんみたいなもんだべ」

「そ、そうかな……? うーん……まあお前がそう思うなら別にいいけど」

「おうヤっちゃえヤっちゃえ」


 醜悪な煽りを入れる男達。


「汚い言葉はやめなさい」


 と注意しながらテルミは、ついしかめ面をしようとして……ふと思い出した。


 妹の莉羅りらについてだ。

 テルミが身の危険を感じると、相手に催眠術を掛け、怯えさせる。

 それに頼るわけにはいかない。最悪それは最後の手段。

 彼らには恐怖や暴力で対抗するのではなく、出来れば自ずから反省と更生をして欲しい。


 そんな理想を抱き、嫌悪感を排除する。


 しかめ面が身の危険のサインになってしまうのかどうかは分からないが、一応我慢しておこう。

 とにかく、なるべく戦わず、説得だ。

 やるのはビンタまで。


「皆さん聞いてください。飴あげますので」

「うっせーよガキ!」


 一人の男が、上半身裸になった。

 随分と筋肉質な体に、青々とした刺青が彫ってある。


「……風邪ひきますよ」

「激しい運動するから良いんだよ」


 刺青の男は格闘技の経験があるのか、腕を構え、足を踏み鳴らしながらテルミに近づいて来た。


 一定の律動がある、スポーツ系武道特有のステップ。

 だが、テルミが見慣れている空手の形とは違う。

 脇を締め、腕で顔を隠すような上段の構え。


「専門外なのであまり知らないのですが、キックボクシングあたりでしょうか?」

「何だぶつぶつ言って。ビビってんのか? オカマちゃ」



 次の瞬間。



「え……?」


 テルミは驚愕し、言葉が続かなかった。

 他の男達も同様、驚きで絶句。


 そして刺青の男。

 本当にキックボクシンサーなのか答え合わせをする前に、皆とは別の理由で喋れなくなっていた。



 首が無くなったのだ。



 血が、花火のように噴き出る。 



「テルちゃん、大丈夫?」


 男達とテルミの間に立ちはだかるように、急に現れた一人の女性。

 言うまでも無く、それは真奥まおく桜。


「怪我してない? あいつらの汚らわしい汗や唾、油脂なんかが付着しちゃってない?」


 桜は男達に背を向け、テルミの肩や腕、腹などに触れ、無事を確認した。

 しかしテルミは、姉の問いに返事出来なかった。


「姉さ……いや、でも……あ、あの人……」


 ついさっきまで、元気良くステップを踏みながら憎まれ口を叩いていた男が、今は死んでいる。

 しかも、首が宙を飛び、胴体から遠く離れてしまうような死に方。


「う、うひゃああああああ!?」


 男達がやっと状況を飲み込み、悲鳴を上げた。

 桜はそれをうるさそうに、冷たい目付きで睨む。

 いつもの女王様ごっこで見せる、演技での冷たい眼光とは違う。

 闇を纏った、芯から凍えるくらい光。


「ちょっと待っててねテルちゃん、あいつら黙らせてくる」

「ま、待っ……姉さ……」


 瞬きする間に、男達の命が消えた。


 四肢を砕かれ。

 首をねじ切られ。

 心臓を握り潰され。

 


 それは一瞬。テルミは、姉を止める言葉を発する事さえ出来なかった。

 気分が悪くなる。


「……ねーちゃんは、ギェギゥィギュロゥザムの、魔力に……当てられ、高揚して……る……」


 莉羅りらの声が聞こえた。

 テルミはその声で我に返り、辺りを見回した。

 しかし妹の姿は見えない。


「……にーちゃん達の頭に、直接話しかけてる、の……テレパシー……」

「あら莉羅ちゃんも来てたの? いや、来ては無いのかー。見てたの?」


 桜はテルミの方を振り返り、肩の埃を払いながら言った。

 路上が男達の血で塗れている。

 しかしそれを実行した桜には、血が一滴も付着していなかった。


「姉さん! これは……これは、やり過ぎです!」


 テルミは叫んだ。

 足がすくみ、桜の近くに歩み寄り言う事が出来ない。


「うーん、そうかもねえ。壁も地面もこんな真っ赤になっちゃ、お掃除大変そうだし。そうだ、こういう柄って事にしちゃおう」


 弟に諫められても、桜は反省する気が無い。

 そもそも、やり過ぎたとは思っていないようだ。

 ほがらかに笑っている。


「にーちゃん……りら、この人達を……生き返らせる……事、出来るよ……」


 莉羅が言った。


「莉羅、それは本当ですか?」

「うん……ほんとです……よ」

「あれれ~? でも莉羅ちゃん、超能力は使えないって話じゃなかったかしら?」


 桜は、姿の見えない莉羅との会話中の目線の置き場に困り、とりあえず目を閉じて尋ねた。


「ねーちゃんの、魔力を……分けて貰えば、出来るもん……」

「分ける? って、どうすれば良いのよ?」

「りらが、貸してって言うから……ねーちゃんが、良いよって言う……だけ」

「そんなゲームソフトの貸し借りみたいな方法で良いのね。じゃあ良いわよ。貸したげる」


 すると姉兄の目の前に、突然莉羅が現れた。


「ねーちゃんの魔力、借りて……テレポートも、出来る……」


 テルミは、莉羅に男達の惨殺死体を見せないように目を隠した。

 莉羅は目隠しの状態で、「ねーちゃん、また魔力貸して……」と言う。


「はーい。良いわよ莉羅ちゃん。ガンガン使って」


 そして血塗れでバラバラになっていた男達は、逆再生するように蘇った。

 周りに飛び散っていた血も、綺麗に無くなる。


 テルミは男達に近づき確認した。

 脈がある。呼吸をしている。

 すやすやと眠っている。


 とりあえず安心して、姉の顔を見た。


「姉さん、約束してください」

「なぁに?」


 桜はまだ興奮しているのか、多少息が荒い。


「莉羅の力で生き返るとはいえ……どんな事があっても、もう人を殺すのはやめてください」

「殺しちゃダメなの? なんで?」


 桜は真顔でそう返した。

 瞳孔が大きくなっている。

 つかつかと、弟に近づいて来る。


 テルミは言葉に詰まった。


 姉は、こんな性格だっただろうか?

 確かに横暴な部分はあった。

 武術家の家系らしく、人と戦うのが好きだった。


 しかし、こんな簡単に人を殺すような……



「な~んて。冗談よテルちゃん」



 桜は、両手でそっとテルミの頬を撫でた。

 唇が触れ合いそうな程に、顔を近づける。


「姉さん……」

「わかった、もう人を殺さないわ」


 そして桜は、血の繋がった弟でさえもうっとりするような、魅力的な笑みを見せた。



「約束してあげる。あたしの、テルちゃん」

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